■【北から南から】

   中国 深センから           佐藤 美和子
      『中国の様子、その後』
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 先月、『東日本大地震をうけて、中国の様子』の記事を書いたときは、まだ原
発事故が報じられてまもなくのことで、こちらでもあまり様子がわかっていませ
んでした。ところがその後、徐々に深刻な様子の情報が出てくるにつれ、中国人
や香港人たちがパニックに陥り始めました。

 まずは日本でも報道された、中国の食塩買占めパニックです。
  中国では、ほとんどの食塩にヨウ素が添加されています。日本人は海藻類をよ
く食べるので充分足りているのですが、日本人ほどには海藻類を摂取しない中国
人は、ヨウ素が欠乏しがちだからだそうです。これまでずっと、なぜ中国の食塩
は『ヨウ素強化』と謳っているのかと不思議に思っていましたが、今回のことで
やっと謎が解けました。
 
  放射能の被曝予防にはヨウ素が有効だから、ヨウ素添加の食塩を多く摂取すべ
し!おまけに今後は放射能による海洋汚染のせいで、食塩生産がストップする!
だったら今のうちに、たくさん買い溜めておかねば!―――――そんなデマが、
あっという間に広まりました。そして実際に多くの人が、食塩を求めてスーパー
に殺到したのです。

 そんなデマが出回りだしている、というニュースを見た日のこと。いつものよ
うに愛犬の散歩に行こうとマンション一階ロビーに降りると、5~6人の女性が何
やら興奮した様子でおしゃべりしています。通り過ぎざま、その中にいたマンシ
ョン管理スタッフの女の子に呼び止められました(オルタ84号『ショートショー
ト・2』でご紹介した、日本のアニメが大好きなお嬢さんです)。
 
  「ねぇねぇ、あなたはもう食塩買った?うちのマンション内にあるスーパーで
も、もう売り切れちゃっているんだって!今、みんなとそのことを話していたと
ころなの」 えー、あのデマを信じちゃっているんだ……。この管理スタッフのお
嬢さんは18歳という若さなのでまだわかるのですが、その他の女性たちは恐らく
40代以上、ここの住人です。うちのマンションの住人ならば、低収入層ではな
い=多くは一定以上の学歴を持つ人々である、という理論が成り立つはずなので
すが、うーん。
 
  「あのね、食塩の話はデマなの。私はそんなの信じていないから、買ってない
よ。だって食塩に添加されているヨウ素なんて極々微量だし、ヨウ素の種類も違
うってニュースで言っていたもの。どうせ、食塩販売業者とかが一儲けしようと
デマ流した、ってところでしょ。

 ほら、数年前にSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した時も、お酢とか漢方
薬の板藍根が感染予防になるとか言って、みんなが必死に買い集めたせいでお店
から消えたじゃない。でもあれも結局デマだったでしょ?
  第一、放射能漏れしている大元の日本でだって、だーれも食塩なんて買い込ん
でないよ?もしそれが本当だったら、まず真っ先に日本で食塩がなくなるはずで
しょう?」

 言葉を選びながら、ゆっくり説明すると、彼女の興奮も収まってきたようでし
た。うん、そうよね、デマよね。日本で誰も買ってないのかぁ、そっかぁ……と、
考え込んだ様子でぶつぶつ呟いていました。恐らく、当事者(?)の日本人であ
る私の言葉だったので、彼女もすんなり納得できたのでしょうね。

 うちでは食塩を買いに走ったりはしなかったものの、うちの相方もやはり中国
人ですので(笑)、放射能汚染問題が出た途端に浮き足立っちゃっていました。
仕事中に何度も電話かけてきて、私の実家の両親を呼び寄せろだの、私の弟のと
ころは乳幼児がいるので、義妹と子供らだけでもつれて来いだのと、大騒ぎでし
た。

 しかも日本発中国向けの航空券が高騰して入手が難しい頃だったので、中国南
方航空の日本オフィス勤務の友人に頼んで、チケットだってちゃんと用意できる
から!って、そこまで慌てなくても……。 その頃、大手新聞社運営の主に女性を
対象としたインターネット掲示板では、被災した義両親との同居を何とか避けた
い、という投稿が話題になっていました。

 同居イヤさに避難所暮らしの義両親を迎えに行くことを躊躇い、その悩みをネ
ット掲示板で相談する人がいる中、私の親兄弟を心配して呼び寄せろとまで言っ
てくれる相方の気持ちは大変有難かったのですが……実家は大阪だから、なんと
もないんですってば!と、何度も何度も逆に説得するハメになっていた私です……。

 それでも折角の相方の申し出なので、弟のところにも一応声はかけたのです
が、一笑に付されましたよ。もし粉ミルクとか売り切れているものがあるなら、
こっちから送ろうか?と連絡したら、 「えー、品不足なんてすぐ解消される
よ。あれこれ買い占めた人たち、今ごろ消費期限が迫って処理に困っているん
じゃないの?」ですって。
 
  実は、深センにも原発が2基もあります。去年なんて地震もないのに、二度も
放射能漏れ事故を起こし、お隣の香港で大騒ぎになっていました。中国側ではひ
たすら情報規制で隠していたため、大して騒ぎになりませんでしたが……。
  食材も何かと問題が多いお国柄ですし、大気汚染問題だってあるし、正直、ど
っちが危ないんだか?って感じです(笑)。香港でも、食塩買占めパニックこそ
起こらなかったものの、放射能問題にはかなり敏感になっている様子があちこち
で見受けられました。

 原発事故後、わりとすぐに香港のそごうへ買い物に行くと、ものすごい客の入
りでした。原発前に生産された日本食材を、今のうちに買い溜めておこうとする
人たちでした。香港では、本当に驚くほど大量の日本産食品や日本製日用雑貨が
溢れています。それだけ香港人が慣れ親しんでいる日本産の輸入食品がなくなれ
ば、今度は中国産に頼らざるを得ず、いろいろと心配なのでしょう(笑)。
 
  また先日、香港でお寿司を食べようとお店に行くと、『当店の食材は北海道や
関西、九州から調達しておりますので、放射能汚染は心配ありません』と大きな
ポスターが貼られていました。それでも、食事時だというのにお客の入りも少な
く、ガラガラでした。 最近また香港に行ったときは、私が行ったところがたま
たまかも知れませんが、日本産の食品がセール中でとっても安く買えて、助かり
ました。支払いの際、クレジットカードの署名で私が日本人だと知った店員さ
ん、特に何も言いませんでしたが、とってもにこやかな笑顔を私に向けてくれま
した。

     (筆者は中国・深セン在住・日本語講師)

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