【オルタの視点】

世界は、再び「朝鮮戦争」を始めるのか?
― ロシアの専門家の情勢分析から ―

石郷岡 建


 北朝鮮の金正恩政権は今年に入り、ミサイル発射や核爆発実験を繰り返し、これに反発する米国のトランプ政権と対立し、緊張が高まっている。なぜ、金正恩政権が、挑発的ともいえる行為を繰り返すのか? 本当の意図については、不確かで、不透明な部分が多い。それでも、何のために、どこまでやるのか?という疑問は消えない。その一方で、双方の非難の応酬から、軍事衝突や「第二次朝鮮戦争」も起こりうると情勢にもなっている。ロシアの専門家は何を考えているのか、紹介したいと思う。

 北朝鮮をめぐる軍事状況に関しては、日米の情報分析は、北朝鮮の脅威をことさら強調する傾向が強く、一方、北朝鮮への軍事介入に反対する中露は、北朝鮮の脅威を低く見積もる傾向が強い。どちらが正しいかは、金正恩委委員長が何を考えているのかにもよるが、正確な分析は極めて難しい。

 ロシアの北朝鮮軍事問題専門家のフルスタリョフ氏は8月初め、詳細な分析結果を『グローバル政治の中のロシア』誌のネットサイトに寄せている。この分析が正しいかどうかは別として、一つの意見として、参考にするには、十分に意味がある内容を提起している。

 同氏は、まず、北朝鮮は、ここ四半世紀、外国からの兵器輸入や調達は行っておらず、兵器調達は、すべて国内軍需産業に頼っているとし、金銭的にも、技術的にも、非常に偏った技術発展をしてきたと説明する。
 その一方で、北朝鮮は1950年から3年間続いた朝鮮戦争を戦い、その後1953年から常時、戦争準備体制を続けてきた。ある意味では、在韓米軍の存在自体が、これ以上の戦闘拡大を食い止めてきたという側面もあったと主張する。
 朝鮮半島を二分する緯度38度線の軍事境界地帯を挟んで、北朝鮮と韓国の二つの国の軍隊が対峙し、いつ戦争が起きても良い状態が数十年以上にわたり続いていた。

 現在の北朝鮮軍の兵士の数は100万を超え、これに対抗する韓国軍兵士は約50万とされる。北朝鮮の朝鮮中央通信は8月中旬、北朝鮮の若者100万人以上が、米国との戦争開始に向けて、「祖国のために戦う志願兵」に応募したとのニュースを流した。つまり、計200万人以上の兵士が集まったということになる。
 とはいっても、フルスタロリョフ氏の分析では、北朝鮮の実質的な兵力は65万から80万で、実戦で戦える兵力は、この数字よりさらに少ないという。結局、南北の兵力はほぼ同等だという。
 ただ、韓国の軍事支出費は北朝鮮の33倍から35倍という巨額なもので、韓国には多数の予備兵も存在する。韓国の総人口は約5,000万人で、北朝鮮の約2,500万人の倍近くある。いざとなると、韓国の兵力は北朝鮮を追い越す可能性を持つ。

 しかも、交戦状態に入ると、自動的に米軍が韓国軍の支援を開始し、日本も側面支援を行う可能性が強い。さらに、豪州やNATO(北大西洋条約機構)の軍事支援が始まる可能性もある。北朝鮮に対し、膨大な軍事圧力がのしかかる構図で、とても、北朝鮮が耐えられる状況ではない。朝鮮戦争時代と違って、今回は中国もロシアも、北朝鮮を積極的軍事支援する可能性は極めて低い。冷戦は、もはや、過去のものとなったのである。

 北朝鮮の空軍については、戦闘機は800機以上で、韓国軍の倍の数あるともいわれる。しかし、北朝鮮の戦闘機は長期レーダー監視装置を装備していない。日韓米の三国の戦闘機はレーダー完備が普通だ。
 また、北朝鮮は、空対空ミサイルを、この20年輸入していない。戦闘機の主流は「ミグ21」で、ベトナム戦争時代に活躍した「ミグ17」が、いまでにも使われている。さらに、小型前線戦闘機の「スホイ7」も所有するとされるが、人工衛星写真を見る限り、どの機も飛行場に放置されたまま、使用された形跡がないという。

 そして、第四世代戦闘機の「ミグ29」は、多く見積もっても46機以下で、実際は36機から40機程度しかない。これに対し、韓国空軍はミサイルを含む最新装備を備えた第四世代戦闘機が160機存在する。
 これに、日米両軍の新型戦闘機が加わると、1991年の湾岸戦争の際のイラク軍と他国籍軍との軍事・技術的格差をはるかに上回る差がつく。北朝鮮が日韓米の“空軍連合軍”に打ち勝つ可能性は、ほぼゼロである。

 海軍に関しても、北朝鮮は400隻以上の軍艦船を保有し、韓国の4倍近い数を持つとされる。しかし、対艦ミサイルや艦船監視設備を持たない。しかも、小型のコルベット艦が主流で、一回り大きい巡洋艦が主流の韓国海軍とは大きな差がある。韓国海軍の艦船力は世界第八位で、日本は第四位、米軍は第一位。北朝鮮は第10位にも入っていない。

 北朝鮮の陸軍戦車部隊は夜間透視機器を装備していない。しかも、陸軍部隊の移動に必要なガソリンや重油が十分に確保されていない。制空権と制海権を奪われ、自由に動けないとなると、長期間の戦闘には耐えられない。

 結局、北朝鮮軍の軍隊は戦闘準備体制が整っておらず、兵器は古く、小型ミサイルは錆びついているといわざる得ない。北朝鮮軍を攻撃し、決定的な打撃を与えるのは、いとも簡単なことだという結論にもなる。
 北朝鮮への攻撃は大規模ではないポイント攻撃で可能で、単純な短期間の制裁もしくは報復攻撃を行うことで十分ではないかとの疑問も出ている。

 韓国軍が創設したといわれる北朝鮮指導部を攻撃対象とする特殊部隊、簡単に言えば、“金正恩暗殺部隊”による攻撃で、北朝鮮指導部は、意外ともろく、簡単に崩れてしまうのではないかとの憶測もある。
 金一族独裁政権が、どの程度堅固であるかという話にもつながるが、このピンポイント攻撃に失敗、もしくは大きな成果が上がらなかったとすると、追い込まれた金正恩政権の対抗はかなり激しいものとなり、もしくは、常軌を逸した反撃に出る可能性も秘める。

 さらに、短期間の北朝鮮へのミサイル攻撃や空爆だけで、本当に、軍事介入は終わるのかという疑問もある。軍事的効果や成果がなければ、軍事介入はさらに深入りせざるを得なくなる。逆に、あまりにも、軍事的効果が大きく、北朝鮮政権の崩壊や政治体制の混乱が始まれば、そのまま放置しておくわけにはいかなくなる。ピンポイント攻撃のはずだったのが、北朝鮮国内への全面的な軍事介入(地上軍の派遣)へと拡大する可能性も十分にある。

 実は、この地上軍の北朝鮮国内派遣の方が問題は多いかもしれない。北朝鮮の海岸地帯は険しい崖が多く、上陸可能場所は極めて少ない。さらに海岸から奥へと進んでも、山岳地帯など平坦な地形ではない、劣悪な地理的環境が待ち構えている。道路の不整備が重火器の自由な移動を妨げる。天候次第では、頻繁に発生する洪水やぬかるみに悩まされることにもなる。

 米軍を主体とする多国籍軍の圧倒的勝利に終わった湾岸戦争では、砂漠という見通しの良かった地理的環境で、しかも、軍部隊の行軍も偵察も、障害がなく、非常に楽だったという。
 しかし、朝鮮半島の状況は全く異なる。北朝鮮軍は険しい地理的状況を利用した要塞的施設を各所に構築している。もっとも、大きな問題となるのが、地下軍事施設で、南北軍事境界線240キロに沿って、深さ15キロから20キロの地下施設に20万から25万の北朝鮮軍の兵力が展開されている。境界線近くには10万から15万の兵力が張り付けられている。南から北への行軍のう回路はなく、海岸地帯の上陸可能地域には何重にも張られた防備網が広がり、執拗な抵抗が予測されるという。

 さらに、膨大な数の長距離砲が各地に用意され、上陸予想地域や空挺部隊降下可能地点に照準を当てられている。その詳しい数は明らかではないが、朝鮮半島の西海岸だけで1,000の長距離砲が存在するという。前線から離れた第二次防衛線には、榴弾砲を持った地元の義勇軍の一斉射撃が待ち構えている。

 また38度線の軍事境界線上には500の砲台が確認されており、最低でも2,000、多分、3,000から3,500の長距離砲が南の韓国へ向いている。軍事境界線から数十キロ離れた首都ソウルを、文字通り「火の海にする」という砲撃が、実戦では展開されることになる。首都ソウルを守るために、この北朝鮮の砲台施設を破壊するとなると、長期間の爆撃と砲撃が必要不可欠となる。

 北朝鮮軍は、さらに地下防衛施設の建設に力を入れており、軍事・軍需施設のすべてを地下に展開する方針を進めている。その実態も明らかではないが、2000年代には、総延長527キロのトンネルに、8,000の軍事施設が作られたとされる。現在は地下施設1,200カ所に増えたとも言われる。戦時には、陸軍部隊の多くが、長期間、地下に隠れ、姿を現さないということにもなる。
 これら地下施設を正確に破壊するためには、膨大な爆薬と特別大型地下爆撃弾が必要となってくる。米軍は、毎日、昼も夜も、数千回の爆撃を続けねばならなくなる。

 このほか、北朝鮮は「火星1」「火星3」「月」などの戦術ミサイルも多数所有しており、韓国の仁川港への攻撃や化学兵器を積載し発射すれば、韓国内で多大な被害を与える可能性も指摘されている。
 長距離ミサイル分野では、「火星7=ノドン」、「火星9」が、いずれも日本国内米軍基地攻撃をすることが可能で、「火星12」はグァム島、「火星14」はアラスカまで到達する能力があるとされる。しかも、北朝鮮のミサイル開発は急ピッチに進んでおり、ここ2-3年で、米国まで達する可能性が強いとされる。
 とはいっても、このミサイルが核爆弾もしくは水素爆弾積載可能で、かつ目標に向かって正確に発射され、確実に核攻撃をできるのかとなると、詳しい状況ははっきりしない。核爆弾積載のミサイル発射・爆発実験が実際に行われない限り、確証は取れない。

 では、北朝鮮は米国に対して、核戦争をまともに開始することができるのかとなると、北朝鮮の核爆弾は推定15個から60個とされる。一方、米国の現在配備されている核弾頭数は約1,800、未配備の核弾頭は約4,790、廃棄待ち核弾頭は約2,520で、計8,000(2014年調査)に近い膨大な核弾頭が存在する。北朝鮮は、これに対抗する力はない。
 つまり、北朝鮮の百倍近い核弾頭が米国には存在するということで、北朝鮮と米国の核戦争の行方は、始めるまでもなく、結果は明らかで、本格的に始まれば、北朝鮮は短期間に全面破壊・崩壊されるのはほぼ確実である。
 ということで、北朝鮮は通常兵器の軍事行動・戦争でも、核兵器戦争でも、甚大な被害が出ることは明らかで、勝利はあり得ない。北朝鮮政権の崩壊の可能性が極めて大きいといわざるを得ない。

 にもかかわらず、金正恩政権が、米国のトランプ政権を相手に、崖っぷちの「チキン・レース(我慢比べ)」を展開する背景には、小規模な軍事行動であれ、大規模な戦争であれ、ひとたび始まれば、日韓米の“敵国”に、核爆弾を使うこと可能であるとの脅しができるということがある。本当に使うことができるかどうかは分からない。それでも、核爆弾一発でも、日韓米にとっては、致命的な打撃と被害を与える可能性を秘める。脅しの効果は十分にある。あるいは、そう考えて、脅しのゲームを展開しているいうことになる。

 現在、米国本国が直接攻撃される可能性は極めて低い。米国にとっては、それほど致命的な脅しにはならないかもしれない。それでも、韓国駐在の米軍兵士と米市民、日本の基地に駐在する米軍兵士と米市民への甚大な被害を考えると、その数は相当なものになり、無視できる話ではない。

 人命の重要度、もしくは人命の価値度から考えると、北朝鮮の人命価値は低く、日韓米の価値の方が高い。「チキン・レース」を繰り広げるとなると、どうしても、北朝鮮の方が、失うものが少なく、我慢強いとなる。日韓米は「金持ち喧嘩せず」の論理が働き、「チキン・レース」から降りるという判断もしくは選択が強くなる。そのことを、北朝鮮政権は見越して、大きな賭けに出ている。彼らにとっては、北朝鮮の存続自身をかけた必死のレースであり、圧倒的に我慢強いといわざるを得ない。
 そして、この脅しのゲームでは、最も有効的なのは、通常兵器ではなく、核兵器である。金王朝政権は、心理的効果が大きい核兵器の存在に、どうしても、しがみつかざるを得ない。「とにかく、核兵器という有力なカードを手に入れるまでは、どんな制裁にも負けない」との宣言になる。

 ロシアのトロラヤ・アジア戦略センター所長は、北朝鮮と米国の非難の応酬について、「これは、双方ともに、はったり(こけおどし)だ。心理戦争に過ぎず、実際の熱い戦争になることはあり得ない」と言い切る。

 同所長によれば、まず、第一に、北朝鮮は韓国並びにグァム、その他領土に攻撃を仕掛ける理由がない。そんなことをすれば、北朝鮮は必然的に破壊される。そのことを北朝鮮はよく分かっている。彼らは自殺を求めているのではなく、自分たちの国の保持を求めているだけだ。“主体思想勝利”のために、“神聖な戦争“に身を投げるというわけではない。いわんや、彼らは“ジハード(イスラム教の聖戦思想)主義者”ではないという。

 第二に、米軍部関係者は、朝鮮半島での紛争では、敵がおおびただしい血を流すだけでなく、米国も、同盟国も、血を流すことは分かっている。同盟国の犠牲には目をつむることはできても、アメリカ人の命が失われるのは、米国指導部にとっては、説得力のある理由がない限り、最後まで許されない。そして、「例え、司令官の命令があっても、米軍兵士が朝鮮半島の核戦争の地獄の中を喜んで走り回るとは思えない」と、トロラヤ氏は述べている。

 現在、華々しく展開されている“言葉の決闘”は、本当の戦闘が始まる前のウオーミングアップに過ぎない。そして、本当の闘いは戦場ではなく、交渉のテーブルを通して行われる。双方とも、外交戦で有利な立場で戦えるようにエゴ(利己主義)を釣り上げているに過ぎない。
 そして、今のところ、北朝鮮はアメリカ人よりうまく立ち回っている。というのも、北朝鮮が自らの価値を高めるために、ミサイル・核戦力を見せつけるイニシャティヴを握っているからだ。皮肉なことに、金正恩は、自らの政治宣伝手段を使わず、西側のプロパガンダ(政治宣伝)PR機関の巨大な力を利用している。数百万でないとすると、数十万の人々が、北朝鮮のミサイルと核潜在力について、熱心に議論をしている。北朝鮮は、世界の有力テレビとマスコミの宣伝手段を、まったく無料で、使っているとなる。

 トロラヤ所長は、これまでの対北朝鮮政策は三つの考え方とシナリオがあったと説明する。
① 北朝鮮を、核兵器とミサイルの両潜在力とともに、破壊する。
② 北朝鮮と合意をする。つまり平和共存のための譲歩で、90年代と2000年代に、その機会が訪れたが、双方とも、誠実な態度を取らず、成功とはならなかった。
③“戦略的忍耐”を示し、じっと待つ。つまり、北朝鮮体制は自ら崩壊するので、抑制して待てばいい
――という三つシナリオだ。

 結局、米国は第三番目の戦略に傾き、“戦略的忍耐”の路線を選ぶ結果になった。
 しかし、北朝鮮の崩壊は、やって来なかった。そして、北朝鮮の核兵器・ミサイル開発は予想以上に進んだ。状況は“戦略的忍耐”ではなく、“戦略的非忍耐”状況となった。今のところ、北朝鮮は核兵器を米国からの攻撃を守る防衛手段と位置付けているが、将来、北朝鮮が米国からの核攻撃の第一弾に耐えて、反撃の第二弾を発射できる力を蓄えることになるかもしれない。そうなると、北朝鮮は、米国の攻撃力を抑える核抑止力を持つということになり、戦略的状況は根本から変わる。米政権は北朝鮮問題への介入を嫌い、同盟国義務からも離れることも考えられる状況へと変化する。

 トロロヤ所長によれば、その昔、ドゴール仏大統領は「アメリカが、パリのために、ワシントンを犠牲にすることはない」と語り、“ソ連の侵略”を抑止するために、自らの核兵器開発に乗り出した。
 同じように、北朝鮮が力をつけ、米国が同盟国の義務を放棄し、離れていくのならば、「アメリカは、ソウルや東京のために、ロサンゼルスを犠牲にすることはない」と、日本も韓国も考え始め、「何かをせねばならない」と核武装を含む軍備拡大に走るかもしれない。
 これはロシアと中国にとっては、大きな問題となる。だから、北朝鮮の核兵器開発計画を凍結させることは非常に重要であり、核兵器開発や戦略的不安定を増大させてはならないとなる。

 ロシアは、中国とともに、紛争解決のために、北朝鮮の核開発計画と米韓軍事演習の“二重凍結”措置を提起した。勿論、北朝鮮が一方的に核兵器を放棄するということはあり得ない。話し合いは、まず、北朝鮮と米国の二国間で始まる。しかし、話し合いが合意に達するためには、合意を守る保証が必要となる。その役目は果たすのは、朝鮮半島と隣接する中国、ロシア、日本の三国であり、三国の保証が確立されれば、朝鮮半島の安全保障体制構築へとつながることにもなる。トロラヤ提言は、北朝鮮問題解決に向けての日中露の提携体制の構築の提言でもあり、東アジアの新秩序体制の構想でもある。

 トロラヤ提言は、ある意味、非常に楽観的なシナリオの説明で、「情勢は、もっと厳しい」と分析する人もいる。世界戦略論に詳しいルキヤノフ高等経済学院教授(『グローバル政治の中のロシア』誌編集長)は、「北朝鮮の金正恩と米国のトランプは、確信をもって、激突に向かっており、双方とも、後退ができないでいる」と主張する。
 金正恩委員長は“宴会(核保有国の集り)の出席者”になるための大きな賭けに出ている。つまり、核大国としての正統な地位の獲得を目指している。現在、どの国も、北朝鮮の核保有国としての地位を認める姿勢にはない。金正恩委員長は“宴会”出席のため、できる限り賭金をあげざるを得ない状態にある。

 一方、トランプ大統領はもっと厳しい状況にある。異国情緒満載の “ちっぽけな主体思想”国家から公然と、しかも、顔面で直接脅され、たじろいでいる。トランプ大統領は、北朝鮮から押しつけられたものを、すべて否定せざるを得ない状況にある。オバマ前大統領の弱腰を批判したトランプ大統領としては、北朝鮮に最終通告をしたあと、何もしないで、見ているということはできないというのだ。

 ルキヤノフ氏は、「こんなことが、長く続くことはあり得ない。北朝鮮問題は過激な解決へと向かっている」と分析する。そして、対北朝鮮強硬策が成功した場合、米国は誘惑に満ちた配当金を受け取ることにもなるという。
 その配当金とは、まず何よりも躍進する中国の勢いを止めることになる。そして、アジア太平洋地域の大国としての地位を米国は強化することになる。
 リスクは非常に大きい話だが、それでも、世界史を振り返ると、思慮に欠け、賭けに夢中になり、大儲けをするとの期待などが組み合わさり、相手をとっちめて、制裁に追い込むということが何度も繰り返されている。

 その一方で、「誰が、暴れる金正恩に轡を食ませることができるか?」。そして、誰が一番、金正恩を制御することを望んでいるのか?との疑問もある。
 ルキヤノフ氏は、その答は「実は中国だ」と主張する。米国が考える報復行為、例えば「外圧による北朝鮮体制の崩壊」、「朝鮮半島の新しい戦争」、「中国の隣接地域での核爆発」、さらにほとんど可能性のない「突然のトランプと金正恩の取引」など、いずれも中国にとっては受け入れがたい話だ。そして、問題の先延ばしは、東アジアの米軍の存在を増大させるだけである。

 ロシアも、同様に、米国の対北朝鮮報復行為は、ロシアにとって、利益はないと考えている。理想は中露両国が揃って、北朝鮮の核廃絶に向けて、北朝鮮が拒否できない妥協案もしくは最後通告を突き付けることで、結果的に、北朝鮮の保護者の役割を引き受け、その責任も持つということでもある。

 現実は、そのようなことは起きない。中国は非常に慎重で、規格外れのアプローチを嫌っている。ロシアは、「秩序安定のために」とのスローガンを掲げ、奇襲軍事攻撃という得意な分野の行動を起こし、一挙に北朝鮮施設を占拠するという手段もあり得る。しかし、これは幻想に近く、北朝鮮政権が抵抗し、失敗すると、流血の大戦争となる。

 結局、出口なしの完全な袋小路状態だ。そして、中露双方の関係者は、対話の呼びかけが、実は儀式に過ぎないことも、よく分かっている。何らかの新しい手段を探せねばならない。さもないと、手遅れになる。

 ルキヤノフ氏の分析は、感情抜きの突き放したもので、もはや、対話では問題解決はできない状態へと追い込まれていると警鐘をならす。しかし、有力な解決案は示していない。ただ、「軍事介入」もしくは「第二次朝鮮戦争」の勃発を強く意識した論調になっている。
 背景には、米国を筆頭に大国と呼ばれる中国、ロシアも、すでに大国のゲームを展開するほどの余裕も力量もないという現実があるという主張でもある。

 結局、軍事介入はあるのか? 戦争は始まるのか? もしくは、逆に、対話の始まりはあり得るのか? 様々な考えや立場が渦巻いており、誰も確証を持って発言できる状態にはないということになる。

 国際政治および世界戦略における現実主義とは、それぞれの国にとって、利害・利益の増大になることを、まず最優先させるということで、朝鮮半島に当てはめると、何が国益なのかという話になる。そして、朝鮮半島で戦闘行為が開始されるということは、膨大な犠牲と損失が待ち構えているということで、戦略的利益や国家としてのメンツを考えても、利害にはならないとの結論になる可能性が強い。

 つまり、現実主義的戦略論では、戦争する意味はないとの結論になる。朝鮮半島をめぐる関係国の立場は、すべて「戦争はしたくない」というのが本音である。しかし、その本音が出せない。もしくは出したくないとの感情や思いが絡み合って、問題を複雑化させている。

 トロラヤ氏が北朝鮮問題解決の手段として、日中露の提携という話を出しているが、日本にとっては意味がある提案なのだろうか? 日本に詳しい元日本駐在ロシア大使のパノフ氏は、非常に悲観的な意見を述べている。
 朝鮮戦争もしくは米軍の軍事介入が始まれば、最も大きな犠牲者を出すのは、南北朝鮮の人々である。しかし、朝鮮半島に隣接する日本も、何らかの犠牲が出てくる。 

 しかし、パノフ氏によれば、「日本は北朝鮮問題解決のための独自の戦略を何ら持っていない」と主張する。日本が問題にしているのは、日本上空を飛んだミサイルの脅威だけで、「ミサイル攻撃があった場合は、地下室へ隠れるか、窓から離れ、床にひれ伏し、両手で頭を隠せ」と警告しているだけだ。これは「21世紀の話なのか!」と痛烈な批判を展開している。

 パノフ氏が揶揄している「Jアラート」については、いろいろな解釈があり、必ずしも、無駄とは言えないかもしれない。しかし、実験ミサイルと核爆弾積載のミサイルでは、話はかなり違う。その辺のことはあいまいで、明確ではない。明確にはできない状況なのかもしれない。
 それよりも、問題なのは、日本は北朝鮮問題では自らの戦略を持っていないという指摘かもしれない。

 日本政府は、北朝鮮に対しては、金正恩政権の挑発には乗らず、断固たる態度を取ると説明している。この日本政府の「断固たる態度を取る」という言葉は、ここ数十年、東アジアの近隣政策で繰り返し使われてきた言葉だ。別の言い方では、「毅然とした態度を取る」という表現にもなる。
 しかし、その中身は、はっきりしない。中身よりも、態度が重要だという、非常に日本的な「自分がどう見えるのか」という儀式的印象を大事にする言葉でもある。外交戦略用語ではない。外国語に翻訳すると、何を言っているのか分からないケースが多い。聞いた方は、頭の中に「?」が駆け巡り、「それでは、一体何をするのか?」という疑問になる。その回答は、はっきりしない。

 実は、「何もしない」というのが、回答になることが多い。北朝鮮問題では「断固たる態度が必要である」との言葉の後に、「日米同盟の強化が必要だ」という言葉が続く。この「日米同盟の強化」という言葉も中身がない。言わんとしていることは、「米国の行動を全面的に支持し、それに従う」というもので、そのほかの大きな意味はない。
 少なくとも、第三国の関係者には、そう聞こえる。簡単に言えば、日本は米国の後ろに隠れ、何も言わないし、何もしないという風に聞こえる。戦略ゼロである。

 日本は、戦略を持っていないし、交渉をするつもりもない。仲介者になることも考えていないとなる。トロラヤ氏の日中露三国連携に乗るということは考えておらず、まずありえないとなる。ひたすら米国の決断を待つしかないという状況で、パノフ氏の批判は、「それでいいのか」という厳しい問いとなる。

 実は、パノフ氏に限らず、ロシア側関係者が北朝鮮問題を語る時に、大きな前提を置いている重要な問題がある。それは、今後、朝鮮半島はどうするのか。もしくどうしたいのかという大きな設問で、そのことを前提に、今回の北朝鮮の金正恩政権問題も語るという構図になっている。

 中国も同じ態度であり、多分、米国も同様で、韓国もそのことを頭のどこかで考えている。しかし、日本では、朝鮮問題の将来と金正恩政権のミサイル・核実験問題は別個の話で、関連させて深く考えるということがほとんどない。現在起きている現象に対する短期的な反応と感情が中心で、長期的な視点がない。パノフ氏から「日本は自らの戦略がない」と言われても仕方がないのである。

 今回の金正恩政権の行動に対し、「断固たる態度を取る」ということは、北朝鮮への軍事報復をするということなのか? もしくは、軍事介入はしないが、北朝鮮が頭を下げるまで「毅然とした態度を取る」ということなのか? もし、金正恩政権が一歩も引かず、頭を下げることがないとなると、どうなるのか? 究極的には、軍事介入に賛成することもあり得るということなのか?
 そして、その軍事介入に、直接・間接的に参加するということなのか? 軍事介入を支持するのならば、その目標は何か。金正恩政権を崩壊させるのか、それとも金体制の維持を認めるのか? 金体制の崩壊まで望むのならば、その後の北朝鮮国家はどうするのか? 責任や義務を引き受けるのか? 究極的には、南北統一国家の構築を支持・支援するのか? という話につながっていき、朝鮮半島を、どうするのかという議論になる。

  表:朝鮮半島をめぐる関係国の態度・戦略

画像の説明
  (◎=賛成、〇=多分賛成、×=反対、?=不明)

 上記の表に掲げたのは、朝鮮半島巡る関係国の態度・戦略の比較である。
 設問は、①北朝鮮の核廃絶を支持するか? ②北朝鮮への軍事介入に賛成するのか? ③第二次朝鮮戦争の開始を支持できるのか? ④金正恩政権の崩壊を支持するのか? ⑤金正恩政権の崩壊など北朝鮮が混乱状況に入るような状態になった場合、あくまでも、現在の北朝鮮国家の継続を支持し、守るのか? ⑥南北朝鮮統一国家の誕生を支持するのか?――の六つである。

 各国の反応と言っても、政権の考え方と一般社会の考え方は違うことがあり、政権内部も分かれていることが多い。さらに、回答にあたっては、公式の発言と実際に考えている戦略とは、微妙なニュアンスの違いがある場合もある。それらすべてを含めて、現在の政権が、どのように考えているかを想像してみたもので、いわば、頭の体操的な戦略ゲームである。

 まず、北朝鮮の核兵器廃絶に関しては、米中露の核大国は揃って賛成であり、日本は核所有国ではないが、賛成の立場と思われる。微妙なのは韓国で、表向きには、賛成だが、北朝鮮の核開発については、「同じ民族としての誇りである」という考え方がないわけではない。さらに、戦略的には、南北朝鮮が統一した場合、北朝鮮の核開発技術を継承したいという考え方もあり得る。反対の意志表示ができなくとも、沈黙、もしくは、必ずしも、賛成の立場を出さないということになるかもしれない。この場合、日本国内の憲法改正論議は一挙に高まる可能性が強い。

 2番目の北朝鮮への軍事介入に関しては、米国と日本は賛成という立場を示す可能性が強い。日米両国とも大多数の国民は、軍事行動には反対と見られるが、金正恩政権の挑発行動が度を過ぎると、北朝鮮への軍事軍事介入の消極的支持から積極的支持へと変わり、「止む得ない」との声が強まる可能性は十分にある。
 日本の場合は、戦争放棄の憲法9条の存在から積極的な支持もしくは軍事介入参加には “大きな障害”がある。それでも、「日本のために、米国兵士が命を投げ出しているのに、無視していいのか」というような感情的論理展開が出てくると、何らかの対応を取らざるを得なくなる。
 一方、韓中露の三国は、多分、一貫して軍事介入反対の立場をとる可能性が強い。ただ、微妙なのは韓国で、米軍の軍事介入に対する報復措置として、韓国が攻撃された場合、自動的に軍事行動に参加していく可能性が強く、表向き反対、実態としては軍事行動参加というようなねじれた関係になることも十分あり得る。

 3番目の「第二次朝鮮戦争勃発」による大規模戦闘への対応については、韓中露の三国は反対の立場だ。戦場の拡大による朝鮮半島の混乱、戦争難民の流出騒ぎ、さらには核爆発による人的・環境的被害の発生・拡散などの混乱は絶対に回避せねばならないという立場でもある。朝鮮半島を中心に、陸続きの関係を持つ三国は、本格的戦争には巻き込まれたくないというのは、ある意味、当然であり、そのために全力尽くす可能性が強い。本来ならば、日本もこのグループに入るはずだが、海を隔てた半島の話という国外問題意識が強く、米国政府及び米軍の流れに従えば、ずるずると、戦争行動へと引き込まれていく可能性は十分にある。少なくとも、中露の2カ国は、そうなるだろうとの立場から、日本を注視する。

 4番目は、そもそも金正恩政権を支持するかという問題であり、崩壊を支持するのかという話になる。賛成の場合、それでは、金正恩政権崩壊に、直接的に関与するのかという設問にもなる。金正恩政権は独裁政権で人々を抑圧しているという欧米人権民主主義的思想に依拠すれば、金正恩政権の崩壊は支持であり、積極的に関与すべきだとの話になる。これは米国の原則的立場でもある。
 日本も、その立場に近いとされるが、軍事的な介入や戦争まで起こして、関与すべきものなのかという疑問はある。そもそも内政干渉ではないかとの根本的な疑問もある。「条件付き賛成」というはっきりしない態度に終始するかも知れない。

 これに対し、中国は、金正恩政権を力づくで崩壊させるのは反対の立場だ。そもそも、朝鮮戦争時代は仲間として、米軍・国連軍を相手に、ともに戦った歴史的経緯がある。現在、中朝関係は良好な関係にはないといわれるが、完全に突き放すには躊躇する気持ちが強い。
 さらに、金正恩政権崩壊後に出現する北朝鮮国家は親米国家になる可能性があり、米軍基地が北朝鮮全体に広がり、中朝国境の鴨緑江を挟んで、米中の軍事力が対決する可能性も出てくる。中国軍としては歓迎すべき話ではない。
 とはいっても、金正恩体制崩壊後の新北朝鮮国家が中国と同様な経済改革をスタートさせ、親中路線を展開する可能性もある。国家安全保障を重要視する軍部関係者と経済統合による中国元経済圏の拡大を求める経済界では、中国内部でも考え方も違うかもしれない。

 5番目は、金正恩政権がなくなった場合、北朝鮮国家をどうするのかという問題が起きる。金一族追放による全く新しい政権ができる可能性もあれば、金王朝を支えた勢力による旧政権の継承を図る政権が再び登場する可能性もある。そもそも、朝鮮民主主義人民共和国と呼ばれる権威主義・全体主義・独裁国家をどうするのかという大きな問題であり、北朝鮮国家を残すのか?つぶすのか?という問題でもある。

 米国は自由と民主主義の精神を掲げる立場から北朝鮮国家をつぶすのが世界平和と繁栄のために正しいと主張する可能性が強い。日本も公式には、その立場を支持するが、本当に北朝鮮国家をつぶすとなると、莫大な金がかかり、その支援は大きな重荷となる。そこまでする必要があるのかという話になる。

 韓国は同じ民族として、北の同胞を助ける義務がある。しかし、莫大な責務は負いたくないのが本音であり、崩壊というような混乱状態の北朝鮮を短期間に引き受けるというのは大きな問題だとなる。

 中国は、基本的には、米国との間にはバッファー・ゾーン(緩衝地帯)を設けたいと考えており、親米韓国とは違う国家の擁立を求める可能性が強い。

 ロシアは、それほど、バッファー・ゾーンへの思いれはない。親露政権ができるのが望ましいが、米国と中国の間で挟まれた国家が、あからさまに親露政権を標榜することはありえない。また、ロシアにとって、朝鮮半島に出現する親米政権が良いのか、親中政権が良いのかといわれれば、簡単には答えが出てこない問題でもある。

 最後の朝鮮半島統一に関しては、米国は公式的には賛成の立場を表明する可能性が強い。日本も同じ立場のはずだが、南北が統一すると、人口8,000万人に近い大国が朝鮮半島に誕生することになる。大きな鉱工業生産地帯と消費市場の出現でもある。日本にとっては、強力なライバルの登場でもあり、政治・経済・安全保障などあらゆる分野で複雑な問題を抱え込むことになる。そして、その国家は、もしかすると核技術を持った核兵器大国であるかもしれない。表向きには、反対する理由はないが、戦略的には大きな問題を浮上させる可能性が強い。

 ロシアは南北統一によるロシアの影響力の拡大を目標としており、南北統一に反対する理由はないと考える可能性が強い。今年(2017年)秋、ウラジオストクで開かれた「東方経済フォーラム」の会議の際、ロシアのプーチン大統領は韓国の文在寅大統領との個別首脳会談を行い、①朝鮮半島南北縦断鉄道の建設、②南北縦断ガス・パイプラインの建設、③ロシアと朝鮮半島を結ぶ電力網の設置、の3大プロジェクトを持ち掛けた。以前から存在するロシアと南北朝鮮の三か国提携の朝鮮半島経済統合構想である。今に始まったプロジェクトではないが、朝鮮半島の軍事緊張がを増している真っ最中に、大規模な長期プロジェクトを持ち出すという所に、ロシアの朝鮮半島戦略が見えてくる。
 南北朝鮮の融和もしくは統一に向けた鉄道、ガス、電気の連携供給網の構築であり、朝鮮半島を中心とした広域経済圏の出現によるロシアの影響力拡大もしくはロシアの南下構想でもある。息の長いプロジェクトの推進であり、シベリアからのエネルギー供給とシベリア鉄道連結の運輸網の拡大の話である。

 中国は、この計画に歯止めをかけるために、同じような経済統合計画を打ち出すかもしれない。安全保障重視の軍部の力が強いと、南北連結の統一国家構想には反対するはずで、経済統合か、朝鮮半島安全保障か、どちらが重要かという中国の問題になる。話は始まったばかりで、今後の行く末は、はっきりしない。

 個人的には、北朝鮮の金正恩政権国家の終末もしくは崩壊後、南北朝鮮半島の統一への動きは加速度的に強まっていくのではないかと思っている。問題は、どれくらいの時間がかかるのかということで、最後に残った「冷戦構造」は、確実に消滅・変化していくのではないかと考えている。

 今回の金正恩政権の荒っぽい動きの中で、日本の社会の中では「断固とした動き」「毅然とした態度」の声が飛び交い、金正恩政権への圧力強化、さらには軍事介入もやむを得ないとの主張が増大した。そして、多くの人から出てきたのが、「あんなにひどいことをしている北朝鮮政権への経済制裁に、何故ロシアは参加しないのか」という質問だった。時には「どうして米国に協力して北朝鮮制裁の参加にしないのか」と聞かれることもあった。

 そのたびに答えるのは、「経済制裁の目的とは、何なのですか? 金正恩政権の頭を下げさせ、申し訳ありませんと謝らせることですか? または、謝らないならば、金正恩政権体制をぶっ壊すことなのですか? どっちなのですか?」と聞くことにしている。
 前者だと、「よほどのことがない限り、金正恩は頭下げないし、謝ることもしないですよ」との回答になる。
 後者だと、「ぶっ壊すのは簡単ですが、その混乱の処理と、その後の国家再生は、誰がするのですか?」という疑問になる。

 ちなみに、ロシアは、米国を初めとする先進国から経済制裁措置を受けており、経済制裁は効果がなく、意味がないというのが公式の立場だ。対露経済制裁を高らかに宣言している米国と仲良く肩を組んで、北朝鮮に対して経済制裁をするというのは、「ブッラク・ユーモア」というべき論理矛盾でもある。
 ロシアが、北朝鮮の制裁措置に積極的ではないのは、制裁が思うような効果をあげず、逆に、北朝鮮政権を逃げ場のない隅に追い込むのは良くないとの考え方がある。そして、本音は、いくら常軌を逸した金正恩政権でも、朝鮮島全体を戦争に巻き込み、膨大な死傷者を出すよりはましであり、また、戦争にならないとしても、北朝鮮国家が崩壊するなどの大混乱は、できる限り避けたいということでもある。朝鮮半島の将来に大きな影を投げかけるような面倒なトラブルは避けるべきであり、これは北朝鮮と国境を同じくする中国とほぼ同じ考え方であるといってもよい。

 そして、中露両国は、向こう数ヵ月の行方を考えているのではなく、21世紀半ばまでの長期を見通した朝鮮半島と東アジアの行方に、どう絡み、どう国益を守るかということを考えている。

 どうも日本では、そのような深い考え方が、大陸国家と比べて少ない感じにある。もっと、「どうしてそうなのか?」という背景を知るべきであり、探るべきであると思うが、その訓練ができていない。ロシアの論調は、日本では「ひどいことを主張している」と思われていることが多いが、よく読んでみると、一つ一つが非常に深く切り込んでおり、かつ、多様性を持った議論が繰り広げられている。日本とは違う世界の議論や動向を、もっと知るべきだとつくづく思うことが多い。

 最後に、この原稿の半ばで指摘した「アメリカは、ソウルや東京のために、ロサンゼルスを犠牲にすることはない」というトロラヤ氏の言葉を考えてみたい。東アジアの安全保障に関しての不安定かつ不安な状況の到来を予告した主張であり、今後、東アジアは第二次大戦後に作られた米露2大国の対決による「冷戦構造」が完全に崩れ、新しい秩序体制への構築へと進まねばならなくなる。

 旧秩序が瓦解を始め、新秩序の構築が始まる移行期には、パワーバランスが崩れ、非常に不安定にならざるを得ない。疑心暗鬼から過激な行動に走り、最大限の安全や利害を求めることが多くなり、それが大きな犠牲や損失を招くことにもなる。今回問題になっている北朝鮮問題でも、過激な言動が増大し、どう見ても、誰もが望んでいない「第二次朝鮮戦争」が起きるという可能性が完全否定できなくなっている。戦争が起きても、やむを得ないと、肯定的に考える人も次第に増えている。

 それでも、今回の北朝鮮危機が、「第二次朝鮮戦争勃発」で話が落ち着くならば、朝鮮半島にとっては、「繰り返された歴史的悲劇」と、将来、総括されることは確実で、戦争開始に向けて旗を振った人の行動や主張は、「歴史的愚行」と呼ばれることは間違いないと思っている。

 今回の北朝鮮危機問題は、戦争と平和の意味を巡って、もう一度、冷静に考える絶好の機会を提供してくれたのだと、私は思っている。

*本稿は、以下の二つの記事を発展・補足したものとなっている。
①「論壇時評 北朝鮮 核・ミサイル開発を巡って」、雑誌『世界』11月号。
②「北朝鮮を抑えるために『第2次朝鮮戦争』など望んでいない」、雑誌『ニューリダー』10月号。

 (元毎日新聞専門編集委員・元日本大学教授)

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