【海峡両岸論】
「国共合作」で政権交代狙う中国
習近平が台湾民衆に平和攻勢
岡田 充
習近平中国国家主席が2023年初めから、台湾民衆に向けて「両岸は親しい家族」など温和なメッセージを発信し「平和攻勢」を展開している。2月には国民党訪中団を中央と地方リーダーに会談させて厚遇。台湾次期総統選(2024年1月)で国民党にも勝機ありとみて「国共合作」による政権交代の可能性を模索しているのだ。今年初めからの中国指導部の台湾対応の変化をトレースする。(写真 干支は寅から兔へ 中国の年賀カードから)
「見解の相違は当然」
「中国は広く、人々はそれぞれの望みを抱き、物事への見方が異なるのは当然です。だから、意思疎通によって共通認識を凝集させねばなりません」。微笑みながらTVを通し台湾民衆に語りかけるのは習近平。2023年の「新年のあいさつ」i) の一コマだ。
続けて習は「海峡両岸は一つの親しい家族。両岸同胞が向き合って歩み寄り、手を携えて前進し、中華民族の末永い幸福を共に創造することを心より望んでいます」と述べた。「統一」にも「武力行使」にも一切触れない、非政治的で温和なメッセージだ。
2022年の「新年のあいさつ」ii) では「祖国の完全統一実現は、両岸同胞の共通の願い。すべての中華の子女が手を携えて前進し、中華民族の素晴らしい未来を共に築くことを心から期待します」と述べていた。統一を主張し、中国の統一戦略の受け入れを台湾側に迫る内容だった。
全人代でも「平和統一」強調
平和攻勢は「新年のあいさつ」だけではない。3月5~13日まで北京で開かれた全国人民代表大会(全人代=国会)での李克強首相の「政府活動報告」の内容もチェックしよう。報告の台湾部分の全文は次の通り。
―われわれは新時代の党の台湾問題解決の基本方策を貫徹し、一つの中国の原則と「92年コンセンサス」を堅持し、「独立」に反対し統一を促進し、両岸関係の平和発展を推進し祖国の平和的統一への道を歩む。両岸の同胞は血がつながっており、経済と文化の交流、協力を促進し、台湾同胞の福祉を増進する制度や政策を充実させ、両岸が共に中華文化を宣揚し、心を合わせて復興の偉業を創造することを推進する―
「独立反対」「統一促進」の基本方針を強調しているが「武力行使の選択を放棄しない」や「外部勢力の干渉に断固反対」など強硬な表現は登場しない。2020年の活動報告以来「平和統一」の「平和」の二文字が消えていたのに対し、今回は「平和発展」と「平和統一」と「平和」を強調したのが目立った。
「平和」の二文字が消えた理由について、日本メディアの中には、「武力統一も排除しない」方針を示したとみる向きもあるが「誤読」であろう。中国は米中が国交正常化した1979年以来、「平和統一」政策に方針転換した。習が2019年に発表した台湾政策「習5項目」 も平和統一宣言ともいうべき内容だった。全人代の政府活動報告で「平和」の文字が消えたからといって方針展開の根拠にはならない。米台に対する「嫌がらせ」「警告」の意味が強い。
「前例のない厚遇」
「新年のあいさつ」に続いて、中国指導部は2月8日から17日まで国民党の夏立言副主席(副党首)らの代表団を受け入れた。一行は2月9日、中国の台湾政策の実務上責任者に就任したばかりの(22年末)宋涛・国務院台湾事務弁公室主任(前党中央対外連絡部長)を皮切りに、10日には共産党序列4位の王滬寧・政治局常務委員とも会談した。
一行はこの後北京、上海、重慶の各直轄市と江蘇、湖北、四川各省を回り、20回党大会で選出された地方トップと会談した。中国の各地方は、国民党首長の台湾地方政府との間で、農水産物の輸入などを通じ交流を深めているから、地方訪問には政治的意味が込められているのだ。(写真 宋涛氏(右)と会談する夏副主席 国民党HP)
台湾外交部出身の夏氏は外交経験が長く、一行には馬英九政権のブレーンを務めた両岸問題専門家の趙春山氏も含まれていた。夏氏は22年8月10日にも訪中したが、ペロシ米下院議長の台湾訪問後の大規模軍事演習の時期と重なったため、高官会談は実現せず、今回の中国側対応は「前例のない厚遇」になった。
危機回避の国民党を強調
まず序列4位の王氏との会談から振り返える。王氏は学者出身で江沢民、胡錦涛、習近平三代の下で、政治理念とイデオロギーを担当する「理論的支柱」とされてきた。3月10日には「全国政治協商会議」(政協会議)主席に就任した。
中国の国家機構の中で政協会議主席は、台湾問題が所管のひとつ。国民党のプレスリリースによると、夏が王に強調したのは、民主進歩党(民進党)の陳水扁政権(2000~2008年)下で両岸関係が緊張していた時期、国民党が果たした役割だった。
当時の連戦・国民党主席は、陳政権が第2期目入りした直後の2005年4月に訪中、胡錦涛総書記との歴史的な「国共トップ会談」を行った。
夏は、「両岸関係が現在と同じように緊張していた情勢下で、国民党は民衆の平和への渇望に答え、『氷を割る旅』によって一触即発状態だった危機を回避させた」と語った。その後、陳政権は露骨な台湾独立政策を展開し、頼りの日米両政権からも見放され2008年の総統選挙で、国民党の馬英九総統の政権復帰を許すのである。
「共通の敵」は誰か?
夏が何を訴えたいのか分かると思う。次の総統選挙で、国民党の政権復帰を実現するため、「国共合作」をやろうというのだ。これに対し王氏は「台湾の独立と外部勢力の干渉に断固として反対する」と応じた。
国共合作の「共通の敵」として、台湾独立派と外部勢力による干渉を挙げたのだ。「外部勢力」とは主として米国を指すが、政策内容や国際政治の局面によっては日本が入る可能性もある。先に紹介した「習5項目」の第3項には、武力行使を否定しない対象として「台独勢力と外部勢力の干渉」が挙げられている。
政権交代という目標実現のため「国共合作」を訴えたという評価は「少し大袈裟では」という声が聞こえそうだ。確かに、過去2回の国共合作は、歴史的転換につながる重大事だった。
統一否定の「大事」
「第1次国共合作」(1924年1月~27年7月)は、中華民国建国の父、孫文がソ連の働き掛けで実現したが、蔣介石らによる反共クーデターで解消した。第1次合作の「共通の敵」は軍閥だった。国共両党は1937年9月、日中戦争拡大を受け日本軍国主義を「共通の敵」に第2次合作を成立させた。日本の敗戦でその目的は実現したが、国共両党は46年夏内戦状態に入り第2次合作は崩壊した。
この二つの「大事」に比べれば、確かに政権交代は「小事」にみえるかもしれない。だが、北京はバイデン米政権が蔡英文政権と二人三脚で進める対中政策の核心は、「一つの中国」政策の空洞化、骨抜きにあるとみている。
それは中国の建国理念の柱であり、歴史的任務である「台湾統一」の全面否定にほかならない「大事」なのだ。だから中国は、「一つの中国」をめぐる攻防を、歴史的意義のある戦いと見做している。
特に、長期低落傾向が続き、有力リーダー不在の国民党だけに、政権復帰の可能性がわずかでもあれば、またとないチャンスとみて不思議ではない。
『平和、安定、発展』が主流民意
中国の統一戦線工作は「共通の敵」と「民衆」を分断し、民衆を味方につけることが基本政策だ。習ら中国指導部の平和攻勢はあくまで台湾民衆に向けられている。民衆向けの温和なメッセージという変化を解くカギは、2022年11月の台湾統一地方選挙での民進党の敗北にある。
台北を含む21県・市の首長選で、野党・国民党が1増の13ポストを得たのに対し、民進党は1減の5ポストと結党37年以来の惨敗を喫した。敗因の一つは、蔡英文総統が選挙戦終盤、劣勢挽回のため、「自由と民主の最前線に立つ台湾に世界中が注目している」と、「抗中保台」(中国に対抗し台湾を守る)を争点化したこととされている。総統選挙と地方選挙では、投票行動の基準が異なるのに中央レベルの争点を持ち出し失敗したということだ。
夏と会談した宋涛は2023年初め、両岸関係の専門誌 に「台湾地方選挙は、『平和、安定、発展』が台湾社会の主流民意であることを示した」と書き、「台湾独立勢力が策を弄した『抗中保台』は人心を得られず、独立を企む陰謀は失敗した」と分析する文章を発表した。宋はこの文章で「平和」を7回も使った。
蔡政権の下で陳水扁時代以上に険悪化した両岸関係を、国民党政権の復帰によって改善し、「平和、安定、発展」を望む主流民意に沿って安定させること。それが双方にとって「ウィンウィン」になる、という目論見である。
「ゲームチェンジャー」
台湾といえば、「緊張激化」のイメージが思い浮かぶのではないか。しかし国民党の馬英九政権時代(2008~2016年)は、緊張が緩和し航空直行便が解禁され、経済連携協定の「経済協力枠組み協定(ECFA)」も締結し、馬氏と習氏のトップ会談 (2015年)まで実現した。
台湾の輸出額の約4割は大陸向けであり、減少しつつあるとはいえ投資の3割はやはり大陸向けで、台湾の経済的生存は大陸抜きには語れない。大陸に常駐する台湾ビジネスマンは7~80万人に上る。
政権交代となれば、台湾をめぐる米中対立の様相は大きく変化する。中国は、米日台の軍事的協力関係に「くさび」を打つことができる。さらに、両岸関係が改善すれば、台湾有事が切迫という情勢認識も後退する可能性が高い。
「台湾有事」を念頭に置いた岸田文雄政権の軍拡路線に、日本でも疑念や風当たりが強まるだろう。その意味で台湾の政権交代は、東アジア政治の「ゲームチェンジャー」になるかもしれないのだ。(写真=バンクシー作の「ゲームチェンジャー」)
バイデン政権もそのことを承知で、総統選に向けて中国から強硬対応を引き出す挑発を仕掛け、中国の脅威を煽って政権継続を促すだろう。3月末には蔡総統が中南米訪問の往復の際米国に立ち寄り、カリフォルニアでマッカーシー下院議長と会談の可能性がささやかれる。これをめぐり米中台の激しい宣伝戦・サイバーが展開されるだろう。総統選が近づけば近づくほど、米中双方が妥協できる選択肢の「のりしろ」は狭まる一方になる。
ダークホースは侯友宜・新北市長
最後に、投票まで一年を切った台湾総統選情勢に簡単に触れよう。
民進党の最有力候補は頼清徳主席(副総統)だが、弱点は台湾独立志向が極めて強いこと。総統選でも「抗中保台」を繰り返せば、有権者の反発を買い苦戦は避けられない。頼氏は22年大晦日、中国との緊張緩和を目指すとみられる「和平保台」というスローガンを口にした。しかし、今度は逆に台湾独立を志向する「岩盤支持層」の反発を招いた。
台北市長を二期務めた「民衆党」の何文哲氏の出馬も確実視される。問題は国民党候補者。国民党は地方選でポストを増やしたが、「勝利したわけではない」と公式に認めている。朱立倫・国民党主席は2016年の総統選で惨敗。2020年選挙では「ポピュリスト」政治家といわれる韓国兪・元高雄市長が出馬したが、政治家としての能力の「メッキがはがれ」敗走した。
今回「ダークホース」として浮上しているのが、台北のベッドタウン「新北市」市長に再選された侯友宜氏。候氏は「警察庁長官」相当する職を経験した警察官僚で、地元では民進党支持層を含め圧倒的支持がある。警察官僚出身と言えば堅いイメージが付きまとうが、台湾ジャーナリストによると、「政治家と異なり実直でうそをつかない」のが人気の理由という。
民進党系の「台湾民意基金会」が2月21日発表した最新世論調査では、選挙が賴清德、侯友宜、柯文哲による「三つ巴」の争いになった場合,32.4%の侯氏が、27.7%の賴氏,19.5%の柯氏をリードする結果がでた。ただ候は新北市長に再選されたばかりで、市長職を投げ出し総統選に出馬すれば、マイナスに働く可能性もある。国民党内の団結にヒビ入る可能性もある。この段階の世論調査は「人気投票」の域を出ないことを付け加えておこう。(23・3・13 了)
i)習近平国家主席の「2023年新年のあいさつ」
国家主席习近平发表二〇二三年新年贺词 — 中华人民共和国外交部 (fmprc.gov.cn)
ii)習近平主席の「2022年新年あいさつ」
習近平主席の2022年新年祝辞全文 - 中華人民共和国駐日本国大使館 (china-embassy.gov.cn)
iii)岡田充(海峡両岸論第99号「30年内の統一目指すが急がない 習近平の新台湾政策を読む」第99号 2019.02.14発行 (weebly.com)
iv)宋涛・台湾事務弁公室主任の両岸関係専門誌への寄稿
新任中央台办、国台办主任宋涛新年发文,透露重要信号_腾讯新闻 (qq.com)
v)岡田充(海峡両岸論第60号 「国際関係から読む説く首脳会談 米主導の冷戦構造の変化が背景」第60号 2015.11.10発行 (weebly.com)
(2023.3.20)
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