■中国共産党17回党大会の内情と失われた紅衛兵世代

                    篠原 令
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 中国共産党の五年に一度の党大会が10月22日に閉幕し、新しい指導部が発表された。私が9月末の国慶節休暇前の時点で得ていた政治局常務委員会のメンバーリストと比べて若干の変動があった。この三週間ほどの間に大きな巻き返しがあったわけだが、そこに現在の中国の政治状況を見て取ることができる。

 まず九月末の情報を紹介する。先回の十六回党大会で選任された政治局常務委員は九名で、黄菊がすでに病没、曽慶紅、賈慶林、呉官正、羅幹の四名が退き、胡錦涛、呉邦国、温家宝、李長春の四名が留任、新たに習近平、李克強が政治局常務委員会入りし、もう一人周永康か賀国強の二人うちのどちらかが入り、政治局常務委員会の総数は七人に減るというものであった。
  黄菊は上海の陳良宇事件、周正毅事件など大型腐敗事件への関与が言われていたので病没しなくても再任はなかった。今回の人事で最も注目されていたのは国家副主席ではあるが実際には最大の実力者である曽慶紅が留任するかどうかであった。また、中国人民政治協商会議主席の賈慶林の引退はすでに既成の事実として語られていた。本人もそのつもりでこの一年間ほどは日本を始め、世界の各国を親善訪問、修学旅行にいそしんでいた。呉官正、羅幹は年齢的にも退くことが内定していた。
  産経新聞は10月14日、党大会開催の一日前に「曽副主席 指導部留任へ」と予測記事を書き大恥をかいてしまったが、曽慶紅の引退もかなり前から確実視されていた。それは息子の巨額の蓄財行為が国内のマスコミで報道され始めた からであった。また、賈慶林もアモイの密輸事件以来、夫人ら家族の不正蓄財が批判されていた。このふたりが留任したのでは国民は納得しないというのが「希望的観測」でもあつた。
  新たに抜擢された習近平と李克強の二人は次世代のホープと言われている。日本のマスコミは胡錦涛総書記は自分の後継者として同じ共青団出身の李克強を内定したかのように報道していたが、これも蓋を開けてみたら習近平のほうが序列が上で、マスコミは今度は胡氏は二人を競わすつもりと報道姿勢を改めた。この問題については後述するが、残りの二人のうち公安部長の周永康は江沢民に近い人物である。また、賀国強は党の人事を司る組織部長で曽慶紅に近いと言われている。
  今回の人事のサプライズは曽慶紅の辞任でも二人の若手ホープの抜擢でもなく、賈慶林の留任である。この凡庸な人物が、北京市の前書記陳希同の失脚後に北京市の責任者となったの は江沢民からの強い後押しがあったからで、紛れもなく江沢民派の人物である。そのような人物が留任したことについて多くの人々が失望の念を抱いている。胡錦涛がまだ江派を完全に排除できていないということを満天下にさらしてしまったからである。
  曽慶紅が引退に追いつめられたことに対して人々は溜飲を下げたが、賈慶林、李長春という江派の人間が二人も留任し、二人の若手のホープに対して、曽派と江派から賀国強と周永康という二人が送り込まれて均衡がとられたことに対しても国内外の多くの論評は政治改革がまだ遅々として進んでいないこと、そしてこのような人事が密室の中で、長老たちの勢力争いの結果として決められていることに対して不満の意を表している。しかし次の党大会までの五年間には必ず変化が起きると観ている人々も多い。
 
また一方で「大国を治むるは小鮮(こざかな)を烹(に)るが如し」でこれでいいのだという人々もいる。全国津々浦々、要所要所に張り巡らされた江派や曽派に連なる人脈を一斉に排除することなど到底不可能だからである。ただ、今回の布陣は江沢民と曽慶紅の息子を司直の手から護るための意味も見て取れる。最近、中国の富豪番付がいろいろ発表されているが、そのような番付には登場することはないが、中国最大の富豪は江沢民の息子江綿恒や曽慶紅の息子曽微であることは知る人ぞ知る事実であるからだ。
  今回の九名の政治局常務委員会のメンバーが披露されたときの公式写真を前回のものと比べてみると非常に面白い。前回は九名が向かって左から序列の順番に123456789と並んでいた。一番左には序列一番の胡錦涛が一人寂しそうに立っていた。そして序列では五番目だが最大の実力者であった曽慶紅がちょうど真ん中でにこにこしていた。俺がトップだと言わんばかりであった。今回は序列トップの胡錦涛は真ん中に立ち、その左右に序列の高い順に交互に並んでいる。向かって左から見ると975312468となっている。五年たって胡錦涛がやっと本来立つべき処に立つことができたわけである。少なくともそれだけの権力基盤を造りあげることには成功したようである。
  さて、若手の二人のホープについて見てみよう。李克強(52)は北京大学卒で共青団の第一書記を経て河南省と遼寧省のトップを歴任してきたが取り立てて言うだけの業績はない。筆頭副首相になるとみられているが実務家としての実力はまだ未知数である。胡錦涛に近い筋からの情報によれば胡錦涛は自分の後継者は必ずしも共青団出身でなくてもいいと考えているそうである。共青団ばかりでは反発をかうし、李克強の能力を誰よりもよく知っているのは胡錦涛自身であろうから胡錦涛は李克強には13億の人間をまとめる能力はないと判断しているようだ。

 習 近平(54)はいわゆる太子党である。父親は習仲勳元副首相。太子党ではあるが父親が一時期失脚していたこともあるので農村に下放し、工農兵大学生の身分で清華大学を卒業し、地方政府の役人からたたき上げて福建省、浙江省のトップとして実績をあげ、つい最近上海市のトップに就任したばかりであった。他の太子党グループとは違い、清廉さが売りで、共青団からも受けがいいのは父親が六・四天安門事件の時、武力鎮圧に強く反対したからである。今回、党の中央書記処の書記に就任して党務をみることになった。これは胡錦涛の信頼が厚いことを表している。次期総書記への最短距離にいると言ってもよい。
  今回の政治局常務委員の名簿を見れば判然とするのは、この中で五年後に確実に再任されるのは習近平と李克強のの二人しかいないということである。ならば中国の将来はこの二人にかかっているのだろうか?これからの五年間、胡錦涛政権は2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博を国家の威信をかけて成功させなければならない。そして2011年、辛亥革命100周年を迎える。国民党との関係だけでは なく、台湾問題について明確な指針を示し、台湾問題に関する不安を解消することができるのかどうか、政治改革に踏み込むのか、指導者としての資質が問われるだろう。
  そして最大の課題は13億の人民を引っ張っていく後継者の発掘である。習近平か李克強かといった現時点での選択ではなく、真に13億の指導者としてふさわしい人間をこの五年間に見つけることができるのかどうかが胡錦涛の双肩にかかっている。
  13億の指導者は凡庸な人間には務まらない。毛沢東や 小平のようなカリスマ性がなければならない。江沢民は毛沢東思想、 小平理論に並ぶものとして「三つの代表」という理論を自画自賛した。胡錦涛も「和諧社会」「科学的発展観」というものを自己の指導理念として打ち出している。だが国民は江沢民にも胡錦涛にもカリスマ性を感じてはいない。胡錦涛は元総書記の胡耀邦の人気におんぶしているところがある。だからこそ後継者選びの難しさを誰よりもよく知っている。卓越した指導者が待ち望まれている。だがどこにいるのか?
  ここからは私的な感傷になるかもしれないが、今回の政治局常務委員のリストはひとつ大事な事実を露呈している。それは54歳の習近平、52歳の李克強の上は63歳の李長春であり、胡錦涛、賀国強、周永康は64歳、温家宝65歳、呉邦国66歳、賈慶林67歳という事実である。なぜ63歳の李長春から一気に54歳の習近平にバトンタッチしなければならないのか?この空白の十年間の世代こそまさに失われた紅衛兵世代なのである。
  政治局員、中央委員のレベルまでみればこの失われた世代が皆無なわけではない。しかし最も肝心な政治局常務委員の中に紅衛兵世代が一人もいないということ、しかもほぼ十年にわたって人材の空白ができているという点に私は注目している。本当にこの世代はだめなのだろうか?埋もれた人材がいるのではないだろうか。なぜならこの紅衛兵世代は中国では「老三届」(1966-68年の間に中学・高校を卒業する予定であつた学生)とも呼ばれ、日本の全共闘世代、団塊世代と同じく青年時代に悲惨な政治闘争を経験してきた得難い世代であるからである。

 新中国の誕生(1949年)とほぼ時を同じくして生まれ「よく学び、日々向上し、社会主義祖国を建設しよう」というスローガンを信じて成長してきた世代が、文化大革命では「毛主席の良き戦士」として毛沢東思想の紅旗を高く掲げて戦ってきた。しかしその後、文革が否定され、毛沢東のユートピアが 小平の改革開放に取って代わられ、不正腐敗がはびこる社会に変質していく中を、文革世代は複雑な気持で生きてきた。
  気が付いてみれば定年間近、社会の各層で指導的な立場にいながら粗大ゴミのように扱われているのも団塊世代と紅衛兵世代は類似している。小泉首相から一足飛びに安倍首相に政権が移ったように、胡錦涛から一足飛びに習近平にバトンタッチされようとしている。団塊世代も紅衛兵世代もこのまま墓場に行けというのだろうか?なぜ団塊の世代も紅衛兵世代も世の中に出ようとしないのか?
  優れた中国研究者であった故新島淳良は「はるかより闇来つつあり」(田畑書店)という1990年に出した本の中でこう述べている「中国ではね……(文革は)徹底的に失敗した。その経験が、ちょうど日本の学生運動と同じでしょう。七〇年安保最大の効果は、もう二度とああいうばかなことはするなと、学生も教師も思ったことですよ。だからもう運動はしなくなる」

 本当にこの通りなら紅衛兵世代も団塊世代ももう黙って退場するしかない。それが歴史の流れなら甘んじてその運命を受け入れるしかない。しかし私は団塊世代、全共闘世代の一人としてまだやり残したことがあるような気がしている。胡錦涛に「待った」と言えるのは文革世代をおいてはない。しかしその時、文革世代はどのような青写真を示すことができるのか?これからの五年間はかれらにとってはまさに正念場である。と同時に団塊世代、全共闘世代にとってもおそらく最期のチャンスであろう。  私はかつて1970年の夏、日本の全共闘世代の一員として中国の紅衛兵たちと大交流をしたことがある。あのときの紅衛兵たちは今何をしているのだろうか?64歳の胡錦涛が54歳の習近平に後事を託そうとしているのを見て、黙っているのだろうか?その答えは私たち日本の団塊世代にもそのまま跳ね返ってくるのだが。 

            (筆者は日中問題コンサルタント)

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