■ A Voice from Okinawa (10)

~鳩山首相の裏切りとグアム統合軍事計画~

                          吉田 健正
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  「友愛」「民意尊重」「国外、最低でも県外」「苦難の歴史を歩んできた沖縄
県民」という言葉を繰り返してきた鳩山首相が、5月4日、沖縄を訪問して、総反
発をくらって東京へ戻った。すべては弄言、虚言に過ぎなかったのだ。改定安保
が50周年を迎えた今年1月19日に、日本の安全が米国の核の「抑止力」によって
守られていることや、「米軍プレゼンス」の不可欠性を強調した首相が、今頃に
なって、在沖米軍が全体として日米同盟の抑止力となっていることに「思い至っ
た」というのも、おかしな話だ。

 4月25日の県民大会やそれに先立つ県議会で、県内の自民党や公明党を含めて
普天間基地の早期閉鎖撤去を要求したのに、その民意を無視して危険な普天間基
地の閉鎖・撤退について早々と対米外交で白旗を揚げたとしたら、ほんとうに「
隠し球」をもっていないとしたら、鳩山が対米外交・国際舞台でまったく通用し
ない「お坊ちゃま」だということを証明したことになり、一国の首相としてまっ
たく情けない。

これでは自民党(自公)政権の踏襲に過ぎない。国民の安全を守るのが政府最
大の義務であり、国民の声(民意)を政策に反映させるのが民主主義下の政府の
役割ではないか。沖縄県民に対する、鳩山の完全な裏切り行為である。

 だからと言って、「読売新聞」(5月5日付社説)のように、「今になって『抑
止力の観点から県外移設は難しい』と言うのでは、沖縄県側が反発するのは当然
だ。もっと早く安全保障の観点から県内移設を目指す方針に転換し、沖縄県民に
謝るのが筋だった。現行計画を否定しているのもおかしい」と論じているのも、
まったくおかしい。「謝れば済む」問題でないことは、明白だからだ。

 新聞やテレビがこぞって普天間基地問題や鳩山発言をとりあげることで、多く
の国民が初めて沖縄に押し付けられた安保の実態に関心を寄せた。それは一定の
「鳩山効果」と言えるだろう。しかし、メディアと国民の関心は、沖縄が求める
県内移設反対、普天間基地閉鎖には向かない。米国に「早く危険を撤去せよ」と
要求する声も聞こえてこない。


■「不可欠な米軍のプレゼンス」


 
民主党は、選挙前の「マニフェスト」で「日本外交の基盤として緊密で対等な
日米同盟関係をつくるため、主体的な外交戦略を構築した上で、米国と役割を分
担しながら日本の責任を積極的に果たす」「日米地位協定の改定を提起し、米軍
再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」とうたった。鳩山
にはかつて「駐留なき安保」という言葉もあっただけに、「対等な日米同盟関係
」や「主体的な外交戦略」という文言を、鳩山政権が50年前の不平等な改定安保
を見直す意向であると受け取った人も多かった。

 ところが、日米安全保障条約改定署名から50周年に当たる今年1月19日、鳩山
首相は「我が国が戦後今日まで、自由と民主主義を尊重し、平和を維持し、その
中で経済発展を享受できたのは、日米安保体制があったからと言っても過言では
ありません。(中略)日米安保体制は、ひとり我が国の防衛のみならず、アジア
太平洋地域全体の平和と繁栄にも引き続き不可欠であると言えます。

 依然として不安定、不確実な要素が存在する安全保障環境の下、日米安保条約
に基づく米軍のプレゼンスは、地域の諸国に大きな安心をもたらす」という談話
を発表した。米軍のプレゼンスが「抑止力」となって日本と地域の平和と繁栄を
支えてきた、今後もそうなると宣言したのである。安保を押し付けられてきた沖
縄はどうなるのか。

 「依然として不安定、不確実な要素が存在する安全保障環境の下、日米安保条
約に基づく米軍のプレゼンスは、地域の諸国に大きな安心をもたらす」というの
が鳩山首相の日米同盟に対する考え方だったのだ。自民党政権下の日米同盟観と
まったく同一だったのだ。


■日米が一致して認識したグアムの「抑止力」


 
拙著『米軍のグアム統合計画――沖縄の海兵隊はグアムへ行く』(高文研)に
書いたように、米国は「理想的」という言葉まで使ってグアムを近辺(アジアや
中東)の脅威に対する「抑止力」を発揮できる軍事拠点として位置づけている。
フィリピンからクラーク空軍基地とスービック海軍基地が撤退し、「盟友」サウ
ジアラビアに駐留する米軍も大幅に縮小された現在、米軍をグアムに集結させて
そこを太平洋最西端の前方展開基地にしようというのである。

 安保や地位協定が米軍活動を制約しかねない沖縄より、アメリカ市民の住む米
国領の方が、米本土、太平洋の米国領、日本を含むアジア太平洋同盟国の安全を
保障するには、最適だというのだ。統合軍事計画により、空軍、海軍、巨大な空
軍基地と周辺の演習場が使える海兵隊、陸軍ミサイル部隊が揃えば、沖縄よりは
るかに中国、北朝鮮、中東のテロリストに対する「抑止力」を発揮できるだろう。

 昨年2月に調印された「在沖縄海兵隊のグアム移転に係る協定」も、「グアム
が合衆国海兵隊部隊の前方での駐留のために重要であって、その駐留がアジア太
平洋地域における安全保障についての合衆国の約束に保証を与え、かつ、この地
域における抑止力を強化するものであると両国政府が認識」したと述べている。

 ところが、鳩山は、今年4月21日の党首会談で「海兵隊を含むアメリカの日本
においての抑止力を果たしているという、この役割というものは大きいと思って
います。したがいまして、私も沖縄からあまり距離的に遠くのところまで海兵隊
というものを移すということは物理的に必ずしも適当ではない」という考えに転
換した。これは、「米軍のプレゼンス」を当然視する上記の鳩山談話と見事に一
致する。

 沖縄滞在中、鳩山はグアムについて一言も発しなかった。鳩山の沖縄訪問中の
発言に関して、グアム移設の可能性に触れた主要メディアも、管見した限り、「
報道ステーション」に伊波・宜野湾市長を登場させた朝日テレビだけだった。「
読売」を含む他の新聞・テレビは、相変わらず、米軍が進めているグアム統合軍
事構想を無視したのである。


■日本を防衛するには首都・東京に米軍基地を


 
あくまで日米同盟=抑止力にこだわるなら、グアムや沖縄より、国民の1割が
集中し、日本の政治・経済・輸送・通信・学術・文化の中心で、保守派が信奉す
る皇室や靖国神社もある東京に目を転じるべきだろう。しかし、日本の軍事専門
家や保守系政治家および評論家は、自衛隊の能力を評価せず日米同盟に日本の安
全を頼ろうとする一方で、東京や大阪からはるか遠い沖縄から米軍基地を肝心の
首都・東京と周辺に移設すべきだと声を上げない。

 ホワイトハウスや連邦議会のある米国の首都ワシントンも、周辺のメリーラン
ド州、デラウェア州、バージニア州、ノースカロライナ州を含め、多くの基地に
守られている。ところが、日本の「軍事専門家」や保守政治家たちは、朝鮮半島
での異常事態への対応や中国の軍事拡張を云々しながら、北朝鮮や中国により近
い日本海沿岸の基地、さらには東京都内・関東地方への基地誘致を優先すべきだ
ろうが、基地即沖縄という単純な発想しかできない。不可解だ。日本を防衛する
には、その中核たる東京の防衛を高めるべきで、東京から遠く離れた沖縄の米軍
基地は大して役に立たない。

 長島昭久防衛大臣政務官は、「米軍の駐留は必要不可欠 さらに高まる沖縄の
地政学的な重要性」という文章(Voice、2010・5月号)で、「沖縄からベトナ
ムのハノイまでは、沖縄から函館よりも近い。あるいは香港やフィリピンのマニ
ラまでは、東京よりも近い。韓国のソウルまでは、大阪よりも近い。中国の上海
や台湾の台北までは、福岡よりも近い」として、沖縄が「地政学的」に「きわめ
て重要な位置にある」と強調し、沖縄の集中的な米軍駐留を正当化する。

長島がなぜ、ハノイと函館、香港とマニラと東京、ソウルと大阪、上海や台北
と福岡の距離を挙げたのか、まったく分からない。在沖米国総領事館のサイト
にも同様のことが書かれているから、それを借用したのであろう。

 「ハノイまでは函館より近い」と言うのなら、「北朝鮮の平壌や中国の北京ま
では沖縄より日本海の沿岸や島々、北九州が近い」のではないか。北朝鮮のミサ
イル発射騒ぎの際は東京の朝霧駐屯地や秋田と岩手の駐屯地、長崎の佐世保基地
から日本海に出港したイージス艦が迎撃態勢を組んだ、インド洋での給油活動に
は海上自衛隊の補給艦「ときわ」が神奈川県の横須賀基地を出港したことなどに
も触れない。

日本の中で、「地政学的位置」を沖縄だけに絞って論じるのは、異状としか言
いようがない。米国が戦略地点として推奨するグアムが遠い、というのもこの
視野狭窄的思考停止の延長線上にある。

 今回は、拙著『米軍のグアム統合計画――沖縄の海兵隊はグアムへ行く』をア
ップデートしつつ、米国の海兵隊グアム移転計画の現状を紹介したい。


■グアム基地計画を無視し続ける大手メディア


 拙著で述べたように、米国は冷戦終了により不要になった基地を整理縮小、ま
た戦略見直し(トランスフォメーション)にも取り組んできた。米本土、ハワイ、
グアムでも基地の整理縮小が進められてきたのに、沖縄ではなかなか進まない。
なぜか。日本が地代、労賃、電気水道代を含めて多額の「思いやり予算」で面
倒を見ている上に、米軍の基地使用や出撃などに他の国のような制限を加えてい
ないからだ。沖縄からすれば、住民より日米同盟優先の姿勢である。

 在沖海兵隊のグアム移転も、沖縄の基地負担軽減と地域安全保障のためのグア
ム統合軍事拠点化計画に基づくものであったが、鳩山首相、北沢防衛大臣、岡田
外務大臣らはそのことを理解せず、まるで孤立した弱小国あるいは隷属国(植民
地)が軍事超大国・アメリカ様に保護を求めるかのごときである。それなら、沖
縄の米軍基地もグアムの米軍基地も東京へ、と考えているのかと言うと、そうで
はなく、日本国の首脳にとって選択肢は唯一・沖縄しかないようだ。

 不思議なことに、米海軍が、国防総省のグアム統合基地計画に基づく環境アセ
スメントを公表した昨年11月から半年近く、私が拙著で日米「ロードマップ」に
基づく在沖海兵隊のグアム移転計画を端緒とするグアム統合基地計画の全貌を明
らかにしてからさえ3か月が過ぎようという現在に至るまで、日本政府が全費用
の6割、6千億円を負担するこの計画について、現地取材をしたり米国当局者にイ
ンタビューして報道したメディアは、私の知る限りまだない。ことは、在沖海兵
隊のグアム移転やグアムの基地拠点化だけでなく、日本国民の多額の税金がかか
わっている。ところが、メディアも政治家たちも、普天間基地の移設先をめぐっ
てテンヤワンヤするだけだ。

 米国の資料によれば、グアムは米国のグローバル戦略から見ても、「理想的」
(不安定地域への近さ、米国領であるための制限なき軍事活動、米本土だけでな
く日本を含むアジア太平洋地域の安全保障)だというのに、メディアはそのこと
にも触れない。「環境対策」「不十分なインフラ整備計画」を理由に基地建設計
画への不安を募らせるグアム住民の声は取り上げても、肝心の基地建設計画その
ものには深入りしない。

 たとえば「朝日新聞」は「基地膨張 グアム苦悩」(4月4日)の6段記事で
「サンゴに不安」「水不足の恐れ」、3段見出しの大きな記事で「財政問題 広
がる不満」と報じる。「毎日新聞」は、「『反基地』に傾くグアム」という見出
しを掲げ、文章で海兵隊のグアム移転に「エメラルドグリーンのサンゴ礁の海」
をかぶせる記事を載せた(4月3日)。ただし、サンゴ礁への影響については、
米環境保護局が懸念を表明しているというだけで、記事には肝心の住民の声はな
い。

 それでは、米軍の実弾演習によってたびたび山火事が発生するキャンプ・シュ
ワブの自然環境汚染や普天間基地を移設するために辺野古沖が埋め立てられれば
地元住民の日常生活や漁業、絶滅危惧種・ジュゴンに与える影響はどうなんだ、
と問いたいが、大手メディアから沖縄住民の「不安」や「抗議」は伝わってこな
い。


■着々と進むグアムの受け入れ準備


 
その直後、同紙は、オバマ大統領が「在沖縄海兵隊のグアム移転に伴うグアム
島西部アプラ港の近代化工事の資金として、最大5千万ドル(約47億円)を運
輸省予算案に追加計上するとの書簡を下院議長に送った」と報じた。大統領は、
書簡で、「港の近代化は、日本からの海兵隊の再配置に伴う基地工事にとって決
定的に重要な前提条件だ」と述べたという。

 記事は肝心の「決定的に重要な前提条件」の意味を伝えていないが、とりあえ
ず連邦環境保護局とグアム政府の懸念(のひとつ)は解消したというのだろうか。
いや、もっと重要なのは、朝日が伝えていないこの港湾近代化工事の目的であ
る。それは、基地工事に必要な大量の資材や機具、外来労働者の住居や生活に必
要な大量の資材や物資を、さんご礁など自然環境に害を与えることなくグアムに
海上輸送できるようにするためのもので、島外労働者の移住や基地工事の開始が
近づいていることを物語っている。港は、将兵や武器弾薬の輸送にも使用される
だろうから、グアム統合軍事計画の一環という可能性もある。

 グアムでは、基地建設工事に備えて、連邦ハイウェイ安全局が1億6千万ドルを
かけた道路整備工事も各地で進んでいる。国際空港に近いデデドやバリガダでは
島外労働者とその家族のための大規模な住宅建設プロジェクトも始まった。基地
内では9つの新しい学校の建設も予定されているという。

 米国政府は、グアムを含む北マリアナ諸島に一時的に移住売る島外労働者とそ
の扶養家族には、09年11月末から14年末までの間、数の上限を設けないという特
例措置を講じている。 
  日本の防衛省は、4月27日に更新したサイトで、「2014年までの在沖米海兵隊
のグアム移転完了を実現するため、防衛省は、在沖米海兵隊のグアム関連経費と
して、平成22年度予算に総額約479億円を計上」したことを公表するとともに、
海兵隊の司令部や家族住宅地域となるフィネガヤン地区の基盤整備事業が第二段
階(約290億円)に入ったこと、消防署(フィネガヤン地区)、港湾運用部隊司
令部庁舎(アプラ地区)、診療所(アプラ地区)が設計から建設工事に進んだこ
となどを報告している。

 日本のメディアは、グアム統合軍事計画が着々と進んでいることを示すこうし
た動きも伝えない。


■米国にはグアムとテニアンの選択肢


 
グアムの新聞「パシフィック・デイリー・ニュース」(4月21日)には、アン
ダーセン空軍基地開発事務所のウォルボルスキー所長が、アンダーセンは無人偵
察機グローバル・ホークだけでなく、海兵隊航空機の駐留基地(ホーム)になる
ことも明言した、という記事もある。

 記事によれば、ウォルボルスキー所長は、アンダーセンの(海兵航空部隊の出
撃基地になる予定の)南側滑走路の強化プロジェクト(5百億ドル)や隊員宿泊
所改善プロジェクト(270億ドル)がすでに着工の段階に入っており、4機分の
グローナル・ホーク用格納庫は今年中に完成の予定だという。隊員およそ1500人、
ヘリコプター、ジェット機を含む海兵隊航空部隊(ACE)のヘリコプターはアン
ンダーセンに常駐するが、ジェット機については現時点では不明だという。

 グアム北端の崖上に位置するアンダーセン空軍基地には、かつて北ベトナム攻
撃のため150機のB52爆撃が駐機した北飛行場と、太平洋戦争後ほぼ放置された
ままの北西飛行場、その中間に巨大な弾薬庫があり、総面積は普天間基地の13倍
もある。

 こうした一連の流れは、在沖海兵隊のグアム移転計画が順調に進んでいること
をはっきりと物語っている。昨年秋からアフガニスタンで戦闘・偵察活動に従事
している海兵隊遠征航空隊を中心とする普天間基地の航空部隊も、アンダーセン
空軍基地に移駐する可能性が強い。グアムがだめでも、放置されたままの巨大な
空軍基地と軍用地を有するテニアンを含む米自治領・マリアナ諸島の上下両院が
普天間移設を歓迎するという決議を採択しており、米国としては困らないはずだ。


■米国はなぜ沖縄にこだわるのか


 
グアムで統合軍事計画を進める一方で、米国が沖縄に関する「現行案」にこだ
わるのはなぜか。多くの識者が指摘するように、理由は「地位協定」と「思いや
り予算」という日本政府の米軍甘やかし政策以外に考えられない。それが、また、
日本政府の対米弱腰外交につながる。

 日本は、現在、「なぜ駐留米軍を必要としているのか」「抑止力の対象となる
仮想敵国はどこか」を検証することなく、日米同盟なるものに固執している。米
国は、中国を「ステークホールダー(利害関係者)」として貿易や投資、安全保
障について協力関係を重視する一方で、日本にその「脅威」をたきつける。中国
の防衛予算が近年急増したとはいえ、ストックホルム国際平和研究所(2008)によ
れば、それは米国の国防支出の7分の1程度に過ぎない。

 しかも、米国が有する核兵器、偵察衛星、ミサイル、無人偵察機、中国を包囲
する軍事基地、米国が蓄積してき戦争のノウハウなどを考えると、中国が米国の
覇権を脅かす戦争行為にでることは想像しがたい。北朝鮮はなおさらである。主
要メディアはこうした事実を検証せず、しかも中国の民族問題は大きく取り上げ
る一方で、米国の絶えることのない国外戦争も検証しようとしない。まずは、「
思いやり予算」や「日米地位協定」をもとに、在沖米軍基地の実態やグアム統合
軍事計画、さらには米国と中国の関係を検証してみるべきだろう。

 そうしないと、日本は米国の「国益」や「戦略」に振り回され続け。沖縄基地
も存続し続けることになる。沖縄が「日米」安保から抜け出るためには、「独立」
するしかないのかも知れない。

          (沖縄在住・元桜美林大学教授)

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