■ 海外論潮短評(50)    初岡 昌一郎   

― 未来からの速報 ~ ニュース産業特別報告 ―

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 英誌『エコノミスト』7月9日号が、表記のテーマで16ページにわたる長文
の特集を巻央の折込記事として掲載している。エコノミスト誌はもっとも読み応
えのある週刊誌であり,永らく愛読してきたが、あまりにも活字が小さく、最近
では拡大鏡の助けなしには読めなくなった。

 小さな活字で多くの情報を詰め込むのは、同誌には海外購読者が多く、航空便
での郵送コストを抑えるためであろう。この長大な報告を紹介する作業は、量的
に見れば、8分の1以下に圧縮することになる。したがって、皮と肉をそぎ落と
し、スジとホネの一部を残すのみの紹介になったかもしれない。

 この特別報告の筆者は同誌エディター、トム・スタンダッジ。かれはオックス
フォードを卒業後、イギリス屈指のクオリティ紙『ガーディアン』の科学技術担
当記者を経て、エコノミスト誌に入った。彼は『ニューヨーク・タイムズ』の常
連寄稿者でもある。最近、『ビクトリア時代のインターネット』という著書を出
版、当時開発された電信の役割を現代のインターネットに重ねて論じている。両
者とも登場当時は、その潜在的な社会的危険性を識者によって警告された共通性
をもつ。


◆インターネットが時代を逆転 ― マスメディアの登場以前の状況へ


  ニュース産業はインターネットの登場でより参加型で社会的となり、かつ多様
性とグループ性を持つようになる。これはマスメディア以前の世界に似ている。
この兆候が既に顕著になっていることは専門家でなくとも感知できる。テレビニ
ュースにはアラブの春や日本の津波の映像など、ユーチューブや他のサイトから
得たアマチュア・ビデオが登場している。トゥィッターに書き込まれたメッセー
ジには多くの事件報道に織り込まれている。

 昨年話題となった「ウィキリークス」は匿名でリークされた秘密文書を公表し
ている。これにはイラクやアフガン戦争に関するアメリカの外交機密文書が多数
含まれていた。「目的は人々に情報を知らせるだけではなく、情報公開を通じて
政治的改革を達成する事である」と責任者のジュリアン・アサンジュは述べてい
る。

 ニュース・ビジネスにドラマティックな動きが生じている。それはインターネ
ットによるもので、他の多くの産業と同じくこの産業を撹乱している。インター
ネットは広告収入を減少させ、ニュースを商品化した。以前には明確だったニュ
ース産業間の境界を曖昧にしてしまい、新聞の伝統的なビジネス・モデルを引っ
くり返してしまった。


◆世界の新聞事情 ― アメリカで没落、新興国で隆盛


  「新聞を殺したのはだれか」というタイトルは、2006年に『エコノミスト』が
表紙に掲げた設問であった。これはやや時期尚早であったが、今や多くの国で新
聞は困難な時代に逢着している。中でもアメリカでの危機が最も深刻だ。テレビ
ニュースの登場とその後のケーブルテレビが、読者と広告主を新聞から引き剥が
した。1990年代にインターネットが出現して、新世代にはテレビとネットが主た
るニュースソースとなった。2010年のアメリカではそれらが新聞を追い越した。

 技術革新は広告に依存していたアメリカの新聞に大打撃を与えた。2008年の
OECD調査では、アメリカの新聞は総収入の87%を広告に頼っており、他の国より
も依存度が高い。2008-9年の不況が事態をさらに悪化させた。この間、新聞の
収入はフランスで4%、ドイツで10%、イギリスで21%減少した。アメリカで
は、実に30%も落ち込んだ。その上、アメリカでは新聞の買収合併が進んだ。多
くの新聞は赤字となり、数社が破産した。アメリカの地方紙と首都圏紙は雇用を
さらに削減することが避けられない。アメリカの新聞は広告収入の地方的独占を
享受してきたが、その代わり朝刊を午前中に届けられる範囲でのみ配布するとい
う地理的制約を負っている。

 新聞の健康状態が特に社会的に重要なのは、それが他のニュースメディアのお
手本であり、大半のジャーナリストを雇用しているからである。例えばアメリカ
では、全国テレビネットが2009年に約500人のジャーナリストを抱えていただけ
であるが、日刊紙は40,000人以上(2001年の56,000人から減少)を雇用していた。
しかし、アメリカの新聞が苦境にあるからといって、世界各国で全て同じ状況と
結論を下してはならない。

 西欧の新聞は短期的な激減ではなく、長期的な低落に直面してきた。最大市場
のドイツでは収入が10%減なので、過去10年間で最悪の不況の割には酷くない。
西欧の多くの新聞はファミリー所有で、これが困難な時代に雇用を守るのに役立
っている。世界3大紙を有する日本はよく持ちこたえているものの、地平線は暗
雲が現れている。高齢化と若者の活字離れが進み、広告収入が減少している。

 ロシアでは新聞総数が2009年には9%増加した。評価できない点は、地方
政府が出資した御用新聞の増加である。クレムリンがロシアの新聞の60%をコン
トロールしており、全国テレビ6局をすべて支配している。新聞が伝統的にプロ
パガンダの道具として用いられてきたこの国では、オンライン・ニュースが過去
との決別を代表している。


◆ニュースに餓える国では新聞が増勢


  新聞市場が世界で最も急速に成長しているインドでは、メディア危機の兆候な
ど見当たらない。2005年から2009年までの間に、有料日刊紙数が44%増え、
2,700紙となった。新聞総数は23%増の74,000紙である。有料日刊紙発行部数で
インドは中国を追い抜いた。テレビもブームで、500以上の衛星チャンネルのう
ち、81がニュース専門チャンネルである。ニュースと娯楽の両方に権益をもつ民
間企業によってこの分野は支配されている。

 中国市場でもニュースメディアは急成長しているけれども、最近は厳格な統制
が強化されている。民間メディア産業は1990年代に発展可能となった。社会的変
化、知る意欲を高める読者、広告市場の盛況、国家統制と読者の信頼性を調和さ
せる必要などの諸要因が綯い交ぜとなって、非常に混乱した環境が生まれている。
トゥィッター(twitter)が中国では禁止されているので、地方規模のブログ網
を通じて匿名情報が流れている。漢字は情報をコンパクトに伝達できるので、携
帯電話を通じて情報が広範に流さている。マイクロ・ブログは検閲困難だ。


◆新しい収入源を求める新ビジネス・モデル


  アメリカやイギリスの代表的な新聞は、ネット上のデジタル記事の有料化を進
めているが、今のところあまり成功していない。最初の数本の記事は無料で読め、
それを越えると有料となる多様な「料金の壁」を設けている。少数のコア利用者
を除けば、大多数は時おり利用する読者である。新聞や雑誌の既存購読者は一般
的にいって、デジタル・ニュースやモバイル受信装置にカネを払いたがらない。

 『ダラス・モーニング・ニュース』は、同紙の購読者にたいしデジタル・ニュ
ースを無制限に読めるようにした。デジタル・ニュースの読者が圧倒的多数にな
った時点で、新聞紙によるニュース提供を廃止するという。費用対効果性からみ
て、企業はデジタル・ニュースにあまり広告料を払いたがらない。

 そこで、新聞とデジタル・ニュースの包括料金制にはメリットがある。デトロ
イトの新聞のように、新聞紙の発行を週3-4回としてコストを減らし、他方でデ
ジタル・ニュースを継続して流すところでは、紙数の93%を維持している。大都
市圏の典型的な新聞は広告収入の53%を日曜版で得ているので、新聞紙を日曜だ
け発行し、他の日のニュースはデジタル版だけとすることもできよう。

 編集上の工夫によって、ニュース報道をデジタル中心とし活字新聞は週刊誌の
ようにストーリー性のあるものや、解説と分析を中心とするものもある。スポー
ツ報道を専門紙に譲り、紙面縮小によるコスト削減を検討しているところもある。
民間社会貢献団体の支持によってニュース配信組織を設立し、報道の質と説明責
任を向上させようとする動きもある。この機構は通信社的な機能を持ち、他の報
道機関に有料配信を行なう。


◆新技術はソーシャル・メディアに一般市民が参加する可能性を拡大


  ソーシャル・メディアが盛んになったお陰で、ニュースは最早ジャーナリスト
だけによって収集されるものではなくなった。新しく生まれた環境では、ジャー
ナリスト、ニュース提供者、読者が情報を交換する。1999年ごろから変化が始り、
ブログという通信手段がこれまで受け手にすぎなかった人々を発信者に変身させ
た。かれらは直ちにマスメディアの正当性と信頼性に挑戦を開始した。

 当初、多くのニュース報道機関はこれらの新しい手段に敵意を隠さなかった。
しかしここ数年、メディアの主流派は態度を変え、プロとアマが協力する「ハイ
ブリッド・アプローチ」をとり始めている。新聞やテレビニュースの多くが、自
前のブログを開設し、読者からのコメントを受付けている。また、読者からの写
真、ビデオ、記事を活用し、インターネットに公表された資料を利用している。
ジャーナリストもフェースブック、トゥィターなどのソーシャル・メディアを貴
重な情報源としている。

 2010年に公表された「ピュー・リサーチ・センター」の調査によると、アメリ
カ人口の29%に当たるインターネット利用者人口のうち、37%がニュース報道に
寄稿し、ニュースにコメントを加え、あるいはフェースブックやトゥィターなど
のソーシャル・メディアを通じてニュースを広めたりしたことがある。この数字
は今日ではもっと増えているだろう。誰もがジャーナリストというのは誇張だろ
うが、ますます多くの人がニュースに関与するようになっている。


◆インターネット時代では客観性よりも透明性が重要


  世界で最も利益を上げているニュース機構の一つが、ルパート・マードックの
所有するアメリカのケーブルテレビ「フォックス・ニュース」である。フォック
スは単なる報道ではなく、意見を提供することを標榜しており、保守的な世論の
形成を目的とするのを隠していない。もう一つの目的意識的な報道機関の例は、
アラブ世界で改革指向を示す「アルジャジーラ」である。MSNBCは左派的指
向を最近はっきりさせて、躍進している。これに反し、客観的網羅的報道をモッ
トーとしたCNNが、少なくともプライム・ニュースでは視聴率を落としている。

 ジャーナリストが報道に当たって不偏不党であるべきだという観念は、比較的
新しいものである。広い読者にアピールするために、19世紀頃から大衆紙は次第
により客観的なスタンスを取りはじめた。“客観性”は様々プレイヤー間の妥協
の産物であった。アメリカの民間放送は最大限の聴衆と広告主にアピールし、規
制機関とのトラブルを回避するために「不偏不党」を掲げた。

 ヨーロッパでは新聞の明らかな党派性が広く見られる。イタリアの国営テレビ
三局のように、公営放送でも政権寄り党派性を公然化しているところもある。イ
ギリスBBCの政治的独立性はやや異例で、これまであまりにも左派的だという
批判に抵抗してきた。不偏不党はいまやルールではなく、既に例外となっている。
インターネットがさらにこの傾向を後押している。

 いわゆる客観性よりも、透明性が重要と見られるようになった。透明性は情報
源とデータを結合することであり、インターネットがこれを容易にする。ブロッ
ガーはこの技術を以前から自分の見解をバックアップするために用いてきた。ニ
ュース報道はインタビューを都合よく要約するのではなく、全文をオンラインで
発表すべきだという主張が強くなっている。ラジカルな透明性の主張者、「ウィ
キリークス」のジュリアン・アサンジュも同様な見解を示している。


◆マスメディアの終わり ― ニュースはソーシャル・メディアの手に


  現今のニュース報道の変容には歴史のアイロニーがある。新技術は多くの点で
マスメディア的ビジネス・モデルを弱体化し、工業化社会以前の自由奔放かつ分
散的な状態にこの産業を回帰させている。発表手段が容易に入手できるようにな
り障壁が崩れるにつれて、ニュースが多様化している。ウィキリークスや近年の
他の社会的メディアの登場でニュースはより意見主張型となり、多極的かつ党派
的となっている。かつての騒々しい街頭パンフ配布合戦時代が想起される。

 最大のシフトは、ジャーナリズムが最早ジャーナリストによる占有の場でなく
なったことだ。起業やNPOと共に一般市民がニュース・システムの中で役割を演
じ始めた。ソーシャル・メディアは一時的な過熱状態にあるのではなく、まだそ
の役割が端緒に就いたにすぎない。成功を収めるニュース事業とは、この新しい
現実を受容するものであろう。広告主よりも読者によりよく奉仕し、社会的な性
格を認識して、自分の立場を防護するバリアーを撤去する方向に進路を転換する
ものが生き残る。ニュースのデジタル的な将来は、インクの染み込んだ、混沌と
した過去と多くの共通点を持っている。


●●コメント●●


  ニュース報道の将来は過去の手作り的な新聞やパンフ時代の混沌に突入すると
いう、論文筆者の見方はややユニークなものかもしれない。だが、大新聞や大テ
レビによる報道支配や、プロのジャーナリストによるニュース提供の寡占状態に
終止符が打たれるという指摘は次第に現実化している。ニュース報道には客観性
にまして透明性が必要なことは、今日の日本のマスコミによる原発報道の欠陥か
らみて、誠に当を得たものと首肯せざるを得ない。発表されたことをそのまま垂
流すような報道は客観性云々以前の問題であるが。

 デジタル化されたニュース報道が一般人の参加に大きな道を開いていることは
積極的に評価されるべきである。しかし、ニュースが無限定的に流通、拡散する
ことには弊害もある。従来のクオリティ・ペイパーが持っている編集、解説、調
査報道の機能が、ネット世界から自然発生的に生まれるとは考えられない。これ
が失われるとニュースの信頼性を確保できず、真贋綯い交ぜの混沌たる情報世界
が出現する危険がある。本論筆者は、この混沌をあまり悲観視しておらず、ここ
からむしろ新しい地平が生まれるのを期待しているようなのだが。

      (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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