【コラム】風と土のカルテ(91)

コロナ対応の現実と「源泉」をたどる出色の作品

色平 哲郎

 ドイツ語の Quellenkritik は、日本語で「史料批判」と訳されている。歴史研究で史料の価値を客観的に吟味することを指すが、原語の Quelle は「泉」「源」を意味する。一つひとつの出来事の源泉をたどり、事実が湧出する根拠やメカニズムを注意深く解き明かしていく。そうした手法こそ Quellenkritik なのではないか、と自己流に解釈している。

 今年11月に刊行された山岡淳一郎氏の著書『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに見舞われた日本の「第一線医療」と、首相官邸や霞が関、都庁、国の諮問機関などが織りなす政治の作用・反作用の源泉をたどる出色の作品だ。

 本書は、岩波の月刊誌『世界』に、「コロナ戦記」と題し、2020年10月号から2021年11月号まで計14回連載された記事を基にまとめられたものである。連載中から、毎回、手に汗握りながら読んでいた。こうして1冊にまとまると、医療現場と政治の同時進行的な動きと関係の深さがよりリアルに伝わってくる。

 20年1月の国内1例目の報告から、屋形船の集団感染、永寿総合病院(東京都台東区)でのクラスター発生へ、その不連続の連続を著者は丹念に追い、驚くような証言を引き出す。

 クルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号での現場対応が生んだ症状別医療体制、沖縄県の感染爆発と米軍基地、精神科医療の「それでも必要な密」、他の大病院に直談判して「病院長会議」を立ち上げた病院長、感染拡大のさなかに入院待機者をゼロにした東京都墨田区の独行、今から3年前、感染症のmRNAワクチンの臨床試験直前で「凍結」されてしまった研究開発、体外式膜型人工肺(ECMO)装着から生還した患者の壮絶な夢と現実のせめぎあい、東京五輪を無観客開催へと導いた「楽観バイアス」、、、どの話も印象に深く、胸に刻まれた。

 それとともに、私たち医師の中で「当たり前」と感じられていることが、一般社会から見ると、いかにいびつに見えているのかという点も再認識させられた。例えば、リーダーシップとシステム、両者の融合の難しさだ。

 第5波の首都圏や関西圏では、自宅待機中の患者が医療にアクセスできずに亡くなり、医療崩壊が起きた。都府県の病床確保策は十分に稼働し得ていない。国は、重症病床1床に最高1,950万円の補助金を支給して病床を積み上げた。が、いざというときに使えない 病床が少なくなかった。
 医療界に身を置いていれば、マンパワー不足や、病院の意思決定の過程で様々な事情があっただろうと推察できる。しかし、それは「内輪の論理」だ。世間は、補助金をもらいながら稼働しないベッドに「幽霊病床」の烙印を押す。

 一方で、金でも、地位でも、名誉でもない、とにかく患者さんを助けたいと一直線に修羅場に飛び込む医療者もいる。矛盾だらけの戦場と化した医療現場と、そこに差す光を、本書は丁寧に描いていた。

「あとがきにかえて」は、こう結ばれた。

 「政府と、その周辺の専門家が仕切るコロナ政策は、今後『歴史の審判』を受けることになるだろう。権力中枢の『内輪の事情』や『駆け引き』で下された判断が的確だったかどうかは、最前線でたたかった人たちの『現場・現物・現実』のリアリティで洗い直さなくてはならない。ささやかながら、この本が、その一助になればと願っている」

 丹念な取材により、現実の「源」をたどった本格的なノンフィクション。10年後、20 年後も読み継がれ、「古典」としての評価を受けるであろうと感じた。

 (長野県佐久総合病院医師、『オルタ広場』編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2021年11月30日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。

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(2021.12.20)
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