【メイ・ギブスとガムナッツベイビーの仲間たち】

サングルポットとカッドゥルパイの冒険

高沢 英子

 広大なブッシュの森とユーカリ樹林や砂漠のなかに、多くの生きものが棲息しているオーストラリアでは、近年でさえ、時として大きな山火事が、都市部にまで襲いかかります。
 この春もシドニー近辺では被害は甚大だったと聞いています。これは、多種多様な生きものたちと共存共栄で大自然に立ち向かうあの国の、いまだに大きな課題でもあります。

 さて前回、カッドゥルパイとサングルポットは、あたらしく友達になったトカゲおじさんやほぐれ花の少女とともに、初めて人間を見た話で終わりました。そして、「ヒューマンを見ること」。これは彼らの冒険の旅の大きな目的の一つだっただけに、メイ・ギブスも、子供たちのためにひときわ筆に力を籠めたのではないでしょうか。

 先住民族のアボリジニたちが、何万年もの間、独自の素朴な知恵と感性をはたらかせ、夢想や呪術を織り交ぜて生きものたちを擬人化した物語や絵を紡ぎ出し、平和なくらしを培ってきたこの南海の広大な島オーストラリアは、やがて18世紀なかばから19世紀にかけて、イギリスはじめヨーロッパのひとびとに発見され、産業革命で追い詰められ生活苦から犯罪者となったイギリスのひとびとの流刑地としても用いられ、その後も先進国のさまざまな政治的、経済的思惑にからめられつつ、紆余曲折を経て、徐々に国としての形を整えました。

 近代的な価値観と生活観をもって暮らしてきたヨーロッパの入植者にとって、ブッシュの森に生息するありとあらゆる動物たちと人間との共存の問題は、アボリジニとは異質の大きなテーマだったに違いありません。
 メイ・ギブスの「サングルポットとカッドゥルパイ物語」は、こうした状況をふまえ、この地の特色を巧みに取り入れ、かつ近代人としての矜持も失うことなく、美しいイラストを添えた物語に仕上げています。

 ブッシュの森に住む生きものたちは、新しくこの地にやってきた「ヒューマン」にも、邪悪で自分たちを脅かす強い力の持ち主ばかりでなく、困っている生きものをやさしく助ける心と力の持ち主もいることを知ることになります。 
 動物を主体にしたおとぎばなしは、数多くありますが、こんな風に野生の生物の眼で、人間を眺めたものは少ないように思います。かれらにとって新しい生き物である人間は、「マン」でも「ウーマン」でもなく「ヒューマン」なのです。

 ことば一つにもどこかユニークな表現を忍ばせるメイ・ギブスの語りくちに、格差や社会的ないかなるドグマにもとらわれない自由を愛するヒューマニスムの精神と、明るいユーモラスな感性を、読み取ることができます。続きを読んでゆきます。

 トカゲさんは怪我をしたのではなくて、ただひっくり返っただけで、すぐ起き上がりました。それを見てサングルポットとカッドゥルパイとその友達、みんな大喜び、早速みんなそろって例のおじさんの洋服店へ、サングルポットの破れた服をつくろってもらいに出かけて行きました。

 ところが、その途中で、サングルポットは、さきほど女優のリリー・ピリーのお父さんのピリー氏がくれた数枚の映画のチケットの1枚をうっかり落とし、かれらの後からすぐやってきたほぐれ花が、それを拾いました。彼女はびっくり、ほんとのことだなんてとても信じることができないで、嬉しさに叫んでしまいましたが、それがあんまり大声だったので、トカゲさんのあとをこっそりつけて来ていた意地悪な蛇夫人に気づかれてしまいます。

 蛇夫人はするするほぐれ花に這い寄ってきました。そして丁度、ほぐれ花がその貴重なチケットを、帽子に挟み込むのを見てしまったのです。蛇夫人は鱗をさらさらいわせて滑るように近づいて、ほくそ笑みながらその舌で彼女を軽くはじきます。すっかり日が暮れ、あたりは暗くなっています。
 ほぐれ花は疲れてお腹を空かせていましたが幸せいぱいでした。なぜってとうとう映画を見にゆくことになったんですから・・・、わくわくしながら今夜の宿にする公園に急ぎました。

 蛇夫人は公園まで彼女のあとをつけてきました。そしてほぐれ花が古ぼけたシートの隅っこで、 1枚のおおきな葉っぱで身をくるむのを見ました。
 犬が飼い主には嗅ぎ分けられないあらゆる匂いをかぐことができるように、ナッツも、どんなに小さな花々でも香りをもっていることを知っているのです。ほぐれ花は破れたシートの上に横たわりますが、それというのも傍に咲いていた薄紫色の蘭の花の匂いが好きだったからなんですよ。そしてすぐ眠りに落ちました。
 蛇夫人はすかさず、するすると這い寄ってチケットをまんまと奪います。このあたり、メイの筆は、子供たちにはいささか気味の悪い蛇夫人のなめらかな動きを、リアルに細かく描き出します。

 可哀想なほぐれ花は、翌朝遅く目が覚めました。彼女はなかば夢の中で、誰かが素敵な帽子をプレゼントしてくれたみたいな気分で、そっと帽子に手を伸ばしました。あ、チケットは無くなっています! でもすぐ気が付いてキャーなんて叫ばないようにしました。やさしい子なので、隣のシートで貧しい女の人たちが眠っているのを起こさないように気を遣ったのです。
 そして、急いでそっとシダの葉をかき分け、ちょうど蛇夫人が穴にはいっていく姿を見つけました。すぐにほぐれ花はあとをつけました。とても暗くておそろしかったけれどもチケットは取り返さなくちゃ・・・。やがて通路の出口のあかりが見えてきました。出口からそっと覗いてみたとき、突然、蛇夫人の仲間の性悪バンクシャーたちの声が聞こえてきたのです。

※注)バンクシャー/バンクシア(Banksia)は、ヤマモガシ科の属のひとつ。オーストラリア原産。オーストラリアのもっとも乾燥した地域を除く全域に産する。特徴的な花序と果穂を持ち、オーストラリア産の野生の花の中では有名で人気があり、庭木として利用されている、とあり(Wikipedia)、下のような写真のものです。
そんなに悪いとは思えないので気の毒ですが、なんとなく花らしくなく、タワシみたいな形で、いかつくごわごわしている感じで、ギブスは物語の中でこのバンクシャーを、なにかというと出没させてガムナッツたちをいじめる悪役に仕立てて活躍させています。

画像の説明

 なかのひとりがいいました。「あいつらは明日リリー・ピリーの映画に行くらしいぜ。トカゲのやつはその間どっかに出かけているからわしらはナッツたちを捕まえて、トカゲが探しに来る前に誘拐しちまおうぜ」
 「あはあ!」蛇夫人の声が聞こえます「それがいいわよ、あのモンスタートカゲ奴。大嫌い」
 「わしらで餓死させちまおうぜ、あの太っちょナッツ野郎ども」別の怒った声がします
 「よかろう」違う身の毛のよだつような声が言いました。続いて蛇夫人が「殺しちまおうよ。醜いトカゲ奴を、ナッツどもの大好きなあいつを」とものすごい怖い声で言いました。   

 (エッセイスト)
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