【読者の声】

「偽装サバ缶」輸出問題の内実—生産側の立場から

信田 臣一

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■サバ缶にサンマ 銚子の会社輸出■

 千葉県銚子市の水産加工会社「信田缶詰」(北島芳紀社長)が2014年に製造した輸出用のサバの缶詰約300万缶にサンマを混ぜて出荷していたことが分かった。原料にサンマと表示せず、同社は「サバが不足した時、代わりにサンマを使ってしまった。申し訳ない」としている。同社によると、サンマを混ぜたのは「MADKHANAH(マドカナー)」の名称でイエメンなどの中東向けに輸出しているサバの油漬け缶詰(1缶95グラム)。国内に流通していない。魚肉をフレーク状にしたもので、見た目や味でサンマと区別することは難しいという。同社は1905年創業で、原油高騰などに伴う経営難から2009年に民事再生法適用を申請。再生手続き終了後の昨年8月、長野市の食品卸会社「マルイチ産商」が同社を子会社化する際、サンマの混入をしているとの内部通報があり発覚した。14年に製造した約1600万缶のうち約300万缶に混ぜていたという。(3月3日付、毎日新聞夕刊)
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 これがこの3月、事件を報じた新聞報道です。各紙各TV局もほぼ同じ報道内容でした。
 6年前まで100年超の歴史を持つ信田缶詰の経営に携わってきた者として、消費者に不信感を抱かせ業界の皆さんに多大なるご迷惑をかけたことを深くお詫びします。同時に相談役を退いていた2011年、定期的な工場視察で冷凍サンマを使用していた現場を目撃して、「会社の存続にかかわる行為」と責任者に厳重注意したことが生かされなかったことに、驚きと無念の気持ちが消えません。
 後述しますが、新聞、テレビは輸出した大手商社の責任に触れず、下請け子会社の責任だけを問う報道の在り方に問題を感じました。

 まず偽装に到った経緯と背景を記します。
 問題のサバフレーク油漬缶は大手商社のM社がサウジアラビア、イエメンなど中東へ輸出するためのもので、以前から受注生産(OEM)で製造してきた信田缶詰の主力商品の一つです。
 信田缶詰は各紙の報道にあるように1905年(明治38年)創業の国内有数の古い歴史を持つ缶詰会社で、「サバカレー」や「銚子風おでん」などのヒット商品を出しました。2004年には廃棄物も汚水も出さない「ゼロエミション」型新工場を業界に先駆けて完成させました。会社は2009年5月の私の社長退任から3ヵ月後、やや唐突に千葉地裁に民事再生を申請して事実上の倒産。銚子市の大手水産問屋の支援を経て、現在はこのM社の系列会社のマルイチ産商(本社・長野市)が経営しています。

◆偽装現場

 私が偽装現場に出あったのは社長退任の2年余り後の2011年11月28日。サバ缶の原料処理室で冷凍サンマを目撃して、わが目を疑った。「必ず発覚する。取り返しのつかないことになる」と注意をしましたが「これは小さなサバです。サバに見えませんか」。さらに現場責任者は「上司や製造会議の指示です」と。
 偽装をふせぐために、JAS法(日本農林規格)、不正競争防止法、食品衛生法などの法令があります。また、海外消費国はCODEX(コーデックス=WHOなどの下部委員会)の国際規則が基本で、輸入国の法令遵守が定められています。

 私は直ちに、民事再生を指導する東京都内の弁護士事務所に「サンマ使用を許可しているのか」とただしました。2日後にはM社担当者にも連絡。外部に漏れれば民事再生中の会社の命取りになる思いでした。担当者は「会長(M社OBの信田缶詰新会長)には知らせないで」と語りました。
 ところが2週間後、面談した担当弁護士に「偽装はあなたの妄想であり、相談役は解任した。以後、会社への立ち入り禁止」と告げられました。事務室内の相談役としての机もロッカーも片付けられ、手際よく社内のコンプライアンスを演出する提案箱が設置されていました。「偽装などなかった」となに食わぬ顔です。私は祖父の代から引き継いできた信田缶詰から完全に疎外され、「これまでか」とあきらめるしかありませんでした。それでも、「冷凍サンマをサバに偽装」は止めるに違いない、と信じてきました。

 だが、今回の報道とともに、偽装を認める会社の発表となったのです。M社も顧問弁護士、管財人も安価な冷凍サンマを使うという手段を選ばないやり方での会社再生を容認してきたことになります。
 輸出農水産物1兆円の政府目標とTPP問題にも関わる国際化時代には、国としての信頼が何より求められます。農業に比べますと水産業は国際競争力がある。中東など海外市場は魚への知識が乏しく、その盲点を突いたことになりますから、信頼の失墜は一層大きいことになります。

◆下請け窮状

 水産加工業で大事なことは原料の確保。日々の情報と過去のデータから漁獲状況を予測して、年間を通じた手当てをしていくことです。昭和時代はサバ、イワシの漁獲量は安定しており年間450万トンの漁獲がありました。サバはキロ20円〜50円、イワシは10円〜30円と安値で推移していました。漁獲量は次第に減り、特にサバは最盛期の100分の1の漁獲量で価格は高騰したままです。しかし、商品価格への転嫁は難しい。
 今回の輸出缶詰の商品名「MADKHANAH(マドハナ)」のブランド名はイエメンにおいて「トヨタ、マドハナ、ジャパン、No.1」と評価されてきた。「トヨタの次に缶詰。日本品は良い商品」と。
 しかし、これも下請け会社の技術力と厳しい経営に支えられてきたからこそ可能だったのです。経営は為替相場にも大きく左右されます。

 思えば1985年は日本経済、とりわけ缶詰業界に大きな打撃を受けた年でした。1ドル250円が150円に、さらに翌年には125円に、1箱(95グラム缶48個)のサバフレーク缶が2500円から1500円に値下がりしました。1箱当たり300円はあった利益が、逆に「千円札を貼って輸出」することになりました。
 銚子をはじめ各地の水産加工業地帯では、缶詰会社の廃業が相次ぎました。全国で約125社あった水産関係缶詰会社のうち34社が1985年以降に倒産・転廃業しました。円高が進み私の在任時には1ドル75円時代となり、完全に採算割れになりました。円安に転じて今は一息ついていますが、サバの漁獲量減は変わりません。
 戦後は輸出企業の先兵であったこの業界も立ち行かない状況になりました。今回の偽装の背景にはこんな経営状況があり、さらに福島原発事故の放射能汚染が追い打ちをかけました。

◆低賃金

 地場の水産加工業は3Kと揶揄されており、役員、社員、パートに到るまで低い給与に耐えているのが現状です。少し古い話になりますが、地場の給与は大手上場食品企業の給与水準の35%程度なのです。大手の年間平均給与600万円、賞与200万円を参考にすると、地場の社員月給は23万円程度。役員、管理職も極めて低額です。賞与は業績比例なので支給されないのが通常です。それでも、業界はこのような日陰産業でありながら、国民の食糧自給を支えているのだと自負しています。
 大手商社の受注生産は、大手の利益が前提にあり、下請けは言い値で製造せざるを得ないのが現状です。この力関係が続く限り、偽装が根絶出来ないのではないかと危惧します。

◆新聞・テレビ報道

 報道についても疑問があります。今回の偽装缶詰はM社が自らの商品名で、自らが輸出した国際的偽装事件なのです。偽装に危機感を感じた関係者が当該国の大使館に告発した、と伝えられています。現地の輸入元にM社社員と弁護士が出向き交渉したが、多額の違約金・賠償金が発生したとのこと。商品の缶詰ラベルにはM社名があり、横浜税関の輸出証明書には「○○コーポレート」(輸出M社)が明記されています。下請けの偽装製造はもちろん重大な違反ですが、対外的にはM社サイドで起きた問題です。いわば内部の問題ということです。輸出したのはM社であって、生産した信田缶詰ではありません。
 報道は信田缶詰とマルイチ産商の発表を鵜呑みにしてしまいました。マルイチ産商が経営することになって自発的に調査して、偽装を明らかにしたというストーリーにしてしまいました。
 容認、黙認してきた系列の親会社であり、ブランドオーナーであるM社への言及はどこにもありません。このことは報道が逆に本質を隠す「渡りに舟」になってしまいました。大手商社による国際的な食品偽装と、その輸出問題が、会社再生途上にある系列子会社による偽装事件として矮小化されたのは残念。このぶっつけようのない、末端小企業の現実を知っていただきたく一筆した次第です。

 (千葉県在住・元信田缶詰社長、東京海洋大客員教授)


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