【自著を語る】

『沖縄の自己決定権』

新垣 毅


 琉球新報で東京報道部長をしています新垣毅と申します。今日は私が書いた本を紹介させていただけるとのことで、とても感謝しています。

 私が書いたこの本には『沖縄の自己決定権 その歴史的根拠と近未来の展望』というタイトルをつけております。とても壮大に聞こえるかもしれません。これは2014年5月から2015年2月まで、琉球新報の誌面で連載した記事のうち約8割を、本に載せるような文章でリニューアルして書きました。

 「どうしてこの連載をやらなければならなかったか?」というところが大事だと考えています。沖縄の現状については、みなさんもニュースなどで見られているかもしれませんが、実は沖縄には参議院、衆議院の国会議員の選挙区は6つありますが、6人とも安倍政権とは反対側の人たちが当選しています。名護市辺野古の新しい基地を建設することに反対する勢力、あるいは今、東村高江というところで新しいヘリパッドがつくられようとしていますが、それに反対する勢力、そうした人々が沖縄の国会の代表となっています。すべての選挙区でです。さらに、県知事、地元名護市の市長も基地に反対する首長が誕生しています。ここまで民意を示しているんですね。
 しかし政府は一顧だにせずに、逆に基地建設を強行したり、あるいは、裁判で沖縄県を提訴したり、という状態が続いております。果たしてこれが民主主義国家としてのあるべき姿なのか。こういった変則的な状況を、沖縄からどうにかして打開しないといけない。そういう問題意識から出てきたのが、この「沖縄の自己決定権」というキーワードを使った連載です。

 この連載でどういったことを書こうとしているのか。これまでの沖縄の歴史を振り返ってみますと、1972年まで沖縄は米軍の統治下でした。そのときに日本に復帰しようという運動が沖縄にはありました。憲法で保障されている平和主義や人権について、沖縄もきちんと恩恵を受けたい、だから日本国憲法に復帰しよう、ということばで運動がたたかわれました。最終的には全面基地撤去という運動の目標も掲げられましたが、結果的には沖縄の基地はほとんど残るという状態になってしまいました。この運動をした人たちは非常に裏切られた気持ちを抱いたわけです。沖縄は復帰はしましたけれども、その後、果たして日本国憲法が適用され、沖縄の人たちの命や人権、平和が保障されている時代があったでしょうか。

 1995年には、小学校の女の子が米兵に輪姦されたり、あるいは、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落したり、最近では5月に米軍属のアメリカ人が沖縄の女性を暴行して殺害するという痛ましい事件も起きました。こういうことがずっと繰り返されているのが沖縄です。こういった現状をどうにか改善していきたい、そういう問題意識から出てきているのが、国際人権法に訴え、国際世論を起こしていこう、という動きです。新たに沖縄でこうした動きが起きているわけです。

 昨年9月、翁長知事は国連人権理事会に行きまして、「沖縄の自己決定権と人権が蔑ろにされている」と訴えました。沖縄の歴代知事で初めて、国際社会、国連に沖縄の現状を、国際人権法に照らして訴えたわけです。いま、沖縄が非常に追い詰められているからこそ、国際社会に訴えざるを得ない状況というがあるわけです。その翁長知事も口にした、沖縄の自己決定権というのはどういうものなのか。歴史的にひもとき、あるいは、国際社会と比べてみて、沖縄というところはどう位置付けられるのか、そういう関心で書いたのがこの本です。

 まずは沖縄の歴史を掘り起こそう、という問題意識を縦糸としますと、国際社会、海外の事例に目を向けて取材した内容、これは認識の空間を広めていこうという試みですが、これを横糸とします。この縦糸と横糸で、沖縄の今の権利、自己決定権、人権の有り様というものを位置付けよう、そういった試みをこの本でしています。

 この本の前半は歴史的なことを書いております。歴史を掘り起こす上でも、少しドラマチックに歴史小説のように書いていますけれども、そこで気をつけたのは、琉球人、沖縄人の視点で書くということです。往々にして、歴史というのは勝者の記録であると言われています。敗者や弱者などのマイノリティたちの歴史というのは、教科書にもなりにくい。自分たちの正当性を示す声が、記録の中では表れにくいと言われています。この琉球の歴史も、そういうところがありました。しかし、明治初期の琉球処分に対して、救国運動ということで、明治政府に抵抗して、国際社会に相当訴えました。自分たちの自己決定権が侵害され奪われていると訴えた。こうした歴史が、歴史家の研究によって、90年代以降明らかになってきています。本書はこの研究成果も踏まえて書いています。

 おそらく、読んでいただいた方の中にも、「これは初めて知った」という内容が、ご年配の方にも多いのではないかと思います。実際に、連載を読んだ沖縄の人からもそういう反応がありました。ぜひそういう歴史、教科書や歴史書では見たことのない、沖縄、琉球の歴史に遭遇していただきたいなと思います。

 歴史を掘り起こす上で、非常にキーポイントになったのが、1854年、黒船のペリーが琉球王と結んだ琉米修好条約です。これがのちのち沖縄、琉球の主権、あるいは自己決定権の回復を考える上で、非常に重要なポイントになりました。

 ペリーは1854年3月に、幕府と交渉して日米和親条約を結びます。これが日本で最古の国際条約となるんですが、そのわずか4カ月後に、実は琉球王国とも似たような条約を結んでいるわけです。さらに、琉球王国はフランスやオランダとも似たような条約を結んでおります。これによって、実は琉球というところは、主権国家であり独立国家であるということが、列強たちにも認められていた、という裏付けになるわけです。国際法の主体であったという証拠にもなるわけです。ということは後の、1879年、先ほど申し上げた琉球処分というできごとが、実は、単なる廃藩置県ではなくて、国際的な問題だった、国際問題だったと言うことができるわけです。国際法から見たら、その琉球処分はどう位置付けられるのか。明治政府は国際法に則った手続きで、琉球を併合したのか、それも正当性はあるのか、そういう問いが実は成立するわけです。

 この問いを立てるに至ったのも、最近の話です。そもそも沖縄がなぜこういう状況におかれているのか、基地問題でよく軍事植民地という言い方をされますが、これだけ自分たちの民意が蔑ろにされたり、人権が蔑ろにされたり、あるいは、先の戦争でたくさんの人が死んだり、なぜこういうことが起こるのか、というそもそもの話をしていく上で、これまでは沖縄戦が原点だと言われていましたが、実はさかのぼっていくと、この琉球併合という国際的事件、国際問題が実は発端ではなかったのか、という問題意識が芽生えてきているわけです。それに応えて、歴史を掘り起こし、さらにそれをリアルに描写し、そして今の国際社会の状況の中で、位置付けようと試みたのがこの本です。

 いろいろ歴史をさかのぼって、いまの国際社会を見てみますと、沖縄が今、自己決定権というものを、訴える・主張するということは、非常に資格があり、条件が整っているということがわかります。私はスコットランドの独立投票や、22年前にアメリカから独立したパラオ共和国、あるいはベルギー、そして、スイスの国連における人種差別撤廃委員会をそれぞれ取材してまいりました。ここから得た知見は、沖縄、琉球が自己決定権を主張する資格は十分ある、ということです。こういった裏付けの取材の成果がこの本には詰まっています。この「自己決定権」と言うことをキーワードにして、「果たして沖縄はこれからどういった道を歩むべきか」という示唆を与えるつもりで、一生懸命書きました。

 沖縄の人たちは戦争も体験して、今、基地問題も繰り返されて、人権が蔑ろにされているという状況の中で、やはり平和、命、人権に対する飢餓感が、ものすごく強くあります。翁長知事は先だって、沖縄の人たちには魂の飢餓感があると言いましたが、これは私が今申し上げたような現状と、そして普遍的価値への希求というものがものすごく強い、ということを言い表していると思います。この本はもちろん、沖縄のことを書いてはいますけれども、そこから、普遍的価値を実現できるのか、ということ考えれば考えるほど、実は日本全体の国のありよう、社会のありようと密接に関わっている、ということがよく見えてくると思います。

 いま、中国や北朝鮮の脅威というものがものすごく強く言われて、なかば敵視政策じゃないかと思わせるような対応を日本政府はやっていますが、近隣諸国と現在のような付き合い方、敵対体制でやっていくと、真の安全保障にはつながらない。やはりゆくゆくは対話でもって、軍事による圧力や脅しのような対応ではなく、きちんとどうやって自分たちのアジア地域を平和にしていくか、という目指すべきところを設定し、そこに向かって対話をしていくという状況をつくらなければならないと思います。
 そこと、実は沖縄の現状というのは、非常に隣り合わせで密接に関わっているので、沖縄の人たちの、命、平和、人権を考えれば考えるほど、実は東アジアの安全保障、平和という問題と密接に関わっていることがよくわかります。この地域をよくしていくという理念、考えを持たないと、なかなかいい方向にならない、ということが見えてきます。もしこれが実現すれば、沖縄の人たちが平和な暮らしができるようになる状態をつくることを考えれば、実は日本人、日本国民ひとりひとりも、平和な暮らし、安定した安全な地域で、経済活動、普段の暮らしというものが営める、そういう状態をつくることができると言うことができると思います。

 沖縄の問題、沖縄問題と言いますけれども、これは地域問題ではありません。日本全体、いや、アジア全体、もっと言えば、アメリカの戦略も絡んだり、ロシアやヨーロッパとの戦略とも絡んだりしていて、いまグローバル化していますので、世界的な脈絡の中で、非常に危険な東アジアの紛争の火種とどう対峙しているか、という問題と直結していると言うこともできると思います。ということは、この日本本土に住んでいる人の命や暮らしと直結している問題と言うことです。

 ぜひ、この本を読むことによって、そういった思考実験みたいなものを頭に浮かべることも、そういうことをする上でも、この本は有益だと思います。沖縄というレンズを通して、日本の将来を見る、そういったつもりで、この本を読んでいただければ幸いです。これは沖縄県民に向けた記事として書きましたが、読めば読むほど、実は自分たちの問題なんだ、と言うことを感じ取っていただけると思います。ぜひ一読をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

 (琉球新報東京報道部長)


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