【コラム】風と土のカルテ(88)

コロナリテラシーと「もう一隻の船」

色平 哲郎

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、各国にコロナリテラシー(コロナ禍を読み解く技)ともいうべき共通課題を突きつけた。コロナリテラシーは、政治のリテラシーの試金石であって、パンデミックは、各国の政治の力を試しているのだ。人流を抑えるための措置や、検査・隔離から医療提供体制の整備、ワクチンの調達と自治体への配分、リスクコミュニケーション等々、コロナリテラシーは政治に直結している。

 しかし、昨年来、日本の現政権が行ってきたコロナ対策は、とても「明かりははっきりと見え始めている」(2021年8月25日・菅義偉首相会見)状況を作り出したとは言い難い。デルタ株の猛威は、首都圏から全国へ拡大しており、私が暮らす長野県でも医療崩壊の危機が高まっている。

 政府・与党には「楽観論」がはびこり、東京五輪・パラリンピックの開催を導いてきた。その元をたどると、スポーツの祭典の熱狂を追い風に政権の支持率を高め、権力を維持しようとする考えがあると報じられている。そうした思惑に引きずられ、現実のコロナ対策は実効性を失ってきた。

 このような場合には、政治における「もう1つの選択肢」が必要だ。ところが、野党からは、少し先を見据えたオルタナティブは一向に提示されない。政府のやり方に批判的な英知が結集し、現実的な対処法を掲げる動きが全く出てこないのである。

 コロナ対策への国への不満の「受け皿」がない──。
 そんな風に鬱屈とした気分でいたとき、中島岳志・保坂展人著『こんな政権なら乗れる』(朝日新聞出版、2021)を手にした。読み始めると止まらなくなった。
 政治学者の中島氏が、対談を通して、元国会議員でコロナ対策でも成果を上げている東京都の世田谷区長、保坂展人氏の「ビジョン」と「政権担当能力」、そして「人口92万人の大きな自治体の役所を動かすリーダーシップ」などをうまく引き出している。

 保坂氏といえば、社会民主党の国会議員として政治の道に踏み込んでおり、革新主義者のイメージがあるかもしれない。しかし、10年に及ぶ世田谷区長としての歩みは、夢想的な革新主義ではなく、地に足のついた漸進的改革の色彩が濃い。その象徴が「5%だけ変えます」と宣言して区役所の職員たちの意識を変えたことである。

 保坂氏は、同書でこう語っている。
 「自治体というのは、法定化された制度内で同じ業務を続けていく部分が相当あります。継続性の中に大切なものがあり、いきなり変えられない部分も多い。
しかし変化を拒んで100%変えないのでは水が流れないわけで、5%は変える。池の水も少しずつでも替えていけば清らかさを保てるだろう、と。だから、ただの思いつきではないんですよ」

 そこから保坂区長は、市民が区政に積極的に参加するルートを作り、車座集会を頻繁に開き、下北沢の再開発や、脱原発と自然エネルギーの利用、福祉のワンストップサービス、公設民営のフリースクールなど着実に成果を上げる。
 保坂区長の市民を巻き込んだ区政は、保守層からも一定の支持を獲得し、現在に至っている。国政野党とは違う可能性を感じる。

 政治のリテラシーの試金石、その先に、国民が乗れる「もう一隻の船」があるような気がしてきた。

 (長野県佐久総合病院医師、『オルタ広場』編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2021年08月31日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/202108/571628.html

(2021.09.20)
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