■ 【北から南から】

中国・深セン『中国携帯詐欺事件』       佐藤 美和子

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 中国の携帯メール『短信(SMS。ショートメッセージシステム)』は、日本の
ような携帯メール専用のアドレスを必要としません。相手の携帯番号を入力する
だけで、そのままテキストのやり取りが出来る仕組みになっています。たしか日
本の各携帯通信会社も、この夏からSMSサービスを始めたのでしたよね。
 
  このSMSサービス、相手の携帯番号さえわかれば即、ショートメールを送るこ
とができて便利でいいのですが、この簡便さを悪用した詐欺もかなり横行してい
ます。

 一番ポピュラーなのは、SMSメッセージを利用した振り込め詐欺です。最もシン
プルなものは、SMSでこんなメッセージを発信する手口です。
「やっぱりあのお金、農業銀行のほうの口座に振り込んでください。口座番号:
123-456、口座名:毛沢山。振込みが済んだら、この番号にSMS返信でのご一報を
願う。」

 この手の詐欺メール、いつでも必ず農業銀行ご指定です。中国農業銀行は審査
が非常に甘く、誰でも簡単に口座が作れるのだとか。そのため、最もよく犯罪に
利用される銀行なのです。またメッセージを携帯から携帯に大量に送れば、もち
ろんSMS送信料がかなりかかってしまいます。ところがなんと、パソコンから携
帯SMSにメッセージを大量に送れてしまう違法ソフトがあるのですよ。そのソフ
トを使えば、いくらメッセージを送っても送信料はかかりません。適当に番号を
組み合わせた携帯番号を入力するだけで、一斉に何万通もの詐欺メッセージが送
れてしまうという訳です。数打ちゃ当たる作戦ですね。

 しかし、そんな単刀直入に振り込め!と言ってくるメッセージで騙される人が
いるのが、どうにも不思議ですよね。
 
  わずか2~3文字からなる中国人の姓名は、同姓同名さんが全国に大勢存在しま
す。そのため詐欺メッセージに書かれた口座名義と同姓同名の知人がいれば、う
っかりその知人だと思い込んでしまう。さらに、わざわざ相手に電話して事情や
お金の用途を確認するのは、相手の面子を潰す事になるし、自分もケチケチした
人間だと思われてしまうかも。黙ってさっと振り込んで助けてあげる方がスマー
トだ----そんな、中国人の体面を重んじる心理が災いして、こんな単純な手口に
引っかかってしまう人がいるのだそうです。

 SMS絡みの詐欺では、他には「あなたは○○に当選しました!受領手続きのた
めに、下記場所へご来場ください」とメッセージを送り、のこのこやってきた人
に何かを売りつけるまで解放しないとか、当選商品を発送するのに手数料が必要
だとお金を振り込ませる、などもありました。でも最近はこの2パターンのメッ
セージ、ずいぶん減ったような気がします。引っかかる人が少なかったのかな?

 日本の振り込め詐欺では親族を装うようですが、中国では昔の同級生を装うこ
とが多いようです。電話をかけてきて、オレの声を覚えてないの?冷たいやつだ
なぁ、ほら、小学校で同じクラスだった……と水を向けると、相手は思い出せな
いのが申し訳ないという気持ちから、もしかして王さん?などと返事してしまい
ます。そうすれば詐欺犯は、その王さんを装えばいいというわけです。

 やっと思い出してくれたか~!実はいま出張で広東省に来ているんだけどさ、
財布を掏られてしまって困っているんだよ。そこで君がいま広東で仕事している
って他の奴から聞いたのを思い出してね、昔のよしみで助けてくれないか?と、
振込みを促すのです。中国の携帯番号は、その番号で登録された地域がわかる仕
組みなので相手の生活拠点地が推測できてしまうのですね。

 友人や相方など、私の周囲の多数が経験している振り込めさぎの手口は、公安
(警察)からの電話、というものです。同じ広東省の、別の市の警察官を装って
携帯に電話をかけてくるのです。

「あなたは○○銀行(大概の人が利用していそうな、大手銀行の名前)に口座を
持っていますね?我々が現在調査しているとある詐欺事件で、どうやらあなたの
口座がマネーロンダリングに悪用されているようなのです。至急、あなたの口座
から我々公安指定の銀行口座に残金すべてを移し変えて下さい。え?公安の口座
名義が個人名なのはおかしい?あぁ、これは我が公安局長の名義なんですよ。公
安名義の口座では、詐欺グループにすぐ感づかれてしまいますからね、この手の
詐欺事件に巻き込まれる人の預金を保護するために、極秘で作られた口座なんで
す。」

 私の友人は驚きのあまり、相手にあれこれ質問をぶつけたそうです。
「もし疑うのなら、我が市の公安局の電話番号は○○です、あなたの携帯の着信
履歴に今我々がかけている番号が残っているはずですから、チェックしてくれて
構いません。なんなら、そこに電話して我が市の公安局長の名前を問うてくださ
い。それで我々の言っていることが本当だとわかる筈です」
 
  相手に言われるとおり、友人が携帯に残った着信履歴と電話番号案内で調べた
公安局の番号を照らし合わせてみたところ、本当にその番号だったのだとか。

 その友人は、公安局や銀行に電話して問い合わせるうちに、詐欺だと気付いて
事なきを得たのですが、不思議なのは、公安局と同じ番号が着信履歴に残ってい
る点です。なんとこれも驚きなのですが、中国では電話番号の複製技術というも
のがあるのですって。いやぁ、すごい技術があるもんなんですね。

 またとある会社の東莞営業所勤務の知人は、最近、深セン営業所に勤める同僚
からの電話を受けました。その同僚は電話してくるなり電話口でゴホゴホと咳き
込み、「もしもし、オレ、深セン営業所の李だけど。ちょっと酷い風邪を引いて
いてね、声がすごく変だろ?でも仕事忙しいから、抜けられないしさ。ところで
いま広州市に来ているんだけど、風邪薬のせいかモーローとしちゃって、運転中
に接触事故起こしちゃったんだ。賠償金払わなくちゃならないのだが、ちょっと
手元不如意でね、悪いが少し融通してくれないか。今度会った時に利子つけて返
すからさ。

 もちろん仕事仲間の番号なので、相手の番号は携帯に登録してあります。そし
て自分の携帯画面には、受けた電話が仕事仲間からの電話だということが示され
ている上、ちゃんと本人も名乗っていたため、最初は全く疑いもしなかったそう
です。

 ところが彼の勤務先、相手がいま居るという広州にも、営業所があるのですよ。
不思議に思い、「お前、広州にいるんだろ?なんで東莞のオレに頼むんだよ?広
州営業所の班長に頼んだほうが早いじゃないか。奴なら地元なんだし、ついでに
事故処理手続きも手伝ってくれるはずだよ」

「あぁ、そうだったな……ところで広州営業所の班長って、なんて名前だっけ?」
  同僚の名前を知らないだなんて、ありえません!なんと間抜けな詐欺犯なんで
しょう、うっかり同僚の名前を尋ねちゃうだなんて~(笑)!

 その電話を受けた私の知人は、深セン営業所の同僚が携帯を失くし、それを拾
ったか盗んだかした人が悪用しているのかと考えました。そこで本人に連絡を取
ってみたところ、深セン営業所の彼は携帯なんて失くしていない、というのです。
ということは……深セン営業所の彼は、誰かに携帯のSIMカードを誰かにコピー
されたということになります。

 中国を含む世界のほとんどの国では、GMS方式の携帯が採用されています。携
帯通信会社が販売する、SIMカードという小さなチップを携帯に差し込んで使い
ます。もし外国に行けば、現地の携帯通信会社発行のSIMカードを買って差し替
えれば、現地の通話料金システムで安く通話や通信が出来るというシステムです。
これなら、携帯本体は海外でもいちいち買い換えずに済みます。

 ただこのSIMカード、偽造コピーされやすいんですよね……。私の携帯にも、
こんな気味の悪い営業メッセージがしょっちゅう送られてきます。「あなたの配
偶者・恋人の通信履歴や送受信メッセージ内容を知りたくないですか?相手の携
帯番号をお知らせ頂くだけで、SIMカードがコピーできます。コピーSIMがあれば、
簡単に相手の言動が把握できるようになりますよ!お問い合わせは○○ー★××
まで」。

 恐らく知人のその同僚も、そうやってSIMカードをコピーされたのだと思われ
ます。SIMカードに登録している連絡先までコピーされるというのは初耳でした
が、これからは身内や友人からの電話にも、いちいち疑いを持たなきゃならない
のかも知れません。うーむ、身内友人とは、「山!川!」のような、個人認識が
できる合言葉でも決めておいた方がいいのかしら……。しかしまぁ、次から次へ
といろんな詐欺や手口を思いつくものです。その頭脳と知恵、もっと真っ当な道
に有効利用したらいいのに……と思うのですが、やっぱり裏家業の方が儲かるの
でしょうね。
          (筆者は中国・深セン在住・日本語講師)

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