【北から南から】

 2.米国・マヂソン便り(6)-マヂソン夏の風物-    石田 奈加子
───────────────────────────────────
 「春は曙」ならぬ「夏は道路工事」のマヂソンですが夏になるのはやはりうれし
いことです。本当に暑くて冷房を入れたいと思う日は一夏中7,8日位いですが、
湿度が低くからりと晴れた日にはこんなきれいなところがどこにあるだろうか、
と思う程気持ちの良い日になります。

 ミネソタほどではありませんが、ウィスコンシンにも沢山の中、小の湖が方々
にあり、マヂソンは四つの湖に囲まれています。そのうち大きな方の二つの湖が
北(メンドウタ湖)と南(モノナ湖)から迫って、丁度鼓の腰のくびれていると
ころ(一番狭いところ- ISTHMUS (峡)と呼ばれています)が街の中心で、そ
こに議事堂が建っています。議事堂の上階のテラスに上りますと北と南の湖がす
っかり見渡せます。(私の仕事をしていた役所は議事堂から一区画だけ東へ行っ
たところでしたが、その四階からでも両方の湖がみられました。)

 ウィスコンシン大学のマヂソン・キャンパスの本部(大部分)はメンドウタ湖
側にあって、湖畔に沿って様々な建物が建っています(学生会館、学生寮、教室、
事務所、天文台、同窓会会館等々。)学生会館大食堂の湖を見晴らすテラスは学
生ばかりでなく市民全体のレクレーションの場です。季節に限らずいろいろな催
物がありますが、何もない時でもただテラスに座り大学の農学部が作り販売する
アイスクリームを食べたり、ビールを飲んだり(この大学ではキャンパスでのア
ルコールの販売が許可されています)湖に沿って歩いたりします。

 モノナ湖畔には市営の公共会議場(モノナ・テラス)があります。議事堂から
真っ直ぐ南へ数区画行ったところで、1997年に十年近くの論議の後完成しま
した。真向かいに見える古典的で堂々とした議事堂(この議事堂のドームは合衆
国50州のうちで一番大きい、つまりワシントンD.C.の国会議事堂についで第二
番目に大きいそうです)に比べるとずっと小さくて質素ですが、デザインは30
年代にフランク・ロイド・ライトが構想して市民の自由な使用に供したいと思っ
ていたけれど建設することが出来なかったという伝説的な設計に基づいています。
 ライトが作りたいと思ったボート・ドックは地形上建設不可能とかでだめでし
たが各階から湖が見晴らされ屋上で色々な催しがあります。フランク・ロイド・
ライトといえば、ウィスコンシンが後にも先にも第一に誇るNative Son (この
地の出身者)です。ライトの生涯や業績については数知れない本が書かれていま
すし、オペラも舞台劇も作られています。ライトは元の東京の帝国ホテルを設計
した人ですから満更日本と縁が無いわけではありません。
 
  彼が収集した浮世絵の展覧会が数年前大学の美術館でありました。ライトが愛
したウィスコンシンの草原に建てた自宅兼建築家養成所(Taliesin)はマヂソン
から35マイル(56K)ほど西のスプリング・グリーンという町にあります。

 側をウィスコンシン川がながれ、ライトのデザインの真髄を表している建物群
でこのあたりの名所のひとつです。今年はその設立百周年とかで様々な記念行事
があるようです。ライトはもう一つ養成所をアリゾナ州のスコッツデ-ルに作っ
てTaliesin-Westと呼ばれています。

 マヂソンは内陸ですから海水浴はだめですが、湖畔を巡って方々に市営(水浴
監視人が派遣される)や個人の砂浜があって水泳、水遊びは夏の間の一般的な楽
しみの一つです。ヨットやボート遊びや競技も行き渡っています。大学にはボー
ト・クラブもあり、種々の船舶や船具をそろえていて一般人も借りて水の上に出
ることが出来ます。

 湖水について最近とみに問題になるのは湖水、環境の汚染です。農業地帯や市
街住宅の芝生からの化学肥料、農薬、秋のものすごい分量の落ち葉、住民の食料
ゴミを交えた下水が湖に流れ込み、水藻の繁殖を非常な速度で助長しています。
日によっては大量の水藻が岸に押し寄せて湖の水がまったく緑色の濃いポタージ
ュのようでただ見て気持ちが悪いばかりでなく人体に危険でもあります。水藻が
毒素を発生するとかで数年前に水に落ちた犬が毒気にあったて死んだケースが数
件ありました。

 勿論そんな日には市は水浴場を閉鎖します。ウィスコンシン、殊にマヂソンで
は沢山の環境保護の非営利団体が活躍していますが、省エネ、原発反対(ウィス
コンシンにも原発が二基ほどあります)、農薬制限、炭素放出制限等々とならん
で、ウィスコンシンの水をきれいにし保護しましょうというのは重要な課題です。
市は秋から冬の初めに掛けて落ち葉の回収につとめ、州では燐性物質の湖水への
流入を阻止するための予算が組んであります。

 アメリカの夏を思うときに忘れてならないのは独立記念日の行事でしょうか。
七月四日の夏の最中のことではあり、地域ごとに趣向を凝らした行列、音楽隊の
行進、ピクニック、そして夜になっての花火大会は夏のシンボルのようです。う
ちの所属する地域では今年の記念日にはパレードのあとで独立宣言の輪番朗読を
計画しています。このほかに夏の間中大小さまざまなお祭りや催しがひっきりな
しにあるのですが、感心するのはどこへも絶えずどっと人々が集まることです。

 マヂソンの夏のアトラクションで非常に人気があるのはマヂソン室内楽団(マ
ヂソンには交響楽団もオペラ・カンパニーもあります)による週一回の野外音楽
会です。議事堂の表のテラスが舞台になり聴衆はその周りの芝生に陣取りピクニ
ックの夕食をしながら音楽を楽しみます。負けじとばかりマヂソン・オペラも一
夜公園で野外演奏会を催します。芝生の上に立派なステージが立てられますが、
聴衆は各自毛布やデッキチェアーなどを持参して夏の夜の蚊の群れも恐れずすば
らしい声楽の展開に浸ります。

 この公園はたまたまうちから歩いて5分位の所にあります。敷地には殆ど何も
なくて、ただよく手入れの行き届いた芝生と散歩道が広がっているだけで普段は
誰も居ない(誰も使っていない)贅沢ともいえそうな公共の緑地で晴れた日にはそ
れは美しい眺めです。マヂソンの秘密の場といわれています。冬には雪すべりの
ためにかなり大勢の子供たちが出ます。

 実用的な面では農産物の市が大切な夏の風物です。ヨーロッパや中近東では農
産物、食料品、雑貨などの野外市は大昔からある日常生活の一部ですが新大陸
  では最近取り入れられた風習の一つだと思います。

 マヂソンの市(Farmers’ Market)は地元の農産業の保護と促進をするために
37年前に始まったそうですが、第二次大戦後の経済ブームに伴う大量生産食品、
レデイメード食品、人工資料添加食品等の氾濫と人体にもたらすその悪影響に反
対して70年代からの自然食を食べよう、有機農産物を食べよう運動が加わり、
最近ではそれに地元で出来たものを食べよう運動(生産物の輸送距離を短くし省
エネ、地球温暖阻止の一環とする)が加わって、アメリカ中どこの市町村へ行っ
ても見られる光景になったかと思います。

 マヂソンのマーケットは週二回、土曜と水曜、に市の数箇所で開かれます。近
隣の農産物生産者たちが来てテントを立てます。参加者の半分くらいはヴェトナ
ムかラオスからの移民者で西洋野菜と一緒に中国系の野菜が並びます。アーミッ
シュのお百姓もいます。若い女性ばかりの共同農場のテントも出ます。ここでは
この国では目新しいヨーロッパ風の野菜や日本野菜も作っているようです。年毎
に新しい産物が出品されてきているようです。

 野菜のほかにはチーズ、卵、肉、ソーセージ、蜂蜜など。ここでの値段は街中
のスーパーに比べて必ずしも安くはありません、むしろもっと高いぐらい。仲買
人がいないから安くなるかと思われますが有機農業であったり多くが零細農家で
すから無理もないと思われます。夏の朝人々に混じってずらりと並んだテントの
一つ一つ、色々な野菜を見て歩くのは楽しいもので‘コミュニテイ’という感じ
がします。

 普段は殆ど顔をみない知人に行き会ったりするというおまけもあります。残念
ながらこのコミュニテイからは、スーパーより高い値段の野菜など買えない低所
得者が疎外されているのではないかという気もいたします。保存の利く安い既成
食品、ファーストフッドに偏る低所得家庭の食生活の現状は肥満の危険と伴って
社会問題になっています。

 マヂソン市当局は低所得家庭に野菜などの健康食を紹介するために低所得者の
集まるアパート街にFarmers’ Market を導入しようと検討していますが成功す
るでしょうか。市内での野外野菜市が流行になる以前から農業地帯のお百姓たち
はハイウエーの傍らに荷車やちょっとした屋台のようなものの上にカボチャ、メ
ロン、トーモロコシなどを積み上げて道行く人が自由に買えるようにしてきまし
た。どこまでも続く空と農地の中にポツンと立っている荷車とその荷はマヂソン
から20分も車ででれば見られる詩情のある風景です。

 夏の楽しみの締めくくりをするものは州のState Fair(農業博覧会)です。年毎
のステート・フェアはアメリカ合衆国全土どこの州でも行われます。ウィスコン
シンの博覧会場はミルウォーキーの郊外にあります。

 19世紀の半ばに始まりもとは農村の人たちが年に一度畜産物(牛、馬、豚、
羊など)や農産物を出品し、展覧しその品種、成果を競い合う機会でしたが、だ
んだん一般人の娯楽の要素が加わり会場には遊園地のような観覧車、回転木馬、
ローラーコースターなどが設置され、射的場、手品師などの見世物が並び、種々
の名物、食べ物屋も沢山屋台を出します。

 本来の畜産、農産物展示は勿論のこと種々の動物の競技も行われ、品種競争は
4Hクラブや農村の青少年たちの努力と誇りを示す舞台になります。十日にわた
るフェアが終わると八月も半ば、もう一週間もすると新学期が始まる、夏もおわ
りの気配になります。

            (筆者は米国・ウイスコン州・マジソン在住) 

                                                    目次へ