■【アフリカ大湖地域の雑草たち】(57)
ソマリランドはいいところ、一度はおいで
I ソマリアとは別もの
お誘い
ナイロビのジム仲間から「いちどわが家に遊びにおいで」と誘われた。彼女のホームはソマリランドの首都ハルゲイサにある。「安全でいいところだからぜひ来てね、ソマリランドとソマリアを一緒にしないでよ」と。
ソマリランドは、アフリカの角に位置する旧英領ソマリランド地域で、1991年5月18日、ソマリア共和国からの独立を宣言した。日本を含め、世界のほとんどの国がこの独立を認めていない。
イスラエルの動き
2025年12月26日、イスラエル政府は、ソマリランドを独立主権国家として正式に承認したと発表した。イスラエルのこの動きは、国連加盟国としては世界初、かつ、現時点(2026年2月15日時点)で唯一だ。
これを受け、多くの国が、ソマリランドはソマリアの不可欠な領土の一部であり、イスラエルの決定は地域の平和と安全を脅かすと非難している。多くの国とは、当事者のソマリアのほか、多くの現安保理メンバー(中国、ロシアを含む)、さらにアフリカ連合・アラブ連盟に属する国々などだ。一般論として、一つでも現状変更が認められると、その他の「独立主張のある地域」に波及しかねない。
一方、米国は、ソマリランド・ポリシーに変更はないとしながらも、イスラエル擁護の立場を示している(2025年12月29日の安保理10084会合時点)。
アデン湾のライフライン
ソマリランドはアデン湾に面する177,000平方キロメートルの半砂漠地帯で、国連をはじめ一般的理解では「ソマリアという国の北部地域」という位置づけだ。ジブチ、エチオピア、ソマリアと接する。
ソマリランドには570万の人々が住む。主な産業は畜産業と農業だが、再生可能エネルギー、鉱物資源、漁業などにも期待が寄せられている。貿易港であるベンベラは、隣接する内陸国エチオピアにとってもライフラインだ。人々のほとんどがスンニー派イスラム教徒だ(地図・朝日新聞から転写)。

ソマリランド外務国際協力省によると、ソマリランドは世界23ヶ国に代表・連絡事務所を、24ヶ国がハルゲイサに事務所を、それぞれ置いているとある。イスラエルによる今回の決定とは別に、中華民国(台湾)が2020年にソマリランドを承認した経緯がある。
II 歩みの始まり
アフリカの大原則
アフリカには独立時の国境線をお互いに尊重しようという大原則がある(1964年アフリカ統一機構決議)。ところが史実は、この大陸が、たえずこの原則とは相いれない動きを抱えてきたことを示している。分離独立を達成したエリトリアと南スーダン(それぞれ1993年と2011年)のほか、コンゴのカタンガ、ナイジェリアのビアフラのように、犠牲と混乱を残したばかりの経験もある。
しかし、ソマリランドはこれらとは異なる。1991年のソマリランドの独立宣言は、実は再独立宣言だった。
1960年6月26日、英領ソマリランドは独立した。ソマリランド政府公式サイトによると、この独立を、35ヶ国が承認したとある(中国、エジプト、エチオピア、フランス、ガーナ、イスラエル、リビア、ソ連など)。
そして、その数日後の7月1日、イタリア信託領ソマリアが独立した。こうして、それぞれ別々に独立した両者が、ソマリア共和国として連合した。「1960年7月、伊信託領及び英領がそれぞれ独立し、合併して「ソマリア共和国」を形成」と、外務省「ソマリア一般事情」の記述にあるとおりだ。
「独立時の国境を尊重する」のが原則であるのなら、実はソマリランドの独立主張に分がある。
国連・OAUメンバーに
1960年7月1日、この連合体はさっそく国連加盟を申請した。Aden Abdulla Osmanソマリア共和国暫定大統領が、国連事務総長あてに発出した電報(7月1日付け)だ。申請は安保理、総会の審議を経て、同年9月20日、ソマリアは国連に加盟した。1963年に設立されたアフリカ統一機構でも同様だ。「1960年7月1日に独立」し、「モガディシュを首都とする」ソマリアが、設立当初からのメンバーとなった。
アフリカ最後の植民地と言われる西サハラ(サハラ・アラブ民主共和国)は、アフリカ連合の正式メンバーで、かつ、国連の非自治地域(non-self-governing territories)であり、つまり、その立場が未決着だということが国際的な共通理解である。これに対し、ソマリランドのソマリアとの関係は、国際的課題ではなく、あくまで国内問題であるという理解だ(西サハラについては、オルタ広場2025年7月号拙稿)。
III ビジョンと現実
走りながら考えた
ソマリランドが1991年独立宣言に至った経緯を、同政府のサイトを参考にしてみると、こんな感じだろうか。
1960年、アフリカ大陸全体が、脱植民地と民族自決の機運に熱く覆われていた。ソマリランドとソマリアは、同じ民族からなる独立国家同士として、自発的で対等な結合関係をめざした。ソマリランド、ソマリア、仏領ソマリランド(ジブチ)、オガデン(エチオピア領)、ケニア北部にまたがるソマリア民族たちをひとまとめにした国をつくろう―大ソマリア主義―のビジョンも、連合の追い風となった。
だが、ビジョンと現実は必ずしも一致しなかった。生まれたばかりの連合体は、憲法制定、法制度整備など、国内体制づくりも進めた―つまり、走りながら考えた。旧英領、旧イタリア領それぞれの制度的差異、氏族(クラン)の違いなど課題は多かった。外国人の目には、民族的、文化的に両者はほとんど同じに見えるが、氏族が異なるとのことだ。
10年の抵抗運動
走りながら考えるうちに、ソマリランドではモガディシュ政権への不満が募っていった。とりわけ1969年クーデターで発足したバレ政権への反感は強く、同政権によるエチオピア侵攻の失敗と、それに続く経済的クライシスは、組織的な抵抗運動の引き金となった。
およそ10年間戦いが続いた。その間、ソマリランドの犠牲者数は5万から10万人と推定されるほか、40万人が難民に40万人が国内避難民になった(註)。
(註)再独立宣言までの概略
1961年、ソマリランド士官たちによるクーデター未遂。
1969年10月21日、ソマリア国軍シヤド・バレ将軍によるクーデター。最高革命評議会議長(後に大統領)就任。親ソ・科学的社会主義路線を採用。
1977年、バレ政権、オガデン(エチオピアのソマリ人居住地域)を征服しようとエチオピアに宣戦布告。最初は成功を収めたが、1978年敗北。経済崩壊、ソマリランドへの大量難民流入。
1981年4月12日、ロンドンでソマリ国民運動(SNM)設立、バレ政権への抵抗運動開始。
1991年1月、バレ大統領追放、ソマリアは内戦状態に突入。
1991年5月18日、ソマリランド独立宣言。
こわれた国の隣で
ソマリランドは自らを「ソマリランド―34年の平和と民主的ガバナンス」と称する。ソマリアとの対比を強調するものだ(スクリーンショット参照)。

ソマリアは、同時期、「こわれた国」としてすっかり有名になってしまった。1991年以降「全土を実効的に支配する政府が存在しない」(外務省ソマリア基礎データ)無政府状態に陥り、それが20年以上も続いた(2012年まで)。であるからこそ、ソマリランドの良さが光る―選挙で民主的に政権が交代し、街を歩いても安全な、そんな国なのだ、と。
冒頭でふれた筆者の友人は「ソマリランドとソマリアを一緒にしないで」と言う。これとまったく同じ趣旨がBBC報道にある「Somaliland has a working political system, government institutions, a police force(ソマリランドでは政治システム、政府機関、警察が機能している)」「has also escaped much of the chaos and violence that plague Somalia(ソマリアが被ってきた混乱と暴力からも免れてきた)」
お隣のソマリアが混乱にあるさなか、ソマリランドはせっせと国づくりに励んだ。その間、近隣のエリトリア、南スーダンの分離独立もあったが、ソマリランドの人々は、平和と民主的ガバナンスの実をとることを選び享受してきた。
IV 進展中
34年たって
34年たった2025年、ソマリランドを独立主権国家であるとする国が現れた―イスラエルだ。
ネタニヤフ・イスラエル首相、サアール・イスラエル外相、アブディラヒ・ソマリランド大統領による共同宣言では、「農業、保健、技術、経済分野における広範な協力」を拡大していくとのことだが、地図を見れば、戦略的要衝を求めるイスラエルの意図がうかがえる。アデン湾と紅海に面する航路の安全を確保し、かつ、イランが支持するイエメン反政府勢力(フーシ派)ににらみをきかせられる。また、パレスチナ人移転計画の可能性も言われている。
さらに「この宣言は、トランプ大統領の提唱で署名されたアブラハム合意の精神に基づくもの」であると、トランプ現政権へのシグナルを忘れていない。
この動きは、中東情勢全体に大きな影響をもたらしかねない。緊迫した交渉が続けられていることだろう。
退避してください
ジム仲間のお誘いはどうしようか。外務省安全情報では「危険度レベル4:退避してください。渡航は止めてください(退避勧告)」の分類で、「ソマリア(同国北部の「ソマリランド」を含む、以下同様)への渡航はどのような目的であれ止めてください。既に滞在されている方は直ちに退避してください。」(外務省海外安全ホームページ)とある。民主的で安全なソマリランドでも、テロに遭遇するリスクは低くないとのことである。
渡航は当面は難しそうだ。
ナイロビ在住
参考文献
United Nations Security Council, Press release, 10084th Meeting (PM), SC/16270, 29 December 2025, Israel’s Recognition of Somaliland Triggers Sharp Divides, as Security Council Speakers Warn Move Threatens Stability in Horn of Africa
African Union Press releases, 26 December 2025, The Chairperson of the African Union Commission rejects any recognition of Somaliland and reaffirms the African Union’s unwavering commitment to the unity and sovereignty of Somalia
Identical letters dated 29 December 2025 from the Permanent Representative of Somalia to the United Nations addressed to the Secretary-General and the President of the Security Council
PM Netanyahu announced the official recognition of the Republic of Somaliland as an independent and sovereign state, Government: The 37th Government, Publish Date:26.12.2025
Republic of Somaliland、Ministry of Foreign Affairs and International Cooperation
Republic of Somaliland: 34 years of peaceful democratic governance Republic of Somaliland | Somaliland democracy
(2026.02.20)
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