■【北から南から】
中国・深セン便り

『お土産の渡し方』    佐藤 美和子

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 人から実例を聞いたり本で読んだりして知っていたにも関わらず、うっかり失
敗してしまうことがあります。私が最近やらかした失敗は、中国での人様へのプ
レゼントやお土産の渡し方について、でした。

 中国生活も長くなってくると、単なる友人知人だけでなく、こちらでとてもお
世話になった恩人も増えてきます。私にはとある恩人を彼の職場へ訪ねる機会が
ちょくちょくあるのですが、そんな時、私はちょっとした菓子折りを彼の職場へ
差し入れすることにしていました。

 その人の職場へはもう何年も出入りしているため、彼の同僚たちとも私はすで
に顔見知り、親しく挨拶を交わしたり世間話をしたりする間柄になっています。
そのためうっかり中国事情を忘れてしまい、毎度持参した差し入れを、彼の同僚
たちに渡してしまっていました。

 もちろん、渡す時には「皆さんでどうぞ」とか、「人数分ありますので、皆さ
んで分けてくださいね」などと伝えてはいました。受け取った人も毎度ニコヤカ
にお礼を言ってくれるので、長らく私も気付きませんでした。私が持参した差し
入れの大半は、肝心の私の恩人の口に入っていないという事に……。

 もちろん恩人は、私に対しそんなことはおくびにも出しません。私が別の人に
注意を受けて、初めて知って仰天したというわけです。

 「あなたが持参する菓子折りは、○○さんへの感謝の気持ちなのでしょうが、
あなたのやり方は間違っています。あなたがなんと言って渡そうが、受け取った
社員たちは自分たちだけで山分けしてしまうので、○○さんの口にはほとんど入
っていないのですよ。あの人たちは、あなたが菓子折りを差し入れしている理由
や目的など、意にも介していません。第一、あの人達はあなたに対しても感謝な
んてしていませんし、はっきり言ってオオカミにエサを与えるようなものです。
あなたが○○さんに感謝を示したければ、彼本人に直接謝礼するようになさい」

 皆で分けやすいようわざわざ個包装のものを選び、また人数分きっかり持って
いくようにしていたので、まさかその意図が汲み取られていないとは思ってもみ
ませんでした。でもそういえば、中国ではお土産やプレゼントは、必ず本人に直
接渡さなければいけない、と教えられたことがあったっけ……もう20年も前に
教えられたことだったので、すっかり忘れてしまっていました。

 恩人に御礼をしているつもりでちっとも御礼になっていなかった事を知った当
初は、山分けしていた人たちにマイナス感情を抱きましたが、落ち着いて考えて
みると、直接本人に手渡しという中国式ルールに則らなかった私自身のミスです。
むしろ、言外に色んな意図を込めて相手に察してもらおうとする日本的なやり方
のほうが、世界的にはマイナーで誤解を生みやすいのでしょう。そして、内輪で
山分けしたくなるほどに、私の差し入れが好評だったのですよね、きっと(笑)。

 思い返せば、東莞の工場勤務時代にも似たようなことがありました。日本人駐
在員が湯気を立てて怒っているので訳を尋ねると、訪問してきたお客様から月餅
まんじゅうをお土産に頂いたそうなのですが、そのお客様も日本人で当地の事情
を知らなかったのでしょう、応接室へ案内した女子社員にそのお土産を渡してし
まったようなのです。

(注:中秋節というお月見シーズンに、月餅まんじゅうを互いに贈りあうという
習慣があります。中国式のお中元みたいなものです。)

 そして月餅まんじゅうを受け取った女子社員は、自分が受け取ったお土産だと
解釈しました(中国では割とスタンダードな解釈のようです)。席に戻った彼女、
自分の仲良し社員だけで分け合って仕事中にむしゃむしゃとティータイムしてし
まっただけでなく、お客様からお土産を頂いたことを上司に報告していませんで
した。

 日本人的には、客先からのお中元・お歳暮や差し入れなどを部下が勝手に開封
すること自体、普通ありえませんよね。あとからお土産を頂いていたことを知っ
た日本人駐在員がどんなに怒っても、しかし当の本人はなぜ怒られたのか、ほと
んど理解していませんでした。これも、小さな文化摩擦でしょうか(笑)。

 そういえば、数年前の一時帰国の際、香港人の友人が空港まで私を車で送迎し
てくれたので、お礼代わりに日本土産を買ってきたことがありました。彼とは家
族ぐるみのお付き合いで、また彼の経営する会社の女子社員たちとも親しくして
いたので、気持ちばかりでしたが友人家族と友人の会社それぞれにお土産を用意
し、彼にまとめて託しました。間違いのないよう、包み紙にはそれぞれ誰宛かも
しっかり書いておいたのですが……。

 「え、うちの社員へのお土産まであるの? そんな気を使わなくてもいいのに
~。わぁこの社員へのお土産すごく可愛いねぇ、社員らにあげるのは勿体無いな
ぁ。ね、これもウチの奥さんと子供たちにやっちゃってもいい?」

 えーっと、えぇ、どうぞ……としか言えませんでした。奥さんとお子さんへの
お土産も、ちゃんと別にあったんだけどなぁ。お土産やプレゼントは、やっぱり
本人へ手渡しが原則、誰かに託して手抜きしちゃいけないみたいです。

 (筆者は在中国・深セン・日本語講師)

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