■コリア式統一のステップ  小田川 興

  • 「南北接近」を実感した金剛山観光--
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     ことしの酷暑は、敗戦後60年の節目にあたるせいだったのだろうか。朝鮮半島問題をカバーしてきた私にとっては、南北朝鮮の分断が60年もの歳月を刻み続けてきたという重苦しい現実を振り返る季節でもあった。

 秋風が待ち遠しい9月初旬、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の名勝地・金剛山の陸路観光取材にでかけたのは、南北関係の「変化の芽」をこの目で確かめたいからだった。

 折りしも、北朝鮮の核開発問題をめぐる日米中ロと南北朝鮮の第4回「6者協議」は膠着状態に陥り、朝鮮半島情勢に世界の目が注がれるさなかの北朝鮮入りでもあった。

 9月3日朝、ソウル・現代グループ本社前から漢江沿いにバスで北上すること約5時間、日本海(韓国・北朝鮮では東海)沿いのコンドミニアム前に到着。乗り込んできた韓国側の女性案内員に「携帯電話、ラジオ、規格以上のカメラ、双眼鏡を預けるように」といわれ、それに従う。ちょっぴり緊張が高まる。金剛山は観光特区だが、南北が鼻突き合わす最前線でもあるのだ。

  韓国の最北端、高城統一展望台のふもとに韓国側の出入国管理事務所ができていた。ここで、荷物検査とともに査証を受ける。旅券に押されたスタンプは行き帰りとも「大韓民国 入管」と「高城←→金剛山」であった。特区をいわば特殊国家として出入国管理を行う意味だろうと解した。

 バスは高速道路並みの観光専用路をゆっくりと真北に進み、軍事休戦ライン(38度線)を越えた。「高圧危険」と記された電信柱が通過点だった。

 北朝鮮側の入管では、金日成バッジを胸につけた女性兵士が書類をチェック。30代後半だろうか。右腕には金色のブレスレット、ヘアバンドが薄化粧の顔をきりりと引き締める。肝心の軍帽は審査台の上に置いたままだ。この光景に、はや緊張緩和の空気を感じ取る。

 実は、朝日新聞編集委員だった2000年秋、釜山から船で金剛山取材をした。現代グループの総帥、鄭周永さんが1998年に始めた金剛山観光は、この年に初めて日本人に公開された。このときは北朝鮮入管の建物全体がピリピリしていた。

 しかしいまや、観光特区の運営は軌道に乗ったようだ。言い換えると、市場経済システムが定着してきたということだ。観光ツアー料金は2泊3日で朝食代とも4万円余りだが、そのほか昼と夜の食事代、みやげ物、名物の平壌サーカス観覧料などはすべてドル払い。ファミリーマートもあり、ミネラルウォターの小ボトル2本で1ドルだった。

 ホテルも北朝鮮の従業員が目立ってふえた。同じバスだった日本人留学生はしきりに、民族服の案内嬢に会話を試みていた。

  5年ぶりので登山路でもリラックスできた。北朝鮮側案内員の何人かと国際政治問題で会話ができたことはその例証だ。複数の案内員から「6者会談はどうなると思いますか」と、真剣なまなざしで聞かれた。私は「北が核兵器を放棄することが東アジア共同体の構築に不可欠です」と答えたところ、ある案内員は「そうです。共生が大事ではないですか」と打てば響くように返してきたのには、うれしくなった。

 北の従業員は観光ルートの道沿いに屋台を出してみやげ物を売ったり、バーベキュー料理も提供したり。いずれもドル勘定である。彼らはこうして現金収入を得ることができる状況から市場経済に慣れていき、一時的に曲折はあっても、もはや元に戻ることはできないだろうと思う。

 金剛山登山口には8月31日、離散家族の面会所が着工された。地下1階、地上12階で600~1000人収容の宿泊施設が2007年に完成する。板門店付近では欧州につながる南北間の鉄道の連結計画も進んでいる。朝鮮戦争で断絶した「鉄馬」はやがて再び立ち上がり、鉄路を驀進するだろう。

 今回の金剛山取材で思った。ドイツ統一は東西ドイツの人びとが同じテレビを見ることができたという「情報・通信の共有」が大きな要因だったという。では、南北朝鮮を統一に導くカギは何か。それは南北の人びとが共有する「民族精神」と、有無相通じ合う「経済協力」であろう。金剛山特区は21世紀の希望をはぐくむ南北統一の実験場である。

この「南北交流の樹」を大きく育てるために、日本及び日本人はどのように力を添えることができるか。それが、かつて植民地化した朝鮮半島の人びととの「和解と共生」を可能にする。最も重要なのは、日本と朝鮮半島の「歴史問題」の解決である。金剛山の扉を開く南北首脳会談(2000年6月)を実現させた金大中・韓国前大統領は、同会談5周年の5月、東大安田講堂で開かれた「朝鮮半島の共存と東北アジア地域協力」シンポジウムで日韓、日中の歴史問題をめぐる摩擦に言及し、「過去の歴史をめぐる葛藤が東アジア共同体に向かう道を妨げてはならない」と強く訴えた。

しかし、またもや小泉首相の靖国参拝(10月17日)は東アジアを波立てている。日本及び日本人は歴史を直視し、偏狭なナショナリズムから脱却して隣人との共生を実現するため懸命の努力をすべきである。そこから南北統一の確実な歩みを約束するステップが見えてくるはずである。           (了)

       (筆者は姫路獨協大学特別教授・元朝日新聞ソウル支局長)