【社会運動】

企業は激変し若者は貧困を強いられた

藤田 孝典

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 藤田孝典さんが代表理事をしているNPOほっとプラスは、
 生活困窮状態にある人たちの相談や支援を埼玉県内で行っている。
 年間500件の相談が寄せられるという。
 その相談例から浮かび上がる現代の若者たちの厳しい労働状況や、貧困の問題。
 さらには、その年代の子どもを持つ親やその世代が、その過酷な労働状況や
 貧困問題をどう捉えていけばいいのかということも考える。
 若者たちの過酷な現実を描いた『貧困世代』の著者、藤田さんに話を聞いた。
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◆◆ 食えない非正規雇用か、長時間労働に耐える正社員か

――NPOほっとプラスには、どういった相談が寄せられていますか。

 労働基準法を無視して長時間労働やサービス残業を強いるブラック企業に就職してしまったという相談、非正規雇用の問題、あとはうつ病の相談が多いです。ブラック企業には、IT企業が多く、この業界では30歳定年と言われるくらい、労働者は短い期間の中でこき使われます。残業時間が月百数十時間を超えるのは当たり前です。電通社員の過労自殺が問題になりましたが、社会の中で長時間労働があまりにも常態化しているので、労働者はそれが普通だと思って、我慢して耐えている状況です。
 そんな環境に身を置いた人は、20代前半の頃はまだなんとかなりますが、30歳に近づいてくると、そうはいかなくなってきます。ふと気づくと、朝起きられないとか、誰とも会いたくないという状態で、いつのまにかうつ病になっているのです。心身を壊してしまった結果、遅刻や無断欠勤が続き、解雇されるというケースが結構あります。

 会社をやめたのをきっかけに引きこもりになったという相談も目立ちます。職場でパワハラを受けたり、長時間労働だったり、いろいろな要因がうつ病を発症させ、仕事が続けられなくなる。うつ病の相談はリーマンショック以降、多くなっているなという実感があります。企業が本当に厳しい時代に突入したのです。
 非正規雇用の問題は、とにかく収入が少なくて、食べることもままならないという相談が多いです。つまり、非正規で食えないか、正社員だがうつ病のリスクを抱えながら長時間労働に耐えるか、というのが現代の若者の労働状況です。そしてブラック企業ほど極端ではありませんが、多くの企業が過酷な労働条件になっています。

 しかし、若者の親の世代にあたる人たちの多くは、労働者を取り巻く環境の変化を理解できません。だから、劣悪な労働環境によって、長い間同じ職場に勤続することが難しく、転職を繰り返す子どもに、「頑張って働けば報われる。我慢して働き続けなさい」と言ってしまう。また、「石の上にも3年」あるいは10年と言って子どもに説教したりする。しかし、今の企業では、頑張っても10年間給料が変わらないのが現実です。
 このような親の世代の勘違いには次のようなものもあります。
 「もし働けなくなっても、若者には父母や祖父母がいるから、多少お金に困っても家族が手を差し伸べてくれるだろう」という認識です。それは幻想です。今や家庭も厳しい社会状況に立たされていますが、親の世代にはそれが見えない。
 上の世代ばかりではありません、行政もそんな幻想を持っています。NPOほっとプラスでは、生活に困窮した若者の相談を受けて、年間何十件も生活保護の申請に同行しますが、そのたびに福祉事務所の職員から「頼れる家族はいませんか」と必ず聞かれます。しかし、家族が助けてくれた事例は一件もありませんでした。

◆◆ 家族が支えることができない若者の貧困

――家族が支えられないというのも、現代の若者の貧困の特徴なのですね。

 親の世代の相談から、若者たちを囲む家族の疲弊が見えてきます。相談で多いのは、年金暮らしをしている自分たちのところに子どもがうつ病などで働けなくなって戻ってきた、あるいは娘さんが離婚をし、シングルマザーとなって孫と一緒に帰ってきたというケースです。親が60代前半だと、退職から年金受給まで数年あるので、貯金を切り崩しながら暮らさなくてはならない時期です。そのタイミングで子どもが戻ってきても、家族では支えきれないのです。
 そもそも年金は、本人と配偶者の生活を賄うのがせいぜいの額なので、若者が年金生活をしている家族に寄り掛かることを、制度として想定していません。年金で子どもや孫まで扶養することはできないのです。ひどいケースだと、家を担保にして子どものために借金をしていたり、消費者金融に年金担保融資をしていることもありました。

 また、家族が子どもを支えられないばかりでなく、家族自体が自らの子どもを搾取の対象とする場合もあります。
 以前、17歳の女性が、生活が立ち行かなくなってしまったということで、相談に来ました。彼女は一人暮らしをしながら、夜間の定時制高校に通い、昼間は食品加工工場でアルバイトをしていました。両親は彼女が7歳の時に離婚し、母親と弟2人の4人暮らしでした。母親のパート収入だけでは生活費が足りず、苦しい生活を送っていたそうです。
 彼女が定時制高校に進学した頃から、アルバイトをしている今の工場の時給は820円で、それは工場がある県の最低賃金でした。月9万円の給料では、生活が立ち行かなくなってしまい、NPOに相談に来たのでした。
 彼女が住んでいるワンルームマンションは工場の社長名義で借り、工場の先輩が連帯保証人になっていました。
 ここが問題なのですが、家族に連帯保証人を頼むと金銭を要求されるので、保証人を他人に頼んでいるのです。そうでなくても別居している母親からは、何度も生活費の仕送りを求める連絡が来るそうです。このように家族が子どもを搾取している例というのは、案外多いのです。

 家族が子どもを支えられなければ、生活保護などの社会保障政策に頼ることになりますが、日本ではほとんどその制度が機能していないのが現状です。
 なぜなら、日本の社会保障制度の根本には「家族扶養主義」という考え方があるからです。何かがあったら、家族が面倒を見るのが「普通」であり、それ以外の「普通でない人」が社会保障に頼るという考えです。
 現実には、親が年金生活で余裕がない、家族全体が生活困窮状態にあるなど、親族に支援を期待できない人は少なくないのに、行政は「なぜ家族が扶養できないのか」という質問を繰り返すわけです。

◆◆ 働き方の急激な変化に追いつけない親の世代

――話をお聞きして、若者たちの労働環境と貧困の実態に驚いています。どうして貧困がこんなに見えにくいのでしょうか。

 貧困の見えにくさには、いくつかのパターンがあります。
 第一は親の世代の認識が現実に追いついていないために、貧困が見えにくくなっていることです。
 今、社会は急速に進展しています。日本だけではなく世界中で、5年、10年という短い期間で劇的に変化しています。社会の価値観や家族の在り方、働き方などの急激な変化に、親世代の人たちが追いついていけず、結果として世代間のギャップが生まれています。
 かつては、終身雇用で年功賃金、研修も企業でやってくれ、福利厚生がしっかりあるのが当たり前でした。しかし90年代以降は、企業もグローバル化で競争が激しくなっているので、社員の人件費や福利厚生費を削るという禁じ手を使いました。あるいは内部留保で、将来の競争に備えるようになりました。こうして企業が急速に労働者を守らなくなった末にできたのが、いまの若者の過酷な労働条件なのです。

 残業をしても固定残業代以上は支払われず、僅かな給料から税金や社会保険料が引かれますから、貯蓄もできません。家賃補助や社会保険、子育て支援などの福利厚生が削られてしまえば、子どもを産みたくてもそのゆとりなどありません。大学を卒業しても、普通に働いて生計を維持することが困難になっています。
 人はどうしても、自分の暮らしを前提として、相手の状況や物事を捉えがちになります。親は、自分たちが過ごしてきた社会を自分の子どもたちも生きているだろうと思うのです。
 だから、先に紹介したような「頑張って働けば報われる。我慢して働き続けなさい」とか「石の上にも3年!」なんて言ってしまうのです。

 第二には、同じ世代の中にあっても、貧困状態が見えにくくなっていることです。
 それは所得階層ごとに人びとが分断された社会になってしまったからでしょう。非正規社員なら非正規社員で、年収何千万円の人ならその人たちで、所得に応じて自分の周囲に集まる人たちや環境が決まり、自分と異なる階層の人たちの様子がわからないのです。
 今や資産のある家庭に生まれるか否かによって、将来が決まってしまうのです。「持っている人」の家に生まれれば、幼少期から私立幼稚園・私立小学校に通い、教育に相当な金額を投資してもらうことができます。周囲は高所得の世帯の人たちばかりで、貧困や低所得の境遇にある人たちと出会う機会は、意識的に設けられない限りありません。そして、異なる所得階層の人びとと交わらないまま、次の代の子どもたちまでずっと経済状態は固定化されて、生まれた家によって将来が決まってしまうのです。

 第三に、貧困の当事者自身が貧困状態にあることに気づいていないケースについて触れます。
 先日、相談に来た高齢者は、「自分は1日2食摂れていますからまだ大丈夫です。でも、失業した息子が心配なのです。今の生活の状況だと、自分は息子を援助できないので何とかしてもらえませんか」と言っていました。しかし、話を聞いてみると、その人の暮らしも大丈夫ではないのです。食費をかなり切り詰めており、その内容も相当ひどいものでした。本人は気づいていませんが、彼は「相対的貧困」の水準の中にいました。相対的貧困というのは、大雑把に言うと、国民の所得の中央値の半分を下回っている人の割合で、その国の所得格差を示している数字です。厳密な計算方法があるのですが、ここで言っているのは、日本の普通の経済状態の人ならこのくらいの所得を得ているという金額の半分も受け取っていない人のことです。
 高齢者ばかりではありません、若者たちも同じです。ひどい住居で貧しい食事をしているのに、週に3日風呂に入れるので、自分が貧困だとは思っていないなど、その典型でしょう。
 多くの人にとって貧困とは「絶対的貧困」のイメージしかないのです。絶対的貧困というのは、必要最小限の生活水準を維持するための食料・生活必需品を購入できる所得・消費水準に達していない貧困のことです。
 ですから、貧困というと、アフリカやアジアの難民やストリートチルドレンの姿を思い浮かべてしまい、コンビニで買い物をしている自分がそうだとは思えない。さらには自分は貧困に至っていないから、社会保障の対象ではないと思い込んでしまうのです。

 貧困状態にある人が自身の状態を正確に認識できない最大の理由は、国が社会保障についての情報を社会に発信していないからです。特に、生活保護基準は意図的に隠されています。私たちへの生活困窮に関する相談は年間500件ありますが、ほとんどの人が、自分が受給の水準にいることや、どの社会保障を受ければ生活が良くなるのかを知りません。
 生活が苦しくても一人で頑張るか、家族扶養主義が根づいているので、家族に頼るところで思考が止まってしまい、社会保障にまでなかなか意識が向きません。近所の人たちや、身近な第三者に相談するところに行き着くことさえ難しい。ではどうするか。私たちのようなNPOが「あなたは社会保障を受けていいんですよ」とか、「もう少し気軽に周りに相談していいのです」ということを広く伝えていかなければいけないと思っています。

◆◆ 若者の未来は、労働組合の力で開く

――若者の労働問題に対する解決策として、具体的に何があると思いますか。

 若い労働者が現在の多重的な苦しさから解放されるカギの一つとして、労働組合の復権があると考えています。
 私が期待しているのは個人加盟のユニオンです。労働組合には、企業別の労働組合で特定の政党の支持を増やすために活動しているとか、政治的色合いの強い組織だというイメージがあります。しかし、私がいうユニオンは、既存のイメージを払拭しながら、特定の政党によらない「超党派」の活動を展開する、幅の広い労働組合活動ができるものです。
 そのようなユニオンは、企業に対して労働基準法の遵守を促し、残業代の支払いや、残業時間を短くしたりする交渉をします。
 そうした組合には、エステティックサロンで働く人たちのための「エステ・ユニオン」や、バイト先での労働問題を扱う「ブラックバイトユニオン」、私も関わっている「介護・保育ユニオン」という組織があります。

 以前、保育士の方からこのような相談がありました。その保育所の先生たちは勤務時間を終えてタイムカードを切ってから、翌日使う遊び道具などの制作を必ず数時間していたといいます。しかし、保育所全体でこの時間に対してまったく賃金が支払われていなかったのです。そこで、初めは一人の保育士の団体交渉から始まり、最終的に、そこで働くすべての人が残業代を請求し、保育所側から働いた分の賃金を出してもらえました。
 ブラックバイトユニオンには、大学生の多くがバイトする個別指導の学習塾に関する相談があったといいます。塾講師として授業をする時間は60分から90分程度で、時給5000円というところもあるので高額なアルバイトだと思われがちですが、保育士のケース同様、授業の時間分しか賃金が出ていませんでした。授業前後の準備時間にお金が支払われていないという相談でした。この場合も授業時間外の賃金の支払いを要求しました。

 普通に働いている人たちが職場の問題に出会った時、労働組合は駆け込める窓口のはずですが、まだまだ労働者には敷居が高いようです。厚生労働省の資料などを見ても、2014年の組織率は約17.5%と低く、組合員数も前年の2013年と比較して減少しています。それはやはり、活動内容がわかりづらいことや、古い労働組合のイメージが定着してしまっているからでしょう。
 しかし、現在の若い人たちの過酷な労働条件を改善するには、職場の仲間や同じ仕事の仲間が集まって会社側と交渉することが必要なのです。
 リーマンショック以降の人件費、福利厚生費を削っていった末の企業で、働く人を守るのは労働組合だと私は思っています。

画像の説明
  大手飲食チェーン「しゃぶしゃぶ温野菜」の長時間労働や自腹購入などの労働問題について、駅前で訴えるブラックバイトユニオン。(写真提供:ブラックバイトユニオン)

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  ブラックバイトユニオンのスタッフが、アルバイトで起きた労働問題に関する相談を受ける。(写真提供:ブラックバイトユニオン)

◆◆ 現場の声を政治に接合し構造を変えていく

――最後に、この特集のテーマである「20年後、今の若者はどうなっているか」について、藤田さんの考えをお聞きします。

 20年を待たず社会問題が噴出してくるでしょう。8年後の2025年には、団塊世代がすべて後期高齢者になります。老人になれば医療・介護費用が膨れ上がります。社会でも家庭でも、団塊世代の子どもたちがそれを支えることはできなくなるでしょう。その時に様々な問題が噴出してくるはずです。その一つが家族の崩壊です。今の若者たちがつくる家庭は、大変な負担を強いられます。
 今、社会保障費が圧縮されており、その圧縮した分の負担はできないとわかっていても、家族にさせようとするでしょう。当然、家族だけでは持ちこたえられません。そこで起こるのが一家心中、自殺、犯罪に追い込まれることなどです。すでに不安定な社会がより加速的に不安定化することが考えられます。現実を見ると、話が暗くならざるを得ないですね。

 では、そんな未来にならないようにするには、どうすればいいのか。
 バブル景気の崩壊以降、人件費を削減し、若者を犠牲にしながら、企業の成長や経済成長、あるいはシステムの延命や存続を進めるようになりました。だから、私が言う「貧困世代」の若者は、政策や社会システムによって、意図的に作り出されてきたのです。
 この構造的な変化に、当事者である若者たちは気づかなければいけない。そしてこの構造を変えて新たな未来を求める声をあげることが必要です。
 そして、その声を政治に接合していき構造を変えていくことが大切だと思うのです。ミクロの当事者の現場を、マクロの政治につなげていく人が「社会活動家」だと思うのですが、そういう人たちが増えないといけないと思います。若者の親の世代の人たちはそういうことができると思います。
 たとえば生活協同組合をやってきた人は、市民の問題をみんなで集まり解決しようとしてきた人たちです。そういう経験を生かして、若者の貧困を、市民の問題として解決できたらいいですね。

 その動きをつくるきっかけは、まず現場に行くことでしょう。もし、こういった若者の貧困に関してさらに知りたい、支援がしたいと思う人は、現場に足を運んでもらいたいと思います。奨学金の返済問題や労働問題など、社会の中で貧困状態にある若者に出会う場面がかなり増えてきており、それに伴って、子ども食堂や学習支援など、子どもや若者のサポートにかかわるNPOの活動も盛んになりつつあります。活動に関する情報はインターネットなどで得られますし、各地域や自治体でもこれらの活動は始まっていますので、見つけるのは難しくないと思います。
 現場に足を運び、ボランティアや、寄付をしてみたりするところから始めて、そこから、自分に何ができるのかを考えてもらいたいと思います。(構成・山田祥子)

<参考図書>
『貧困クライシス』藤田 孝典/著 毎日新聞出版(2017年)
『貧困世代』藤田 孝典/著 講談社現代新書(2016年)

<プロフィール>
藤田 孝典 Takanori FUJITA
NPO法人ほっとプラス代表理事
社会福祉士。首都圏で生活困窮者支援を行うソーシャルワーカー。聖学院大学客員准教授。反貧困ネットワークの埼玉代表。著書に『貧困クライシス』(毎日新聞出版)『下流老人』『続・下流老人』(朝日新書)『貧困世代』(講談社現代新書)など。

※この記事は季刊雑誌『社会運動』426号から著者の許諾を得て転載したもので文責はオルタ編集部にありますが『社会運動』(426号)2017年4月号の目次と、その他の記事の内容の一部も下記のURLからお読みいただけますので、是非お読みください。  http://cpri.jp/social_movement/201704/

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