【コラム】
ロンドン通信(2)

「私の車の中で、汚い言葉は慎んでほしい」。

浦田 誠


 ロンドンでミニキャブの運転手に、そう言われた。私は、「ウーバー」について尋ねたかったのだが、見事に遮られた。それくらいこの会社が嫌われていることを示す良い例だった。

 一般運転手と利用者をスマホの配車アプリで結びつけ、自家用車で有償輸送を提供するサービス。「ライドシェア」と呼ばれるが、その便利さが受け、世界中に広がっている。その最大手がサンフランシスコに本社を置くウーバーで、世界80ヵ国以上に進出している。
 だが、世界各地でタクシー運転手、労働組合や事業者、行政、司法当局との衝突が続く。「デジタルサービス会社だ」と強弁し、運輸法規やタクシー業界のルールを守らないからだ。とりわけ、ウーバーの前CEO(最高経営責任者)は法律を破ることを社是としてきた。ベンチャー資本から巨額の出資があったからこそできた傲慢かつ粗暴な振る舞いだった。その資金に依拠し、運賃は赤字覚悟でタクシーより低い。略奪的価格設定と呼ばれる。サンフランシスコでは、この5年間で7割の客が奪われ、3割の運転手がタクシーをやめている。

 競合他社も大きく伸び始めている。米国のリフトは最近トロントに進出した。中国の滴滴出行は、メキシコやブラジルで事業を近々開始するし、日本の第一交通産業(100件を越える不当労働行為で有名)とも業務提携する。東南アジアではグラブとゴジェックが市場シェアを拡大させ、インドのオラもウーバーに迫る勢いだ。中東ではカリムが12ヵ国で営業する。エストニアのタクシファイは、東欧やアフリカを中心に事業を広げてきたが、昨年はパリやシドニーにも登場した。
 一方、欧州各国での反対運動は根強く、市民に「アメリカとは違う」という意識もある。このため、素人運転手を使う配車サービスは、数ヵ国を除いてほぼ欧州全域で公然と営業できない状態だ。私がある国際会議で話したウーバーの欧州代表も、そのことを認めていた。

 ところで英国には、二種類のタクシーライセンスがある。ロンドンでは試験に合格するのに最低3年の勉強が必要と言われる「ブラックキャブ」と、予約専用で自家用車も使える「ミニキャブ」だ。後者は、正式には、PHV(プライベート・ハイヤー車)といい、ブラックキャブより割安の料金である。首都の通勤人口が郊外へ広がっていった1960年代から、ベッドタウンのブラックキャブ不足を補う形で普及して行った。長年白タク同然だったが、2001年から、5年毎に更新を必要とする営業免許制を導入した。この10年間をロンドンでみた場合、ブラックキャブは横ばいの2万人だが、ミニキャブは3倍に増え、12万人が登録している。
 ウーバーも、このミニキャブとして5年前に営業免許を取得した。ところが、昨年9月にロンドン交通局がその更新を認めず、世界中の話題となった。ミニキャブの急増に伴い、運転手による性犯罪等も増えているが、同社は関係当局の捜査に非協力的だったのだ。同時に、労働組合、タクシー業界、超党派の議員らによる総がかりの反対運動が背景にあった。ウーバーはこの決定に異議を申し立てている。審議が近々始まるが、その間は営業できる。

 ウーバーは、「偽造請負」を巡る英雇用裁判でも連敗中だ。低賃金・長時間労働の実態も問題視されているし、法の盲点を突いて脱税しているとも批判されている。昨年はまた、会社のセクハラ体質を元社員に告発されたり、社内に諜報チームがあり他社の情報を盗んでいたと暴露された。顧客や運転手570万人の情報がハッキングされたことを一年以上報告せず、ハッカーには口止め料を払っていた。日本経済新聞は、「不祥事のデパート」と称した。年半ばに、CEOも交代させられている。

 ITF(国際運輸労連)は、21世紀の新技術がタクシー産業のサービス向上につながることには賛成だが、19世紀の労働条件に逆戻りすることは断じて反対であり、ライドシェアはデジタルサービスではなく、運輸業だという立場だ。この点については、それに沿った判決を欧州司法裁判所が最近出している。バルセロナのタクシー協会が訴えていた。
 ルクセンブルグ首相は、「ウーバーには、社会保障の負担の仕方が十分でないという私たちの懸念を二年前に伝えた。私は新技術を支持するが、10年後に給与も年金もない国民を生みたくない」と語っている。日本では、ハイタク労働組合、労働弁護士、研究者らが、2016年の夏に「交通の安全と労働を考える市民会議」を立ち上げ、各地でシンポジウムを開くなど、ライドシェア問題を広く訴えている。その甲斐もあり、ウーバーを水際で食い止めてきた。

 ロンドンでウーバーの営業免許が取り消された直後に行われた世論調査の結果が興味深い。この判断が、①正しかった=43%、②間違っていた=20%、③わからない=37%という結果が出た。うちウーバー利用者の31%が「正しかった」と答えた。スマホで車が呼べるのは便利だが、やはりどこかおかしい。そんな意識の現れではないか。
 昨年の5月22日。英マンチェスターのコンサート会場で自爆テロが起き、多数の命が奪われた。パニックの中で避難する人々を、タクシー運転手たちは夜を徹し無報酬で搬送した。ホテルは空室を開放し、一般家庭も帰宅困難者を受け入れた。こうなると、ライドシェアも「民泊」も出番がなかった。地元の人たちが、コミュニティの一員として・働くものとして、連帯したからだ。

 いま日本ではシェアリングエコノミーの利点ばかりが取り上げられている。内閣官房が任命するシェアリングエコノミー伝道師までいるそうだ。「市民会議」もライドシェアを、このシェアリングエコノミーというより大きな枠で捉えており、雇用破壊につながると警戒している。
 それに代わる社会の姿は? マンチェスターの例は、ラクダを針の穴に通すような話かも知れないが、市民・労働者の連帯こそが、違う社会をつくるカギではないだろうか。

 (ロンドン駐在・国際運輸労連ITF内陸運輸部長)

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