【オルタの視点】

ハッカー[*](コンピューター侵入)とフェイク(偽物)と
― プーチン大統領は本当に米大統領選に介入したのか?
米マスコミの“フェイク報道”への疑問

石郷岡 建


◆◆ 1、初めに

 2016年の米大統領選挙は、共和党のトランプ候補と民主党のクリントン候補の一騎打ちとなり、当初、劣勢が伝えられていたトランプ候補が僅差で逆転勝利し、世界を驚かせる結果になった。米国の大手マスコミ、世論調査機関、さらには政治評論家、政治研究者などが、こぞってクリントン候補の勝利は確実と予測していただけに、思わぬ結果にびっくりするのも無理はない状況だった。だが、なぜ、選挙予測でこれほどの番狂わせが起きたのか、はっきりとした説明はいまだに行われていないと思う。一部のマスコミは反省記事を書いたが、根本的な調査は行われていない。研究者の間では、ネット空間での「偽造情報」(フェイク・ニュース)の拡大を説明する主張も出ているが、米国政治内部で何が起きているのか、きちんとした説明はなされていない。
 それよりも、大手マスコミを中心に噴き出したのは、トランプ氏への個人批判であり、何かよからぬ、世論誘導や選挙不法を行ったのではないかという疑いで、選挙に勝つはずがないものが大統領になったという怒りの爆発だったかもしれない。そして、この疑問の選挙結果の背景には、ロシアのプーチン大統領が存在するとの疑惑や告発が広がり、米国情報機関が先頭に、プーチン陰謀論を大きく叫ぶ結果になっている。
 しかし、ロシアを研究する立場からすると、今回の選挙をめぐる米国のマスコミのロシア報道は、「ファクト(事実)」をきちんと確認したものだったか、極めて疑わしい状況であり、報道後の確認作業もほとんど行われていないのが実態だ。噂や偽情報が堂々と拡散している。特に、プーチン批判報道は限度を超えており、真実か偽造か分からないまま、情報を垂れ流す報道が堂々とまかり通っている。報道の自由を守りながら、真実の追及のために頑張ってきた米国報道機関の栄光の歴史はどこへ行ったのか?と思わざるを得ない状況にある。

◆◆ 2、ニューズウィークのロシア報道

 欧米のロシア報道の偏向については、ウクライナ紛争後の米露対立の原稿を書いた際にも一度触れたことがある。それを。もう一度繰り返したい。
 まず、昨年夏頃から現在(2017年2月中旬)までの半年間の米誌「ニューズウィーク」の日本語版を取り上げ、ロシア関連の主要記事の見出しを並べて見た(なお、同誌をとりあげたのは、筆者の英語力がないためで、それ以上の他意はない)。

<2016年>
08月09日号:「PUTIN’S PUPPET(プーチンの操り人形)――
        トランプにちらつくロシア・コネクション」
  同  :「米大統領選にロシアが介入、新たなサイバー冷戦へ」
11月01日号:「トランプの応援団はウィキリークスとロシア」
11月08日号:「ロシアの黒い『選挙操作』」
12月06日号:「大統領選『デマニュース』の出元はロシア?」
12月27日号:「次期国務長官は『ロシアの手先』か」

<2017年>
01月03日号:*「ロシア情報機関とトランプの『接点』――
        ロシアの情報機関の介入で誕生するトランプ大統領は外国の操り人形なのか」
01月07日号:「疑惑のメモは黙殺してはならない――ロシアとトランプの本当の関係について
        アメリカ国民は真相を知る権利がある」
01月31日号:「スノーデンが犯した許されざる『大罪』」、「プーチンが逃亡支援を指示」
02月14日号:*「世界が見過ごすプーチンの欧州侵攻
        ――トランプや極右政党にばかり目を奪われてはいけない
        ロシア周辺で戦争につながりかねない不穏な動きがある」
02月21日号:「プーチンがひそかに狙う米シェール産業の破壊 ロシアは
        エネルギー利権防衛のためにアメリカ国内の反対運動を影で操っている」
  同  :「トランプを牛耳る男、バノン」
(*印は、同誌コラムニスト、元CIA諜報員、グレン・カール氏の署名記事)

 リストを見る限り、同誌は執拗にロシアの米国内政治に介入しているとの主張をしており(その一方で、相矛盾した内容も掲載している!)、これだけ執拗に展開されると、同誌を読む読者はロシアが米大統領選に介入したとの印象を強く持つだろうと想像する。

 では一体、何が起きたのか? そもそもの始まりは、民主党全国委員会のデータ・ボックスにハッカー集団が入り込み、機密文書を盗み出し、同委員会の幹部のメールを内部告発サイト「ウィキリークス」に暴露したことにある。暴露メールには、全国委員会の幹部がクリントン候補に対して、他の同党候補と比べて、異なる特別の優遇措置を取ったことが記録されていたとされる。同幹部は暴露事件を受けて、辞任に追い込まれた。
 このハッカー侵入事件に関し、クリントン候補は「ロシアの仕業だ」と宣言し、情報・捜査機関の調査を要請するとともに、トランプ候補を「プーチンの操り人形だ」と非難した。その後、トランプ候補は、クリントン候補の告発・非難にもかかわらず、支持率を伸ばし、11月の投票では、逆転勝利を収めた。
 この予想外の展開に、民主党陣営や大都市のリベラル層などが反発し、民主党支持の大手マスコミも加わり、トランプ批判の大合唱となり、米国社会は真っ二つに分かれることになる。そして、トランプ候補の勝利は不当であり、「トランプは米国の大統領になる資格がない」との叫びが広がった。これを背景に、ロシアのプーチン大統領の米選挙への不当介入があったとの批判が強まっていくことになる。

 プーチン大統領自身は、「ロシアには無数のハッカー集団が存在しており、何をしているのか、すべてを知ることは不可能だ」との趣旨を説明しながらも、「ロシアは国家レベルでの介入はしてない」と否定した。さらに、「民主党の全国委員会が、各候補に平等ではなく、クリントン候補のために動いたというような情報が、米国社会では重要なことなのか? 正直に言えば、私にはよくわからない。誰かの利害になるということは、私の頭には浮かばなかった。そう考えるには、米国の内政の特質や神経を感じ取ることが必要だが、ロシアの外務省の専門家でさえも感じているのかどうか、私には確信がない」と付け加えた。
 また、ハッカーの情報暴露で、大統領選挙の流れがトランプに傾くことになったとの批判については、「ハッカーが暴露した情報が、どの程度重要なのか? 情報は社会に提示することが必要で、議論すべきであり、誰がハッカー攻撃をしたかということは、第二義的な問題ではないか」と主張した。さらに「米国はバナナ共和国(中南米の小国のように、簡単に外国に支配される国家の意味)なのか? ハッカー程度で、米国の民主主義は簡単に崩れるのか?」と皮肉たっぷりに、疑問を投げかけた。

◆◆ 3、ハッカー集団

 プーチン大統領に説明されるまでもなく。ロシアには多数のハッカー集団が存在し、米政府や公的機関に攻撃をかけることに喜びを持つ“右派愛国集団”も存在する。なかには、ロシアの情報機関と提携、もしくは指示を受けて、対米攻撃を行っている者もいるかもしれない。ただ、通常、情報機関は他の国の機密情報を入手した場合は、沈黙するのが普通で、「手に入れた!」と叫ぶことはまれだ。
 そして、これらロシアのハッカー集団が政府や公的機関が情報を盗みとってくることに成功したとしても、米国の世論や選挙の動向を意識的に変えることができるのか、というと、これはまた、まったく別の問題になる。どのような情報が、どのような形で、どのような人たちに影響を与え、どのような選挙結果となって現れるか、選挙に詳しいプロでも、膨大な数の有権者を前に、はっきりしたことは言えないのが実情だろう。
 一般的に、選挙民は揺れ動いており、簡単には答が出ないはずある。ハッカー攻撃で、ロシアが米選挙に介入し、トランプを当選させたという説明は、控えめに言っても、信ぴょう性が薄く、にわかには信じられないし、胡散臭い話である。
 そして、そんな胡散臭く、怪しい話に、プーチン大統領が乗ったのかというと、きわめて疑わしい。現実主義者のプーチン大統領は、どんな米大統領が現れても、それなりの対応が必要であると考え、民主、共和の両党候補のどちらが転んでも、対応できる戦略を考えていたはずである。

 さらに、当時の選挙情報は、クリントン圧倒的優勢ということだった。負けるのが確実な、トランプ候補にテコ入れするという戦略を、プーチン大統領がとったのか、極めて疑わしい。選挙後の米露関係の行方を考えると、選挙介入などという非現実的な政策はとらず、新政権への働きかけをどうするのかと考えるのが普通だと思う。不必要な対立や紛争を起こしてはならないというのが、現実主義者・プーチン大統領の考えであるはずだ。好き嫌いで、国家戦略を展開してはならないのだ。
 ちなみに、つい最近、ロシアでは駐米派遣大使が決まったが、発表された人物は、軍事問題に強い対米強硬派といわれる。クリントン候補の勝利を前提に進めてきた人事で、当時は、トランプ勝利を予想できなかったため、対米対抗策にふさわしい人物を選んだと説明される。今となっては、もっと穏健派の方がいいのではないかとの話も出ているが、いったん進めた人事は簡単には変更できず、そのまま進められたとされる。

 それよりも、米国政府及び米マスコミが、誤解しているのは、選挙中、プーチン礼賛を繰り返したトランプ氏を、ロシア国民、社会が大歓迎し、信用していると思い込んでいることである。一般のロシア人の考え方は、「あのクリントンという変なおばさんよりはましだね」という程度の話である。
 ロシアの知識人となると、ほとんどが、「トランプ政権の米国との関係改善は慎重に進めるべきだ」との意見にある。モスクワ・カーネギーセンターのトレーニン所長は「トランプ氏は予測不可能だ」と語り、米露関係の将来については、突き放した態度を取っている。
 歴史的には、ソ連時代を含め、ロシアは米国共和党政権との関係の方がうまくいくことが多かった。その典型は、ゴルバチョフ・ソ連大統領とレーガン・米国大統領の関係である。とはいっても、地政学的、歴史的には、米露の同盟構築という話には無理があり、どこかで両国の価値観、戦略の対立が始まると考えている専門家は多い。

 少なくとも、米選挙に介入し、親ロシアの発言をしていると見られるトランプ氏を勝たせれば、ロシアにとっては、すべて、うまくいくなどと考えている人は少ない。政府上層部レベルではほとんどいない。もっと慎重である。
 また、クリントン氏が告発した「トランプはプーチンの操り人形だ」との話を、まともに信じているロシア人は皆無といってもいい。米国内でも、トランプ氏を“操り人形”だと信じている人は、騒がれるわりには、少数派ではないかと思う。大統領就任後、大統領令を乱発するトランプ氏の背景で、プーチン大統領が悪魔のように操っているという話は、奇想天外で面白いが、明らかに実態にはあっていない。

◆◆ 4、新大統領の正統性

 さらに、指摘しなければならないのは、もし、プーチン大統領が米選挙への介入命令を出し、そのお陰でトランプ氏が米大統領になったとするのならば、それは大統領としての正統性に欠けるという重要な問題が浮かび上がることになる。選挙の不正介入が本当に証明されたとなると、選挙結果は無効であり、トランプ氏勝利は成り立たなくなる可能性が強い。正統性のない大統領に国家を指揮する権利はないとするのが、通常の考え方ではないかと思うし、選挙のやり直しが行われるのが筋だと思う。
 米中央情報局(CIA)などの情報機関がプーチン大統領の米選挙介入を断定する証拠を集めたというのならば、それを公表すべきであり、選挙の有効性とトランプ新大統領の正統性の問題を指摘すべきだと思う。つまり、法的には選挙やり直しである。今回の選挙結果に不満に思う一部住民が、裁判所に提訴すれば、やり直し選挙は承認される可能性が強いのではないかと考える。
 しかし、「プーチン大統領の不当な米選挙への介入」と、マスコミで大騒ぎされる割合には、選挙のやり直しを求める声は聞こえてこない。政治的、司法的な手続きへの動きも出てこない。「トランプ氏は本当に正統性を持った大統領なのか?」という肝心な疑問がなぜ発せられないのか? 多分、米国家の権威にかかわる問題でもあり、そこまで議論を進めたくはない、触れたくもないという気持ちが米社会では強いのかもしれない。今後とも、米大統領選挙と新大統領の正統性を問われる事態にはいかないのではないかと思われる。それだけ、きっちりとした法的根拠が整っていないということでもある。

 ロシアの選挙介入に関しては、トランプ氏の大統領就任直前の1月6日、米中央情報局(CIA)、米連邦捜査局(FBI)、米安全保障局(NSA)の3情報機関が「2016年米大統領選挙を標的としたロシアの影響キャンペーン」と題する報告書を出した。報告書は、「ロシアは米大統領選挙に介入した」との結論を出している。オバマ政権の対ロシア制裁の追加措置発動の法的根拠となった文書でもある。
 ただ、13ページにわたるロシア批判の文書を読んでみると、これが、米情報機関が共同で調査した結果なのか? ある意味の拍子抜けの内容で、驚きでもある。
 ロシアの親欧米系英字紙「モスクワ・タイムス」は、プーチン政権批判の最先鋒に立つことで知られるが、米情報機関の報告に対しては「非インテリジェンス(知的ではない、もしくは情報機関的ではない)」との見出しを掲げ、「ほとんどがすでに知られていることで、新しい内容はなく、不満足だ」との厳しい批判を展開した。
 報告書によれば、情報機関がつかんだすべての内容は明らかにすることはできないと断っている。それにしても、はっきりとしない内容で、プーチン大統領がどのように米国大統領選挙に介入したのか、具体的なことは何も書かれていない。ある意味、米情報機関の見方もしくは感想を述べているだけで、きちんとした選挙介入の証明がされているとは思えない印象にある。

 まず、報告は、プーチン大統領とロシア政府高官らは、「米国が進める自由と民主主義秩序の導入が、ロシア及びプーチン体制への脅威となっていると考えている」と主張し、クレムリンはその動きを止めることを「長年の望み」としていたと説明する。
 そして、クリントン民主党候補の勝利の可能性が高まり、「ロシア政府上層部は同候補の正統性を崩すことに焦点にあてて、ロシアの影響力行使の承認を行った」と書いた。その一方で、「プーチン大統領は、クリントン候補の信用失墜を望んでいた可能性が強く、米大統領選に影響力を行使するキャンペーンを命じた」と説明し、「我々は(そのことを)確信している」と結んでいる。
 報告書の中では、プーチン大統領がいつ、どこで、誰に、どのような命令を行ったのかの具体的な説明はない。そして、「プーチンは望んでいた可能性が強い」「クレムリンは望んでいた」「政府上層部の承認があった」「我々は確信している」などの、司法告発文書とは思えない情緒的な表現にあふれている。一体、誰が米大統領選挙への介入を指揮したのか、あいまいなであり、報告の内容は一貫していない。
 個人的には、米情報機関の報告としては、かなり低レベルで、プーチン大統領が米選挙に介入したという証明はできていないといわざるを得ない。

 そして、何よりも首をかしげるのは、報告書の半分はロシアの公共テレビ批判に力を入れていることだ。「ロシアのテレビは反米的であり、“フェイク報道”を展開している」との主張を繰り返している。欧米諸国の経済措置を受けているロシアの国営放送が反米的な報道をするのは、ある意味、当たり前のことであり、そのことと、プーチン大統領が米大統領選挙に介入し、影響力を与えたということと、どうつながり、証明されるのか、読んでも、よくわからない。
 ロシアの国営テレビは、現在は、米国など外国でも見ることはできる。しかし、大半の人々、さらに米国民の大多数は、その存在を知らない。ロシア語を知らないと内容は理解できない。ロシアの国営テレビは、基本的にはロシア国民向けで、米国民向けに作っているわけではない。
 そして、テレビは電波という公開メディアを使っており、米情報機関が告発するハッカー集団による謀略行動とは、別の分野の話である。報告書のロシア・テレビ批判は、何の目的で書かれ、何を言いたいのかと首をかしげざるを得ない。

 さらに、報告書では、ロシア軍情報部がハッカー集団の背後で暗躍していたとの説明を展開している。これも首をかしげる話だ。軍情報部は軍事技術情報を集める機関であり、民主党全国委員会のデータ・ボックスに侵入する意味があるのか? もし、ロシアの情報機関が動くとすれば、米国内情報および政治状況を探っている対外情報局もしくは連邦保安局(いずれも旧KGB)のはずである。軍情報部がしゃしゃり出てくる理由がわからない。仮に、軍情報部の仕業だったとしても、軍情報部は民主党全国委員会のメールを入手して、何をするつもりだったのか? トランプ候補勝利のために、そのデータを使ったということなのか? そんな能力は、軍情報部にあるのか? 米情報機関はロシアのことを本当に分かっているのか? 疑問だらけの報告書である。

 この程度の文書では、裁判所に提出しても、選挙のやり直しを獲得することは無理で、そのような司法の手続きをすることは、もともと考えていなかったということなのかもしれない。トランプ新大統領への追及を徹底してやるつもりはなく、トランプ候補に敗れた民主党オバマ大統領の怒りからの命令が下りたため、仕方なく作られた文書で、ある種のプロパガンダ(政治宣伝)の道具で、初めからハッカー事件の捜査をきちんとする意志はなかったのではないかとの印象を強く持つ。民主党敗北による政権交代期の過渡期の政治色の強い文書で、真面目に分析する話ではなく、今後も分析されないのではないかと思う。

◆◆ 5、“フェイク報道”

 米情報機関のプーチン大統領の選挙介入告発報告書が発表された5日目後の1月11日、トランプ氏は、選挙後初めての大掛かりな記者会見を行った。集まった記者団は、トランプ氏に対し、ロシアのプーチン大統領との関係を問う質問を集中的に浴びせた。代表的な質問は「プーチン大統領が米民主党全国委員会をハッキングせよと命令したという主張をあなたは受け入れるのか?」であり、続いて「米国に対してスパイ活動行っていると告発された指導者と、どのような関係を持つつもりなのか?」だった。
 トランプ新大統領は、まず、「すべてはフェイク・ニュースだ。いかさまの内容だ。そんなことは起きなかった」と答えた。ついで、「ハッカーについては、ロシアだと思う」とロシアの犯行を認めたかのような回答を行った。世界のマスコミは、この発言を取り上げ、「トランプ新大統領、ロシアの介入を認める」と、ニュースを流すことになる。
 ただし、トランプ大統領は、そのあと、「でも、われわれは他の国や他の人々の攻撃も受けている」と話し、例として、中国を挙げた。様々な攻撃を受けているという説明でもあった。

 しかし、「ロシアがやった」という発言の方が印象強く、親露のトランプ大統領も、とうとうプーチン大統領の米選挙介入を認めたと理解されることになった。トランプ大統領の真意はどこにあるのか、不明だ。もともと、発言の真意を理解することが難しく、前言を簡単に翻す人物なので、真意をくみ取るということは非常に難しい。ただ、トランプ氏の「ロシアがやった」という発言は、極めてあいまいな表現であり、かならずしも、プーチン大統領がやったということにはならない。
 「ロシアがやった」というだけでは、そのロシアというのは、ハッカー集団なのか、情報機関なのか、政府なのか、プーチン大統領なのか? トランプ大統領の発言だけでは、誰か特定できない。この発言以降、民主党全国委員会のハッカー侵入事件はロシアがやったということで、それはプーチン大統領をトップとする「国がらみの犯行」だと理解されることになる。この構図は、ロシアのドーピング事件は、プーチン大統領をトップとする「国がらみの犯罪」だったという非難と全く一緒である。
 そして、その背景には、オバマ大統領が「プーチン大統領が米選挙に介入した」と非難した際に使われた「ロシアでは、ウラジーミル・プーチンの関与なしには、多くのことは起こらない」という論理が展開されている。

 このトランプ新大統領の記者会見では、もう一つ大きな事件が起き、世界の注目を浴びた。トランプ氏が一部メディアを「おまえの組織は最低だ」「フェイク報道だ」と叫び、質問を一切受けず、必死に食い下がる記者に対し、「黙れ」と叫ぶ映像が全世界に流れた。トランプ氏は、マスコミに対し、口汚い発言を繰り返したという印象を世界に強烈に与える結果にもなった。
 実は、トランプ氏が怒りを爆発させた背景には、記者会見の前日に、トランプ氏に関するスキャンダラスなニュースが流されたことがある。そこでトランプ氏は、報道を行った米CNNテレビとウェブ・ニュース「バズフィード」を非難し、質問には一切答えないと怒りをぶちまけたのだった。

 そのニュースとは、トランプ氏がビジネスマン時代、ロシアを訪れた際に、モスクワの高級ホテルに娼婦を呼び入れ、スキャンダラスな行為を行い、その事実をロシアの情報機関に知られ、脅されていたという内容だった。
 プーチン大統領は、この報道に対し、「ロシアは関与していない」と否定するとともに、娼婦よりも、このフェイク・ニュースを流す者の方がよっぽどひどいことをしていると非難した。
 このスキャンダラスな話は、英国の元諜報機関員と称する人物が流したとされる。この情報機関員は、以前からスキャンダラスの情報を流すことで有名で、内容についても胡散臭いものを持ち込むといわれる人物だった。
 このニュースは本当なのか、「フェイク」なのか、今のところ不明だ。多分、真相は出ないだろう。しかし、いったん出た報道に関して、他のメデイアは確認することもなく、右から左へと、垂れ流しており、規定の事実になりつつある。
 その一方で、米国のマスコミが、この疑わしい情報をきちんと調査し、確認した形跡が見られない。もともと、そんな調査をする値のない情報だったのかもしれない。おかげで、トランプ氏から「フェイク(偽造)」を流したと罵倒されても、きちんと、反論できなかった。「フェイク・ニュースだ」と非難される前に、情報を精査し、確認すべきだったと思われるが、その作業を明らかにされていなかった。

 ロシアの情報機関がトランプ氏を脅し、思うように使っていると示唆する報道は、結果的に、トランプ=操り人形説を補強する材料として使われた。トランプ氏はセックス・スキャンダルに絡み、プーチン大統領の操り人形になったという奇想天外の話で、面白いとは思うが、スキャンダルそのものは胡散臭く、操り人形になったという説明は、どうみても「フェイク」臭い話である。
 このような、プーチン大統領は世界の秩序を乱すデーモン(悪魔)であると主張するニュース解説は、欧米マスコミを中心に頻繁に表れている。毎週、どこかで流されているといってもいい。
 過去の例を挙げると、ポロニウム殺人事件、オランダ民間機撃墜事件、大統領核戦争準備発言、大統領東ウクライナ編入発言、スノーデン・ロシア亡命事件、モスクワ民主派政治家殺人事件、パナマ銀行資金逃避事件、五輪ドーピング疑惑事件、英国国民投票介入疑惑事件など、すべてがプーチン大統領の仕業だと断定もしくは示唆された。「ロシアでは、すべてがプーチン大統領の命令で行われている」という無知なロシア理解からの偏向報道、もしくは“フェイク報道”であり、プーチン大統領批判報道の基本的な構図でもある。
 プーチン大統領が大きな権力を持っているのは確かであり、独裁者のような行動をしているともいえるかもしれない。しかし、時差10時間以上という大きな空間に、約1億5,000万人を超える人口を持ち、数十か国と複雑な外交軋轢を繰り返しているロシアでは、最高指導者とはいっても、すべて理解し、すべてを采配するのは無理なのが実態である。すべてを指揮していれば、体力は持たない。どうやっても、ある種のシステムの頂点に乗って、下から上ってくる意見や要求を組み入れ、調整し、下部組織に委任するしかないのが実態である。

 個人的には、ポロニウム殺人事件では、犯行には連邦保安局が関与した可能性が強いと思うが、プーチン大統領が元情報機関員の殺人を命じたとは思えない。プーチン大統領が、治安関係の下部組織のメンバーで、英国に亡命し、もはや国内的影響力のない人物の殺人をわざわざ命じたのか? そんな重要な人物だったのか? 国際関係の重要問題にくらべると、明らかにマイナーな話である。同様に、プーチン大統領がウクライナ上空を飛んでいるオランダ民間機の撃墜を命じたとも思えない。両事件とも、プーチン大統領にとって、どんなメリットがあったのか、即座には答えられない。事実だとすれば、両事件とも、ロシアとプーチン大統領の品格・信用を落としただけで、デメリットの方が大きい。
 特に、民間機撃墜事件は、欧米諸国の怒りをかい、対露経済制裁の発動の大きな根拠になった。プーチン大統領の命令というよりは、多分、ウクライナ東部のロシア民族主義者グループが誤って撃ち落とした、つまり、意図的ではない誤射事件だった可能性の方が強いと思っている。

 スノーデン逃亡、大統領核戦争準備発言、大統領ウクライナ編入発言、民主派政治家殺人、パナマ銀行資金逃避、ドーピング、英国国民投票などに関して、すべてを詳しくは説明することはしないが、いずれも、プーチン大統領が直接関与、もしくは、命令指揮を執った可能性が少ないものが多い。また明らかに、ロシア語の理解不足から大統領発言を取り違えた報道もある。欧米諸国では、これらすべての事件が、いまだに、すべて、プーチン大統領が関与し、命令したと報道され、そのように理解されている。
 にもかかわらず、上記の事件で、プーチン大統領が“犯行”の中心人物だったと証明されたケースは、今のところひとつもでていない。どれもこれも、事実というよりは、「そうあるはずだ」との思い込みの方が強く、「フェイク」報道と反論されても、仕方がないように思われる。プーチン大統領が清く正しい人で、ロシアは「フェイク」報道を一切していないと主張するものではない。しかし、すべての事件がプーチン大統領のせいだと主張する情報もいかがわしく、かつ、「フェイク」報道といってもいいのではないかと思う。

◆◆ 6、補足、米大統領選に現れた米マスコミと米社会の問題点

 今回の大統領選挙ほどマスコミのあり方が問われたことは、過去にはなかったかもしれない。まず、選挙報道で思い込みの強い報道が展開され、結果的に、間違った報道が繰り返された。実際の結果とは全く異なる予測を信じ込み、結果的に、間違った情報を垂れ流し続けたのである。
 そして、大きな問題になったのは、ツィッターやフェイスブックなどのITメディアに乗った情報発信や情報受信の量が飛躍的に発展し、ITメディア情報が社会に大きな影響と反響を及ぼすようになったということかもしれない。
 その典型が、トランプ氏のツィッター発信で、これは独り言、もしくはつぶやきなのか、それとも、きちんとした政策・意見発表なのか、その境が見えないまま、大きなニュースとなった。前者ならば、単なる私信だが、後者だとすると、それは記者会見と同じであり、発言者はその言葉に責任を持ち、受信者は、その情報を真剣に受け取り、分析せねばならない。
 しかし、今のところ、どちらか、よく分からない。一体、法律に抵触するような内容が発信された場合、議会や社会は、ツイッターの情報を理由に、発信者を弾劾、告発をできるのかという疑問も付いて回る。

 今回の米大統領選挙では、独り言やつぶやき以外に、意識的に偽情報(フェイク)が流された。これがどの程度、法律に違反するのか、不明のまま、ネット社会を通じて、あっという間に、全国に流れ、既存のマスコミは、その対応に四苦八苦するという状況が繰り返された。
 それどころか、内容が本物か、偽物かということよりも、流されたこと事態が「ニュースだ」との理解が行われ、偽情報の反響として政治が動くならば、それはまさしく「ニュースである」との立場が打ち立てられ、偽情報ニュースが既存メディアに氾濫する結果にもなった。
 フェイク(偽物)ニュースと既存のジャーナリズムのニュースが同時に発信され、結果的に、双方は混じりあい、影響しあい、真実とは遠いところへと向かうということが繰り返された。どこからどこまでが、真実で、どこからがどこまでが、偽物なのか、極めてあいまいで、その境が分からなくなってしまったのだ。

 ネット社会に出てくる情報の中には、単に情報を提供するということ以外に、できるだけヒット回数を増やし、それが利害につながるというケースも多かった。「ワシントンのピザ屋でクリントン氏が児童虐待」とか「ローマ法王トランプ氏支持を表明」などという情報は、実はフェイク(偽造)情報だったが、大きな関心が持たられ、真実の話として伝わった。
 そして多数の人たちが、これら情報に関心を持ち、ヒットすることで、広告宣伝料金の膨大な金が発信者に入ってくるという仕組みが急速に発展していた。金目当ての情報発信が世界規模で広がった理由でもある。そして、内容がどうあれ、ヒット数を増やすためには、より劇的でスキャンダラスな情報を流す方が金になると理解され、情報はどんどん過激となっていった。真実であろうと、偽造であろうと、ヒットされるならば「それは勝ちだ」という価値観がネット上に広がり、情報空間を支配し始めているのだ。この現象は、米国だけの特有な問題ではなく、最近、日本でも起き、大きな議論を呼んだ。

 そんな情報をニュースもしくは報道と呼ぶのかどうかは不明だが、求めている人たちが存在し、需要があるから供給されるという構図が広がっている。問題は、既存のジャーナリズムが、このような混乱状況に異議を申し立て、反論しなければならないのに、それを怠り、積極的に、ジャーナリズムと呼べないような情報の供給に関与し、連携していったことがある。
 ジャーナリズムとは、ニュースや情報を求めて、探し回り、精査して、その内容を発信するということであり、独り言やつぶやきを確認もせずに、発信するということではない。ヒット回数の増大を求めて、過激な内容を書きまくる情報を横流しすることでもない。なのに、米ジャーナリズム界では、ネット情報を無批判に受け入れるということが始まり、本来のジャーナリズムのあり方を根底から破壊し、信用を失い、わき道へとそれていく流れが強まった。それは、プロのジャーナリズムではなく、ニュース報道でもなかったと思う。
 ネット礼賛者の中には、「これからはネット情報の時代になり、既存のジャーナリズムの時代は終わる」と主張する人が少なからずいる。私は、そのような議論の場では、常に、「ネット自体が取材することはありえない。情報を精査することもない。ネットは単に情報伝達の手段、媒体(メディア)に過ぎない。きちんと情報を求めて、取材を行うのは、ジャーナリズムであり、もしこのジャーナリズムがいらないというのならば、正確な情報を求める必要はないということになる。そして、情報を無視する社会、もしくは国家は、衰えていくしかない」と答えることにしている。

 ただ、今回の大統領選挙で、米国の既存ジャーナリズムがプロの仕事をしたかというと、私はかなり疑問に思っている。大手マスコミの選挙報道はクリントン氏支持に偏ったものであり、トランプ叩きに奔走し、有権者の半数近くがトランプ氏を支持しているという実態を見抜けなかった。というよりは、実態を見ようともしなかった。
 ジャーナリストとしては失格である。ジャーナリストは、「どうすべきか」という個人的な意見や嗜好を主張することではない。また、上から目線で、一般の人々に訓示を垂れることでもない。「どうあるか」、つまり、「何が起きているのか」という客観的事実を掘り起こし、どうして、そうなったかを調べ、分析し、報告することである。
 世界のありうるべき姿については、人々自身が決めることであり、ジャーナリストはその判断材料を提出するのが、第一義的な役目である。選挙期間中と、その後のトランプ新政権の誕生に関する米メインストリームの報道に関しては、どう見ても、客観的とは言えず、思い入れの激しい主観的報道に終始したと思っている。

 今回の米大統領選挙では、真実と偽物の真実が混じりあい、混乱し、あちこちで、「フェイク(偽物だ)」との非難応酬が飛びかう事態となった。このことはジャーナリズムの質をより落とすことになり、一般の人々の信頼を落とす結果になった。
 実は、欧米のマスコミ界では、「POST TRUTH」(真実以後)の世界という概念が語られ始めている。それは、「ニュースが真実とは限らない」という時代の到来の説明であり、鋭い指摘でもある。
 しかし、この言葉自体が、ジャーナリズムのモラルの低下を呼び、誤った認識を人々に与え、反省がなくなり、ジャーナリズムのニュース報道の価値を落とし、歪めていると思っている。

 米国の政治コンサルタントのソンダーズ氏は昨年10月の日本国際問題研究所の講演のなかで、最近、米国のジャーナリストの3分の1が職場を離れ、新聞の3分の1がなくなったと指摘し、既成のジャーナリズムが急激に縮小し、危機的状況になっていることを指摘した。そして、既成のジャーナリズムに代わり、ネット社会が勢いを増し、急激に拡大・発展しているとの実情を説明した。それは既成のジャーナリズムの弱体化と質の低下を招いたと、私は思っている。
 さらに、問題なのは、読者というか、ネット社会の情報受信者たちが、自分の考えと同じ立場にある情報だけに興味を示し、バイアスがかかった先入観に満ちた情報の世界にどんどんのめり込んでいるとの状況があったという。新しい情報を受け入れず、自分の狭い考えだけを強化し、新しい情報には反発・抵抗しているのが実態だという。ソンダーズ氏は、米国の情報社会中で進むかなり歪んだ世界を「知的動脈硬化」と呼び、警鐘を鳴らしている。

 今回の米国の選挙報道を見ていると、日本で考えられないような事実認識の確認なしの報道が目に余るほどあふれたという印象を受ける。ツイッターやフェイスブックに載ったからといって、それは事実もしくは真実とは限らないという当たり前のことが確認されていないということでもあり、このままではジャーナリズム報道が廃れていくということでもある。プロのジャーナリズムが消えれば、正確なニュース報道を流す者がいなくなる。ネット社会にニュースがなくなり、私信的な独り言やつぶやきだけが蔓延するということになりかねない。
 個人的には、今回の米大統領選挙の背景で現れたメディアの混乱は、米国メディアが弱体化していることの証明であり、米国社会全体が弱体化しているということを示唆していると思う。それはマスコミだけでなく、米情報機関の情報収集と分析の甘さにも現れている。「フェイク」という現象は、マスコミだけに限らず、米社会全体に広がっているのではないかと危惧する。
 米国のマスコミは、今一度、ハッカーやフェイクに惑わされることなく、事実の確認を通じて、真実の報道を求めるという地道な仕事を守るべきである。それがジャーナリズムの王道である。さもないと、米国のジャーナリズムの質の低下がどんどん進み、どうにもならない、抜け出ることができない袋小路に入り込む。それは米国社会全体が分裂と混乱の暗い未来へ突き進んでいくという話と同じであり、世界にとっても、歓迎すべきことではない。米国の現状に、大きな危機感を持たらざるを得ない。

 (元毎日新聞モスクワ特派員・元毎日新聞特別編集委員・オルタ編集委員)

[*]:「ハッカー」とは、本来、コンピューター技術の知識が深く、技術問題を解決できる能力のある人のことを指す言葉。一方、コンピューターへの不正なアクセス、もしくは、悪用する人たちのことは「クラッカー」と呼ぶのが正しいとされる。ただ、現在は、「ハッカー」は不正侵入者を意味することで一般的に使われることが多い。


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