【コラム】
風と土のカルテ(78)

アフリカ出身の学長が語った地域社会の奥深さ

色平 哲郎

 先日、京都精華大学のウスビ・サコ学長とZoomで対談をした。

 ざっとサコ学長の経歴を紹介すると、生まれは1966年、アフリカのマリ共和国のご出身。高校卒業後、国費留学生として中国に渡り、北京言語大学、南京の東南大学などで6年間、建築学を学び、1991年に来日された。
 京都大学大学院で建築計画を専攻し、博士課程修了後も日本学術振興会特別研究員として京都大学に残り、2001年に京都精華大学人文学部の教員として着任。専門は空間人類学で、住宅デザインと生活様式の関連を様々な国で調査し、フィールドワークの行動観察を通して、より良い人間関係やコミュニティーを築く環境を研究している。京都の町家再生、コミュニティー再生などの調査研究にも積極的だ。

 奥様は日本人で、ご本人は2002年に日本国籍を取得し、2013年に京都精華大学人文学部長、2018年に学長に就任された。アフリカ出身者が日本の大学の学長になったのは史上初だとか。

 サコ学長と対談して、「地域」に入っていくことの重要さを再認識させられた。私は、信州の山の村の診療所長を長く務め、(地理的)へき地の生活の厳しさとともに、地域に内包された人間の知恵や共同体の紐帯、都会人が失った強さを知った。サコ学長は、私が経験的に知ったことを、建築学をベースにした空間人類学のフィールドワークを介して、より体系的、実践的に深めておられ、驚嘆した。一種の天才だろう。地域医療を志す若い医師には、ぜひ、サコ学長の著作をお薦めしたい。日本人が見失った地域の背景が見えてくる。

●フィールドワークで見えてくるもの

 例えば、サコ学長はこう語った。

 「フィールドワークは、失敗のほうが成功より多い。地域に答えがあると思ってやったらムリです。解答ではなく、発見と驚きの連続なんですね。例えば、その地域の人たちが大切にしているものが何か、知ることが面白い。京都の町家再生で、ある地域をフィールドワークしたら、京都には付き物のお地蔵さんが、見えるところになかった。そこは地域が統合され、できたところで、お地蔵さんを誰の家の前に置くか、議論になり、対立構造ができたそうです。
 一口にフィールドワークといっても、他人の家に入るのは難しい。どうやって信頼関係をつくるか。こちら側に問題があることが多い。自分を知らなくてはいけません。自分を知れば、自分を大切にし、相手も大切にできる。それは、一緒に何かをしないと見えてはこない。田舎で仕事をすると、人間性が育まれますね」

 京都の夷川(えびすがわ)通は「家具の街」として知られている。サコ学長は、ここも調査されていた。

 「家具の売り方が独特で、一つひとつ、買い手に届ける。そして、『最近、お子さん大きくなりましたねぇ、何年生?』『中学生よ。もうすぐ高校やわ』。すると、その子どもの成長に合わせた家具を提案する。似たようなことを、私の母国マリの古都ジェンネの街で、世襲の大工さんたちもしています。直す家は代々決まっていて、そろそろ長男が結婚するな、と分かったら長男家族のために建てる。おばあさんがここで暮らすのはキツいな、と思ったら別の家をつくる。先に建築費の見積もりがあるわけではない。相手のバックグラウンドを聞いて、手助けをするんです」

 サコ学長の話は、示唆に富んでいる。と同時に、日本人がドキッとすることも口にする。

 「地域では生と死が連続的に見えます。死生観がとても重要。でも都会で暮らしていると見えない、見ようとしない。孤独を抱えて死んでいく」。図星だろう。

 別の場面では、チラッと、「(先進国の人たちは)途上国はずっと途上国であってほしいと考えているのでは?」と。まさに頂門の一針。素晴らしい洞察力をお持ちの、素晴らしい教育者である。

 (長野県佐久総合病院医師・『オルタ広場』編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2020年10月28日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/202010/567679.html

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