■ 中国から 深セン                佐藤 美和子
   『訪日中国人向けアテンド ~観光編~』
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  近年、中国人向け訪日観光ビザの取得条件がどんどん緩和され、日本の有名観
光地や都心のショッピングエリアなどでは、毎日のように中国人ツアー客を目に
するようになりました。同じように、商談・出張・研修等で訪日する中国人も増
加の一途です。仕事の場合、もしくは中国から友人を迎え入れる場合、休日の観
光案内や毎日の食事を招聘人がセッティングせねばなりません。中国人には、ど
んなアテンドや食事が喜ばれるのか?私は関西人ですので関西情報のみなのです
が、私のオススメをご紹介したいと思います。

 今回はまず、観光方面から。
 
関西で喜ばれるところと言えば、やはり京都です。中国人以外の外国人同様、
日本らしい趣を感じられるところが人気です。春夏秋冬、どの季節の景色もすば
らしい清水寺は、記念写真が大好きな中国人向けアテンドにぴったりです。「清
水の舞台から飛び降りる」ということわざを教えてから、舞台の下を覗き込んで
もらって下さい。みなさんキャアキャア大騒ぎで、スリルを楽しんでくれます。

 時には写真好きが高じて、よりよい写真を撮ろうと欄干に登ったり、あちこち
の柵を乗り越えようとする人もでてきます。マナー違反だったり危険だったりし
たときは、遠慮なく注意してあげてください。

 中国の寺院ではそういう習慣がないため、音羽の滝での手水の作法はとても珍
しがられます。そして中には他宗教であることや、占い全般に嫌悪感をもつ人も
いるので確認は必要ですが、おみくじもオススメです。万が一、凶を引き当てて
しまっても大丈夫。これは今が運気の最底辺である証、これからは上昇しかない
のだと説明すると、大吉だった人より喜ばれたりもします。

 凶などのおみくじは、指定の場所に結んでおくのだと説明するのですが、いや
いや、これから上昇を意味するおみくじはぜひ手元に持っておきたいと言って、
大吉を引き当てた人と同じように大凶をお財布に大事に仕舞っちゃう人もいまし
た。喜んでもらえたのなら、いいのかな?

 もしアテンド相手が若い女性でしたら、ついでに清水寺の脇にある、縁結びで
有名な地主神社へご案内もいいですね。私の経験では、なぜか中年男性のほうが
大ハシャギで楽しまれるようですが……。

 帰り道は、ぜひ三年坂などの参道を通ってください。日本らしいお土産を買う
のにうってつけです。その辺りで食べられるソフトクリームなどの抹茶系スイー
ツは、単に素材を説明するだけより、日本人女性に大人気なんですよ!と一言加
えると、ぐっと興味を持ってもらえます。ただし、内陸地出身者や年配者は冷た
い飲食を嫌うので、その場合はおしるこやみたらし団子のような温かいデザート
の方がよいでしょう。

 それから『三年坂で転ぶと3年以内に死ぬ』という俗説は縁起が悪いと嫌がら
れるかと思いきや、意外と面白がられて途端に慎重に歩かれるようになります。
もし一行に年配者がおられたら気にされるかもしれないので、三年坂を通り過ぎ
てからその話をしたほうがいいかもですね。

 そして中国人のアテンドで外せないのは、金閣寺です。実は、次の訪問先が寺
院だと知ると、不満そうな表情をされることが多々あります(これについては後
ほど)。しかしながら、中国でも83年より繰り返し放送された『一休さん』は、
中国でもとても知名度が高い日本アニメなのです。

 そこで、今から行く金閣寺は、あの『一休さん』に出てくるキンキラキンの建
物なんですよと言えば、 「えっ、あの意地悪な将軍が住んでいたところ
か?!」と、驚き喜んでもらえます。というのも、中国ではアニメ『一休さん』
を、『ドラえもん』などと同じファンタジーだと思っている人が少なくないので
す。実際には義満将軍はあそこに住んではいませんし、あのアニメも史実に忠実
だというほどでもないのですが、いやぁ日本のアニメは中国人客のアテンドにも
役立ってくれて、素晴らしいです。

 京都のオススメ・ラストは、嵐山です。
 
  かつて故周恩来首相が日本留学時代にここを訪れており、そのときに詠んだ詩
を刻んだ石碑が嵐山にあります。ただそれだけなのですが、周恩来氏はその温厚
で誠実な人柄から、中国では珍しく!誰も悪口をいう人がないほどに人気のある
政治家です。彼が訪れたことがあり、そしてそこにそれを記念する石碑があると
いうだけで、わざわざ中国人に足を運ばせるほどに敬愛されているのです。とは
いえ、これは40代以上向けかもしれません。

 中国でも、若い世代は政治離れが進んでいます。若者たちは、そんな山の中な
んかより、ショッピングに連れて行け! と言うと思います……。

 京都観光先の選び方での注意点として、『侘び寂び』が感じられるような古刹
は中国人にはめったに喜ばれないので、避けたほうが無難です。例えば東山文化
を代表する銀閣寺、または龍安寺の石庭などは、私達には代表的な古都らしい名
所のように思うのですが、これが見事に中国人受けが悪いのです。

 なぜかと彼らに問えば、こういうお寺は中国に山ほどある、中国にもあるもの
を見ても楽しくないという人、寺は中国こそが本場なのだから、日本のには興味
がないという人建築物がどれも茶色で貧乏臭くて好みではない、石ころを見ても
詰まらない、などなど……。年配者若者問わず、多くの中国人はこのような感想を
持つようです。

 さて、お次は奈良です。
 
  奈良は、二ヶ所だけ。一つは、これもやはり年配者のみが行きたがる、唐招提
寺です。私が初めて中国人客にここへの案内を要請された時は、驚きました。だ
って、中国人に不人気な、「中国にもたくさんある、茶色っぽいお寺」ですから
ね。ところがここ、唐時代の高僧、鑑真和尚が建立したということを知る年配者
が意外とおられるのです。

 特に宗教的なものではないが、鑑真和尚を尊敬しているからそこに行きたい、
という人が複数いらっしゃいました。ですので、アテンド相手が年配の男性なら
ば、オススメしてみてもいいかもしれません。

 もう一ヶ所は、奈良公園です。中国では四川省の楽山のように、お猿が自由に
暮らしている観光地はあるのですが、鹿というのは珍しいようです。一生懸命に
お辞儀の芸をしてみせては、エサの鹿せんべいをねだる鹿たちは、中国人に大ウ
ケ!鹿が謝謝、謝謝って言ってるよー!と、誰もが喜んでくれます。いや、あの
不遜な態度の鹿たちですから、ありがとうというよりは「はよ寄越さんかい!」
と文句を言っているのだと思います……。

 最後は大阪。ここはまぁ、日本人にとっての定番観光地とほぼ同じですね。大
阪城は、中国人にはこういう城はもの珍しく映るようなので、ぜひ天守閣に登っ
て大阪を眺望してもらってください。そして海遊館。中国では、まだまだ水族館
は多くありません。海遊館のように、螺旋を描くように徐々に下っていき、それ
に伴って観賞できる魚の種類も変わっていくという見せ方は、とても感心されま
す。ジンベイザメは、やはりあの大きさに誰もが驚きますね。ここも、老若男女
を問わずどなたにも楽しんでもらえるところです。

 若者には、やはりユニバーサル・スタジオ・ジャパンでしょうか。様々なアト
ラクションは中国のテーマパークに比べると精度が高く、人気です。問題は、一
行の中に年配者がいるとその人には喜ばれないので、観光が二手に分かれること
になりアテンド要員が複数必要になること、そして入場料が少々高いことですね。

 中国の現代っ子たちは、ハリウッド映画が大好きです(封切り直後に海賊版
DVDが出回るお国柄ですし、無料で見られる著作権無視の動画サイトも中国には
たくさんありますから、下手したら日本人なんかより詳しいかも?)。もしここ
に案内できれば、きっと若者には「USJが一番楽しかった!」と喜ばれることと
思います。

 費用に難ありといえば、地方出身者のアテンドの場合、どうしても新幹線に乗
りたい!と希望される人が多いです。複数の都市を訪れる予定があるならいいの
ですが、そうでなければ単なる新幹線の試乗は費用も時間もかかり、アテンド要
員の負担が大きくなります。ぜひ大阪から名古屋くらいまでと希望されるのです
が、そんな時、私は大阪―京都間のみをご案内することにしています。これなら
運賃もさほど高くなく、またそのあとに京都観光を持ってくれば、時間短縮がで
きて一石二鳥なのです。

 最初はわずか10分の慌しい乗車に皆さんたいそうご不満なのですが、その代わ
りホームではゆっくり時間を取るようにします。ホームの先端か最後尾に移動し
て、新幹線の先頭車両をバックに写真を撮るのです。ここでたっぷりのぞみ、こ
だま、ひかりと色んな種類の新幹線と記念写真を撮れば、みなさん機嫌を直して
くれます(笑)。

 ただし、北京・天津・上海・広州・シンセン・武漢などの都市では(日独仏加
といった海外からの技術供与の賜物か、それとも中国政府の言い分どおり、完全
に中国独自の技術開発によるものかはさておき)中国にも和諧号という新幹線が
たくさん走っています。その辺りの出身の方だと、こちらが気を利かせて新幹線
の乗車を予定に組んだとしても、日本の新幹線なんて興味ないと言われてしまう
かも知れません。

 中国人のアテンドをしていると、たまに驚くほど無茶な要求をされることがあ
ります。突然、北海道にも行きたい!なんて言われても、時間や費用の面からも
普通、無理ですよね。でも、厚かましい要求だなんて思わないで下さい。彼ら、
北海道がどれほど遠くて広いかを知らないのです。中国人からすれば、日本みた
いなちっぽけな国は移動も簡単だろうという感覚なのです。

 近年、中国で大ヒットしたラブコメディー映画の舞台が北海道だったことか
ら、北海道の素晴らしい景色が中国人にもよく知られるところとなりました。
せっかく日本に来たのだから、映画でみたあのキレイなところに行ってみたい、
というだけのこと。もしそう言われたら、日本は小さな国だが南北に長い国で、
北の端にある北海道はとても遠く、飛行機で何時間もかかるし費用も高いのだと
説明してあげてください。

 なんだそうなのかぁと、アッサリした中国人、事情が分かればスッパリ諦めて
くれます。でももし北海道へ案内することが可能ならば、とても喜ばれることで
しょう。彼らが北海道のどこを見たがるのかを知るために、ぜひ、その映画『誠
実なお付き合いができる方のみ(原題:非誠勿擾)』を鑑賞してみてください。

 なんとなく、対中国人アテンドの傾向と対策がお分かりいただけたでしょう
か? 要は相手の年代と出身地によって、希望や興味がまったく違ってくるとい
うことです。これが日本人なら、老人でも若者でもみなが一様に、有名観光先を
一通り訪ねると思います。しかし中国人の場合、日本人のように一括りにできる
スタンダードが存在しないのです。

 中国人は、そこがどれだけ有名な観光地でも、興味がなければ見向きもしませ
ん。もし彼らの興味がないところに連れて行ってしまったら、こちらが呆れるほ
ど不満を体中で表現されちゃいます(笑)。どこへ案内すべきか悩んだら、オスス
メをリストアップして、この中から何ヶ所選んでくれとご本人に決めてもらうこ
とをオススメします。

                (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)