【マスコミを叱る】(30)

2016年5〜6月

田中 良太


[カンパのお願い]
 お恥ずかしいことですが、借金の増額に悩まされております。
 この論評を毎月書くため、新聞各紙をWeb上で読んでいるのですが、有料情報が多く、その支払いがかさみます。異例のこととして、カンパをお願いする次第です。
 カンパ送金の宛先等は、末尾に掲載します。
 なお、ほんらい許されないはずのお願いですから、今回1回限りの異例のこととさせていただきます。「次回」ということは全く考えておりません。
    ×    ×    ×    ×

◆◆ 【本号の主テーマ=見逃された首相のウソ】

◆トカゲの尻尾切りを是認した(?)「舛添叩き」
 新聞、テレビだけでなく週刊誌でも大騒ぎだった舛添要一問題は、とうとう都知事辞職で決着がついた。「辞める他ない」という声高な世論が強まり、舛添を都知事にした自公両党も「辞職」を勧告したはずだ。さすがの舛添も、都議会全体を敵に回して都知事はできないと観念したのだろう。
 しかしこれは「トカゲの尻尾(しっぽ)切りではなかったか?」というのが、私の抱いている疑念である。
 尻尾とはいっても、都知事なのだから巨大ともいえる存在である。トカゲ本体並みの大きさで、後ろに付いているという位置関係だけで「尻尾」ということになる。

◆ウソをつき通した首相・安倍晋三
 尻尾でない「本体」は首相=内閣総理大臣、安倍晋三の言動だ。国政のトップに位置するのだから、地方行政上の存在にすぎない都知事とは比較にならない。政治の「アタマ」となる。その首相が、5月26、27両日の伊勢志摩サミット以後、ウソをつき通していた。
 サミット関連では、準備段階から「国際経済はリーマン・ショック前の危機的状況に似ている」と言い続けた。本番では、その論理を「証明」する文書までつくって配布した。この主張は二重のウソだった。

◆リーマン・ショックと国際金融危機の因果関係
 リーマン・ショックは、2008年9月15日、米国の証券大手リーマン・ブラザーズが破綻したことを発端として起きた国際的な金融危機である。それまで米国の金融・證券業界は、低所得者向け住宅融資(サブプライムローン)を大胆に展開していた。「返済能力があるとは思えない人々に過大な融資をするのは危険」という指摘を無視して、業界全体がブームのように融資残高を増やし続け、米国の金融当局も規制に踏み切らなかった。
 当然のことながらリーマンの破綻は、米国の金融不安を招いた。そして国際金融不安に拡大し、北欧の島国アイスランドが、国家破産の危機に直面した。
 アイスランドでは、米国金融危機のあおりで資金不足となる銀行が続出。10月に入って、政府は国内すべての銀行を国有化。24日には国際通貨基金(IMF)から20億ドル(約2000億円)の緊急融資受け入れを決めた。
 それでも危機は収まらず、27日には、国有化した最大手銀行カウプシングが、円建て外債「サムライ債」の利払いが不可能となって、債務不履行状態に陥った。通貨クローナは暴落し、アイスランド中央銀行が公表した対円レートでは、8月末に1円0・76クローナだったものが、10月末時点で1・18クローナと、6割近くまで下げた。
 2008年国際金融危機は、リーマン・ショックの原因ではなく、結果だったのである。その逆に、国際的な金融状況が悪化していたからリーマン・ショックが起きたという「誤解」など起こりうるはずのないものだった。
 その誤った発言を繰り返してしまったのは、安倍に邪悪な意図があったからだ。つまりリーマン・ショックと国際金融危機の因果関係について安倍は、意図的に「歪曲」したのである。

◆消費税率引き上げ回避の理屈が欲しかった安倍
 安倍にとって必要だったのは、来年4月実施を公約していた消費税率引き上げを回避するための「理屈」だった。毎日は6月7日付朝刊の<社説を読み解く>(11ページ=解説面掲載)で、この問題についての安倍発言を以下のように分析している。

<消費税率を来年4月から10%に引き上げるかどうか。安倍首相は表向き「予定通り」と答えながらも、周到に再延期の布石を打ってきた。
 「リーマン・ショックや大震災のような重大な事態が発生しない限り確実に実施する」という決まり文句に加えて、首相は2月に入ると「世界経済の大幅な収縮がない限り」と言い始めた。3月からは内外の専門家を招いて「国際金融経済分析会合」の開催に乗り出した。

◆毎日が読み解いた安倍の邪悪な意図
 毎日新聞は3月3日の社説でこれらの動きを点検し、「政権が景気と増税延期を裁量的に判断できる余地を広げた」との解釈を示した。
 さらに3月30日社説では「経済情勢の客観的な分析よりも、衆参同日選や憲法改正の環境整備をにらんだ政治的思惑が絡んで、再延期論が浮上してきている」と指摘した。
 首相の思惑が公然と顔をのぞかせたのはサミット初日の昼食会だ。「参考データ」として首相が配った資料は、最近の経済指標とリーマン・ショック前後とを比較したグラフを並べて双方の「類似性」を強調していた。首相が側近に命じてひそかに作らせたものだ。
 翌日の記者会見でもリーマン・ショックに何度も言及し「私たちは強い危機感を共有した」と述べた。首相は明らかに「主要7カ国(G7)公認」の危機感に固執していた。>

 安倍首相の意図的なウソは見え見えだったというわけだ。サミットで配布した「参考データ」については、毎日は10日付朝刊「記者の目」=タイトルは<消費増税再延期と参院選/下>=でも記述している。

<首相は「原油や食料価格がリーマン・ショック前後並みに下落している」など、各種の経済指標を記した4枚のリーマン・ペーパーをサミットで提出した。かねて増税再延期は「リーマン・ショックか東日本大震災級の経済危機が起きた場合のみ」と明言しており、資料はそれとの整合性を取る意図が明白だった。
 リーマン・ショックは米国の住宅バブル崩壊で金融が混乱し、日本の国内総生産(GDP)が年率換算でマイナス10%超に落ち込んだ。現状のプラス2%程度との違いは明白だ。サミットでもキャメロン英首相が「危機とまで言えるのか」と疑問を唱え、海外メディアは「信じがたい比較」(英紙フィナンシャル・タイムズ)と皮肉った。
 政府関係者によると、資料作成を主導したのは今井尚哉首相秘書官ら安倍首相周辺のごく限られた人物で、財務省や内閣府など経済官庁は蚊帳の外に置かれた。私がサミット後に取材した経済官庁幹部は、「こんなみっともない資料を世界の首脳に見せたのか」と絶句した。>

◆朝日も消費税重視報道
 朝日は伊勢志摩サミット終了を報じる5月28日付朝刊の1面記事を<消費増税延期を示唆 首相、参院選前に表明 サミット閉幕>とした。
 本文冒頭は、以下の文章。

<主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)は27日、世界経済を支える金融、財政政策と構造改革の重要性をうたう首脳宣言を採択し、閉幕した。議長を務めた安倍晋三首相は記者会見を開き、「消費税率引き上げの是非も含めて検討し、夏の参議院選挙の前に明らかにしたい」と表明。来年4月に予定する消費税率10%への引き上げを延期する考えを示唆した。>

 さらに2、3面などに
<「リーマン前」に異論 新興国の指標に唐突感>
<首相「リーマン」7回言及 G7議長会見、増税再延期の口実に?>
などの記事を掲載した。
 それぞれサミットでの安倍リーマン発言が意図的なウソであることを明確に指摘した記事だ。

◆読売・産経は「首相のウソ」肯定の社説
 この安倍の論理は足下からほころんでいった。まず伊勢志摩サミットで複数のG7首脳が「危機とは言えない」と述べていた。再利上げを模索する米国の動きとも整合しない。日本の政府でさえ、サミットの直前、5月23日に内閣府が発表した月例経済報告では「世界の景気は、弱さがみられるものの、緩やかに回復している」との認識が示されていた。
 政府による公式の景気判断と、安倍ペーパーには開きがあり過ぎる。それがかえってG7首脳会議に対する首相発言の大きく歪んだ「国内政治上の意図」を露呈させた。
 毎日の<社説を読み解く>は、各紙社説について、以下のとおり内容を対比した。

<(毎日の)5月29日社説ではこれらの事実を列挙して、G7首脳会議を「演出された『経済危機』」と表現した。
 他紙も同じ日の社説で「世界経済が危機前夜と言うのはまったく説得力に欠ける」(朝日新聞)、「未曽有の金融危機と現状を同列視するのは無理がある」(日経新聞)とそれぞれ疑問を投げかけている。
 読売新聞は対照的に「財政出動に積極的な日米と、慎重な独英との間で、一定の認識共有が図られた意義は小さくない」と首相を援護した。>

 産経については、末尾の<消費増税再延期に関する社説と主な内容>で、以下のとおり紹介されている。
<産経 ◇首相は国民に説明つくせ(5月31日)
 増税でデフレ脱却が危うくなると判断したのならひとつの選択肢だ。ただ、その前提は増税できる環境を作る約束を果たせなかったことを認め、原因を明確に説明することだ。>
 産経もまた読売と同様、「首相のウソ」を許容したのである。

◆改憲の大目標は、手段としてのウソを許容する
 この各紙社説一覧の前、つまり本文の末尾で<社説を読み解く>は以下のように書いている。

<◇経済は安倍政治の手段か(小見出し)
 「政治屋(politician)は次の選挙を考え、政治家(statesman)は次の世代のことを考える」。20世紀初頭の米上院議員が残したと言われるこの言葉は、政治への警句としてしばしば引用される。
 今回の再延期劇に直接あてはめるつもりはない。首相の言う通り、「経済は生き物」という認識も大切だからだ。ただし、なぜ参院選を目前に控えて急に重大な政策変更が行われるのか、将来世代にどう責任を果たしていくのか、という根本的な疑問に首相は答えていない。
 首相は大型選挙のたびに経済政策を争点に掲げ、そのエネルギーを国家主義色の強い政策の実現に変換してきた。憲法改正を究極の政治目標にすえる首相である。今回の再延期も、政権の栄養源である経済指標を悪化させないための手段として考え出されたように思える。>

 憲法改正こそが安倍にとって究極の政治目標だ。経済指標を悪化させないアベノミクスは、「手段」にすぎない。「目的のためには手段を選ばず」だから、手段レベルの安倍のウソは許されるというのが筆者(「論説副委員長・古賀攻」の署名入り)の認識なのだろうか。これでは安倍のウソを許容するための論理になっているのではないか?
 サミットという舞台で、G7首脳たちにとってはあまりに見え透いたウソを繰り返す。それも消費税率アップ再延期という国内政治上の都合で、意図的な捏造文書まで示して強調した。こんなことをやってしまうと、日本の首相は他の6カ国首脳から信用されなくなる。 
 もちろん日本国民向けに何回も叫んだ「確実に実施する」という公約を覆すことは「信義違反」であり、政治家として許されることではない。舛添ではなく、安倍に対して「退陣せよ」という大キャンペーンが必要だった。しかし社説では「引き上げ見送り」を批判した朝日・毎日両紙も含めてアンチ安倍のキャンペーンなど実現しなかった。

 ウソではないが、「2019年10月まで」という再延期の期間設定にもあきれた。再延期の期間を「2年半」とする理屈のようだが、その前月・9月は、安倍の自民党総裁任期切れだ。3選禁止だから、再延期を迫られる首相=自民党総裁は安倍ではない。後任総裁=首相の初仕事が「予定どおり税率引き上げ」の断行となる。消費税率を引き上げて、無事だった政権は、前例がない。
 後任候補たちに「それでもアンタ総裁選に手を挙げるノ」と謎をかけたとみても「邪推」ではあるまい。安倍総裁任期延長論が出てくるのを期待したのかもしれない。ウソをついただけでなく、政権延命のために奸智を働かせたのではないか? 
 自民党内の「非安倍」勢力にとっては「再引き上げの10月だけ安倍にやらせる」というのが良い知恵だろう。それが党内世論となるなら「さすが自民党」といえる。しかし「安倍1強」を現実として受け入れているかに見える現在の自民党は、55年体制時代の「柔構造の強さ」を失っているかに見える。
 「世論政治」の下で重要な役割を果たしているマスコミもまた、「安倍1強」を現実として受け入れているようだ。「派閥対立」がマイナスであるかのように見えながら、その中で現実に対応していく道を見出してきたのがかつての自民党だった。自民党は変質してしまい、新聞・テレビなどマスコミの自民党観も、その変質を肯定しているといえるのではないか。

◆◆ 【サブテーマ=日系ケイコ・フジモリ贔屓(ひいき)報道の歪み】

◆日本の選挙報道とは真逆の様相
 日本の首長戦の場合、テレビ・ラジオは投票終了直後から「○○氏の当選が確実となりました」というニュースを流している。自公推薦現職対共産推薦新人の争いといった場合「開票はまだ始まっていませんが、××(放送局名)が実施した世論調査や、出口調査の結果では○○氏の勝利が確実です」とやるのだ。
 南米・ペルーの大統領選決選投票の報道ぶりは、これと真逆だった。日本の新聞・テレビが大ニュースとして報道していたのは、候補者の1人が日系3世のケイコ・フジモリ氏(41)だったからだろう。対立候補の元首相はペドロ・クチンスキー氏(77)で、ユダヤ系のようだ。世界銀行と国際通貨基金で勤務経験がある国際経済官僚で、21世紀冒頭のトレド政権で経済財政相、首相を歴任した。政官界の重鎮といえる人物だろう。
 投票は、現地時間の6月5日行われた。地球の裏側だから、投票開始の午前8時は日本時間同日午後10時。日本時間では、5日から6日にかけて投票されたということになる。

◆「接戦」報道ばかり続けた
 開票結果報道をNHKで見ると「ペルー大統領選 “決選投票は接戦”と報道」(6日6時20分)に始まった。▼ペルー大統領選決選投票 開票率92.5% 接戦続く=6日22時54分)▼ペルー大統領選 在外投票結果が左右か=7日9時18分▼大接戦のペルー大統領選 フジモリ氏が差をつめる=7日22時57分▼ペルー大統領選 僅差続く 集計終了は週末か=9日11時34分、などと続いた。
 珍しいほどの接戦だったのは事実。ペルー選挙管理当局が9日、開票作業がほぼ終了したと発表した時点で、得票率はクチンスキー50・12%、フジモリ49・88%。50%をはさんで、上も下も0・12%しかなかったということだ。その数字をNHKが報じたのは10日11時58分となっているが、そのニュースの見出しは<ペルー大統領選 クチンスキー氏が勝利宣言>。<クチンスキー氏勝利>ではなかった。裏読みすれば、「クチンスキーは勝利宣言したが、NHKとしてはクチンスキーの勝利と判断してはいません」という意味になる。
 その後、11日5時15分に<ペルー大統領選挙 ケイコ・フジモリ氏が敗北認める>というニュースを報じた。NHKが「フジモリ敗北」と判断したのではなく、フジモリ氏が敗北を認めた事実を報道したという形になっている。

◆「二人目のフジモリ大統領」を期待?
 開票ニュース報道の前に、6日オンエアされた、解説委員が実名で登場する「ここに注目!」という番組があった。さわりは、以下の問答だろう。

<Q ペルーに二人目のフジモリ大統領が生まれるのでしょうか。
A どうでしょうか。
父親のフジモリさんは、大統領をやめたあと禁錮25年の判決が出て、いまは刑に服している状態です。ペルーには元大統領の時代の強権的な政治はもういや、こりごりという人も少なくなく、首都リマでは大規模な反フジモリ集会も開かれてきました。(中略)
父親の時代をどう評価するかが勝敗の大きな鍵を握っているようです。
Q でもフジモリさんが大統領をしていたのはずいぶん前のことですよね。
A 15年以上前のことですが、ペルーではそれだけ大きな存在だということです。フジモリ政権はインフレに苦しむ経済を立て直し、ペルーに大きな変革をもたらしました。(中略)経済と治安。フジモリブランドの強さはそこにあります。>

 「二人目のフジモリ大統領」を期待しているという印象を与えるQ&Aだった。NHK報道を全体としてみると、日系のフジモリ氏に「敗者」のらく印を押したくないという意思が露骨だったといえる。

◆現地日系人は「迷惑」しているのに。
 ペルーの日系人は10万人弱。3千万人近い総人口の中でわずかな比率にすぎない。日系人の多くは、フジモリ支持ではないとされる。フジモリ支持派は、貧困層や、都市化が遅れた山間部住民など。どうやら米大統領予備選のトランプ現象と一脈通じるのがケイコ・フジモリ現象だったらしい。日系人の多くは中間層で、フジモリ現象を「迷惑」と思っているという報道もあった。それでも「日系」というだけで、親フジモリ姿勢を露骨にしたのは「贔屓の引き倒し」ではなかろうか。

(注)
 1.2016年6月15日までの報道・論評が対象です。
 2.新聞記事などの引用は、<>で囲むことを原則としております。引用文中の数字表記は、原文のまま和数字の場合もあります。
 3.政治家の氏名などで敬称略の部分があります。
    ×    ×    ×    ×

 その他のテーマについては、筆者独自のメールマガジンとして発信しております。受信希望の方は<gebata@nifty.com>あてメールでご連絡下さい。

 (筆者は元毎日新聞記者)

    ×    ×    ×    ×

●田中良太あて振込は、以下、3つのうち1つでお願いします。
1 郵便振替 どの郵便局でもできます。
  口座記号=00190
  口座番号=403962
  加入者名=田中良太(たなかりょうた)
2[ゆうちょ銀行口座お持ちの方]
  記号=10510−4
  番号=6007501
  名前=タナカ リョウタ
3[都市銀行、地方銀行から振り込みの方]
 千葉銀行 店番号=301(四街道支店)
  口座種別=普通預金
  口座番号=3761134
  口座名義=田中良太(タナカリョウタ)
 以上のうち、ひとつを選んで下さい。よろしくお願いいたします。
 カンパは少額で結構。たいへん有難く思います。


最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧