◇「日本は経済成長のエンジン国になろう」

まえがき

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低福祉、土建国家のゼロ成長経済から、クリーンな技術革新の波に沿った選択的成長経済への移行計画のヴィジョンの要点をまとめた力石定一先生の最近のエッセイを次に掲載しますので、このコメントの不足を補っていただければと思います。
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◇日本は経済成長の,エンジン国になろう      カ 石 定一

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 (一)長期循環の波における現在
 コンドラチェフの長期循環の波の骨子をまとめると次のようになる。19世紀、第I四半世紀に石炭を燃料とした蒸気機関の利用というエネルギー革命を伴った、軽工業を中心とする第一次産業革命、イノベーションの波の高揚期である。生産関係は、初期資本主義の無限責任の個人企乗制度である。

 第II四半世紀は、一連の不況で彩られた困難時代で、このときに無限責任の個人企業制度から有限責任制度の株式会社への移行がおこなわれる。第III四半期は、この株式会社の資本動員力のもとで、鉄道時代といわれる技術革新の波の高揚期が展開される。

 第IV四半期は世紀末の慢性不況の困難時代である。このなかで、株式会社はカルテルトラスト、大銀行制度のような独占体に移行する。

20世紀の第I四半期に独占体は、石油燃料を主軸とするエネルギー革命を伴う重化学工業における第二次産業革命とよばれる成長の波を実現する。

第II四半期は、1929年の世界大恐慌にみられる困難時代である。自由放任の終焉=ケインズ革命による混合経済の時代に移行する。

第III四半期、混合経済のもとでマクロ的成長計画がおこなわれ、石油文明(自動車、合成物質),と原子力、電子工学による家庭電化からコンピューターに及ぶエレクトロニクスの技術革新の波の高揚の季節である。

 第IV四半期、それが環境と、人間疎外という壁につきあたり、困難時代に入る。マクロ的な経済計画から、経済をダーティーセクターとクリーンセクターに二分割し、ダーティーセクターを抑制し、切り捨て、クリーンセクターを成長させる。

選択的成長計画への進展がおこる。主要なプロジェクトの環境評価について計画アセスメントが実行され、代替案を提示し、情報を公開し、市民の民主的介入をおこなうような制度が創造されてくる。

 21世紀、第I四半期はクリーンセクターの成長軌道が次第に確立されて生態学の法則と物理・化学の法則を総合した技術革新が展開される時代である。

これこそが第三次産業革命である。

(二)ゼロ成長論と持続可能な成長論

現在日本をはじめ先進工業諸国は、低成長ないしゼロ成長の歩みを辿っている。これに対して、ゼロないし低成長を受け入れ、このもとでの、資源配分と所得分配の民主的改革に努めることだというエコノミストが多くなっている。

これは、1972年にローマ・クラブの第一報告でMIT助救援のメドウスらが、「成長の限界」でゼロ成長論を発表したのに対して、直ちに、ティンバーゲン教授が、前述したクリーン・セクターの選択的成長論をもって批判し、メドウスたちは、率直にこの批判を受け入れ、「持続可能な成長」というグローバルな共通見解ができた事情から、何も学んでいないように思う。

そればかりか、日本が21世紀、第I四半期の技術革新の高揚の束に相当する進んだ技術をすでにもっているという現実に対する評価が欠落している。

日本は21世紀第I四半期型の技術革新の世界的高揚のエンジンたるべき国家であると、私は思っている。

(三)貨物新幹線の全国ネットワーク

まず経済のダーティーセクターの本命ともいえる高速道路を用いた大量の遠距離トラック急行輸送(宅配便の烈しい発展にみるように)これを全国的な貨物新幹線のネットワークを建設し、これにモーダルシフトすることである。

そのカギとなるのは、いま建設テンポにブレーキがかかって、東京、名神間に橋脚が立ち並んでいる第二東名高速道路について、建設目的を中途変更して新幹線の軌道建設とすることである。

第二東名の幅員は、大きく、狭いところでも30mある。登り降りの傾斜角度は、強いところで30/1000で、ゆるやかにつくられている。蛇行カーブのもっともよいところの円周の半径が700mで、これもゆるやかにつくられている。

(現在走っている新幹線はこの数値よりもっと急な坂、もっと曲がった軌道上を運行しているのである)。幅員も30mあれば、半分で、上下二車線が乗せられる。

トンネルの天井をすこし高くすることが必要なだけで、貨物新幹線が、第二東名の橋脚の上にピタリと乗せることができ、必要数の貨物駅のターミナルをつける工事を行えばよい。もちろんこれを神戸の方まで延ばす。東北新幹線、上越新幹線、山陽新幹線、九州新幹線といった地方の旅客新幹線は、東海道旅客新幹線のようにダイヤが混んでいない。間隔があいているので、貨物新幹線の専用軌道をつくらないで間に貨物ダイヤを入れて、貨物駅だけ、引込み線で、別のターミナルを作って積み下ろしをし、またもとの軌道に戻すという形をとればよい。

こうすれば貨物新幹線の全国ネットワークができる。高速道路を猛スピードで遠距離をとばすトラック便は、この貨物新幹線のスピード、頻発便数、料金をみれば、こちらにシフトするにちがいない。クロネコなどは真先にシフトして、あとは、なだれのごとくシフトし、高速道路周辺の公害は、大幅に減少するだろう。

高速道路建設を求める「族議員」への国民輿論の批判は、これをみれば一層鋭さを加えるだろう。

これには、道路特定財源が道路建設だけの目的税になっているのを改めて、総合交通体系整備特定財源に変更することが必要である。この財源からの公共建設プロジェクトとして、実施し、鉄道貨物の輸送業務をJR貨物にやらせるという政策をとるのである。

ところで、ロンドン市は公害の元凶として大型トラックの市内乗入れを禁止している。そこで大きな貨物は鉄道で、目的地近くまで運んで、末端で解体して小型トラックで運んでいる。これは,東京と大阪において、実行できる。ともに在来の貨物専用線のネットワークが、存在している。これを三本レールにして、狭軌と広軌と両用できるようにし、広軌を走る車両を電車化する。

つまり、新幹線のように一両づつモーターがついて列車編成をしている貨物列車を走らせるのである。遠距離を新幹線で運んだ貨物は東京と大阪で、電車化された在来貨物線に、積み替え、宛先近くまで、鉄道でアクセスできるということである。端末のフィーダー・サービスを天然ガスの小型トラックで行うようにすれば、両都市の空気は、ぐっときれいになる。

第二東名の橋脚の幅員の残った半分には、旅客の第二東海道新幹線の軌道を乗せるべきである。第一東海道新幹線のダイヤは、満員だし、東京羽田ー大阪伊丹空港間の航空便は猛烈なCO2など排気ガス抑制の見地から廃止し、第二東海道新幹線ですいてくる第一東海道新幹線か第二東海道新幹線自体かどちらかの利用にシフトされるべきである。東京羽田ー関西国際空港間の航空便だけを残すのである。

(四)ソーラ・ハウス

技術開発は、研究開発段階、開発実験段階、実証試験段階を経て量産段階に進む。この常識的な段階の歩みに横槍が入って技術革新の展開が妨げられているものに、太陽光電池がある。今でもNEDOからの補助金をもらって販売し、使用テストの報告書を、消費者から提出させている。コスト引き下げの研究材料だ。

つまり,実証試験段階にあるという考え方である。だから、価格が高くまだ全国で太陽光電池を付けている家は10万戸程度である。

ところがアモルファス型ソーラはもう量産段階にきているのである。全国の広域避難場所に指定されている学校は,四万校あるが、ここに震災で避難したときに、停電になっても、照明とテレビ情報、冷蔵庫を稼動させておくための電力は蓄電池付きのソーラーハウスのパネル90KW分を屋根にはりつけておけば得られる。合計360万KWのソーラパネルを購入する国家計画を発表するのである。

製造業者は確実な需要想定にもとずいて、最産型の設備投資競争態勢をとる。量産によるスケ一ル・メリットによって、ソ一ラパネルのコストは、大幅に下がり、在来電力の電灯料金と市場で競争できるレベルにくるのである。

このプロジェクトを政治力を使って横槍を入れて妨げているのは、電力会社とその仲間の重電機メーカーである。アメリカでもカーター政権のとき同じような政策をエネルギー庁が計画し法案として発表したが、電力会社がびっくりして、族議員を使って骨抜きにしてしまった。

このような横槍をのぞいてやれば個人住宅やオフィスなどに大貴の需要がおこる。さらに電力会社としても夏の需要のピーク・ロードのためだけの設備投資を避けることができ、お互い様だということも知っているので、市民側が、トータルな認識をもって政治的圧力を加えた場合には、軌道修正がおこることは確実である。21世紀第I四半期の大成長産業となるだろう。世界の先進国がこれに続く。

(五)燃料電池

燃料電池は、天然ガスやバイオガスCH4からHだけを改質装置で分離して、(この分離に必要な電力はソーラー電力を用いる)燃料電池に入れ、なかの触媒を介して0と結合させて、H2O水にする、このプロセスで、電気と200度位の熱をとる熱併給の自家発電機である。家庭用の大型冷蔵庫と同じ位の大きさである。技術開発の実証試験段階にあることはたしかである。問題はこの件数があまりにも少な過ぎることだ。

公的セクターに全面的に協力させて、数多く設置し、実証テストの技術情報をたくさん集めれば、進歩が加速され、量産段階入りを繰り上げることができる。

このことは分っているのに、経済発展のエンジンが、ここにあるというスピリットがないために、少ない件数だけで「いずれそのうちに」と日を送っている状況である。

(六)天然ガス,パイプライン網

工場を操業したり、電車を運行したり、といった大容量の集中型の電力は火力発電所によって供給される。それには、化石燃料のなかで、一番クリーンな天然ガスを用いる。継目なし鋼管の直径1mのパイプラインを世界一の埋蔵量のあるロシアのヤクーツクからサハリンのオフアに引き、日本海を海底パイプラインでこえて、日本列島を8の字型にパイプラインのネットワークで結ぶのである。

これで運ばれる天然ガスは,マイナス162度に冷やして圧縮液化し専用船でインドネシアや中近東のような遠方からもってくる液化天然ガスLNGに比べて、近くて、何の加工もしないので、コストは半分になる。海岸に並んだLNGタンクは競争で,消滅する。

この天然ガスを用いた火力発電所の電力は、つよい競争力をもつので石炭、石油の火力発電や原子力発電、ダムによる水力発電も次々と競争に敗れて消えてゆくであろう。都市のガスで、プロパンガスや石油ガスを使っている地域が地方にはかなりあるが、これも、この、パイプラインからの天然ガスに切り替えられる。

大容量の電力は天然ガス発電所からの系統電力に依存するが、個人住宅用のような分散型の電力は、雨天でなければ太陽電池をもちい、これに雨天の日も夜間も終日利用できる燃料電池があれば、系統電力に全く依存しない自家発電になる。

乗用車も燃料電池車と言う形で、電気自動車化される。

以上のような技術革新の波を起こすことを21世紀第I四半世紀の成長計画とし確立するならば、民間企業は確信を持って、設備投資を実施し、資金の需給関係も正常化し金利はゼロ金利から3%前後に戻りゼロ金利による今の保険会社や年金会計の苦しさは解消されることになる。 金利差から海外に流出していた資金は、国内に還流してくることになろう。

また、個人消費についてみよう。「賦課方式」への移行により公的年金の立て直しがはじまって社会保障制度全般の改革の方向が見えてくれば、安心感から国民の(恐怖貯蓄による高い貯蓄性向が下がり、消費の活発化がおこるであろう。恐怖貯蓄の分を税に廻す方が合理的だという心理が生まれることによって財政収支の改善に寄与するのである)。年間成長率も4~5%の軌道を歩むであろう。

その場合の財政収支はどうか。ダーテイーな公共プロジエクトは、環境アセスメントで大規模にカットされるので、公共支出の削減がすすむ一方GDP成長率の高まりにより、税の自然増収が増加するので、収支の改善がすすむはずである。

日本のGDPに対する、国債発行残高はイタリアを上回るといって騒いでいるが、 イタリアは日本のように、膨大なアメリカ国債をもつ対外大債権国ではないという違いを無視して議論するのはオーバーであり、理性的でない。

2010年のCO2排出量が1990年の水準を6%下まわるという京都議定書の目標値もこの成長計画をとれば、果たすことができるであろう。

このような持続可能な成長計画なしに、ゼロ成長を受け入れて、資源と所得の民主的再分配をやろうという今流行している見解は、実際には社会的摩擦が厳しく、「絵に描いた餅だ」と民衆から見放される運命にある。この成長計画のもとでのみ着実に部門間、地域間、所得階層間の不均衡を是正する福祉国家へのビロード型移行が達成されるのである。

(この小論は、東大経済学部同窓会誌「経友」2004年6月号に発表したエッセーに加筆訂正をおこなったものである)