アフリカ大湖地域の雑草たち(62)

スマホの向こうの未来

大賀 敏子
 
I 大統領のほっかぶり

 ケニア製スマホ

画像の説明

 写真の左側の男性が、ケニアのルト現大統領だ。白衣をまとい、被っている白い帽子は、頭髪が散るのを避けるためのキャップ、いわば、ほっかぶりだ(写真、Daily Nationから転写)。
 場所はEast Africa Device Assembly Kenya (EADAK)、ケニア製スマホづくりの工場だ。2023年10月、ビジネスベースでは初めてとなるこの工場の操業開始に、大統領自らが駆けつけた。エンジニアと頭を寄せて機械をのぞき込む様子は、まるで、おもちゃに夢中になっている子供のようで、思わずこちらまで微笑みたくなる。
 ケニア製スマホが静かな話題を呼んでいる。携帯電話のデバイスと言えば、海外メーカーの輸入品を求めるのが普通だったが、それが少しずつ変わり始めている。もっとも部品は輸入品なので、現地製造と言うよりは現地組み立てと言うべきだが、利用者に聞くと、クオリティはけっして悪くないとのことだ。
 
 カバーはされたけど

 いまやケニア国土のほぼ全域でモバイル・ネットワークが利用できる。海底ケーブル接続、光ファイバー網敷設、携帯電話網整備、衛星通信活用、データセンター建設など、官民力を合わせて、ラストワンマイルに届くインフラ整備にまい進してきた成果だ。
 Figure1にあるように、「Coverage gap」(3G以上のモバイル・ブロードバンド・ネットワークのサービス圏外に居住している人)は、2014年は33パーセントだったが、2022年は1パーセントに縮小し、2024年は0パーセントとなっている(GSMA(GSM(Global System for Mobile Communications)アソシエーション)報告)。
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 ところが、ネットワーク圏内にいるにもかかわらず、モバイル・インターネットを利用していない人々がいる。それも、2024年時点で、人口の38パーセントにもなる(Figure1の「Usage gap」)。ネットワークが広がるに連れて、usage gapが相対的に大きな問題として浮かび上がってきた(註1)。
 
 (註1)ここでいうモバイル・インターネットは、携帯電話網を通じたインターネット利用を指すので、インターネット自体は利用していても、専らWi-Fiを使っている人もUsage gapのうちに含まれうる。
 
 自分には関係ない
 
 なぜなのか、モバイル・インターネットを使わない人たちにその理由を尋ねた。価格が高い52パーセント、使い方がわからない16パーセント、自分には関係ない9パーセントという結果が出た(GSMA、対象はモバイル・ブロードバンドを知っているのに利用しない人、2023年)。
 つまり、大半の人にとってスマホもデータも高すぎる。そもそも使い方も、その有用さ―ありがたみ―もよくわからない、という人も未だに少なくない。
 また別の調査によると、ケニアの携帯加入数は人口を上回っている(124パーセント)ものの、デバイスの数では、スマホより旧来型(ボタン式)の方が、わずかの差だが、まだ多い(2023年)。廉価なうえ、通話とショート・メッセージばかりか、携帯による支払いにも十分役に立つので、昔ながらの機械を愛用し続けている人が意外と多い(図2、Daily Nationから転写)。
Ohga2608図2 

 II 政策で後押し
 
 選択の自由に任せきりにしない
 
 この38パーセントの人々に対し、ケニア政府は、個人の選択の自由に任せきりにしてはいない。それどころか、「すべてのケニア国民が安価なインターネットと手頃な価格の国産デバイスを利用できるようにする(ensure that every Kenyan can access inexpensive Internet and reasonable access to locally produced devices)」ことを、明確な政策目標として掲げている(ケニア国ICTポリシー、2019年11月策定)。
 そこで政府が積極的に後押ししているのが、ローカル・アセンブリによるスマホ生産と、人々のデジタル・スキル向上の研修だ。
 
 国民的規模
 
 The Kenya National Digital Master Plan 2022-2032は、現行の政策指針だ。この策定・公表にあたって、ケニヤッタ大統領(2022年当時)は次のような趣旨を述べた。
 2022年までの施策を振りかえると、複数の大学の工場で116万9000台の学習・教育デバイスが生産され、全国の公立小学校に届けられたうえ、60万人を超える教師がICTスキル向上の研修を受けた。このような大きな成果を受け、これに続く2032年までの10年間は、さらに市民2000万人、公務員30万人、教師35万人にデジタル・スキル向上の研修を施す。
 総人口が、赤ちゃんから高齢者まで含めて、5462万人(2024年、世銀)だ。国民2000万人への研修とは、就業世代、就学世代の大半をターゲットにしようという、国民的規模の取り組みと言ってよい。
 
 III 1日25円で
 
 ビジネスベース
 
 最初のケニア製パソコンが誕生したのは2015年だ。これは大学研究機関での試験的取り組みだった。こうした経験を経て、いまや、スマホのローカル・アセンブリがビジネス・ベースで展開されるようになった。
 冒頭でふれたEADAKは、2023年の操業開始から1年間で30万台強を販売した。このほか、M-KOPAは現在、毎日7500台の組み立て能力を持っているとのことだ(2026年5月の報道)。
 気になる値段は、部品の輸入価格のために期待ほどには廉価にはならず、機種にもよるが、7000~9000シリング(約8600~11000円)ほどだ。
 都市部一般労働者の法定最低賃金が月額およそ18000シリング(約22000円)ほど(The Regulation of Wages (General) (Amendment) Order, 2026)であることを考えると、スマホ一台で月収の半額近くになってしまい、まだまだ高価だ。
 
 スマホ・ローン
 
 「Lipa Mdogo Mdogoプログラム(ちょっとずつ払おうプログラム)」はスマホのローン購入の仕組みだ。たとえば、頭金1000シリング(約1200円)ほどを払って、デバイスを使いながら毎日20シリング(同25円)ずつ返済する。
 毎日の20シリング返済は、庶民の懐にはどれほどの負担だろうか。ナイロビのオフィス街で働く人たちのランチは概ね100シリング、通勤のバス代が往復で1日100~150シリングほどだ。5、6人の家族で分け合う夕食は、ぜいたくをしなければ300シリングくらいか。なんらかの収入がある人なら、返済し続けることもムリではない額かもしれない。
 ただし、支払いが滞るとスマホがロックされるというペナルティーがあるほか、一括購入より総支払額が高くなってしまう場合もあり、セカンドハンドの外国製ブランドの方が安いという声もある。
 
 IV 未来のビジョン
 
 社会構造に働きかける
 
 日本の総務省の統計によると、日本国民全体のインターネット利用率は85.7パーセントだ(2025年)。インターネットなしでは不便な時代であるが、14.3パーセントの人は、自らはそれを使わずに生活している。固定電話や郵便、対面のやり取りを中心に生活し、どうしても必要なら誰かの手を借りるなどしている、高齢者を中心とした人々のイメージがわいてくる(註2)。そして、日本にも、デジタル活動支援推進事業、デジタル推進員制度をはじめ、人々がデジタル社会から取り残されないように行政が応援する取り組みがある。
 これに対し、ケニアで進められているのは―社会制度も統計の趣旨も異なるので日本との単純比較はできないが―個々の利用者の支援にとどまらず、デバイス価格、デジタル・スキル、産業育成など利用を支える経済、社会、産業基盤そのものに働きかけようとするものだ。
 
 (註2)高齢者の利用率は、65歳以上全体と75歳以上全体で、それぞれ62.9パーセント、48.5パーセントである。
 
 躍動感
 
 ケニア製スマホが本格的に広まるとどうなるか。より多くの人が、モバイル・データを使い、デジタル経済発展を支えることとなる。スマホ生産自体が雇用を生み国民経済の底上げにつながる。公共サービスのデジタル化が進められ、行政効率が上がる。そして、ケニアの輸出は一次産品などに偏り、精密機器の多くを外国から輸入するしかないといった、そんな貿易構造のイメージが変わっていく。
 ビジネスベースでどこまで成功するか、まだわからない。また、アフリカには、ケニア以上に国産デバイスづくりに先進的に取り組んでいる国もある(南ア、エジプト、ルワンダ、コンゴ(民)ほか)。さらに、デバイスを作れば作るほど、その廃棄・リサイクルにも対応していかなければならない。
 それでも、一つ言えることがある。ケニア製スマホの向こうには、未来のビジョンが見えることだ。だからこそ、大統領自らが、頭にほっかぶりを着けて、工場に駆けつけずにはいられないのではないか。
 躍動するエネルギーとその向こうに見える未来―それが、この地の魅力の一つではないかと改めて感じている。
 
 ナイロビ在住
 
 
 参考文献
 
 GSMA, October 2024, Driving digital transformation of the economy in Kenya Opportunities, policy reforms and the role of mobile
 GSMA, Accelerating Smartphone Adoption in Africa Insights from the DRC, Kenya, Nigeria, Rwanda, Senegal, South Africa, Togo and Zambia November 2025
 総務省「2025(令和7年)年『通信利用動向調査報告書世帯構成員編』統計表一覧」,2025(令和7)年8月実施
 Ministry of Information, Communications and Technology, November 2019, National Information, Communications and Technology (ICT) Policy
 Daily Nation, 31 October 2023, Smartphone plant roars to life as Safaricom asks for subsidy
 
(2026.8.20)
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