【オルタの視点】

トランプ・ショックを超えて
― 日米関係を再構築する ―

進藤 榮一


 いまポピュリズムとテロの妖怪が、世界に徘徊している。民衆蜂起が世界各地で起こり、底辺からする現存秩序の問い直しが台頭し続ける。ロンドンやパリ、ダマスカスからマニラを経て、デトロイトやワシントンまで、ポピュリズムとテロの嵐が吹き荒れて、大米帝国の世紀、パクス・アメリカーナが終焉の時を刻み始めている。

 その終焉が、「自由と民主主義」を普遍的価値と仰ぐ日米同盟と、安倍政権下の日本外交のあり方を問い直している。
 敗戦後70年以上にわたって私たちは、パクス・アメリカーナの世界像の中で生きてきた。「アメリカン・デモクラシー」というソフトパワーを押し戴き、アメリカの力によって「平和と繁栄」を享受できるとみなしてきた。それが私たちの常識だ。

 しかし、一年半にわたる大統領選挙とトランプ大統領の登場は、米国流の自由と民主主義、資本主義と覇権外交に対する常識を、根底から覆し始めている。
 結論を先取りするなら、もはや米国の政治や経済、外交の流儀は、私たちが見習うべき師表ではありえなくなっている。その現実が、米国史上最も醜悪で異様な選挙戦に集約されている。その結果がいま、帝国以後の世界――多極化世界――を生み始めている。

 そもそもなぜ、そうした選挙を、米国民は展開するに至っているのか。そしてなぜ、既存政治を罵倒する実業家のトランプが勝って、初の女性大統領候補クリントンが「ガラスの天井」を打ち破れなかったのか。
 答えは、二つのキャピタル――資本と首都――に対する民衆の根深い反発にある。それが、オルテガのいう「大衆の反逆」を生み出している。

 第一に、カネがカネをつくる金融資本主義の現在に対する反発だ。それが加速させる超格差社会への反逆である。富める1%と貧しい99%とに分断された社会への、大衆の反逆だ。
 その意味でトランプの勝利は、民主党予備選で健闘した「社会主義者」サンダースの旋風と、根っこが同じだ。

 いまや米国経済の仕組みは、ものづくりからカネつくりへと変容した。米国企業収益に占める製造部門比は、1950年の60%から2005年に5%に低下した。0.001秒のアルゴリズム投機商法で巨万の富を稼ぐカジノ経済が展開する。そしてその破綻がリーマンショックと世界金融危機を生んだにもかかわらず先進諸国は、ゼロ金利と大量金融緩和を進めて一般庶民の可処分所得を剥奪し続ける。

 第二に、首都で展開する政治の現在に対する民衆の反発である。その反発が、膨大な選挙資金と利権に群がる政治家集団がつくり上げた異常な金権政治に対する99%の民衆の反逆と重なり合う。規制緩和の下に政治資金規制が緩和され、2010年に上限がなくなった。今次の選挙に投じられた資金総額は100億ドル(邦貨で約1兆円)を超えた。20年前、ビル・クリントン再選時の総額が6億ドル、桁違いの金権政治化が進行している。

 首都の政治に巣食う職業的口利き屋、ロビィストの数は、この30年間で7千人から3万人に増大した。そして彼らを仲介としてウォール街の金融資本と首都の政治権力が癒着し、権力(クラチア)が民衆(デモス)から乖離し続ける。その米国政治の現在を、ウォール街と密着した前国務長官クリントンが象徴した。

 かくて、民主主義を世界に広めるという「アメリカン・デモクラシー」のソフトパワーは機能せず、帝国を支えるイデオロギーの基盤が削がれていく。情報革命下で米国が、ドローン兵器やオスプレイなど最先端電子兵器を手にしたにもかかわらず、内戦も危機も収束できずにテロと軍拡を誘発して、反米感情を煽り続ける。

 フイリッピン大統領ドゥトルテが、オバマ大統領の面前で吐いた米国非難の言葉が、反米感情の広がりと根深さを物語っている。米国はもはや白人優位の国ではなくなった。非アングロサクソン人種が全人口の38%を占め、30年後に過半に達する。トランプの登場は、彼ら怒れる白人たちの失われた誇りを代弁する。トランプが選挙で、ラストベルトだけでなく、ラテン系移民が多数住む南部サンベルトをも制した所以だ。

 終わり往く帝国アメリカはいったいどこに行くのか。トランプの米国に私たちはどう付き合うべきか。いま問われているのは、帝国終焉後の「同盟の作法」である。けっしてそれは、安倍首相の強調するのとは違って、普遍的価値を両国が共有するが故に護持する日米基軸論ではない。「日米同盟は永遠なり」として帝国につき従う道でもない。帝国に「貢物する国」(ブレジンスキー)として日本が軍事基地を強化し、対米従属を自ら選択し続ける道でもない。

 それはまた、自由貿易体制推進の大義名分下で、日米双方のグローバル企業に奉仕するTPPを勧める道でもない。中国や北朝鮮の“虚構”の脅威論を煽り立てて、米韓日の軍産複合体によって核武装する道でも、無論ない。
 その意味では、極東からの米軍撤退さえ示唆するトランプ新政権の誕生は、日本が核武装ではなく、独自に単独軍縮外交を進める好機となる。

 トランプ新政権の外交経済政策は、大要次のような方策を軸にしていくのではなかろうか。

 選挙期間中に吐いた“暴言”と違ってそれは、孤立主義的な「アメリカ・ファースト」の路線を堅持しながら、ビジネスライクで現実的な政策に彩られていく。TPPの道はいっさいない。NAFTAも見直しの対象となる。グローバル企業に益する(EUとの)TTIPは、民衆に益しない政策として破棄される。

 他方で、ロシアとの個人的なつながりを媒介して、プーチン政権との協調外交に乗り出すだろう。対ロ制裁は解除し、ロシアの支援を得ながらアサド政権主導下に、シリア内戦の収束に動くだろう。たとえそれが、テロと難民の波を押し止めることがないにせよ、米国の中東撤退の道を拓いて、帝国終焉以後の「多極化世界」をつくり始めるだろう。

 中国についていえば、習近平政権の“為替介入”政策に表向き異議を唱えるけれども、巨大市場中国とのビジネス外交を進めながら、オバマ政権下の「アジア軍事関与」から撤退する。

 国内的には、グローバル企業中心のオバマケア(医療保険改革)を修正し、国内インフラ投資による古典的な経済再建策を積極化させる。大恐慌期のニューディール型の実務的政策の、周回遅れの踏襲だ。

 日本にとって新政権の登場は、もう一つの通商外交の選択肢、RCEP(東アジア包括的経済連携)へと外交の舵を切り替える好機になる。
 日本の対中貿易依存度は23%、対米貿易依存度が17%で、対アジア貿易依存度はその三倍、50%を超える。ものづくり生産ネットワークがアジアに張りめぐらされて、アジアは「世界の工場」から「世界の市場」となり、いまやAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立を機にアジアの大インフラ投資の機会を手にできる。

 いま日本に求められるのは、終わり往く帝国が撤退する「力の空白」を軍事的に補完したり、対米軍事協力を進めたりする道ではない。興隆する新興アジア地域との経済連携を強めて、社会文化交流を深化させる。「脱亜入欧」から「連欧連亜」に至る道だ。

 それが、トランプ・ショックを超える「同盟の作法」である。いま登場する、帝国以後の「多極化世界」を生き抜く道だ。それを「アジア力の世紀」に生きる日本の道といいかえてよい。

 (筑波大学名誉教授・アジア連合大学院機構理事長)


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