■ 海外論潮短評(62)                  初岡 昌一郎

中国はアメリカをどうみているか ― 北京の恐れているもの

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  国際問題専門誌として定評のあるアメリカの『フォーリン・アフェアーズ』9
/10月号の表紙に、表記論文が目玉として大きく紹介されている。これはアン
ドリュー・ネイサンとアンドリュー・スコ―ベルによる共著だ。前者はコロンビ
ア大学政治学教授、後者はランド・コーポレーションの上級研究員である。
 
  この論文を紹介するにあたって、中国の対米懸念を示す言葉として「ヒント:
中国の興隆を阻止する敵対的攻撃的な決意を持つ国として」とのキャプションを
編集者が付けている。日中関係の現状から見てタイムリーと思われるこの論文の
要旨を以下に要約してみる。
 

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■大国としての中国

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 大国という言葉は曖昧なものであるが、領土の広大さと戦略的位置、人口の規
模と国民のダイナミズム、経済規模の重要性と成長率、グローバルな貿易におけ
る巨大なシェア、軍事力等のいかなる尺度から見ても、中国は大国に相当する。
中国は世界各地において重要な国益を保持しており、あらゆる国と国際機構が好
むと好まざるにかかわらず、注意を払わざるを得ない国となっている。その上に、
アメリカの優位に対する潜在的な脅威となりうる唯一の国と見られている。
 
  しかし、攻撃的で膨張主義的なパワーとして中国をみる、人口に膾炙している
パーセプション(認識)には根拠がない。中国の相対的なパワーは近年において
著しく成長したけれども、中国の外交政策の主任務は防衛的であり、冷戦時代か
らあまり変化していない。すなわち、外部からの不安定要素となる影響の流入を
阻止し、近隣諸国の疑念を緩和し、領土の喪失を防止し、そして経済成長を持続
させることである。
 
  過去20年間に変化したことは、今や中国があまりにも深く世界経済システム
に統合されているために、その国内的地域的行動がグローバルな意味を持つこと
となり、他国からその役割を認めるように迫られている点である。
 
  その圧力の中心はもちろんアメリカであり、緊張する米中関係を制御すること
が中国外交政策の最大課題である。ちょうどアメリカが中国の勃興は自国の利益
にかなうのか、あるいは脅威となるのかという判断に迷っているのと同じように、
アメリカがその力を用いて中国を助けようとするのか、それとも痛めつけようと
するのか、という意図をめぐって中国の政策決定者も見極めに手古摺っている。
 
  アメリカ人は中国の統治を理解不能とみることがある。同様に、アメリカの政
治制度において権力が分立しており、主要二大政党間でしばしば政権が交代する
のをみて、中国人もアメリカの意図を理解するのに悩んでいる。
 
  ここ数十年間における一連の行動を通じて、長期的なアメリカの対中戦略は明
らかに読み取れるはずである。しかし、中国の政治的影響力を削ぎ、中国の利益
を阻害しようとするレビジョニスト的なパワーである、と中国人がアメリカを見
做しがちなことにほとんどのアメリカ人は驚いてしまう。この被害者意識は、中
国が自らの弱さを鋭く意識していることから来る面もある。
 

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■四大脅威の同心円的領域

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 北京から見た世界は波乱と不安定に満ちたものである。四つの主要な脅威があ
り、それらの脅威は同心円的な結節点を持っている。第一は、中国の政治的安定
と領土が外国勢力によって脅かされている北京が信じていることである。政権の
サバイバルにとって有害だと考えるような動向に影響を与えようとする国外勢力
にたいし、中国政府は断固として対処しなければならない。国外の投資家、開発
アドバイザー、学生などが,自分の考え方で中国を変化させようと群がっている。
外国の財団や政府が、市民社会を促進させようとして財政的専門的な援助を与え
ているとみる。
 
  第二に、14ヵ国もの近隣諸国と国境を接しているので、中国の政策決定者は
安全保障上の懸念に直面している。ロシアを除き、これほど多数の隣国に囲まれ
ている国は他にない。過去70年間に、そのうちの5か国(インド、日本、ロシ
ア、韓国、ベトナム)と中国は戦った。中国と核心的利益が一致していると考え
られる隣国は一つもない。
 
  第三の安全保障上の懸念は、中国を取り巻く地政学的に異なる6つの地域:北
東アジア、東南アジアの大陸諸国、東南アジアの海洋諸国、オセアニア、南アジ
ア、中央アジアにおける政治状況である。これらの諸地域は複雑な外交上、安全
保障上の問題を抱えており、中国が純粋に二国間関係としてそれぞれに対処する
のを許さない。
 
  最後の第四番目には、中国の直接的近隣諸国を超えるグローバルな諸問題があ
る。中国がこの領域に踏み込んだのは1990年代以降であり、行動と関心はこ
れまでは限定的なものであった。すなわち、石油などの資源を確保すること、市
場と投資にアクセスすること、台湾とチベットのダライラマ勢力を孤立させるた
めの外交的支持を得ること、国際基準と国際法上で中国の立場を支持する国を獲
保することにあった。

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■「不可解なアメリカ」を見る視点

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 中国の安全保障上の全領域において同心円的結節点の位置を占め、普遍的に関
与しているのがアメリカに他ならない。それは、中国の内政に対するもっとも干
渉的な外部アクターであり、台湾の現状維持を保障し、東および南シナ海におい
て最大の海軍力を保有している。また、多くの近隣諸国と公式あるいは非公式な
軍事同盟を結び、現行国際秩序の主たる創造者、擁護者となっているのがアメリ
カである。
 
  ニクソン以降のあらゆるアメリカ大統領が中国にたいして友好を約束し、中国
の繁栄はアメリカの利益に合致するものと言明してきた。アメリカは中国をグロ
ーバル経済に引きいれ、中国にたいし市場へのアクセス、資本、技術を与えてき
た。また、科学技術や国際法で中国人専門家を訓練し、日本の全面的軍事化を阻
止、朝鮮半島の平和を維持、台湾をめぐる戦争を回避することに助力してきた。
 
  それにもかかわらず、中国の政策責任者は、彼らが好ましくないとみるアメリ
カの政策や行動により大きな関心を寄せている。アメリカは中国周辺に軍事力を
配置しており、台湾を再併合しようとする中国の努力を継続的に抑え込んでいる。
そして、中国の経済政策に絶えず圧力をかけ続け、市民社会と政治に影響を与え
ようとして、政府及び民間による多数のプログラムを実施している。
 
  一見矛盾するアメリカによるこれらの行動を、北京は三つの観点から見ている。
第一は、農業社会的な東洋の伝統を継承している国として、そして平和主義的、
防衛的、非侵略的であり、倫理を尊重する国として、中国人理論家たちは自国を
規定している。彼らは、対照的に、アメリカを軍国主義的、攻撃的、膨張的かつ
利己的であると見ている。
 
  第二に、中国は国家資本主義を精力的に受容しているのにもかかわらず、依然
としてマルクス主義思想に基づいてアメリカを観察している。中国が資源や高付
加価値市場をめぐる競争に参入することに、西欧諸国は抵抗すると予想している。
そして、中国は対米貿易から余剰を獲得し、多額な対米債権を保有しているけれ
ども、安い労働力を利用し、収入以上の生活をクレジットによって入手している
ので、結局のところアメリカ人が得しているとみる。
 
  第三に、アメリカ的国際関係理論が若手の中国人政策アナリストの間で持て囃
されている。彼らの多くはアメリカに留学して学位を取得している。もっとも人
気のある理論は「攻勢的現実主義」といわれるもので、これは能力の許す限界に
おいてぎりぎりまでに安全保障環境を拡大しようとするものである。アメリカを
この観点で見るだけでなく、中国もこのような政策を追求すべきだとする。
 

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■攻勢的現実主義に如何に対処するか

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 中国の主流派戦略立案者は、見通せる限りの将来、アメリカに挑戦することを
政府に助言していない。アメリカ凋落の初期的兆候を認識しているものの、向こ
う数十年間はグローバルな覇権国としての地位は揺るがないとみている。「多く
の大国は大国でなくなるが、超大国はますますスーパーとなる」と北京大学王国
際関係学部長は云う。
 
  両超大国はますます経済的には相互依存を深め、軍事的にはお互いを破壊する
能力を持つようになる。相互の恐怖が協力を至上命令とするように作用する。し
かしながら、中国と西側にとってより好ましいオルタナティブは、中国により大
きな役割を認めることによって、現行の世界システムを維持している力の新しい
均衡を創出することである。
 
  中国が世界最大の経済国となった後も、その繁栄はアメリカや日本を含む、ラ
イバル諸国の繁栄に依存する。中国が富めば富むほど、シーレーンの安全保障、
世界の貿易・金融体制の安定、核拡散防止、グローバルな気候変動、公衆衛生上
の協力が中国にとって必要となる。ライバル諸国が繁栄しなければ、中国も先に
進めない。そこで、法による統治、地域的安定、オープンな経済競争というアメ
リカの中核的関心が中国を脅かすものでないことを、中国の要路の人々が理解す
るようにしなければならない。
 
  中国が力を伸ばすにつれて、アメリカの意思の限界を試すためにその力でプッ
シュしてくるだろう。中国パワーに節度を守らせるために、ワシントンはそれを
押し返さなければならないが、これは脅迫的言動によるのではなく、冷静なプロ
フェッショナリズムによって達成されなければならない。
 
  貿易戦争や軍事戦略的競合についてタカ派的キャンペーン言辞を弄することは、
北京の恐怖を弄ぶことになり、共通の利益に関する合意を害う。いずれにせよ、
タカ派的な敵対言辞を行動に移すことは現実的なオプションとしてありえない。
敵対的行動は相互利益である経済的な絆を破棄するし、中国を軍事的に包囲する
ためには巨大な支出を必要とする。それはまた、中国を敵対的な対応に追い込む
ことでもある。
 
  中国に対するアメリカの関心が敵対的なものではないことを積極的に確認すべ
きである。すなわち、アメリカの関心事とは、安定的に繁栄する中国、住民が受
容する条件による台湾問題解決、中国周辺海域における航海の自由、日本や 他
のアジアの同盟国の安全保障、オープンな世界経済、人権擁護である。
 
  仮想的な太平洋共同体や、グローバルな国際社会におけるG2の一角としての
役割からみて、中国はアメリカに比肩しうる発言権をまだ獲得していない。アメ
リカが逃げない限り、中国が世界を支配することはありえないし、ワシントンが
そのように仕向けないかぎり、中国の興隆が世界とアメリカに対する脅威となる
ことはない。

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■■ コメント ■■

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 この論文は、現在の日中関係を考察するうえで、非常に貴重な示唆を与えてい
る。尖閣諸島問題を契機に、タカ派的な言辞を弄することが日本の政治と論壇に
横行しているが、これはこれまで積みあげてきた友好的な関係だけではなく、将
来の共通の利害を大きく損なう事態を生んでいる。こうした事態は野放しにでき
ない。

 10月末に上海に行き、長年日中関係に携わってきた中国の旧友二人と話し合
う機会があった。対日関係に携わってきた人たちの肩身が狭くなり、出番が奪わ
れているだけではなく、発言もしにくい雰囲気が生まれつつあるという。
 
  こうした事態は自然発生的に生まれたのではなく、仕掛けられ、人為的に醸成
されたものであり、一種の犯罪行為の結果だともいえる。シャーロック・ホーム
ズ的な推理を待つまでもなく、あらゆる犯罪には動機と目的があり、それによっ
て利益を得ようとする者がいる。両国共その内部にそのような勢力が存在するこ
とは疑いえない。その中心は、軍備の拡大を狙う産官軍共同体とそれを取り巻く、
あるいはそれに積極的に取り入る御用論客たちである。
 
  その反面、こうした事態を好ましくないとして憂慮する人たちが両国内に多く
存在するのも事実である。むしろこの立場が多数を占めていると思う。問題はこ
うした人々が広い発言の場を持っていないことや、沈黙していることにある。基
本的な対立は日本と中国の間にあるというよりも、軍事力の増強に利益を求める
勢力と東アジア共通の利益を平和的協力を通じて拡大しようとする者の間にこそ
横たわっている。
 
  ちなみに、1978年に調印された日中平和友好条約第一条は、国連憲章の精
神に従い、すべての対立と紛争を平和的な交渉を通じて解決すること約定してい
る。自分の立場が正しいと考えていても、それを一方的に相手に強要しようとす
ることは、「平和的な交渉」の精神に沿ったものではない。
 
  この小論をまとめている間に、オバマ再選の朗報が飛び込んできた。アメリカ
の対中関係では、ここに紹介した立場が継続すると見てよいだろう。他方、日本
では盛んに「日米関係の深化」が語られているが、これはオバマ政権が行おうと
している軍事費削減を日本が進んで補完しようとする政策を意味している。この
立場は自民党だけではなく、民主党内にも顕著となっていることを憂慮している。
それは日本の全面的軍事化の象徴である憲法第9条の改正、核武装と海外派兵へ
の一里塚だから。

 (姫路獨協大学名誉教授・ソシアル・アジア研究会代表)

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