【オルタの視点】

2016年全人代に見る中国経済と三大注目点

凌 星光

 2016年の全人代は、第13次五カ年計画を採択した。それは「創新(イノベーション)、協調、開放、緑色(グリーン)、共享(共に享受)」の五大コンセプトの下に作成された。これは習近平指導体制の下で出された最初の五カ年計画で、今後5年間ばかりでなく、30年先の方向も指し示しており、意義は極めて大きい。また今年は第一年目で、世界経済不振の中での「中国経済の新常態」をどう見るか、その行方は大丈夫かなどが、人々の関心を集めている。本稿はまず、中国経済の現状とトレンドを分析し、次いで三つの注目点、即ち金融資本主義の影響から実体経済重視への転換、社会主義理念への回帰、国防費の伸び率縮小の世界的意義を論じる。

◆◆ 一 「新常態」中国経済の世界経済における地位

 中国経済は2003年から2007年まで二ケタの成長率が続き、リーマンショックによる世界金融経済危機の中でも、2008年から2011年にかけて10%前後の高度成長を遂げた。ところが、ここ数年、7%台に減速し、2015年は6.9%と7%を切った。そうしたなかで「中国経済崩壊論」がまたもや台頭しているが、中国経済が30数年にわたる高度成長を経て中速度成長に入ることは自明の理であり、多くの経済学者が予想していたところである。中国当局が「中高速度が新ノーマル状態」と宣言したのは、中速度の初期段階に入ったということである。
 戦後の日本及びアジアNIESの経済発展を見ると、三つの条件を備えれば、先進国へのキャッチアップ段階において7-9%の高度成長を遂げることができる。その三条件とは教育を受けた高質労働力の豊富な存在、政府の役割と市場原理が結びついた高効率メカニズムの形成、技術や資金を導入するための先進国との良好な関係である。中国はもともと第一の条件を備えていたが、改革開放政策によって第二、第三の条件も備えるようになった。後れてキャッチアップレースに入ったため、先進国とのギャップがそれだけ大きかった。そのため、高度成長の期間も日本やアジアNIESよりも長く、30数年に及んだのである。
 高度成長段階から中速度段階に入った中国は独特の特殊事情があった。それは一人っ子政策の影響もあって、2010年代に入って第一の条件が急速にしぼんでいったことである。余剰労働力が労働力不足に陥るルイスの転換点が急カーブでやってきて、改革開放政策によってもたらされた後発性利益も、経済成長によって相対的に低下してきた。それは、模倣から創新(イノベーション)の段階に入っていくからである。中国経済の減速はこのような構造的要因によるものであり、全く経済法則にかなったものなのである。

 とは言え、今年は中国経済にとって大変厳しい年であることを中国当局が認めている。李克強首相の政府報告では「三期畳加(三重困難)」の局面としている。即ち、1)経済法則に基づく減速期、2)経済構造調整の陣痛期、3)前段階刺激策の消化期である。第一については先に述べた通りだが、第二は政府が経済構造を推進する官製減速の陣痛期ということであり、第三は約10年にわたって進んだ二ケタ成長によってもたらされた過剰設備を整理していくということである。
 経験則として、キャッチアップ段階の高度成長期においても、二ケタの成長率は過熱気味であり、殆ど間違いなく不均衡発展の歪みを招く。2008年の4兆元の刺激策は中国経済と世界経済を救う面でそれなりの役割を果たしたが、それに伴う金融融資のコントロール喪失は多大な悪影響をもたらした。それは明らかに政策的なミスであった。
 昨年から今年にかけて中国経済が減速したもう一つの原因として不正腐敗退治の「政治運動」(当局は運動という言葉を避けている)がある。習近平政権は発足とともに綱紀粛正を図り、トラもハエも退治する厳しい対策をとってきた。多くの幹部は多かれ少なかれ問題を抱えており、結果として仕事への取り組みに影響が出た。李克強首相は政府報告の中で、怠け者幹部を断固取り締まり、「地位を占めながら仕事をしないのは絶対に許されない」と強調している。
 つまるところ、中国経済減速には基本的に経済法則に則った構造的要因、政策的ミスの処理要因、不正腐敗退治の政治的要因の三つがある。第一の要因によって中国の高度成長はもうあり得ない。第二の要因により困難は数年続く。第三の要因は割合早く解決できると見てよいだろう。中国経済の成長率5%前後の中速度段階は15-20年続くと思われる。その後は2%前後の低成長期に入る。中国経済は今年及び来年の厳しい時期を経て、安定した中速度成長に入っていくとみられる。

 確かに中国にはゴーストタウンがあるし、不動産価格にはバブル要素がある。そこで日本のバブル崩壊の二の舞に陥るのではないかとよく論じられる。しかし、次の二つの理由により、ハードランディングは回避できるとみる。
 一つは発展段階の相違である。1970年代初期において、田中角栄内閣が日本列島改造論を推進し、不動産のバブル現象が起きたが、高度成長後期或いは中速度成長初期段階にあったためバブルを吸収することができた。1980年代後半は中速度成長期の後期に差し掛かっていたし、90年代初めは低成長期に入りつつあった。こうした中で発生した巨大バブルは漸進的吸収を図るのが難しかった。現在の中国は、中速度成長期の初期段階にあり、政策を誤らなければ、バブルを漸進的に吸収していくことができるはずである。
 二つ目は強力な政府の存在である。1990年代の初め、日本は自民党長期政権に終止符が打たれ、政局が不安定化した。政権交代が頻繁に行われ、資産バブルに対して有力な対応策をとることができなかった。現在の中国政府は強力で安定している。マクロ経済管理にも習熟しており、日本を含む諸外国の経験をよく学んでいる。今回の政府活動報告を見ても、的を射た政策が並んでおり、ハードランディングは避けられるとみてよい。
 中国経済の基数は大変大きくなっており、4-6%の中速度成長でも、その絶対額は極めて大きい。李克強首相は政府報告の中で「現在、GDP伸び率1ポイントの増加量は、5年前の1・5ポイント、10年前の2.5ポイントの増加量に相当する」と述べている。昨年度においても、世界経済の成長率への寄与度は25%で、世界最大であった。中国経済は今後も、アメリカ経済と共に世界経済をけん引する大きな力であり、米中経済協調は維持されていく。経済的困難に直面しているEUに対しても、ドイツを中心に協力態勢を強めている。「一帯一路」戦略の展開によって、周辺新興国・発展途上国への経済協力も強化されつつある。中国経済の世界的存在感は間違いなくますます高まっていくであろう。

◆◆ 二 実体経済強化による金融資本主義の影響克服

 第13次五カ年計画は、国際的に主流を占めている金融資本主義の影響を克服して、中国及び世界の実体経済を強化しようとしている。
 1990年代からアメリカによって金融の自由化が推進され、金融資本主義がますます支配的になっていった。それは市場原理主義とも言われる新自由主義と相まって世界に浸透した。実体経済から乖離したマネーゲームが横行した世界経済である。2008年のリーマンショックによって起こった世界的金融経済危機は、正にそのような金融資本主義の破たんを示すものであった。そこで実体経済重視の構造改革や製造業再重視などの反省はあったが、結局、安易な金融政策に頼ることとなり、アメリカをはじめとする先進国において超金融緩和政策がとられていった。
 日本は1990年代においてアメリカの金融自由化の圧力に屈し、自ら創出した東アジアモデル方式を否定してしまった。中国も新自由主義の影響を受け、資本主義的要素が膨張していき、資本主義国よりも資本主義的な社会になっていった。しかし、社会主義を堅持するという枠があったため、政府の役割と市場原理の結合という基本原則は堅持され、それが「資本主義化」に対する一定の歯止めの役割を果たした。

 2008年の国際金融経済危機に直面して、中国当局は新自由主義の影響を反省するようになり、金融は実体経済に奉仕すべきであるという基本認識を示すこととなった。それは国際会議でも国内会議でも提唱された。しかし、走り出した新自由主義メカニズムを是正するのは容易ではなく、第13次五カ年計画の重要課題となっている。「金融体制改革を加速化し、金融が実体経済に奉仕する効率を高める」とし、「民間資本の銀行業への参入拡大、大衆向け金融の発展、中小零細企業及び農村への金融サービス強化」が強調されている。
 また金融面でのリスク管理については「中国の国情と国際基準に合った監督管理規則をより健全なものにしていく」としている。昨年から今年にかけて株式市場、不動産市場、為替市場が波乱含みで、「中国政府の管理能力云々」が日本で語られているが、金融面での本格的市場メカニズム導入を開始してわずか20年余りであり、種々のミスを犯すことは避けられない。日本を含むどこの国も、試行錯誤を経て経験を積んできた。こういう視点で見れば、中国の犯した試行錯誤は決して特にひどいものではない。逆に、短期間でよくここまで進歩してきたと評価する海外の国際金融専門家も少なくない。
 現在、中国経済は国際経済と完全にリンクしており、国際的投機マネーの影響を受け易い。中国当局にとって、それとの闘いは終始、重要課題である。「市場メカニズムが基礎的役割を果たす」としている以上、投機はつきものである。もし投機を排除したら、市場メカニズムは働かない。問題は「良い投機」と「悪い投機」をどう見分けるかである。実体経済にプラスの投機は良いもの、実体経済にマイナスになるのは悪い投機で、対抗措置をとる必要がある。3-4月に入って、中国金融市場は安定してきたが、これも貴重な経験を経て一歩前進したとみることができよう。

 金融資本主義の「悪い投機」を克服する上で重要なことは、金融制度改革のほかに財政政策をうまく活用することである。短期的マクロ経済政策において重要なのは財政政策と金融政策だが、今、日本を含む先進国の多くは財政面で巨額の累積赤字を抱え、前向きに積極的財政政策をとる余地がなくなっている。そのため、専ら金融緩和政策に頼って景気を支えようとしている。その結果、欧州と日本ではマイナス金利政策がとられるようになり、金融財政秩序は一大混乱期に陥っている。
 それに対し、中国の財政状況はドイツと並んで世界で最もよい状態にある。実体経済強化のために積極的財政政策をとるとし、財政赤字は前年度比5,600億元増の2.18兆元、対GDP比は2.3%から3%に拡大され、かなりの景気刺激策となる。財政支出の増加は、創新(イノベーション)促進、高速鉄道などインフラ整備、農村の都市化推進など、主として実体経済の強化に使われる。金融政策は穏健な通貨政策をとるとし、広義通貨M2増加率は昨年とほとんど同様13%増と設定された。中国の金融はEUや日本と違って、金利政策をとる余地がある。財政と金融の有機的結合によるマクロ経済政策によって、中国経済は着実に実体経済が強化されていくと見られる。

 アベノミクスは金融、財政、成長戦略(構造改革)で構成されるが、第三の成長戦略が十分実行できず、一時的効果で終わろうとしている。中国は実体経済を強化する根本的対策として、昨年11月、供給サイド構造改革を提起した。それは単なる過剰設備処理と解釈されているが、それだけではなくより深い意味がある。李克強報告は今年度の八大任務の一つとして「供給サイドの構造的改革を強化して、持続的成長力を増強する」を挙げている。それは次の六項目からなっている。
 1.「行政簡素化・権限下放、下放と管理結合、サービス改善の改革をより深く推進していく。」即ち主として規制緩和の行政改革推進である。注目すべきは「インターネット+行政サービス」を大いに推進するとしている。
 2.「全社会の創業・創新の潜在力を発揮させる。」創業は企業起しを奨励することである。創新は五つの発展理念の第一番に置かれ、「発展の基点」と位置付けられている。中国は今、模倣の段階から創造の段階に入っている、また第四次産業革命を前にしているという背景がある。第一次の機械革命、第二次の電気革命、第三次のIT革命には参入できなかったが、第四次の人工知能革命には先進国と同じスタートラインにいると見ている。GDPに占める研究開発費の比率は2020年には2.5%に高められ、先進国に近づいている。
 3.「過剰生産能力を解消し、コストダウンと効率アップを図る。」鉄鋼、石炭などの過剰設備を処理し、ゾンビ企業は「積極的かつ穏当に処理していく」としている。その対策費として中央財政が1000億元計上、不足なら更に補てんすると李克強首相は言明している。
 4.「製品とサービスの供給の改善に努力する。」品質と安全基準を国際基準にリンクさせることによって消費財の質を高めるとし、「職人精神」を培うことが初めて提起された。マスメディアは、「ドイツと日本の職人意識に学べ」というキャンペーンを展開している。
 5.「国有企業改革を大いに推進する。」本年と来年の2年間で国有企業改革を推進し、「発展組、再編組、整理組」の三種類に分けて国有企業調整を行うとしている。また董事会権限の着実実施、経営者の市場化招聘、専門経理人事制度、混合所有制度、従業員株所有などの実験をするとしている。
 6.「非公有制経済の活力をよりよく発揮させる。」つまり民間企業や外資企業の活力を引き出すということで、国有企業の独擅場であった電力、電信、交通、石油、天然ガス、公共施設分野での民間企業のアクセスを大幅に緩め、更に民間企業の国有企業改革への参入を奨励するとしている。

◆◆ 三 社会主義理念への回帰

 習近平政権によって提起された発展理念「創新、協調、緑色、開放、共享」はいずれも社会主義理念に合致したものであり、それを具体化した第13次五カ年計画は「中国の特色ある社会主義」を掛け声だけに終わらせることなく、真に実行しようとするものである。
 改革開放後、中国では「西方経済学」(近代経済学)が盛んとなり、マルクス主義政治経済学は廃れていった。大学でも経済学と言えば近代経済学で、資本主義の本質を語ったマルクス主義経済学は殆ど教えられなくなった。これは世界的現象であるが、社会主義を堅持する中国において、マルクス主義経済学のイロハも分からない知識層が経済学及び経済界の主流となっていることは大きな問題である。中国が資本主義国よりも資本主義的になったのは、中国共産党の理論的混乱若しくは理論的な探究の欠如が主因であろう。
 いま世界資本主義は行き詰まりつつある。トマ・ピケティの「21世紀の資本論」はマルクス主義に基づいて、創造的に現代資本主義の矛盾を分析した。「資本主義は所詮、世襲財産で成り立っている」「ある水準以上になると、投資リターンにより資産は加速度的に増大する。この不平等を食い止めるには、国際的な累進資産税を設けるべきだ」など、分配の不平等を厳しく批判している。本来、社会主義中国においてこのような創造的理論書が出るはずだが、それは不可能に近い。なぜであろうか? 近代経済学とマルクス主義経済学を対立させる観念から脱皮していないからである。

 1950年代日本の経済学者杉本栄一氏は名著「近代経済学の解明(上)」(1950年出版)の序文に次のように述べている。「マルクス経済学をも、ひろく近代経済学と呼ばれる分野にひきだし、いわゆる『近代経済理論』との対象において、その理論の本質を説き、その学派の位置付けを行うことは、思い切った試みと呼ばれるかも知れません。しかしかかる思い切った試みによって、いわゆる近代経済理論の砦に拠る人々が、マルクス経済学についての広い視点をつかみとり、またマルクス学派の砦に拠る人々が、みずからを現代経済学の広汎な分野の中に、理論的に位置付ける手がかりをえられることこそ、学界の切磋琢磨の進歩のために、不可欠なことではないでしょうか。」
 戦後の日本は、近代経済学とマルクス経済学が相対立していた。また、ソ連においては近代経済学をブルジョア経済学と決めつけて排除していた。日本の経済学界はその影響を受けて両者は水と油の関係にあった。それに対して、杉本栄一はマルクス経済を「近代経済理論」の一部と位置付け、近代経済学者はマルクス経済を、マルクス経済学者は近代経済学を学べと言っているのである。昨今に通用する名言である。

 中国は計画経済期において、ソ連の影響を受けて近代経済学をブルジョア経済学として批判してきた。経済学と言えば、型にはまったマルクス経済学で、ソ連が編集した政治経済学教科書が使われた。改革開放後は、マルクス経済学は経済発展に役に立たないということで放棄されてしまった。胡錦濤が総書記になってから、マルクス理論の創造的発展を図ろうとしたが果たすことができなかった。習近平はそれを復活させようとして、2012年、まだ副主席であった時に「マルクス主義の中国化」シンポジウムを主宰した。国家主席になってからは党の良き伝統復活と社会主義理論の再生に力を注いでいる。
 昨年11月23日、中共中央政治局は「マルクス主義政治経済学の基本原理と方法論」というテーマで第28回集団学習を行った。その際、習近平総書記は「中国の国情と発展実践を踏まえて、新しい特徴と新法則性を明らかにし、中国の経済発展実践の法則的成果を精査・総括し、実践経験を系統立てた経済学説に昇華させ、現代中国マルクス主義政治経済学の新境地を絶えず切り開かなくてはならない」と語った。マルクス主義の中国化ではなく、現代中国マルクス主義政治経済学としたのは特別の意義があると言われている。また、習近平は「創新、協調、緑色、開放、共享の発展理念の提起と実行についての理論も政治経済学の重要な成果であり、現代中国の国情と時代の特徴に適合した政治経済学であり」「マルクス主義政治経済学の新境地を切り開いた」とも語っている。筆者が敢えて「社会主義理念への回帰」と論断した理由は正にここにある。

 「創新」とは発展の動力をイノベーションに置くということである。理論、制度、科学技術、経営、文化等のあらゆる分野で創新を貫く。シュンペーターは資本主義における技術経営面でのイノベーションを説き、その発展の結果、資本主義は社会主義に進むと予言した。中国ではそれを大きく拡大解釈し、創新を社会主義社会全体の発展動力と位置付けている。なお、経済発展要素として、労働力、土地、資本以外に、技術と管理を加えている。高度知的社会に適応させたのである。
 「協調」とは持続的な健全な発展を遂げるために各方面の均衡を重視していくことである。都市と農村の協調的発展、経済社会の協調発展、新型工業化・情報化・都市化・農業現代化の協調的発展、ハードパワーとソフトパワーの協調発展が求められるとしている。
 「緑色(グリーン)」とは経済社会の末永き発展と美しい生活環境を保障することである。経済は発展したが、水・空気・土壌が汚染されたという状態を改善し、環境に優しい社会をつくり、人間と自然の調和を重視するとしている。
 「開放」とは「国家繁荣の必然的方途」と位置付け、中国経済が世界経済に深く溶け込んでいくことである。今までの「受け入れる」開放だけではなく、「受け入れ」と「打って出る」の同時進行に取り組み、先進国と発展途上国との連携を強化しようとする。その典型が「一帯一路」構想であり、そこには国際主義精神が宿る。
 「共享」とは「中国の特色ある社会主義の本質的要求」と位置付け、すべての人が「獲得感」があるようにすることである。そのカギは分配の公平性にあり、第一分配(賃金所得など)の公平性確保、第二分配(社会保障費など)の改善充実、慈善事業の発展など、三方面の努力によって実現されるとしている。

 五カ年計画で謳われた五大発展理念は、過去30年余りの市場経済万能論或いは経済効率第一主義への反省に基づくものであり、社会主義理念への回帰が極めて明確に現れている。習近平総書記は建国初期の計画経済期30年で改革開放後30年を否定してはならず、また後者で前者を否定するのも正しくないと語ったことがある。計画期30年と改革開放30年の経験と教訓を踏まえて、今後30年の中国及び世界の進むべき道を指し示したのが、第13次五カ年計画である。

◆◆ 四 「平和発展論」堅持の国防予算

 中国の国防費増加率が前年実績比7.6%増の9兆5430億元となった。6年ぶりの一ケタということで世界の注目を浴びている。東シナ海及び南シナ海の島領有問題で、米中関係と日中関係が緊張する中、中国の国防費は伸び率が高まるのではないかと予測する向きが多かった。欧米専門家の中には20%増になると予測した者もいたとのことである。ではなぜ、国防費伸び率が大幅に縮小されたのであろうか。
 傅瑩(フーイン)全人代報道官は「中国の国防予算は二つの要素を考慮して決まる。一つは国防建設のニーズ、もう一つは経済発展と財政収入の状況だ」と語った。これは重要な指摘である。
 国防建設のニーズとは、現在の国際情勢をどう認識するかである。第13次五カ年計画は依然として「平和と発展の時代」としている。つまり、南シナ海を巡る米中対立はコントロールできる範囲内にあり、大局に変化はないとみているのである。中国の某軍事評論家は、もし中国の周辺において安全保障危機が到来すれば、軍事費を大幅に増加させなくてはならないが、今のところそのような状況にはないと、テレビ番組で語っている。
 もう一つの「経済発展と財政収入の状況」とは決して日本軍国主義やソ連の二の舞を踏まないということである。中国国防費の対GDP比率は低下気味で、ここ数年は1.3%前後で安定している。アメリカの3%台の半分以下である。日本よりは若干高いが、ロシアやインドと比べても格段と低い。中国の軍事に関わる予算の実態は公表数字の2倍になるという見方がよく報道される。理由として開発費と武器輸入が含まれていないというのである。しかし宇宙開発費は米国や日本でも軍事費に含まれていないのではないか。例え2倍だとしても、アメリカの比率よりは低い。

 しかしながら、中国軍事脅威論を喧伝するために、今までは国防費二ケタの伸び率(確かに過去5年間二ケタの伸び率だったが年々縮小し、昨年は10.1%増で一ケタに近かった)とよく叫ばれた。今年は言葉を変えて「伸び率は依然として経済成長率を上回る水準」とか「中国の軍事予算が過去最高を更新」といった言葉が飛び交う。これらの論調は全く事実誤認に基づくものであり正すべきである。
 GDP伸び率は実質で、国防費伸び率は名目である。今年の物価上昇率は3%以下としており、国防費伸び率は少なくとも1.5-2ポイント引いて初めて経済成長率と比較できる。今年の国防費伸び率は成長率と同等或いはそれ以下とみるのが正しい。「過去最高を更新」に至っては、20数年ずっと更新しており、このような提起の仕方自体がおかしい。昨今の国際情勢において、対GDP比率1.3%の国防費支出は正常であり、高度成長期及び中速度成長期において当然、毎年「過去最高を更新」することになる。平和憲法で武力保持が許されていない日本においても、高度成長期には防衛費が毎年「過去最高を更新」し、アジア第一の軍事費大国となったことがある。
 中国の防衛費が「日本の防衛費の約3.2倍」と喧伝するのもおかしい。中国の経済規模は日本の三倍以上、人口は10倍、国土は16倍、中国の国防費が日本の10倍になってもおかしくないはずである。だが、中国がそこまで国防費を増やすことはないと断言できる。中国は覇権を求めないからである。
 中国の某軍事評論家は国防費伸び率が縮小したことについて、基数が大きくなっているため、7%台の伸び率でも毎年100億ドル以上の増加を見込めるので、それで充分だと解説していた。また過去20数年は「国防費の借り(国防費を抑えて経済建設に回した)を返す」ために二ケタの伸び率が必要であったが、中国の国防力は基本的に十分強化されたため、国防費の伸び率は抑えることができるとも解説していた。多分、米中間の新型大国関係が軌道に乗れば、中国国防費の対GDP比率は日本と同じく1%前後、或いはそれ以下になっていこう。

 筆者の見るところ、今後10-20年間に国際安全保障体制が大きく変わり、米国覇権主導の国際安全秩序は国連主導の覇権なき国際安全秩序に転換していくであろう。その兆候は今回のアメリカ大統領選挙にも伺える。過去において、共和党であれ民主党であれ、アメリカの主流は米国主導の覇権体制維持であった。しかし、アメリカにはすでにその実力はない。オバマ大統領が「世界の憲兵にはならない」と宣言したのは、正にこの趨勢を率直に認めたからである。しかし強いアメリカ、世界のリーダーでありたいという願望はアメリカ社会に強く存在する。今、アメリカはその矛盾に喘いでいる。非主流の共和党トランプ候補、民主党サンダース候補が善戦しているのは、アメリカ社会の地殻変動を反映している。この二人が当選しなくても、社会変革は今後も続くとみられる。
 トランプ候補は過激な発言で常軌を逸している面があるが、軍事同盟によってアメリカの覇権を維持することがいかに米国国民の利害を損ねているかを語る点は的を射ている。ルーズベルト主導で作られた国連の原点に戻り、既存の国際秩序を改革していくべきである。トランプ候補もサンダース候補もまだはっきりした外交政策を打ち出してはいないが、米国国民の世論はこの方向に向かいつつある。中国はこのような流れを歓迎しており、米中協調という大きな流れが変わることはない。

 日本のマスメディアは「経済減速でも続く強軍路線」と喧伝し、米中協調の動きに警鐘を鳴らす。読売新聞4月3日の社説「米中首脳会談:南シナ海緊張の責任を問う」はその典型である。「中国は米主導のアジア秩序に挑戦するな」、北朝鮮問題を巡る新鋭ミサイル防衛システムサードについて中国は「日米韓と協調せねばならない」と主張し、最後に「中国の海洋進出や人権問題など懸案の解決で進展がないまま、協調の演出にばかり腐心してはいないか。これでは、健全な二国関係とは言えまい」とアメリカの対中姿勢を批判する。時代の流れに全く追いついていない。
 「米主導のアジア秩序」は必然的に過去のものとなり、国連主導のアジア安全保障体制が構築されていく。中国が中国の安全に不利なサードを受け入れることはあり得ないし、米中韓に無条件で寄り添うこともあり得ないであろう。国連主導の三カ国会議、四カ国会議、五カ国会議など多種多様な会議を重ねていき、最後に六カ国会議を復活させ、話し合いによって北朝鮮問題を解決し、更にアジア安全保障体制を構築していく。これが米中共通の利益であり、この地域の共通利益でもある。米中「協調の演出」は演出ではなく本質であり、米中対立こそが演出なのである。米国の対中戦略は定まっており、日米安保条約及びその他の軍事同盟は、米国の覇権的地位延長のために戦術的に利用しているに過ぎない。
 日本の右寄りと言われる有識者の中にもこの流れを認識するようになり、論調を変えつつある。例えば、中西輝政氏は文芸春秋2016年4月号に「日本はもはや米国に頼れない」と題する一文を寄せ、日本は「もはや『自由と繁栄の弧』などという時代錯誤の米国製のスローガンとはとっくに決別すべき時なのである」「国内の『人気取り』もあって、無用に観念論を持ち出して今後も中国に強硬に対抗しようという薄っぺらい戦略論では、日本外交はやがて自縄自縛の状況に陥り孤立しかねない」と警告している。安倍首相のブレーンを務めた中西氏が反旗を翻すようになった。この変化は注目すべきことである。
 中西氏のような有識者は増えつつあり、大多数の日本国民もそのうちに認識するようになるであろう。その時、真の日中関係改善がやってくる。それはあまり遠くない将来であると信じている。

 (筆者は一般社団法人日中科学技術文化センター理事長)

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