【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

イラン戦争で垣間見えた米国宗教界は他山の石か

荒木 重雄

 米国とイスラエルがイラン戦争を開始して間もないある日、米国のルビオ国務長官とヘグセス国防長官は口々に、イランの神権政治を非難し、狂信的なイスラム主義者に核兵器を持たせてはならないと主張した。
 同じ頃、大統領執務室では、複数の福音派牧師たちがトランプ大統領の肩に手を置き、戦争の勝利を祈っていた。そして、記者会見に現れたレビット報道官は、「皆さん、先ほどの私たちの『アーメン』が聞こえましたか? 」と記者たちに質問した。「大統領と私たちのチームは、私たちの主であるイエスに祈っていたのです」。
 トランプはイランの核開発阻止、ネタニヤフはイランの体制転覆を掲げて、それぞれ秋に控える選挙での支持者の歓心を目当てに始めた戦争が、突如、「宗教戦争」に変貌したのである。

◆イラン戦争はハルマゲドン!?

 トランプ氏はもともと信心深いとはいえない。3度の結婚歴を持つ不動産業者の彼は、キリスト教プロテスタントの一派、長老教会で育ったが、宗教行事に出席することはほとんどなかった。だが、政界入りしてからは、福音派とぞっこんである。なぜなら、福音派は、思想信条で近いうえ、米国民のほぼ4分の1に迫る勢力をもつからである。 

 福音派とは、世界は聖書に書かれているように動くと信じる人たちであるが、とりわけ、善と悪の世界最終戦争(ハルマゲドン)ののち、キリストが再臨し、最後の審判が行なわれるとする終末論に思いを寄せ、自らを善(神)の側に立つ者として、世俗化や道徳的退廃(すなわちリベラルな思想、風潮)に立ち向かおうと志す人たちである。しかも、イスラエルの「栄光」がキリスト再臨の前提となる。
 トランプは、そのための「神の信託を受けた王」の役を演じることで、政権基盤の一角を固めてきた。
 そして、終末は近いとする福音派の人たちは、中東で起こる事態はハルマゲドンへの過程と捉え、イランとの戦争はまさにその一環とするのである。

 政権内でこの思想を代表するのはヘグセス国防長官である。
 十字軍の象徴である「エルサレム十字」や十字軍のモットー「DeusVult(神がそれを望まれる)」のタトゥーを背負うこの男は、その著書に「我らキリスト教徒は、ユダヤの友人たちと共に剣を取り、イスラム主義を押し返さなければならない」と記し、酔えば「イスラム教徒は皆殺しだ」と叫ぶ。
 
 彼は、軍指導部を再編し、将校たちは兵士たちに、聖書の一節を引用して、この戦争は「神の計画」の一部であり、トランプ大統領こそ、ハルマゲドンの戦いの火蓋を切って落とすために選ばれた人物であり、対イラン戦争はまさにその一環で、ゆえに絶対勝たねばならぬ、と訓示するまでになった。
 おかげで、軍内部の宗教の自由を監視する非営利団体には、各基地からの通報が絶えぬという。
 
 トランプに開戦を促したとされるイスラエルのネタニヤフ首相も、彼は独善的な旧約聖書の解釈を背景に暴虐と悲惨を周辺地域に及ぼしているが、イラン戦争についても、イランを古代ユダヤ教の伝承に登場する邪悪な民族に譬える言説を振り撒きつつ、卑劣な攻撃を繰り返している。
 たが、これについては別稿に譲り、本命の、トランプ大統領にご登場を願おう。

◆トランプ大統領vsレオ教皇

 開戦以来、罵詈雑言を吐き続けてきたトランプは、復活祭のさなか、要求に応じなければイランを「石器時代に戻す」と脅した。これを懸念したローマ教皇レオ14世が、「キリストの弟子たる者ならば、かつて剣を振るいいまは爆弾を投下する者の側には決して立たない」と戒め、「力の誇示や戦争はもうたくさんだ。 真の強さは、命に奉仕することにある」と訴えた。

 これに対してトランプは、教皇を呼び捨てにし、「レオは犯罪や核兵器に弱腰で、外交政策で最悪だ。米大統領を批判する教皇は要らない」と返し、「教皇になれたのは俺のお蔭だ」とまで言い募った。
 教皇は、それに返して、世界は「一握りの暴君に蹂躙され、絶え間ない国際法違反と新植民地主義的傾向に直面している」が、「支え合う大勢の兄弟姉妹によってつなぎとめられている」とし、教会は「戦争に反対し、平和を語り続ける」と表明して、論争はエスカレートしていった。

 念のため補足すれば、これらは面と向かっての応酬ではなく、トランプはSNSで、教皇は信徒の集会などでの発言である。

 こうした中で椿事が起こった。トランプがなんと、自分をイエスになぞらえたAI生成画像を投稿したのである。聖書の人物らしき装いのトランプが患者の額に手を触れて癒し、周囲で軍人、看護師、祈る女性らが感嘆の表情でトランプを見上げ、空には星条旗がはためき、鷲と戦闘機が飛んでいる。
 この投稿にはさすがに、共和党やMAGA派、福音派からも批判の声が湧いた。すると今度はトランプは、自分がイエスとおぼしき人物と顔を寄せ合っている画像に変えて、投稿した。

 傑作なのは、これに反発してネットユーザーたちが投稿したパロディ画像である。その一つは、空から降りてきたイエスが、怒りに満ちた表情でトランプの横面を張り倒す。殴られたトランプは血を吐いて、地獄の炎の中へと落ちていく。

 なにやら戯画のような話を書いてきた。だが、これが、米国の宗教界の一断面ではある。
 そして筆者は思う。この風景を嗤ってだけいていいのか。宗教者たちも、この世界の現実にもっと声を上げなくていいのか。「仏教はほんらい平和な宗教だから」としたり顔でたかをくくる仏教者を含め、今一度、真剣に問われなければなるまい。
 教皇レオ14世が先のトランプ大統領との論争で述べた印象的な言葉を付け加えておこう。
 「神は戦争を行う者の祈りを拒絶する」「手にしている武器を置きなさい。戦争を引き起こす力のある者は平和を選びなさい」「今日の世界ではあまりにも多くの人々が苦しんでいる。あまりにも多くの罪のない人々が殺されている。誰かが立ち上がり、『もっと良い方法がある』と言わなくてはならないと思う」。

(2026.5.20)
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