【コラム】八十路の影法師

ガラス

竹本 泰則

 2026年(令和8年)1月23日の衆議院解散に伴う総選挙は自民党の圧倒的な勝利に終わった。2月18日、高市早苗氏は第104代から引き継いで第105代の内閣総理大臣となり、第二次高市内閣が発足した。
 内閣制度が創設された1885年以来140年余りの間に総理大臣を務めた人は67人を数えるが、いまさら言うまでもなく、女性は高市氏ただ一人。

 女性の昇進を阻んでいる眼には見えない障壁をなぞらえて「ガラスの天井」と表現されることがある。昨年の高市総理大臣誕生に合わせて、新聞などでこの語は見られた。1970年代末頃にアメリカで生まれ言葉のようだ。一般に知られるようになったのは1986年に米国の経済新聞・ウォールストリート・ジャーナル紙が取り上げたのがきっかけらしい。その後、1991年に公民権法の修正をめぐる審議のため米議会に「ガラスの天井委員会 Glass Ceiling Commission」が設置され、さらには、国際労働機関(ILO)が労働実態調査の指標としたことなどによって世界的に広がったという。
 近年では2016年のアメリカ大統領選挙に敗退したヒラリー・クリントン氏の「(女性にとって、大統領職は)もっとも高く、もっとも打ち破りがたいガラスの天井」とのコメントも記憶に新しい。

 ガラスは私たちの生活において身近な存在だ。住宅・乗り物などの窓、酒を含めた飲料の容器、食器、鏡、レンズ……さらには小生のようなロートルだと、ビー玉、おはじきなんてものまで思い出される。
 テレビジョンは、以前はブラウン管方式だったが、その表面は固く、いかにもガラスだった。ブラウン管を駆逐した液晶表示構造になると表面の風合いはガラスっぽくない。画面を軽くたたくとへこむ。てっきり樹脂製品だと思っていたが、液晶層、偏光板、カラーフィルターなどといった構成材料の薄い層を支えているのはガラスであり、その厚みは0.3~0.7㎜だという。
 なじみは十分あってもガラスについては知らないことが多い。
 そもそも、いつ、どこで生まれたのやら、どのような道筋を経てこの国に伝わって来たやら……。
 さらには、ここまで「ガラス」と表記してきたが、この言葉はどう見ても和語ではなく、外来語だ。英語だとglass(グラス)、しかし日本でグラスといえばガラス製の杯をいうことが多い。一方で、教会堂のガラス窓などに見ることが多い、美しい色をいくつか使った板ガラスはステンドグラスという。また「硝子」という表記にもよくお目にかかるが、これを「ガラス」と読むのは無理がある。
 ガラスはその呼称まですっきりしない。
 ガラスについて興味が湧きインターネットを流し読みしてみると、長い歴史や多様な用途など種々の情報が得られる。素人の浅知恵だけなので危なっかしいがつまみ喰いをしてみた。

 ガラスの誕生は人類文明の発祥の一端かもしれない。現物がどのようなものだか知らないが、多くの研究者が「最古のガラス」と認めているものは、西暦紀元前25世紀ころ(約4500年前)に作られたものだという。生産地はメソポタミアという名で知られる地域らしい。
 紀元前15世紀ころ、ガラスびんなどの容器が作られるようになり、紀元前1世紀ころには、「吹きガラス」の技法が発明されている。これは、細い鉄のパイプの先に溶けたガラスをつけ、パイプに息を吹き込んでガラスをシャボン玉のようにふくらませる成型法で、大量生産は無理だが、今でもびんや容器などの製造に使われている。
 現代の私たちがもっとも目にするガラス製品は窓や鏡などの平らな板ガラスだと思うが、現在のようなゆがみのないきれいな製品が大量に生産されるようになったのは最近のことといっていいようだ。
 古代ローマ時代の板ガラス作りは、砂で作った型の中に溶けたガラスを流し込んで成型するやり方だったが、厚みの均等さ、製品の透明度に難があり、さらに、大判のものができなかったらしい。大きな板ガラスを作るために、中世のヨーロッパでは、吹きガラスの技法によって長い筒状のガラスを作り、それを縦に切り開いて板状に伸ばす方法が考え出された。しかし、表面が平坦ではなく、気泡や歪みもあったという。
 現在の板ガラス生産方式の基礎は、1953年から1954年にかけて英国のピルキントンという会社が開発したフロートガラス製法だという。溶融した錫の上に溶融したガラスを浮かべ、それを連続的に引き上げて生産するという方法らしい。世界中のガラス製造事業者がこの技術の特許を譲り受け、品質の高い板ガラスが市場に供給されるようになったという。

 わが国にガラスが伝わった足どりもみてみる。
 日本で発見された最も古いガラスは、小さなガラス・ビーズ。弥生中期(紀元前4~3世紀)のものらしく、主に中国からもたらされたと考えられている。
 弥生時代の中期から後期になると、日本でもガラスが製造されていたという。福岡県(三雲南少路遺跡)でガラスの勾玉が出土している。勾玉は、中国や朝鮮などにはない日本独特の形状であり、ガラス炉も発掘されているので、日本でもガラス製造が始まっていたと考えられている。しかしその規模は小さかったのであろう、その後も南インドや東南アジア製の特徴をもつビーズが数多く輸入されていたらしい。古墳時代(3世紀後半~7世紀)になると輸入量が増えて古墳にはビーズが副葬され、西アジア製のガラス器もいくつか発掘されているという。
 飛鳥・奈良時代になると、上流階級の人々によって多くのガラス製品が使われるようになったらしく、正倉院所蔵品の中に数々のガラス製品がみられる。ガラス製品だけではなく、ガラス玉製造の原材料や燃料などを記録した古い文書も残されているというので、わが国のガラス工業はこの時代に立ち上がったようである。
 正倉院所蔵のガラス製品の中で、高い技術の装飾を施した「瑠璃杯(るりのつき)」が有名だが、これは海外からの輸入品。当時のガラスにかかわるわが国の技術は、複雑な形状のものを作れる域には達していなかったようだ。
 貴族階級に美しいガラス製品が珍重される一方、仏教寺院の建立、仏像制作などの盛行もあり、ガラス製品の製造、輸入は平安期になってもなお続く。しかしながら、13世紀以降には次第に衰えていったという。代わって成長したのは陶器のようだ。

 ガラスの新しい時代はキリスト教とともにやってくる。天文18年(1549年)に来日したフランシスコ・ザビエルは、各地の大名などにガラス器、鏡、めがねなどを贈ってキリスト教布教の許しを求めた。その後も、いわゆる南蛮貿易で多くのガラス製品が輸入され、ガラスがもつ実用性も認識されていった。さらには、ポルトガル、オランダなどとの交流の中で欧州のガラスの製造技術も伝わり、わが国のガラス工業は息を吹き返す。
 ガラス生産の波は長崎から始まって、大阪、京都、江戸、薩摩へと広がり、国産ガラスである「和ガラス」が生まれた。江戸期以降にはそれまで作れなかった容器類までもだんだんに製造できるようになる。さらに、切子のような工芸的な加工技術も進歩し、今につながる高い技術によって芸術性を備えたさまざまなガラス製品が生み出されるようになっていったという。

 大昔、初めてガラスに接した日本人は、これをどう呼んでいただろう。
 辞書にはガラスの古称として、はり(玻璃)、るり(瑠璃)、びいどろ、ぎやまんという語がならぶ。
 玻璃と瑠璃は古くから珍重された貴石で、前者は現代語でいう水晶。ちなみに、現代中国のガラスの表記は玻璃のようだ。この呼び名はわが国においても息が長く、正宗白鳥の昭和2年の作品『雨』にも登場する。書き出しの部分を引くとこうだ。
 「杜若(かきつばた)の蔭に金魚が動いてゐる。/五月の雨は絶え間なく降つて居る。私は帝國ホテルの廻廊の椅子に腰をおろして、玻璃越しに中庭を眺めてゐた。いろいろな刺戟から免れて心の閑かな時であつた」。
 瑠璃は正倉院の「瑠璃杯(るりのつき)」のほか『源氏物語』(32梅枝)にも用例を見る。しかし、近代以降でガラスに当てた用例は管見では見当たらない。
 「びいどろ」は、ポルトガル語でガラスを意味するvidro(ヴィードロ)が源であり、「ぎやまん」はオランダ語でダイヤモンドを意味するdiamant(ディアマント)が訛ったものらしい。中世から近世にかけて欧州のガラス製造・加工の技術が伝わったときに加わった呼び名だろう。「ぎやまん」ではダイヤモンドを意味する語がガラスに変わっている。「切子」の加工にはダイヤモンドを埋め込んだ回転盤が使われることからごっちゃになってしまったか、あるいは、「切子」製品の美しさをダイヤモンドのきらびやかさになぞらえたものか、いずれかだろう。
 今ではこれら二つの呼び名を聞くことはまずないと思うが、「びいどろ」は梶井基次郎(『檸檬』―大正14年)、「ギヤマン」は谷崎潤一郎(『蓼食う虫』―昭和3年)の文中に登場している。
 現在、ガラスの漢字は硝子をあてる例が多い。しかし、この語をまっとうに読めば「ショウシ」だ。現に、眼球の中には硝子体(ショウシタイ)と呼ばれる部位もある。常用漢字表での「硝」の読みは音(おん)のショウを示すのみで、用例としては「硝石、硝酸」を挙げている。硝子は、明代の中国でガラスにあてた熟語らしい。わが国のガラス製造企業・最大手の四社は、社名の漢字表記にはすべてこれを使っている。
 ついでながら「ガラス」は英語からではなく、オランダ語glasが源だという。オランダ語の発音では語頭が「ガ」と聞こえるのだろうか。聞いてみたいものだが、近くにこの望みをかなえてくれそうな人はいないなぁ。

(2026.3.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧