■【コラム】大原雄の『流儀』
人類の叡智:デモクラシー
デモクラシーは、多数がグループを構成する組織の意向を決定する場合の統治方法の一つ。古代のギリシャ語の、デモ(公衆、民衆)、クラシー(権力)などを語源としている。「国民主権」という概念の語源である。但し、ものごとの決定をする場合、理想的には熟議に熟議を重ねてグループの意向決定ができれば良いのだが、それが、なかなか難しい場合には、構成員の過半数とか、3分の2など多数決という「数字の力」を使った方法で決定しようとすることになりがちである。「強行採決」は、国会議員などが過半数を越える数の「数字」を先頭にして、力ずくで採決を強行することをいう。
この場合のような権力の行使をしがちな組織のリーダーの中には、これを濫用する権力者が出現することがあり、こういう権力者を人類は、「独裁者」と名付けた。最近の例で言うと、外交、自分国際政治やそれの延長である「戦争」の場面で出現する。プーチン、習近平、北朝鮮の金正恩、アメリカのトランプなどが権力者から独裁者に特化してきている。
例えば、トランプさん。どこが良いのか、私には、その魅力が判らない。今回の「イラン戦争」を「軍事作戦」だと言い張る。頭の中は、フェイクだらけ、なのでは無いか。
メディアによるとテレビ演説の前まで語っていた「撤退方針には、具体的に触れなかったという。更に、おかしいのは、メディアも生のテレビ演説に対して、きちんと質問をしないということだ。その隙を狙うかのように、1ヶ月間の戦果を強調し、一方的に主張していたという。
首脳って、なんなのだろう。
複数、あるいは、二桁程度の人数の政治家が集まって、議論をする。国際的な課題の意見交換をすることが、世界の航路の舵取りになるのか?
天下の首脳の集まり、 日米首脳会談が、始まる。
★ 日米首脳会談
2022年3月にアメリカのトランプ大統領と日本の高市首相がアメリカで会談した。首脳たちは政治課題について話し合った。特に、トランプは、イランの核兵器所持には、同盟国の力を集結させて、絶対に認めない決意であるとして、拒否していた。日本時間の3月20日、アメリカ東部時間の3月19日であった。アメリカのトランプ大統領は、イスラエルと共にアメリカが仕掛けた「イラン攻撃」という名の「布告無き戦争」について語った。
この攻撃は、トランプ自身の当初の見込み(4週間程度で終結)と違って、長期化しそうな状況の変化の中での会談になった。アメリカの「戦争」は、国際法違反のまま、各国を巻き込みそうな様相を深めようとして来ているとして各国は、危惧し始めて来た。国際法違反の容疑者、トランプを告発しようとすらしていないではないか。また、メディアも殆どの機関が、黙殺しているのではないか。
アメリカのトランプ大統領は、イラン情勢を巡り、ホルムズ海峡の航行の安全に関して日本を始めとする各国の「貢献」(参戦)を要請した。トランプにとって各国のアメリカの貢献とは、同盟国の参戦を意味した。
会談は、許可された冒頭の動画撮影を除いて、非公開で開かれたが、会談冒頭では、日本の高市首相は、次のように述べた。
「世界中に平和と繁栄をもたらせるのは、ドナルド(トランプ大統領)だけだと思う。略。私は諸外国に働きかけてしっかりと応援したいと述べた、という。略。イランの核開発は許されず、イランによる湾岸諸国への攻撃やホルムズ海峡の事実上の封鎖について日本は非難している」と説明した。
その後、この発言は、問題化された。平気で、というか、積極的に、トランプの国際法違反の「戦争」を認めて、公言しているからである。
政治的な、個人の権力者で、世界中の平和と繁栄をもたらす人などといったら、神など宗教的な超人しか居ないのではないか。諸外国に働き掛けてどうにかなるものでもないだろう。自民党じゃあるまいし、「しっかり」と応援すれば、なんとかなるものではないだろう、と思うが、いかがなものだろうか。ホルムズ海峡の事実上の封鎖についても「日本は非難している」と言ったと抗弁しているが、日本が抗弁したら、攻撃や封鎖が容易に止められる状況が作り出せるのか。国際法違反状況をただすためには、国連加盟各国の総力的な協力を引き出すような地道な具体的な外交努力が必要でこそあれ、しっかりと応援するだけでは、自己満足にも繋がらないのではないか。
★ 沈黙のトランプ
例えば、会議中。
流れが見えて来て、自分が少数派と見込まれた時、
頑張り出す人は、誰?
トランプは、こういうタイプ?
多数派は、更に、雄弁になる。
沈默が雄弁を生み、雄弁が沈黙を生む。
論点が多角的になるのだろうか。
「ならば、できるのは黙らぬこと。」
注)この部分、メディアの全国紙から引用。
既に触れたように、選挙と言えば、古代ギリシャ以来、人類が近代史の中で叡智を傾けた果てに作り上げたデモクラシーの制度である。
トランプ、高市の二人とも、それぞれの国家制度で定められた選挙という「民主主義的なシステム」に則り有権者(投票権、被投票権のある公衆、民衆)の中から選ばれている筈である。それぞれの国の選挙制度の原理は、何回も取り上げていて、更に各国別は複雑なので、今回の説明は、省略する。
トランプ大統領は、西欧近代のデモクラシーの歴史から見れば、デモクラシーという花の代表としては、世界で最も美しい花を咲かせているはずであるのに、宣戦布告無しに他国を攻撃している。それも恥とは思わずに、寧ろ救世主気取りで、正義の旗を棚引かせながらミサイルだか、無人機ドローンだかをコンピュータを操りながら、隣国の国境を越えて殺人を唆しているでは無いか。殺人鬼・ドローンならぬ殺人鬼・ドナルドトランプ大統領。
メディアの伝え方を見ていると、かなり癖のある人物像が浮かんでくる。トランプ氏に取って、「戦争」「外交」「取り引き」「合意」などは、ほとんど「ディール」に還元されているようである。ディール、特殊な意味を持つ用語が、歩き回っている、のではないか。
もう一人は、女性政治家。19世紀後半まで、民主主義以前の封建時代と呼ばれる政治制度下に生まれ、明治維新、大正デモクラシーの時代を生き抜いた。昭和前期の日本帝国の時代、戦後の激変日本。時代時代の日本の中で成長した人々に繋がりながら、戦禍を超えて生き抜いてきた庶民女性。この中から初めて生まれた女性首相が高市早苗首相ではなかったか。
野党側は、反体制、反権力の立場に立つリーダー・指導者は出現したものの政権交代するところまでは至らず、与党側では、今回の日本近代憲政史上、初めて生まれた保守強硬派の女性首相は、高市早苗首相であった。
トランプは、アメリカ大統領制度に従って大統領選挙に3回立候補して、初回当選、2回目落選(不正工作の疑い)、3回目当選で、通算2回目の当選であったから、一応、アメリカン・デモクラシーの大統領の座に収まっている。
日本の高市早苗首相も女性首相の誕生を求めて、自民党の総裁選には3回立候補し、2回落選して来た。今回、3回目の立候補で、初めて総裁(後に、国会で、首相選出)に当選した。
高市早苗は、どういう人か?。言動から判断すると、自民党では旧安倍派で、保守強硬派、超保守主義、歴史修正主義と言われていると言う。安倍晋三の後継を自認しているという。
★ 独裁者の選ばれ方
アメリカの大統領、日本の首相とも、それぞれ、選出システムは、異なるが、近代デモクラシーの下で、選ばれているだろう。「クーデター」でもない限り、擬似」代議制デモクラシーとでも呼ぶべき制度により選ばれる。
あるいは、政治的な思想の共有などを基盤とする政党デモクラシーの下で、民主的に現職ポストに選ばれたことは、ご理解いただけるだろう。
従って、独裁者は、以前よりは、容易に生まれ出て来る可能性は高いのではないか。
★ 独裁者の「倒し方」と「倒れ方」
興味深いのは、選挙で大統領なり、首相なりのポストに就任し、権力を振るった後の、彼らの身の処し方であろう。さまざまな身の処し方がある。
「倒し方」は、力の行使。「倒れ方」は、「倒され方」も含む合意の行使。
例えば、ベネズエラのマドゥロ大統領が、3月26日、アメリカニューヨークの連邦地裁に出廷した、という。かつての「独裁的指導者」と傍聴した記者は書いた。
「収容者用のオレンジ色の半袖シャツの上に薄茶色の服で、少し痩せたように見えた。髪の毛には白髪が交じ」っていた、という。80日ぶりの公の場だという。独裁的指導者は、拘束的生活と粗食的な食生活で、心も身体も改造させられたのだろう。ベネズエラの大統領は、引き続き、ゆっくりと変質してゆくのだろう。
「地上最強の独裁者たちは、恐怖におびえながら生きることを運命づけられている。(略)豪勢な宮殿や邸宅で一族や配下の者たちとともに、一国全体を意のままにすることができるが、目覚めている間は、何もかも失うかもしれないという恐れが常に頭を離れない。(略)それらの独裁者は、一歩間違えただけで失脚する。そして、失脚した独裁者は、亡命したり、投獄されたり、命を落としたりすることが多い。」(マーセル・ディルサス「独裁者の倒し方」参照、一部、引用)
権力欲が強くて、独裁者の迷路に迷い込んでしまった者は、早く引っ返して、迷路から抜け出した方が良さそうではないでしょうか。そう思いませんか?
★ 高市早苗首相の場合
高市首相は、メディアが実施した各種の世論調査の結果や内閣支持率では、反応が良かった。「衆議院選挙圧勝」の大きな活字が各社の紙面に躍った。「高市1強」とも呼ばれる
状況が、与野党に邀撃を与えた。自民単独で3分の2超えの議席という「数の力」を手にした高市内閣は、舞い上がったのではないか。メディアの取材では、首相側近は、「私たちは国民を味方にした国会運営をするんだ」と言ったという。国会審議時間を短くするということは、代議制の国会を通じてしか議論ができない国民にとって不自由なものだ。世論調査の結果を錦の御旗に掲げて、前進あるのみとなった高市内閣の国会運営は「国民受け」狙いの強い指導者を描くことになるのではないか。
日本憲政史上初の女性首班という人気は、大失策をしなければ、世論調査などでは、大きな支持力になることだろうが、高市は政治家経験が、未だ未熟ではないのか。国会議員のベテランが多い参院での国会対応は、側近に囲まれるだけでは難しいのではないか。高市首相は、野党との交渉を重視する参院自民の国会運営に不満を募らせていたという。
私には高市内閣は派手な衣装を着た張子の虎に見えて仕方が無い。
了
ジャーナリスト
26/04/03記
(2026.4.20)
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