【コラム】風と土のカルテ(42)

「なじみ」の重要性訴える認知症ケアの第一人者

色平 哲郎


 「若月賞」は、全国の保健、医療、福祉の分野で「草の根」的にしっかりと活動している方を讃える賞だ。
 今年は、先月のコラムでご紹介した川崎医療生活協同組合川崎協同病院外科部長の和田浄史さんとともに、社会福祉法人浴風会認知症介護研究・研修東京センター(http://www.dcnet.gr.jp/)研究部部長の永田久美子さんが受賞された。

 永田さんは千葉大学大学院看護学修士課程を修了、学生時代から地域や病院、施設で認知症の人と家族を支援する活動を展開してきた。「地を這うような活動」の連続だったという。

 永田さんの活動は、「認知症者本人がいないところで決定をしない」という当事者を大切にする姿勢、そして「認知症になってからどう生きるか」という観点から「地域の理解・支援・つながり」を重視する点に特徴がある。

 私たち医師は、認知症の人の「大脳」を中心にした身体面を診察し、そこから生活背景を推し量って判断してしまいがちだが、永田さんは本人を中心に家族の思い、地域の共同体との関わりをつかんだ上で、広い視野で認知症の「人」に関わっている。
 「暮らし方」が認知症の人にとっていかに大切か、再認識させられた。

 永田さんは2014年8月、茨城県牛久市での講演で、こんなふうに語っている。

 「若いころであればスケジュールをびっしり入れても何とかこなせたでしょうが、60歳代を越えたあたりからは、若いころの3割減ぐらいのスピードでゆったり生活しましょう。言うは易く、生活を切り替えていくのは難しいことですが、『ちょっとゆっくり、ちょっとゆとりをもって』をみんなの合言葉として、町の習慣にしていくと、追い込まれないで落ち着いて過ごせます」

 さらに人間にとって「なじみ」がいかに大切かを強調する。

 「なじみがない場所だったり、周りになじみのある人がいなかったりすると、今まで長年やってきたなじみのあることができなくなり、脳がパニックを起こしやすくなります。記憶力が落ちても、なじみの場所でなじみの風景を見るだけでも、心がなごみ落ち着く人がたくさんいます。どんな立派な病院や施設でも、なじみのない場所で、なじみのない風景の中に長くいると、どんどん脳の働きが悪くなります」

 平易だが深みのある言葉で一般の方々に語りかけている。

 当事者を抜きにせず、当事者とともに活動を続けていることの一環として、永田さんの表彰式では、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された仙台市の丹野智文さんからのスピーチもあった。
 丹野さんは、当事者の立場から永田さんの活動への賛意を表し「私たちができることを奪わないでください」と言った。
 胸に響く、ひと言だった。

 (長野県・佐久総合病院医師・オルタ編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て日経メディカル(2017年8月31日)号から転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。
  http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201708/552535.html

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