【歴史的転換期としてのポスト・コロナを考える】

*“ポスト・トランプ”の政治とアメリカ社会に見える混沌とかすかな希望

 <続マディソン通信③>
石田 奈加子

 2021年1月20日にバイデン大統領の率いる新政権が発足いたします。4年に渡る破壊、否定、混乱のあと、一安堵ですが、幸先は必ずしも楽観できません。大統領選では先例にないほどの大多数の投票を確保しての当選ですが、議会の選挙では上下院とも通例の予想に反して落胆する結果でしたから、新政権の政策を成立させる議会との駆け引きは難しくなります。最も、1月に持ち込まれたジョージア州の上院2議席の決選投票で両方とも民主党候補の勝利になったのは僥倖でしたが、それは11月選挙以来のトランプの狂態の反動かとも思われます。

 この数週間の間に新政権成立の閣僚が順次発表されてきていますが、幾つかの例外(女性、少数人種の起用)を除いて評判はあまり良くない、オバマ政権2.0といわれる。一つには、オバマ政権が多大の期待を持たれながらそれに答える成果を挙げなかったことも有ります(矢張り議会の賛同がない、二党制の結果)。バイデンの当選にはバーニー・サンダースやエリザベス・ウオーレンなどの進歩派の協力と譲歩が多大に寄与しているのに、さて内閣を樹立するとなると、その主張がほぼ無視されているのは、民主党自体が新民主主義(Republican-lite)、金融資本主義に根着いているからです。

 COVID-19パンデミックの最中、国内的にも、国際的にも、課題は山積みですが、まずは4年の間に破壊されたことを元に戻すことから始めることになるかと思われます。

<気候変化、環境問題>
 閣僚の顔ぶれをみて、一番期待のもてるのが、ここだと思われます。新大統領を始め、地球生存の深刻さに関する理解があるばかりでなく、利潤追求に始終する企業内でもかなりの理解が行き渡ってきました。一般市民の関心はいうまでもありません。国内策にも国際的にもすべてここに関連してきます。

<極端な政治的、経済的不公平>
 人間の歴史の中で何時の時代でも貧富の差はあるのですが、70年代頃からこの社会で極端な経済的不平等が進行してきました。ヴィールスは貧富を問わない誰でも感染するといいながら、今回のパンデミックは経済的/社会的不平等が直接に疫病の蔓延、深刻さに比例しているのを如実に表しているうえに、不均衡な職種による経済活動閉鎖で不平等を悪化させています。

 大統領選挙運動の間、バーニー・サンダースに多大の希望が寄せられ資金が集まったのは、彼の政策の中心が医療の国民皆保険、税制改革、社会福祉の充実等により経済的不平等を是正するというのにあったからです。サンダースが譲歩してバイデンが民主党から指名された時、党内の一致をはかり現役者に挑戦するのに、党左派の政策との融和をはかるのではとの期待がありましたが、当選が決まってから、だんだんに後退している。半死状態の、とても理想的とは言えない私企業/営利目的の保険会社に依存するオバマケアを維持するのでいっぱいです。副大統領に就任するカマラハリスは初め医療国民皆保険で大統領に立候補したけれど、選挙運動が白熱してくると、オバマケアあたりに後退したものです。最低賃金を15ドルに引き上げるというあたりが落ちでは目も当てられません。

<黒人問題、人種偏見>
 昨年の5月以来黒人問題(Black Lives Matter)は世界中の注目を集めて多くのことが議論され、絶え間ないデモがくりかえされて、徐々に人々の意識のなかに理解が定着しつつあります。あまり表面に出ないのは、所謂黒人社会のなかでも階級差があることです。
 数字は知りませんが、社会のエリート層の間にはかなりの黒人層が定着しています。黒人の中産階級もあります。この層の人々のジレンマは、どの黒人の人とも変わりなく人種偏見に晒されているけれど、自分の地位と現状を維持する為に、不平等で倫理に欠けている社会の流れに乗らずにはいられないことです。

 昨秋の大統領選挙で黒人層とヒスパニックの共和党、トランプ支持が4年前に比べて上昇したのはさもありなんと思われます。それと同時に注目する必要があるのは、この社会では白人層にも貧困が行き渡っていることです。黒人問題が言うまでもなく建国のための奴隷制に基づいているように、白人の貧困層も歴史的な構築に寄っています。白人だから人種としては差別されなかったかもしれないけれど、社会発展、経済発展のために、利用され無視され犠牲にされてきたのです。
 動物社会にも人間社会にも pecking order があって、自分より強いものには歯向かわないけれど、自分より弱いものは喜んでいじめ、憎悪する。トランプ支持の白人至上主義/極右派はこの層に多く依存しています(最近の新聞記事に寄るとトランプは選挙で46%を得票したけれど投票者の地域を見るとその経済生産高は全体の29%にしかならないそうです)。

 黒人問題解決を目指す運動が人種偏見にのみ偏らず、社会構造の歪み、社会全体の政治的/経済的不平等を視野にいれた積極的な“階級闘争”に成長、発展するのを夢見るばかりです。

<国防、永久戦争、外交>
 新年度の国防、軍事予算が現大統領の拒否権を克服して、しばらく前に成立しました。犬猿のなかの共和党と民主党が、四の五のいわずに間違いなく一致賛同するのがこの点です。第二次世界大戦後75年、その発想が少しも変わっていない。年々増加する予算の一部でも削減すれば、老朽化している社会の下部構造の刷新、新建築、医療制度、経済的不平等の是正、世界中に広がる合衆国主導の永久戦争状態の緩和、‘人道的’政治、軍事介入の停止等々々が出来るのに、と思わずにはいられません。

 外交については、手はじめは前政権が壊したものをオバマ・レベルに戻すことからと思われますが、全体に新しい建設的な発想がない。数年前のウクライナ紛争に深く関わって来た人を国務省の次官に任命するなど、一体この間、何を見て、何を考えていたのだろうかと疑わずにはいられません。進歩的国内政策を積極的に主張しているサンダースやウオーレンでも、殆ど見るべき外交政策は提供できていないのは失望そのものです。

 歴史的に異例の多数の選挙人が投票に参加した今回の合衆国選挙でしたが、トランプの数々の暴言暴挙が反面教師になって、普段は政治に関心を持たない層の人々の意識をも喚起したようです。所謂 Millennials といわれる世代を含めた若い世代が、こぞって進歩的国内政策を標榜している民主党左派に集まったのも、益々進行する社会的、経済的、政治的、ことにパンデミックで悪化の一途をたどる不平等の現状、社会の根底を築くはずの中産階級の存在/存続さえ危機状態にさらさえているとの認識によります。
 こんな環境なら、本来民衆による民衆のためのはずの使命を失っている二大政党に、選挙で拮抗出来る第三政党、第四政党が出来てもいいはずなのですが、爛熟した資本主義の社会経済構造下、金権政治の運行で毎回不発に終わっています(まだ可能でしょうか)。

 議会の上院、下院の選挙結果は予想に反して進歩派にとっては残念な、反省を促すものでしたが、その反面、同時に行われた地方自治体、州、市町村等、の政策に関する住民投票では、公共の福祉を助長する政策(たとえば、公立学校教育支持の税金の引き上げ、気候変化、環境問題へのとりくみ)が、保守的な地域でさえ意外に多数の賛成票を得ています。馬鹿な話だとしか思えないような、パンデミック下でマスクを着けるか着けないかで個人の自由、権利を主張する精神状態がはびこる反面、選挙に寄る代替民主主義の代表者達にはもはや期待がもてない、個人の福祉が公共の福祉改善に基づくという認識が回復、定着して来て、下からの、身近なところからの改革運動が芽生えてきているのでは、と希望するばかりです。

 これを書いている現在は丁度政権交代の狭間の短期間で、一日ごとに情況が変化、展開するので大局に見ることが難しいです。その頂点とも言うべきが、1月6日のトランプ支持者、バイデン当選に反対する群衆による合衆国議会占拠です。世界中に知れわたって、やれ‘バナナリパブリック’の、‘前代未聞’の、‘恥さらし’の、と評定されるけれど、全く予想出来なかったわけではなく、この事件はトランプの夏以来の言動の自然の成り行き、その帰結、彼がやりたかったこと、起こって欲しかったことではないかと思えます。
 ついでに付け足しておくと、議会を警護する警官隊が、ほぼ白人ばかりで編成されている群衆の闖入を簡単に許したことについて、BLMのデモンストレーションの場合の対応に比べて、double-standard の現れ、社会構造的人種偏見の顕示だと指摘されています。

 アメリカ社会が分断されている、それを統一、合体させねばならない、といわれるけれど、分断が問題なのではない。分断を起こしている根底にある、右・左を問わず大多数の人々の中にある、社会の現状、世の中の成り行き、為政者に対する不安、不信、不満の深さが問題なのです。メデイアを通して我々が目撃した事件に表されるエネルギー、そのエネルギーが真に社会全体の為に、すべての人々の為に、建設的に振り向けられないものかと思うのはナイーヴな白昼夢でしょうか。

 (ウィスコンシン州マディソン在住)

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