■宗教・民族から見た同時代世界              荒木 重雄

~指名を争った共和党大統領有力候補者はなぜか宗教的少数派~

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  11月の米大統領選に向けての共和党候補者指名争いは、ロムニー前マサチュ
ーセッツ州知事が本命視されながらも、サントラム元上院議員、キングリッチ元
下院議長が追い上げ、混戦模様がつづいていた。

 各候補者の支持が決まるのはもちろんそれぞれの政策の主張からだが、米国は
人口約3億人のうちキリスト教徒が2億人以上、その8割が聖書の「天地創造」
を信じる宗教大国である。各候補者の宗教的背景も選挙戦の行方をおおきく左右
する。

 共和党候補者は結局、ロムニー氏に落ち着いたが、指名を争った主要3候補者
の宗教的背景を知ることは米国社会の底流を理解するひとつのよすがとなろう。

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  ◇◇歴代大統領はプロテスタント
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 まずは米国の宗教別人口率をみておこう。

 キリスト教が78.4%、内、プロテスタント51.3%、カトリック23.
9%。プロテスタントはさらに福音派26.3%、主流派18.1%、黒人教会
6.9%に分かれる。キリスト教徒のなかにはさらにモルモン教徒1.7%、そ
の他キリスト教徒1.6%が含まれる。

 キリスト教以外はユダヤ教1.7%、イスラム教0.6%、仏教0.7%、そ
の他1.7%で、無宗教は16.1%である。

 さて、このような宗教分布のなかで、建国以来44代を数える大統領は、カト
リックだったケネディ大統領を除き、全員がプロテスタントである。ケネディが
当選を決めたときにはその宗教について賛否両論の大騒ぎであった。

 ところが今回の共和党候補者選びでは、前述の上位3候補者がともに宗教的少
数派に属するのである。

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  ◇◇モルモン教徒ロムニーの苦戦
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 本命と目されるロムニー氏が足踏みをつづけた理由のひとつには、彼がモルモ
ン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)の信徒だからということもあった。

 モルモン教とは、1830年にJ・スミスによって創設されたキリスト教の一
派で、米大陸の古代住民に神から与えられたとする『モルモン書』を聖書と並ぶ
聖典として崇敬し、シオン(神の国)は米大陸に樹立されると信じる。

 ニューヨーク州ではじまったが、一夫多妻制を認めていたことから信徒は迫害
を受けて、各地を移住したのち1847年、当時メキシコ領であったユタ州のグ
レートソルトレイク地方に安住の地を求め、暴徒に殺されたスミスの後継者B・
ヤングの指導のもとで荒地や砂漠を開墾して独自の共同体を建設した。

 ヤングが20人以上の妻と56人の子どもをもったことで有名な多妻婚は、 
1890年、連邦政府の勧告で廃止されたが、嗜好品を一切禁じる戒律などに支
えられた共同体的な連帯の気風はいまに残り、現在、全米で約600万人の信者
がいる。

 ロムニー氏はそのモルモン教の伝道者としてフランスに3年滞在したことがあ
り、富豪として知られる彼はモルモン教会に巨額の寄付をしている。

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  ◇◇カトリックのサントラムは保守派迎合
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 キリスト教徒の多くから異端視されるモルモン教だが、とりわけこれを毛嫌い
し、「モルモン教はカルトだ」「ロムニーは本当のキリスト教徒ではない」と非
難するのが、全米最大勢力で、共和党の主要な支持基盤でもあるプロテスタント
福音派だ。

 聖書に書かれていることは天地創造をはじめすべて歴史的事実であり、また、
そこで預言されていることがやがて起きると信じる人たちで、とりわけ『ヨハネ
黙示録』が示すキリストの再臨とハルマゲドンの戦い(善と悪との世界最終戦
争)を信じてそのシナリオで現実の世界情勢を解釈しようとする。

 神が人間をつくったと信じるところから、妊娠中絶や同性婚、さらには学校で
進化論を教えることに反対し、また、家族の価値を強調して熱心に政治運動を展
開する。

 少数派のカトリックながらこの福音派の主張に近いのがサントラム氏である。
彼は、カトリックの先輩政治家であるケネディ大統領についても「ケネディが唱
えた政治と宗教との分離には胸がむかむかする」と切り捨てて、キリスト教的価
値観を前面に押し立てた政治を主張した。

 妊娠中絶や同性婚には激しい言葉で反対し、学校では進化論ではなく、「偉大
なる知性」(神)が意図と構想をもって宇宙や生命の精妙なシステムを設計した
とする「インテリジェント・デザイン」説を教えるべきだと主張する。

 妻との間に20歳から3歳まで4男3女をもち、集会にはかならず家族を伴っ
て「家族愛」を謳うサントラム氏の自慢は、その7人の子の初等教育を妻カレン
夫人が家庭で与えたことである。そして、ホームスクール教育が当然であった古
きよきアメリカへの回帰を訴え、さらに、リベラリズムの温床となった大学は宗
教心を破壊する工場であると高等教育を攻撃する。

 イスラム嫌いもサントラム氏の真骨頂である。ニューヨークのツインタワーが
攻撃された2001年の「9月11日」は、オスマントルコがウイーン攻囲を企
てた1683年の「9月11日」の延長であり、イスラム勢力はつねに欧米攻略
を狙っていると警戒心を隠さない。

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  ◇◇ユダヤロビーにおもねるキングリッチ
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 そのサントラム氏と福音派やティーパーティー(茶会)など保守派の支持を二
分したのが、バプテストからルーテル教会と改宗を重ね、現在はカトリックに属
するキングリッチ氏である。 2度の離婚のすえ、現在の妻と結婚するためカト
リックに改宗したというから分が悪い。

 彼は、妊娠中絶や同性婚反対などではサントラム氏と軌を一にするが、対イス
ラムではさらに一歩踏み込んで、「パレスチナ人は創作された人々」とか「私が
大統領になったら、イスラエルの米大使館をテルアビブからエルサレムに移す」
などとぶち上げた。
  パレスチナ自治政府とイスラエルの双方が首都と主張するエルサレムを一方的
にイスラエルの帰属とする発言で、国際社会では認められない。

 米国では、ユダヤ・ロビーが大きな政治的影響力をもつ。民主党の政治資金の
60%、共和党のそれの35%はユダヤ系組織から拠出され、連邦議員の7割以
上がユダヤ・ロビーの影響下にあるといわれる。さらに選挙ともなれば、巨額の
資金と傘下のメディアをフル動員して、一人々々の候補者の当落に決定的な影響
力を及ぼす。キングリッチ氏の言動はこのユダヤ・コミュニティーがもつ力にお
もねたものである。とりわけ彼には、全米8位の資産家といわれるラスベガスの
ユダヤ系カジノ王が背後に控え、巨額の資金を投入しつづけてきた。
 
さて、最後に一言つけ加えれば、11月、一本化された共和党の候補者ロムニー
氏を迎え撃つオバマ大統領も、その背景は、多数派プロテスタントとはいささか
趣を異にする少数派の黒人教会である。

■米国大統領予備選挙については、米国在住の武田尚子氏が当「オルタ」誌97
号より寄稿されている精密にして臨場感あふれる報告「特別レポート・2012
年米国大統領予備選挙」を読まれることをお勧めします。拙稿も同稿よりいくつ
かの情報を頂戴いたしました。

         (筆者は社会環境学会会長・元桜美林大学教授)

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