【ガン闘病記】(2)               吉田 春子

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吉 田 春 子
 「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」ではないですが、
夫から「今度闘病記を書くことになったんだけど交代で書いてみないか」と誘わ
れたとき、「ああ、いいわよ」と簡単に答えてしまったことが今になって悔やまれ
ます。本来ものを書いたこともない私に何か読者のみなさんに訴えられるような
文章など書けるはずもないことを自覚できていなかったのです。こんな脳天気な
私が今もって社会意識では「死のやまい」とされている「癌」患者とともに2年
間を過ごしてきたのですから、たとえ現在とても大変な状況のもとで癌と共生さ
れている患者の方やご家族のみなさまがいらっしゃるとしても、どうぞ希望を捨
てないでほしいと思うのです。

 団塊の世代が定年を迎え、老後を過ごしていくとき、いまや癌は避けて通れな
い病気の一つですが、幸運にも癌と共生したり、運がよければ、あるいは心がけ
がよければ癌を自然退縮させる多種多様な方法が出始めた時期とも一致していま
す。そしてそれは、従来のように、病院で癌の宣告を受けたが最後、ベルトコン
ベアー式に事が運び、余命宣告どおりに亡くなっていくといった癌の進行過程と
はあきらかに違うものです。もちろんそれでも癌はやっかいなやまいであること
に変わりはありませんので、深刻な事態に陥る場合もあるかと思いますが、そん
な場合にもやはりそのレベルに応じた代替療法がすでに幾つかそろっています。
少なくとも私たちはそうした方法のなかから夫のからだに合ったものを数種選ん
で、夫はいま元気に生きております。

 いやいや、元気といっても見るからに青白い顔色をして、癌をだましつつやっ
とのことで生活を維持しているのだろうと思われるかもしれませんが、それは違
います。今、夫は朝7時前に起き、自分で漢方薬をセット(一日分10cm×20cm
のビニール袋一杯の乾燥した漢方薬を特殊な電気式壺型容器に入れ、分量の水を
入れる)したあと、いそいそと散歩に出かけます。出かけた先で太極拳、気功を
やってから8時半頃帰宅します。夕方も同じサイクルで散歩をしますので毎日1
日1万5千歩ほど歩いていることになります。それ以外にも、研究職という仕事
柄、書店にはよく出かけますが姫路駅や街の書店まで、3~4kmの道のりをよく
歩いてまわっています。月に一度は200mほどの近所の八丈岩山に登ったりもし
ます。むしろ動きは私よりも快活です。玄米菜食のせいで、昔の吉田をご存知の
方々からはよく「そんなに痩せて」と気の毒そうに言われますが、体重が80kg
以上あった昔よりも64kgの今のほうが、瞬発力やパワーには欠けるかもしれま
せんが、疲れ知らずでずっと持久力があるように思います。

 そんなことを言っても、定期検診でやっと見つかる程度の初期の癌だったのだ
ろうと思われるかもしれませんが、夫の右の腎臓には握りこぶしほどの癌が巣く
っており、術後その塊を見せられた私は卒倒しそうになりました。医学的には5
年生存率0%です。夫の場合はそこまで進行していましたので、副腎を含め右腎
臓を手術でとても上手に取り出していただいたことを私は西洋医学の先生方に本
当に感謝しております。術後、執刀してくださった先生に、きれいに取り出して
いただいてありがとうございました、と大喜びでお礼を申し上げたら、先生は淡
々と応対してくださったあと、「癌はミクロの世界ですからね」と釘をさされ
てしまったことを記憶しております。

すでに散らばっている癌細胞は血液の流れにのっていとも簡単に原発巣から遠
く離れた場所まで運ばれ、そこにふたたび根をおろすというパターンが一般的
だと言いたかったのだろうと思います。数多くの癌患者をつぶさに見てきてい
る先生は、むしろここからが本当の闘病過程にはいるのであって、しばらくし
たらどこかに転移したと告げなければならないことを誰よりもよくご存知だっ
たからでしょう。なにしろ健康な人でも一日数千~数万個の癌細胞が生まれて
いるという事実を私たちは闘病して初めて知りました。
もっとも普通は免疫の力によって抑えられ、検査でひっかかるまでには至らな
いとのことです。
おかげさまで夫は、ミクロの世界からほんの少しだけ目に見える世界に出か
かっている程度の細胞集団(癌とは名づけたくありませんので)をかかえて
はおりますが、ずっとその大きさを維持し続けています。西洋医学でいう癌細
胞とは無限に増殖しつづけるはずなのですが。

 つまり、夫は本当に元気なのです。本人もそう感じていると思いますし、はた
から見ていても誰も相手が癌患者だとは思いません。では、なにが効いてそんな
奇跡のようなことが起きているのか、とすぐに知りたくなるのは人情ですし、私
たちも、こういうことなのよ、とかいつまんで教えて差し上げられたらどんなに
すっきりすることでしょう。

 私たちがこの2年間で学んだことは、「癌は百人百様」であるということです。
一人ひとりの人間が少しずつ違うように、癌もまた、その人の歴史を背負って生
まれたもので、その人のライフスタイルやこれまで生きてきた自分史を抜きにし
ては語れないということです。ですから、対処方法も千差万別です。この方法を
やれば必ず治るというものではありません。同じ方法でもある人には効き、ある
人にはまったく効かない場合もあります。けれども共通していることは、代替療
法は、食事療法にしてもサプリや丸山ワクチン、太極拳・気功・ヨガなどにして
も、即効性はありませんがからだやこころにやさしく、少しずつからだやこころ
のゆがみを正常に戻していくものです。自分に合った代替療法を上手に組み合わ
せることで、自然が与えてくれた大いなる治癒力が働きはじめ、こころとからだ
にいのちがみなぎるということではないかと思うのです。もっと端的にいえば、
「人間も本来は自然の一部」なのではないでしょうか。

 ここまで書いてきて、話がだんだん精神的な方向に向かっているような気がし
てきました。このままいくと、今はやりのスピリチュアル系に向かって突っ走り
そうですが、私たち夫婦は夫が癌を発病するまでは純粋に科学至上主義的な考え
方をしてきました。唯物論をとなえていた夫をご存知の方々は重々納得していた
だけることと存じます。子供たちが何か神がかり的なことを話題にすると、「そん
なことはあるはずがない」「何をおかしなこと言ってるの」と頭から取り合わない
態度に徹してきました。すべて科学で解決できないことなどあるはずはないとい
う考えです。ですから、どんな病気であろうとも病気になったら専門家である医
者と病院にまかせることを旨としてきました。

 ところが癌の代替療法とは、単にみなさまもよくご存知のアガリクスやサルノ
コシカケ、プロポリスなどといったサプリだけではなく、意外にも精神的なゆが
みを正すことに重点が置かれていたのです。いま私たち夫婦は、癌からの生還者、
つまりさまざまな段階の癌と長期に共生していたり、それらの癌がすべて消滅し
てしまった人たちをとてもたくさん知っています。なぜ生還できたのかという問
いに対する彼らの答の一位は、「こころのあり方」だったのです。もちろん、まち
がった生活習慣や食事を正し、必要な代替療法を取り入れることとセットで行う
のが前提です。

 こころの問題というのはまったくやっかいです。考えることはまさに一人ひと
り違うからです。代替療法について無知識だった私たちは、術後まず、同じ病気
から奇跡的に生還を果たされ、お元気で国内・海外を問わず飛び回っているとい
う元患者の「先輩」を訪ねることから始まりました。病院でさじを投げられ、自
宅に戻ってちょっと特異な方法で見事に生還されたご本人とお会いして、大きな
勇気をいただいたのですが、そのときパロディのようなお話を聞かせてください
ました。

その方が数年経って、入院していた病院に行ったところ、看護婦さんた
ちが幽霊にでも会ったような顔をされたというのです。まさか数年後に生きて現
れるとは思わなかったということで、当時の主治医とお会いして経過を説明する
と、その先生が、同じ病気の自分の患者を紹介するので相談にのって欲しいとお
っしゃったそうです。また、別の患者(夫が「その1」で紹介したI医師)もや
はり手術可能なレベルを越えているにもかかわらず「お元気で」10年以上癌と共
生しながら仕事を続けておられます。癌の種類も場所も違うにもかかわらずお二
人ともとてもお元気です。その後も数多くの「お元気な」癌患者に出会いました。
彼らはみな、それぞれの方法で頑張っていますが、よく考えてみれば深いところ
で病気との取り組み方、あるいはこころのあり方が共通であるように思えます。

 そこから得た私たちの結論は、癌と闘うのは自分なのだということです。癌に
かかり苦しんでいるのは自分なのですから、実力のあるお医者様も含め、すでに
多くの方々が成功しているさまざまな方法を探りながら自分にいちばん合う方法
を見つけ、それを組み合わせて治療することは当然といえば当然の結論なのです
が、なかなか普通は「自分の癌は自分で治す」というこの単純な結論に至ること
が難しいようです。自分のやまいを誰かにお任せにすることは既に癌の治療を放
棄したのと同じです。こころの問題の解決その1です。

 次に、生活習慣の改善とこころの問題はとても密接に結びついていると思いま
す。生活習慣病(糖尿病、高脂血症、高血圧、高尿酸欠症)でおなじみとなった
悪い生活習慣で思い出されるのは、お酒やたばこ、塩分のとり過ぎ、甘いものや
脂っぽいもののとり過ぎ、運動不足、肥満などでしょう。これらはもちろん、か
らだにとって悪いものばかりですが、癌の場合には、同時に精神的な生活習慣も
含まれます。家庭内での人間関係のトラブルや職場でのさまざまなストレスは精
神生活を大きくゆがめます。自分の経営する会社であっても事業がうまくいかな
くなったり、たとえ順調でも常時緊張した時間を過ごしていればそれは悪い生活
習慣ですし、そこから癌が生じるのかもしれません。

心おだやかに自然のなかで四季の移り変わりを感じたり、家族と団欒したり、
散歩したり、絵を見たり、音楽を聴いたりというリラックスした時間を全然も
てないとすれば、それはどこかに無理があるのです。こころが緊張した状態が
続くと自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスがくずれてからだの症状
となって表れます。夫もまさにその例にもれず、姫路に越して以来、土曜・祝
日もなく研究室にこもって執筆していました。

  つまり本を書くことによって極度に神経を緊張させ続けていました。癌
と診断される2年ほど前から、夜、頭のなかが緊張して眠れないと言っては定期
的に睡眠剤を服用していました。夫にとっては仕事が何よりの趣味でもありまし
たので、私は本人が楽しんでやっていることがからだに害を及ぼすはずはないと
信じておりましたが、どんなに精神的に満足した生活をしていようとどこかでリ
ラックスする必要があったのだと思います。ストレスの多い職場にいることで癌
にかかったのだという自覚があれば、それまでの生活習慣を変えるという意味か
ら、すぐに職場を辞めるか別のストレスの少ない職場に移ったほうがいいとい
う意見さえあります。こころの問題の解決その2です。

 職場のストレスから解放され、自分で癌とたたかっていこうと決意をかためた
癌患者は、自分の内面の大きなストレスとなっている癌からの恐怖を解消するこ
とがどうしても必要だと思われます。おそらく患者本人にとってはこれほど、言
うはやさしく行なうは難しということばがあてはまるものはないのではないかと
思います。癌が自分のからだのなかに存在することを自分がいちばんよく知って
いるのですから。いつ癌が暴れだし、転移してあちこちで増殖するのではないか
という恐れほどこわいものはないと思います。それを考えているときにはいつも
その先にある死を意識しなければならないからです。気の小さい私とちがい、夫
はふだんあまり動じることはありませんが、術後に受けている定期検診の結果の
出る日や、少しでも何か変わった症状があって病院に行くときには血圧が急に上
がり、手には汗びっしょりです。当日は朝から無口です。私にも付いて行ってほ
しいと言います。術後の数ヶ月は精神的緊張が続き、手がふるえて文字が書けな
くなり、提出書類などを私が代筆していました。

 夫本人の癌への恐怖からの解決策は、とにかく癌から生還された方がたとでき
るだけたくさんお会いしてお話を聞くことでした。個人的に訪ねて行ったことも
ありますし、さまざまな患者の会で退縮したお話や、癌との長期の平和共存のお
話を聞いたこともあります。夫はつとめて、亡くなった方に関するお話は見ざる・
聞かざる・言わざるに徹していたようです。癌への恐怖は四六時中です。これを
まぎらわせて恐怖の感情を少しでも忘れるためには何かすることが必要でした。
夫は気功や散歩、半身浴などがこれに役立っていたようで、その瞬間は癌のこと
を忘れていられるのだと申していました。こころの問題の解決その3です。

 次は、定期検診の結果が良くても悪くても、自分に癌は治るのだとどうしても
信じさせることが必要なようです。これもまた、「癌は不治の病」であるとする社
会意識をくつがえすことになりますので、そう簡単ではありません。「癌になった
らおしまいだ」という声がまわりからこれでもかこれでもかと聞こえてくる現在
では大変なことです。前述の、生還者のお話を聞くことは、自分ももしかしたら
この人たちのように治るかもしれないと自分のからだに信じ込ませるのにはいち
ばんいい手段だと思います。アメリカではサイモントン療法(癌は治るのだとい
う方向にこころを誘導する)などがよく知られており、夫は一時期、癌が消えて
からだがすっかりきれいになっていく絵を描いて真剣に長時間イメージしていま
した。

 イメージ療法で実際に脳腫瘍がきれいに消えたアメリカの男の子の話もテ
レビで放映されていました。ネットでサイモントン療法を見ればいかに患者の精
神状態が病気の経過に大きな違いをつくるかがおわかりになると思います。また、
昨年末にガンの患者学研究所(tel 045-962-7466 http://www.naotta.net)が主
催した大会では、会場に千人ほどの癌患者と家族が集まり、まだ数少ない免疫学
や代替療法を専門とする先生方のお話や治った方々本人からお話を聞いたあと、
大会の最後に希望者が壇上に上がり、一人ひとりが自分の名前と癌の場所を会場
に伝え、会場から「治る、治る、治った!○○さんは治った!」と割れんばかり
のコールを受けます。エイ・エイ・オーというときのあの振り付きです。

子供じみていると思われるかもしれませんが、これも患者のからだに癌は治る
のだと信じ込ませる強力な手段だと思います。夫も大会会場の枚方市まで出か
けてコールを受けてきました。
不思議なものでこうしていろいろな手を使って自分の癌は治るのだと信じ込ま
せていくと、自律神経は確実にそれに答えてくれます。頭ではそんなことは起
きるはずがないと思っていてもからだのほうが反応してくれます。
その結果、免疫力が上がり、自然治癒力が自分の力で治していく方向に導いてく
れるようです。自分の癌は治るのだというスイッチが入るのでしょう。こころの
問題の解決その4です。

 自分で自分の癌を責任をもって治そうと決断し、精神的ストレスから解放され、
癌への恐怖を減らして、絶対に治るのだと信じることが少しずつでもできるよう
になれば、あとはなるべく免疫力が高まる生活を送ることです。人は社会生活を
行う動物です。なるべく自分が元気になれそうな集団に入ってまわりの人たちか
ら「気」をいただけばいいのではないかと思います。夫はいま、太極拳の会を主
宰しています。参加者は常時25人を超えています。癌患者をはじめとしてから
だの弱い人たちを中心に健康な人たちも加わって、毎週火曜日の午後2時間ほど
楽しそうに集っています。毎回欠かさず参加されるNさんは、余命宣告の期限が
切れてすでに1年半経ちますが、つい先ごろ2週間の東北への湯治旅行から帰ら
れたばかりです。

  鳥取県の温泉場ならご自分の運転で通われるとか。気合がちがいます。
こうして気の合う仲間や目的を同じくする集団での交流はお互いの「気」
を高めあい、いい「場」をつくります。生きていこうとする力が強まります。そ
れ以外にも、笑いは百薬の長ということばもあるように、笑いのある生活をする
ことも免疫力を大いに高めます。夫も癌にかかってから初めて落語や漫才のCD
を聞いたり、ときには吉本に出かけたりとまるで人格が変わってしまったのでは
と思える行動をとっております。ダイマル・ラケットの「私の発明」をそらんじ
ているほどです。こころの問題の解決その5です。

 今回はこころの問題に焦点をしぼった流れとなってしまいましたが、こころと
からだは切り離せません。次々回の私の番ではわが家の食事などもっと具体的な
お話をさせていただければと思います。
             (筆者は姫路工業大学吉田勝次教授夫人)

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