■ 海外論潮短評(23)

◇動乱の枢軸-世界で最も危険な国                初岡 昌一郎

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  イラン、イラク、北朝鮮というブッシュの名付けた"悪の枢軸"に代わり、新
たに国際的な安全に脅威となる"動乱の枢軸"、ソマリア、ロシア、メキシコの
3ヶ国についてアメリカの国際問題専門誌『フォーリン・ポリシー』3/4月号
が特集している。

 枢軸という言葉は、第二次世界大戦前夜の1940年、日独伊によって結ばれ
た軍事協定がファシズムと軍国主義の"枢軸"と呼ばれたことのパラレルとして
用いられてきた。この枢軸は、第一次世界大戦の終戦処理の失敗から惹起された
大恐慌と政治的動乱への対応として生まれたものであった。

 世界金融危機によって悪化した政治的社会的動乱の渦中にあるのはこの3カ国
にとどまらない。なぜこの三国を"枢軸"として括るのかには疑問もあるが、こ
の特集は日本であまり知られていない動乱のいくつかの側面を暴いているので興
味深い。筆者たちは、有力な欧米メディアの現地特派員として第一線で活躍中の
専門的ジャーナリストである。論文というよりも報道記事なので、いくつかのポ
イントを中心に紹介するのに留めざるをえない。分量とすれば、紹介できるのは
特集記事全体の五分の一程度に過ぎない。


◇◇1.ソマリア ― 世界で最も危険な場所◇◇


  ジェフリー・ジェトルマン
  『ニューヨーク・タイムス』東アフリカ支局長

 モガディシュ国際空港で到着時に記入を求められる入国カードは、住所氏名等
の次に、携帯する火器の口径を記入するようになっている。ソマリア首都の破滅
的な状況にもかかわらず、僅かの民間航空機がまだ乗り入れている。滑走路の端
には、2007年に打ち落とされたロシアの貨物機の残骸が放置されたままだ。

 空港の外に出ると、見渡す限りのブロックに焼け爛れた建物が目に入る。かつ
てインド洋の宝石と称えられたモガディシュのイタリア風町並みが、機関銃弾痕
が生々しいレンガの山と化している。建物だけではなく、1991年に中央政府
が崩壊して以来、ソマリア自体がばらばらに分解した。

 過去18年間に政府再建の試みが14回も失敗した間、自爆テロ、白熱弾、首
切断、中世的な投石刑などによる殺人が繰り返されてきた。年間2万隻が通過す
るアデン湾では、ソマリアの海賊が猛威を振るっている。2008年には重武装
した海賊に40隻以上がハイジャックされ、1億ドル以上が身代金として支払わ
れた。

 私はこれまでの2年半に十数回ソマリアに行き、カオス(大混乱)という言葉の
定義を書き換えざるを得なかった。イラクのファルージャで叛徒が行なった白熱
の戦闘や、アフガニスタンの洞穴で戦慄に凍えるような夜をこれまで経験してき
たが、ソマリアほど滞在中恐怖を覚えたところはなかった。

 全土で軍閥、海賊、誘拐者、爆弾メーカー、狂信的イスラム叛徒、一匹狼のガ
ンマンが跋扈している。怒れる若者たちは教育ではなく、銃弾を容易に入手でき
る。トラブルを避けるために逃げ込める安全な避難所は何処にも存在しない。惨
劇はいまや国境を越えて溢れ出し、ケニヤ、エチオピア、エリトリアで緊張と暴
力をかき立てている。

 ソマリアこそが"万人の万人に対する戦い"というホッブスの現代版だ。ジン
バブエやコンゴ民主共和国も"失敗国家"であるが、国軍と官僚組織が腐敗して
いるものの、少なくとも曲がりなりに存在している。ソマリアにあるのは無法な
軍事集団と暴力による支配のみだ。

 状況はこれ以上悪くなりようがないと云われてきたが、実際にはますます悪く
なっている。全般的な政治的社会的危機というレベルを超えて、戦争、旱魃、食
糧の欠乏と価格暴騰、浮浪難民化による飢餓がますます深刻になっており、数百
万人が死に追いやられつつある。国際援助機関とボランティアたちはなすすべも
なく退去した。

 ソマリアの無秩序、無政府状態は、他の多くの紛争地帯と異なり、人種や宗教
の対立から派生したものではない。アフリカでは珍しく、ソマリアはほとんどソ
マリ人で構成されており、言語も単一だ。宗教も同一で、イスラム教スンニ派。
今日のソマリアを分断しているのは、部族や複数部族間の対立と角逐である。

 アフリカ連合(AU)はソマリア問題解決に無力で、意欲さえ窺えない。国連も手
の打ちようがないように見える。東ティモール型の国連直接統治は、既に独立国
となっているソマリアには適用できないだろう。アメリカはクリントン政権が平
和維持軍を派遣して手痛い失敗を被って以来、身動きできなくなっている。紛争
の平和的解決は外交官の舞台のはずだ。しかし、彼らは財閥との折衝には非常に
熱意を示すのに、軍閥には怖気づく。

 これまで提案されている最上の解決法は、中央政府を上から再建する従来型手
法ではなく、分権的な統治を村の段階から部族を基礎に再建し、平和的な秩序を
地域的に拡大する道であろう。このような村落を地区的に連合させ、さらに地域
と全国レベルに結集するプロセスの中で、初めて統治機構を徐々に整備すること
が可能になるかもしれない。

 19世紀末にソマリア領土のほとんどがイギリスとイタリアによって分割され
たけれども、西欧型の法による統治は実際に行なわれなかった。紛争は部族の長
老によって解決されていたので、地元型慣行を尊重したイギリスの統治のほうが
、部族長老の役割を奪ったイタリアの統治よりも上手くいった。モガディシュな
ど紛争中心地はかつてイタリア領だった。


◇◇2.ロシア ― 逆転した幸運◇◇


  アルカジー・オストロフスキー          
      『エコノミスト』モスクワ支局長

 1929年当時、ソ連は大恐慌というグローバルなショックから隔離されてい
た。今日では世界的経済危機がロシアを直撃し、その制度的な弱点と成功の脆弱
性を暴露している。危機は全ての国に打撃を与えたが、逆転がロシアほどドラマ
ティックだったところはない。財政的に豊かなロシア国家の強権的統治が揺らい
でいる。しかし、これから何が起きるのか、それが改善につながるものかは明白
ではない。

 これまで、豊かな資金がプーチンの最も強力な武器であった。所得の向上と強
いルーブル(原料の高価格のおかげで)は、ロシア人が輸入食品と海外旅行を楽
しむのを可能にしていた。一般の人々の生活は急激に向上したのではなかったが
(49%の人は基礎的なニーズを充足しているが、それ以上のものを買うのには
苦労している)、破滅的な生活破綻は食い止められたと感じられていた。いまや
、事態が逆転した。

 8年間の経済的ブームの後、経済成長が鈍化し、実質所得が低下している、昨
夏以来、ルーブルは30%以上減価した。ロシア人が購入する商品の半分が輸入
なので、生活水準にたいするインパクトは数字からの想像以上だ。

 ロシアは、対グルジア戦争を初め、最近目立つ強硬な対外政策全ての理由がア
メリカの所為だと非難している。しかし、国営テレビの煽動も危機の苦痛に失望
を深めている国民を繋ぎとめられない。ロシア人の僅か28%がメディアを客観
的と見ているにすぎない。財源が乏しくなるにつれてクレムリンは自暴自棄に陥
り、社会的な秩序を維持するためにより大きく暴力と抑圧、そして対外強硬策に
頼ることになるだろう。

 これが生々しく示された一例が、昨年12月のウラジオストックにおける暴動
だ。非政治的な大衆との街頭衝突は、日本からの輸入中古車にたいする関税引き
上げに誘発されたものだった。何千台かの自動車がメインストリートをブロック
したとき、クレムリンは地元の警察を頼りに出来ず、モスクワ地区の特別機動隊
を遠路空輸した。彼らがデモ隊を蹴散らした乱暴さは地元警察にもショックを与
えた。国営テレビが事件を報道しなかったことを知ると、当初は特定の経済措置
に向けられた市民の怒りが政治体制全体に対してエスカレートした。

 今迄のところ、モスクワとセントペテルスブルグの二大都市は比較的平穏であ
る。70年間の共産主義下で苦難に対応するロシア人の能力は体質化しており、
騒ぎ立てるのがためにならないと思い込まされている。他方で、追随的なロシア
議会は反逆罪の定義を拡大し、"大衆的暴動の組織"などの罪に対する陪審制を
破棄した。

 街頭での抗議行動以上に、ロシアのエリートたちの不満こそがプーチン政権を
不安定化するだろう。モスクワでは、プーチンとメドベージェフの不和という可
能性が囁かれている。ロシアのエリートのかなりの部分は直面しているリスクを
よく認識しており、不安定化がかえってプーチンの手中に権力を集中するのを懸
念している。しかし、リベラル指向のロシア社会が一握りの元KGB高官たちに
よって抑圧されていると見ることはミスリーディングである。

 ロシアの状況悪化は政治的な改善よりも抑圧強化に向かう可能性が高い。ロシ
アが現下の病状から回復に向かうか、それに屈服するかは、世界の安全保障にと
って死活的な重要性を持っている。


◇◇3.内戦状態に突入 ― メキシコ


  サム・キノンズ   
    『ロサンゼルス・タイムス』報道記者

 2004年まで10年間住んでいたメキシコを昨年夏に再訪した。その当時に
比べ治安が急激に悪化している。到着後に読んだメキシコの新聞は、8月最初の
一週間に麻薬関連の殺人が167件に達したと報道した。2008年に発見され
た殺害死体は、計5,300人を越えた。これは前年比で倍加しており、イラク
で開戦以来死亡した米兵合計を上回っている。

 167人のうち、24人が警官で、21人が首を切断されていたし、30人に
は拷問のあとが残っていた。そのつぎの週には、独立記念祝典に手榴弾2発が投
げ込まれ、7人が死亡、数十人が負傷した。メキシコのギャングがライバルを処
刑する様子のビデオはいつでもユーチューブで見られる。

 かつではアメリカの銃砲店で購入できるようなライフルと大型拳銃が犯罪に用
いられていた。ところが、犯罪集団の装備は今や高度化してアメリカ特殊部隊並
みになり、夜間透視用ゴーグル、電子盗聴装置,暗号通信機器などの最新IT技
術を駆使している。火器も50口径機関銃、大型榴弾銃、対戦車ロケット、地雷
などが使われ、海洋潜水機器、ヘリコプター、小型航空機までを保有しており、
装備に劣る警察では手が出せない。

 メキシコでのギャングの暴力行為は誘拐の急増を伴っている。昔ながらのこの
犯罪は、かつては治安の悪い地域に限られていたが、今や全国的な危険となって
いる。エリートたちは厳重な安全装備と警備つきの家に閉じこもるか、アメリカ
側のサンアントニオやマクアレンで暮らす。メキシコは犯罪集団による反乱で破
滅に瀕しているのに、ほとんどのアメリカ人は国境の向こう側の出来事を知らな
い。

 メキシコの山岳地帯では昔から麻薬やマリワナが栽培されており、以前は主と
してこれら無法地帯の人たちが密輸を行なっていた。ところが、ラテンアメリカ
の他の地域で麻薬の取締りが強化されるにつれ、メキシコルートの麻薬密輸が重
視され、急速に組織化されたものになった。

 2006年に就任したカルデロン大統領は、麻薬カルテル討伐に取り組む決意
を表明した。政府はこれまでのように麻薬を摘発、押収するだけでなく、犯罪者
の逮捕に踏み切った。そして、首領や幹部をアメリカに引渡した(これまでに9
0人以上)。カルデロンはメキシコの地方政府や警察が当てにならないので、対
ギャング戦争の遂行を軍隊に頼り、アメリカに支援を求めた。

 犯罪カルテルは相互間で利権と勢力圏をめぐって争ってきたが、今や政府にた
いして反撃に出ている。メキシコ軍はアメリカの支援を受けても武力で劣勢であ
り、制圧するには程遠い。カルデロンは警官を含む公務員多数を汚職で追放した
が、成果はあまり出ていない。問題は個人というよりも、システムにある。各都
市が十分な財政を確保し、警官の給与を大幅に引き上げない限り、警察の腐敗は
なくならない。

 アメリカはこの動乱を他人ごとのようにみてきたが、国内にも影響が出始めて
いる。警鐘を鳴らすべき一例はアリゾナ州都のフェニックスである。この街はマ
イアミに代わって違法麻薬の最大ゲートウエイとなっている。それにつれ、誘拐
事件も10年前の4倍となった。最近の事件では、メキシコのギャング団がフェ
ニックス警察の制服を着用し、強力な火器を使い、麻薬取引人の家を襲撃、彼を
銃殺する事件もあった。暴力と犯罪は急速に北上しており、フェニックスのよう
な優秀な警察でもこのままもちこたえうると見るのは甘い。


◇◇コメント◇◇


  報道記事を要約するのは論文よりも難しく、要約して上手く伝えにくいが、内
政の失敗と一国の治安の悪化が国際的な安全を脅かしている現状の一端を生々し
く紹介しようと試みた。日本の報道ではほとんど知られていない事実に戦慄を覚
える。

 ソマリアの果てしなき無政府状態、ロシアの新しい対内外向け恫喝的姿勢、メ
キシコの麻薬戦争が国際的な安全を脅かす"動乱の枢軸"だとされている。この
『フォーリン・ポリシー』特集の序文を書いているハーバード大学ニーアル・フ
ァーガソン教授は、少なくとも9カ国を"動乱の枢軸"に含めうるとしている。
イラク、アフガニスタン、パキスタン、スーダン、ジンバブエなどが有資格国で
ある。さらに、潜在的なメンバーとして、インドネシア、タイ、トルコが上げら
れている。

 したがって、このクラブは限定的排他的なものではなく、流動的かつ便宜的な
ものと理解すべきだろう。同教授は、動乱の主因として、第一に人種的対立等に
よる社会崩壊、第二に経済的絶望、第三に帝国主義的支配崩壊の残滓を上げてい
る。

 紹介した記事に関連して指摘しておきたいことは、国際的に武器の私有化が進
み、今や小火器の95%が政府ではなく、民間に所有されていることだ。これが
国内的な犯罪に推力を与えている。そして、犯罪組織の大規模化と国際化が進行
しており、これにたいして政府と警察力が太刀打ちできる国は先進世界以外では
少ない。しかし、制圧を優先する軍隊による治安維持は、より深刻な人権侵害を
生む。国際人権擁護団体、「ヒューマン・ライト・ウオッチ」はメキシコやロシ
アの軍隊による深刻かつ頻繁な人権侵害の事例をしばしば指摘している。

 犯罪組織が麻薬などで資金力を飛躍的に拡大し、最新の武器や装備を持つよう
になっているのに、各国の治安維持機関が効果的にそれに対抗できなくなってい
る。さらに、暴力と暴力団を絶滅させる意思を持っていない政府の多いことが問
題である。政治家や財界が犯罪組織と癒着しているからだ。

 軍事力の国際協力に比べて、警察の国際協力が著しく立ち遅れている。警察の
国際機構であるインターポルは、僅か200名以下のスタッフを擁するだけで、
情報交換以上の機能はないに等しい。犯罪の国際化に立ち向かえるようなチーム
や装備をいかなる国際機関も持っていない。

 現在の世界では正規軍による国境を越えた戦争はなくなりつつある。国家間の
衝突を回避するための国際的な安全保障とルールは発達し、正規軍間の伝統型戦
争による死者は20世紀後半以後激減してきた。今や、軍事力によらない戦争、
すなわち、交通戦争(自動車事故)、麻薬戦争、労動戦争(労動災害)が、犠牲
者を最も多く生む3大戦争となっている。軍事力拡大はこれらの対策に必要な資
源を奪うだけである。今日ほど、平和の配当による社会的経済的な安全保障のほ
うが、軍事的安全保障よりもはるかに重要となっている時代はない。

           (評者はソシアルアジア研究会代表)

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