【オルタの視点】

「中国崩壊論」はなぜ崩壊したか
― 日本で現れた反省の声 ―

朱 建栄


◆◆ 党大会の報道で感じたこと

 中国共産党第19回全国代表大会は10月18日より一週間開かれ、それに続く第19期中央委員総会(一中全会)と合わせて、新しい国家戦略が打ち出され、党規約が改正され、新指導部が選出された。今回の党大会についての日本の報道は、総選挙に株を奪われたものの、やはり隣国として大きな関心を示した。ただ、人事の話に集中しすぎた感じはする。三国志的に人事を見て面白いことは面白いが、習近平主席の「核心」の地位は昨年に確定しており、今回の党大会において党規約への実名明記などは自分の予想を超えるものがあってもその延長線上にはあった。それより、政治報告で示された「習近平新時代」の新しい3段階発展戦略、今後5年間の新しい取り組みと可能性などについてもっと重きを置いてもよかったと言いたい。

 党大会前後、日本の中国に関する報道・分析に多く接する中で、ある種の変化を自分は感じた。ここ数年、「中国脅威論」とともに「中国崩壊論」は溢れているが、このステレオタイプの見方で中国を見ていいのか、疑問が提起された。近頃、「ありのままの中国」に関する報道記事とテレビ番組が増えるとともに、「中国観」について公に反省、見直しの気運が現れたのである。

 テレビ東京の「日経スペシャル 未来世紀ジパング」という番組はこれまで「日本はすばらしい」「中国はおかしい」といったトーンが基調だったように感じられるが、今年に入って2回にわたって、中国の若い世代の技術開発を伝える「新・深センモデル」と中国資本の海外・日本進出を紹介した特集を放送した。
 この10月にNHKで放送された二つのドキュメンタリー番組もよくできていると思った。一つは10月4日BS1で放送された「CHINA BLUE」(四川省の「螞蟻搬家」という小さい引っ越し会社社長の奮闘ぶりを追跡したもの)。もう一つは10月19日に地上波で放送された「一帯一路 西へ 14億人の奔流」(中国の企業と若者によるカザフスタン、ポーランド、ドイツへの進出・冒険を取り上げたもの)。内容の解説にちんぷんかんぷんなところはあるが、真実を追求しようという真摯な姿勢はよく伝わってきた。

 「爆買い」「チャイナマネー」「各国企業買収」といった報道を通じて中国の崛起ぶりは伝えられ始めたものの、そもそもこれまでの「中国崩壊論」は一体何だったのか、その問題点は何なのか、それに関して少なくとも主要メディアと中国ウォッチャーの間では依然、あまり取り上げられていない。自分は2年前の学会でこれを問題提起し、続いて愛知大学でこれをテーマに講演し、その講演録は「まず中国や日中関係に関する方法論の見直し」との見出しで高橋五郎編著『新次元の日中関係』(日本評論社、17年9月)に収録された。

 しかし最近になって、反省と見直しの気運はまず外国系メディア、続いて日本のネットメディアで現れた。その関連の動向をこの号で検証したい。

◆◆ 話題を呼んだ『ニューズウィーク』の特集

 このような動きは欧米から影響を受けたものがあるのだろう。10月に入って、アメリカの「ディスカバリー」チャンネルは「China:Time of Xi」とのタイトルで3回にわたって、各45分のドキュメンタリー番組を放送した。番組は努めて先入観を排除し、中国各界の声、視点とともに専門家の見解も幅広く取り入れて「習近平時代の中国はどうなっているか」を伝えようとしたもので、ぜひご覧いただきたい。それぞれの YouTube のリンク先は以下の通りだ。

① China: Time of Xi(Episode 1)- People's Republic
  https://www.youtube.com/watch?v=xrV5GpogjDg
② China: Time of Xi(Episode 2)- Running China Now
  https://www.youtube.com/watch?v=vpGqc8BzZRU
③ China: Time of Xi(Episode 3)- All Aboard
  https://www.youtube.com/watch?v=OmkGtD7HpdE

 『ニューズウィーク』日本版は日本で自主編集されているが、やはり日本の主要メディアと違う特徴も持っている。10月下旬、「中国予測はなぜ間違うのか」との特集が組まれた。

④ニューズウィーク日本版2017年10月24日号特集:中国予測はなぜ間違うのか
  http://www.newsweekjapan.jp/magazine/201426.php
 この中に掲載されたジャーナリスト、翻訳家高口康太氏の解説は以下の通り。
⑤ニューズウィーク日本版171027 中国崩壊本の崩壊カウントダウン
  http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/10/post-8772.php

 同解説は<問題を抱えた中国経済は早晩崩壊する――根拠なき崩壊論に訪れる曲がり角。「反中本」はなぜ生まれ、どう消費されてきたか>という問題を正面から取り上げた。その分析を少し引用させていただく。

―― 曲がり角を迎えている最大の理由は、10年以上前からオオカミ少年のように「間もなく崩壊する」と言い続けたのに中国経済が一向に崩壊しないからだ。「崩壊詐欺」とも批判を浴びている。
 そして、本の売れ行き自体も低調になった。「あの手の本には一定の支持層がいるが、大きく売り上げを伸ばすためには中国との『事件』が必要」と、中国崩壊本を何冊も手掛けてきた日本人編集者は言う。「現在、日中関係は安定しているので、ある程度は売れるもののそれ以上の大きな伸びは見込めなくなった」――

 文中、中国認識の虚像を示す典型例が検証された。
 例えばよく使われる「中国の治安維持費は国防費をしのぎ、経済成長率を上回るペースで毎年増加している。治安維持費の増加に中国経済は耐えられない」というネタは、もともと香港紙が14年頃に取り上げ始めた。11年に中国政府の「公共安全支出」が国防費を上回ったことが、「治安維持費と国防費が逆転、外敵よりも人民を敵視する中国政府」という文脈で広まった。

 しかし、公共安全支出は警察、武装警察、司法、密輸警察などの支出の合計。密輸監視を治安維持費と呼ぶべきかどうか疑問が残る。また警察関連が公共安全支出の約半分を占めているが、16年は4,621億元(約7兆8,600億円)と対GDP比で0.62%にすぎない。ちなみに日本の警察庁予算と都道府県警察予算の合計は3兆6,214億円、対GDPで0.67%だ。

 同解説の締めくくりの部分で、日本に蔓延する「中国崩壊論」について批評が行われた。

――「中国を知りたい」という一般読者がこうした崩壊本を手に取れる状況が続けば、中国に対する正確な理解や分析はいつまでたっても日本社会に広がらない。最近は崩壊本の売れ行きが低迷するなか、過大評価と過小評価のどちらにも振れない客観的な本が出版されるようになってきたが、まだその動きは心もとない。
 中国本の売れ筋が変われば、日本の対中認識も変わる。正確な中国認識は日本の「国益」にほかならない。この転換が実現できるのか。書き手と出版社、そして読者も試されている。――

 「正確な中国認識は日本の国益になる」との認識が示されたことは立派だ。ここ数年、AIIB、一帯一路などへの理解と対応が先進国の中で日本が特に遅れたのは、「中国崩壊論」に漬かったまま、客観的な中国認識ができなかったからではないか。

 傑作は同誌による「崩壊論」を鼓吹してきた石平氏への直撃インタビューだ。本人はここでよくも、自分は「中国崩壊を言ったことはない。そのような書名は出版社が勝手につけたものだ」と平気で言い逃れている。
⑥ニューズウィーク日本版171017 石平「中国『崩壊』とは言ってない。予言したこともない」
  http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/10/post-8667.php

 出版社は一時の風潮に乗って中国脅威論や崩壊論の本を競って出したのは事実だが、自分の知っている限り、さすがに日本の出版社は本人に聞くことなく勝手に書名をつけるはずはない。この人は最初からまともな評論家と見なされていないが、崩壊論をさんざんぶち上げ、稼ぎながら、いざとなれば自分は関係ないと開き直る。中国の悪いところを一身に凝結したような塊だ。

◆◆ 日本のネットメディアでも狼煙が上がった

 確かに日本の大手新聞やいわゆる「中国ウォッチャー」はいまだに反省を示していないが、ネットメディアでは一部のジャーナリスト、研究者はすでに声を上げてきた。畏友の野嶋剛氏は同じ考えを持つ複数の方とともに今年9月より、以下の企画を開始し、続編も出した。大いに注目している。
⑦ NewsPicks170918「中国崩壊論」の崩壊。外れ続ける「5つの予想」
  https://newspicks.com/news/2496066/
  https://newspicks.com/news/2496066/body/

 この中で、「実現していない五つの崩壊論」をずばりと並べた。その写真を勝手ながらここで引用させていただく。

画像の説明
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 同サイトはほぼ同時に以下の検証内容を掲載した。
⑧ NewsPicks 編集部2017年09月18日【検証】第三次ブームに沸く「中国崩壊本」。なぜ不毛な議論が続くのか
  https://newspicks.com/news/2477136/
 この内容は「有料」になるので、詳しく読むか否かはご自身の判断で決めてください。もっとも、その号の編集・執筆者たちの出した感想とコメントはそのまま無料で読める。ここでいくつか紹介する。

⑨野嶋剛・NewsPicks 東アジア特約コレスポンデント
 国会図書館で調べていたら、いわゆる「崩壊論」の本、出てくること出てくること。すごい冊数でした。全部とはいいません。でも、かなりの本の内容は、同じ内容の焼き直し的なものも多く、同時に、タイトルには「崩壊」とあっても、内容はほとんど崩壊するとは書いておらず、悲観的な材料をあつめて最後に「崩壊するおそれがないとはいえない」というような本も多かったです。「崩壊しない」と断定する必要もなく、中国にはけっこう危ない状況も経済を含めてたくさんあります。しかし、それは「リスク」であって「崩壊の論拠」ではないはずです。バブル崩壊と中国崩壊を同一視するものもあります。バブル崩壊についても「日本と同じように崩壊しないはずはない」という願望もすけてみえます。とにかく「崩壊」をタイトルに関した本はそろそろ打ち止めにしてほしい。記事を書き終えた率直な感想です。――

⑩土屋武司・東京大学大学院工学系研究科 教授
 たぶん,「破綻論」というビジネスモデルがあるのでしょうね.
 日本経済崩壊,北朝鮮崩壊,富士山爆発,大地震,巨大隕石,云々.楽観主義者より,「こんなリスクがありますよ」と言った悲観論者のほうが賢そうに見えます.厄介なのはいつかは当たること.いつかは富士山は噴火するし,隕石も落ちてくる.もちろん,リスクを理解しておくことは重要です.しかし,可能性の大小を考えず,そればっかりに踊らされるのは愚者でしかない.

 中国に関して言えば,国家の成り立ちや,社会構造が全く違うにもかかわらず,なまじ顔かたちが似ているせいで,中国人は日本人と似た考えと風習を持つと思ってしまう.そんなとき,理解しがたい行動に遭遇すると,不満が高まり,いわゆる「嫌中」にはしる.必要なのは中国の現状を知ることだと思うのですが.――

⑪金泉俊輔・週刊SPA! 日刊SPA! 編集長
 中国崩壊本などのヘイト本が息を吹き返している理由は、記事にある石平氏や宮崎正弘氏に加え、ケント・ギルバート氏や百田直樹氏といったタレント性のある著者の参入が大きいと思います。一方、ネットの嫌中韓は一定数で留まっており、これはポータルサイトやキュレーションサイトが検閲を厳しくしている影響でしょう。国民感情は記事の世論調査が物語っています。――

⑫中町秀慶・株式会社 Unbot(日本,中国,香港,台湾)代表取締役(上海市在住)
 僕は、04年、05年に北京の清華大学に留学し、09年から現在に至るまで、上海で仕事をしている。もう中国も足掛け10年になる。
 10年生活して思うのは、最初の7年間は、中国の強引な社会体制、貧富の格差、政治の腐敗、そして何より、これまでの歴史上の政治体制で、権力が集中した先には、必ず崩壊が待っているという考えの基、この国の危うさについても、漠然と不安を感じていた。

 それが、この2年ほどで大きく感じ方が変わってきた。正直、経済学や政治学に詳しい専門家でも無いので、感覚的な話でしか無いけど、ただただ中間層が爆発的に増えていて、みんなが豊かになっている。貧しかった人たちが豊かになって、街を歩いていても、活気があって、みんなが綺麗な格好をして、ライフスタイルの多様化や、個性を追求し始めているし、政治というよりも社会に対しての不満がドンドン薄くなって行っているように感じる。

 これは、これまで持っていた、漠然とした「この国は大丈夫か?」といった不安を押し消して余りあるレベルの衝撃だった。今の中国は、大きく変貌しようとしてる。経済の力によって、あくまで感覚値だけど、住んでる外国人は、一様にこの1、2年の変化を感じてるはず。コンビニやレストランの店員のサービスは劇的に向上していて、警察や役所の人ですら、丁寧になっている。車のクラクションは鳴り止み、飲食店全て全室禁煙。ごめんなさい、と、ありがとう、が苦手な人が多かった中、気づけばタクシーの運転手さんも素直に謝り、素直に感謝するようになった。長く現在の中国に住んでないと気づかない大きな変化だと思う。今のところドンドン崩壊の不安は消えていってる。経済学や政治学で、国の将来が読めるなら、とっくに戦争も経済危機も無くなってるわけで、人間は合理的に動かないところが、人間たる所以でないですかね。――

 日本の歴史にある「覆轍」を思い起こして書いた以下のコメントは考えさせられる。
⑬大山敬義・日本M&Aセンター常務取締役
 世界史上最大の空母決戦となったマリアナ沖海戦では、日本軍はアメリカがサイパン方面に来航する可能性が高いと分かっていながら、連合艦隊の展開の容易さと陸上防御体制構築の時間がかかることからまずパラオに来てほしい、という自分たちの都合からパラオを決戦場とする決戦計画を立案し、案の定サイパンに敵が来寇したことで結果として大敗したと言われています。
 これは1つの例ですが、どうも日本人には、劣勢になると最悪の事態を想定して備えるのではなく、むしろ思考を停止して、自分たちに都合のいいシチュエーションを空想する傾向があるように思います。こうした傾向は決して特殊なものではなく、よくある集団的な現状維持バイアスの1つにすぎません。

 崩壊論とセットで大抵日本凄い論が登場するのも、これが現状維持バイアスの働きであることの証だと言えます。こうした心の働きが、日本の社会の安定に大きな役割を果たしており、それが日本人の強みの1つであることは決して否定できないのです。しかし、現状が大きく変化するときは、この強みが一転して弱みになります。戦況であれ、経済環境であれ大きな変化にあたっては対応が大きく遅れるというマイナスの側面が強く現れてしまうのです。
 「そうあってほしい」「そうあるべきだ」という深層自己説得が、物の見方に大きな心理的バイアスをかけてしまうのです。――

◆◆ 「ありのままの中国」の理解に資する「中国本」の紹介

 この連載の第3弾は「では真実の中国をどう理解するか」との問題意識に進み、執筆陣が薦める「中国本」を紹介。
⑭ NewsPicks170924【読書案内】崩壊論に惑わされないための「中国本18冊」
  https://newspicks.com/news/2505655
 その内容も有料だが、HPへの書き込みで現代中国の理解に資する何冊かの書籍が推薦されており、自分もこれがいいと思う何冊かを紹介しておく。

⑮是枝邦洋・コーポレイトディレクション プリンシパル
 個人的に勉強になったのは伊藤亜聖先生の「現代中国の産業集積」ですね。
 中国は生産地か消費地か?という問いに対し、実はその両方ではないか?と新たな見方を提示してくれています。具体的には、人件費高騰の影響を受けやすい労働集約型産業であっても未だに世界の「生産地」であることを定量的に示した上で、その背景にある産業集積としての中国の強さを豊富なフィールドワークで裏付けています。

 これを読むと、生産地から消費地へ、というのは、安い労働力目当てで中国に工場を作るに留まり、現地ネットワークに入れなかった日本企業の偏見かもしれない、と思わされます。考えてみれば、mobike のような事業は、圧倒的なスピードとコスト実現可能な生産者と、新しいものを楽しむ消費者、そして両者をつなぐITと金融がなければ生まれてこないはずですから、やはり生産地か消費地か、という見方はおかしいのでしょう。そのような、無意識のうちにある色眼鏡を、(中国本によくある「絶叫」スタイルではなく)データと論理で淡々と突き崩してくれる、良書だと思います。――

 ちなみに、伊藤亜聖氏『現代中国の産業集積「世界の工場」とボトムアップ型経済発展』(名古屋大学出版会)は今年の大平正芳記念賞を受賞している。

⑯陳言・日本企業(中国)研究院執行院長
 最近入手したのは「中国人の本音 日本をこう見ている」(工藤哲、平凡社新書、2017年5月、270ページ、840円)です。
 工藤氏は毎日新聞の記者で長年北京で取材し、帰国後にこの本を書きました。
 読んで非常に同感を持ちます。――

 この本についてネットでの読書感想文もいい評価を与える人が多い。

< Fuyuki Kawasaki > https://bookmeter.com/users/728393
 中国に長期駐在していた毎日新聞の記者による等身大の中国を伝える本。お勧め。中国でも日本でもお互いの国の事を知らないという視点から、共産党体制とか中国人のマナーとかの批判では無く、若者文化、報道のあり方、日中間の文化交流などを多面的に伝えてくれる。記載や主張が偏っているのではという感じる部分がほとんど無く、冷静で、且つ自身の体験や取材に基づく、良い本だと思った。 読みやすく大変おすすめ。――

<あか> https://bookmeter.com/users/709315
 中国に駐在した日本の新聞記者がえがく、中国社会の実像。共産党政府がどうなのか、ではなく、あくまで庶民が実際のところどう考えているかをしっかりと見極めている。いわゆる「抗日ドラマ」が「水戸黄門」的な古臭い勧善懲悪ステレオタイプとみなされており、若い世代からは飽きられている、という指摘は新鮮。また、中国国内の官製メディア、民間メディアという立場の違いの微妙な部分をしっかりと解説してくれるなど、普段伝わらない中国の実像に迫ってくれる。民間レベルの交流がもっともっと必要なのだと、読み終えた後に改めて思う。――

⑰村林勇紀・合同会社イマチュウ代表
 個人的には文中でもあがっていた高口康太氏『現代中国経営者列伝』(星海社新書)が読み物として面白い。――

⑱土屋武司・東京大学大学院工学系研究科 教授
 中国の社会,国民性に関する本で良かったのが,『グワンシ 中国人との関係のつくりかた』 http://amzn.to/2xnGy9c かな.
 「関係」という意味の「グワンシ」は,中国人の人間関係に欠かすことのできない概念.中国は「グワンシの社会」だといわれる.幇を結んだ(義兄弟の関係に近い)相手との密接な人間関係は,血の繋がりよりも濃い.これが中国人の生き方を強く規定しているとのこと.日本でいう縁故やコネみたいなものであるが,より強固で,その関係は企業や組織,社会的なルールよりも優先し,絶対的な信頼を置く.日本は,ある意味,会社依存社会である.例えば,そのため不祥事などで会社をクビになれば誰も相手にしてくれなくなる.それに対して中国では「グワンシ」は決して壊れることがない.契約や法律よりも重い.――

◆◆ 中国理解はやはり「中国目線」の導入が必要

 ところで、別の友人記者は「中国のネットは繁栄するが言論は規制」という記事を書いている。
⑲言論規制下の中国で、「ネット経済圏」が繁栄するフシギ(古畑 康雄)現代ビジネス 講談社170701
  http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52138

 中国の「真実」を追究しようとする同作者の真摯なる姿勢を感じるが、他方、「ネット経済圏は繁栄するが言論規制も行われている」という矛盾の「並行」を「フシギ」と感じるその内心の葛藤も伝わってくる。何でそのような「言論統制」下でネットが「自由の日本よりはるかに」繁栄しているのだろうとまず解釈ができずにいる。同時に、日本の主要メディアがよくはまる認識のジレンマも見せてくれた。

 今までの「中国論」は大抵、「このような政治ではネットが繁栄するはずはない」との結論が引き出されている。しかし現実の前でこの論は破綻した。ではどのように統合して見ればよいのか。

 この問題の本格的解剖と分析は一冊の本を書く必要があるのかもしれない。ただ、その本質について簡単に答えることもできる。「日本の目線」で中国に当てはめているから、そもそも日本と異なる文化、社会風土、政治体制に関して客観的な結論は見いだされるはずはないのではなかろうか。

 新たに採択された中国共産党規約は、中国はまだ経済と文化が立ち遅れた「社会主義の初級段階」あり、それを乗り越えるのに百年近くの時間がかかる、との内容を明記している。中国はまだ「開発独裁」の途上国の段階にあると言い換えてもいい。「一党支配」は一部の人に不満を感じさせても、経済発展、生活向上、ネット社会などにおいて現時点では主にプラス要因として作用している。もちろん中国の発展は予想より早く、今後(10年後?)、先進国に脱皮していく中で内在的矛盾の対処が求められていくが、現時点において、「技術開発」「豊かさ」「ネットの利便性」はまだまだ大きく伸びる空間がある。それを認識せずして、西側先進国の意識・概念を中国に当てはめて判断するのが「中国崩壊論」の根底にあるのではないか。

 実際にほとんどの途上国は中国と同じ問題を抱えているが、日本はやはり、中国を見るとなると、急に優劣をつけて自分の基準を押し付けがちになる。ベトナムは中国と同じ「統制」をやっている。しかしそれに触れずに「ベトナムとの友好」が唱えられ、一時、「ベトナム投資時代の到来」が手放しで叫ばれた。インドに関しては「同じ民主主義体制」として連帯が呼びかけられ、国際ルールを破って原子力発電所が輸出されるが、1億人以上は今でも不平等に生まれて暮らすカースト制度の存在、女性暴行を蔓延させる社会風土、5億人以上がトイレを使っていない経済格差、ブータンなどの隣国を保護国として強要する覇権主義、これらの問題はなぜ論じられないのだろう。その実態認識を抜きにした「インド待望論」も、「中国崩壊論」同様、崩壊の可能性はないだろうか。

 もっとも、以上で紹介した日本社会で進行中の中国観見直しの動きに接する中で、日本学界、マスコミは総体として依然健全であり、自己修正の能力を有することを強く感じた。最近に参加した中国党大会に関するテレビ討論や新聞の紙面座談会などで、今日の中国を客観的に認識するのに何とか先入観を乗り越えようとしている姿勢や努力が強く伝わってきた。政治家の方はどうせ何も知らずに建前論を言うだけだろうと思っていたら、習近平氏の政治報告の全文を読み、的確に解説している方もいて、目の前一新した。同席した学者Aは習近平体制の背後にある「賢人政治」という東洋の発想を分析し、聖徳太子のように矜持を持ちつつ遣隋使を派遣し学習する姿勢を貫き、日中共に「和を貴とする」精神を共有せよ提言した。このような見解が出て勇気づけられた。

 (東洋学園大学教授)

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