【オルタの視点】

NHKテレビは、いわゆる「戦争法案」をいかに伝えたか(第2弾)
〜「放送を語る会」のテレビニュースモニター「本報告」を読んで〜

大原 雄


 2015年9月、安倍政権は、いわゆる「戦争法案」、安保法案を17日の参議院特別委員会での強行採決に続いて、19日未明、参議院本会議でも強行的に可決成立させた。私は、この夏、断続的に国会周辺に通っていたが、9月16日から19日までの4日間は、連日通った。18日の夜も遅くまで、国会周辺を取り巻く大勢の人々の輪の中にいた。夜半過ぎからは、シールズの若い人たちに任せて、一旦帰宅をし、翌朝、法案が強行的な可決成立された後の国会周辺を見に行った。国会を見詰めた後、国会に背を向けて堀端と有楽町方面の遠景を目に焼き付けるように視た。2015年9月19日。歴史的な日を記憶に留めるために。

 私の日記から。

 9月16日。午後3時から5時半まで、日本ペンクラブの委員会に出席した後、仲間の委員らと国会前へ行った。混雑している会場で、複数の知り合いに遇う。6時過ぎから9時前まで集会とデモ。この日の延べ参加3万5000人という。集会後、虎ノ門まで下りて、皆で夕食。

 9月17日。NHKの昼ニュースで、戦争法案に賛成するという女性たちのグループの街頭宣伝と、国会周辺に集まった反対派の集会とをことさらに並べて放送していたが、こういう映像編集の仕方を「公平中立」とでも思っているのかもしれない。テレビニュースは、アナウンスメントあり、記者や専門家の解説あり、映像あり、映像の中には、インタビューによる意見あり、という総合的なメディアだ。世論調査などを勘案して視聴者にきちんと説明できるようなバランスのある編集をすべきだろう。

 午後4時過ぎ、参議院特別委員会で与党議員が鴻池委員長をぐるっと囲む「人間かまくら」あるいは、「かまくら方式」とか、国会議員らの「隠語」では、表現するらしい戦術、人間でバリケードのようなものを作って、強行採決のために野党防衛に対応したという。議事録には記録されていない「採決もどき」の瞬間だった。私は、午後5時過ぎから6時半まで、参議院議員会館講堂で、「戦争法案を葬る集会」に参加した。神戸女学院大学の内田樹名誉教授の講演を聴く。内田樹名誉教授は、「安倍はアメリカで公言した『夏までに法案を成立させる』といった言葉に拘りがあるのだ。アメリカに約束したことを守りたいだけだ」、と言っていた。「アメリカから誉められたい」ということにだけこだわる総理大臣をトップにして、日本人は軍事同盟を強めながら戦争への坂道を転げ始める、といういつか来た道へと方向転換をした。安倍にとって9月なら、「まだ夏」、ということなのだろう。

 9月18日。国会中継中の参議院特別委員会で自公が強行採決に踏み切った後、NHKのアナウンサーは、議事録も取れないような混乱の委員会の様子を見ていながら、早々と「可決」という言葉を使ったという。あるいは、中継だから、同席していた政治部記者か。政治部記者が書いた「予定稿」(いろいろな事態を想定して、私たち記者は、何種類かの原稿を用意する。それを「予定稿」という)を読み間違えたのか。私は、途中まで、国会中継を見ていたが、強行採決の場面までは見ていないうちに自宅を出た。

 午後6時から、国会に隣接する憲政会館で開かれる集会に参加しに行ったからだ。午後6時から7時半まで、私は会場で東京外国語大学の伊勢崎賢治教授らの話を聞いた。テーマは、「戦場のリアル」。伊勢崎賢治教授は、「自衛隊の現況をリアルに認識した上で法案を判断すべきだ。国会では与野党とも空理空論で審議が運ばれているように見受けられる。軍隊を海外に派兵することの是非については、国民投票で決めるべきで、その上でそれでも必要なら憲法改正へ、という手順をきちんと取るべきだ」と強調した。「今のような、なし崩し法案は廃案にするべきだ」ということだった。集会後、私は国会前に戻り、大勢の輪の中に入った。夜半前、一旦、帰宅した。

 9月19日。ラジオで早朝のニュースを聴いたら、未明に参議院本会議でも自公ら与党は、数の力で強行的に可決成立させた、という。午前9時から国会前で集会があった。300人が集まった。シールズの学生たちは、夜通しで抗議集会を開いていた、という。国会正門前には、人の出入りがあり、午後0時前になっても、それなりの人数がいた。私は、9月16日から19日まで、4日間連続して、国会周辺へ通ったことになる。国会審議が始まってからは、週に1、2回のペースだったのが、急激に頻度を上げた、ということだ。

 戦争法案に対するマスメディアの報道、就中、NHKテレビのニュース報道については、このオルタ142号(10月20日刊行)で、NHK・OBらの参加している「放送を語る会」のテレビニュースモニター報告を下にして文章を書いている。この時、参考にしたモニター報告は、5月11日から6月24日までの、「中間報告」という位置づけのものであった。「放送を語る会」の報告は、この問題に対するNHKの報道ぶりを監視しながら、民放の報道との相違なども視野に入れているものであったが、膨大な量の報告だったので、私は、報告のうちのNHK部分を重点に引用させて戴いた。

 この伝に従い、今回も前回同様な形で「放送を語る会」の「本報告(5月11日から9月27日)」を引用、参照させて戴きながら、NHKの報道ぶりをチェックし、記録を残しておきたいと思う。ただし、本報告は中間報告を入れ子のようにしているので、構造的に同じ問題性が続いている、と思われる。従って、その辺りは、今回は触れずに、「ニュース7」、「ニュースウオッチ9」、特に、個別的には、「ふたつの強行採決」に絞って、NHKの報道ぶりの新たな状況をピックアップしながら、まとめて行きたい、と思う。

 この法案は、集団的自衛権行使容認の2014年の閣議決定に基づいて、わずか1年余という短期間で取り扱われ、それも与党は舌足らずの説明に終始した。戦争放棄の憲法に法律段階だけで、憲法学者のほとんどが違憲だと指摘する中で、日本国憲法下の戦後政治の大きな分岐点を前方不注意のような拙く、危険なハンドル捌きで右折してしまったように思える。

 「放送を語る会」では、今回の本報告の冒頭で次のように書いている。

 「法案が閣議決定された5月から9月27日の国会会期の終了まで、5か月にわたる国会審議をめぐって、法案自体の批判、検証の必要性はもとより、立憲主義、国民主権の侵害、破壊、といった問題も提起され、同時に国民各層に拡大した反対運動もまた、60年安保闘争に比肩する規模と評価された。(略)本報告は、放送を語る会が5月から9月まで、NHKと民放キー局の代表的なニュース番組をモニターした結果をまとめたものである」。モニターの対象となったのは、次の番組である。NHKでは、「ニュース7」、「ニュースウオッチ9」。民放では、日本テレビ「NEWS ZERO」、テレビ朝日「報道ステーション」、TBS「NEWS23」、フジテレビ「みんなのニュース」。

 「放送を語る会」の説明に拠ると「記録した放送回数は対象番組合計およそ390回分、担当メンバーからの報告はA4で合計950ページを超えた」という。

 「本報告」から浮び上がってきたNHK報道の特徴を総論的にまとめてしまうと、「放送を語る会」では、次のように言っている、と思われる。

 「5か月間の番組チェックを通して浮かび上がってきた最大の問題は、NHK政治報道の政府寄りの偏向である。今回の安保法案報道において、それは、『政府広報』と批判されてもやむを得ない域に達していた。期間中の8月25日、たまりかねた市民が1000人規模でNHK放送センターを取り巻いて、『怒りのNHK包囲行動』と題する集会を開催し、『政権べったりの報道をやめろ』と抗議の声をあげた。

 また、11月7日には、『怒りのNHK包囲行動第2弾』が敢行された。東京では放送センター西口での集会のあと、渋谷の繁華街で『アベチャンネルはゴメンだ』といったプラカードを掲げてデモが行われ、注目された。このほか全国11か所で、地域の放送局前での抗議集会、スタンディングアピール、ビラ入れの行動が展開された」。地域の放送局というのは、NHKの地域局(今回は、NHK大阪、NHK神戸など)のことである。

 私も、「オルタ」に続報を書きたいと思い、11月の「包囲行動第2弾」には参加してみた。NHK放送センター西口玄関前の歩道で通行人の邪魔にならないようにNHKの建物に添って横に長く並んだ370人の人々を相手に、路上に駐車した車の上から7人が次々とリレー式にアピールをする。NHKの元報道マン、同じく元ディレクター(2人)、元共同通信記者、元教師、視聴者らだ。午後1時半から始まったのだが、途中から雨が降り出した。私も歩道の脇に立ち、傘を拡げた。(NHKを)「アベチャンネル(ちゃんねる)にするな」「NHKの籾井(会長)はやめろ」「アベちゃんねるは真っ平ごめん」「(とんでもない)マイナンバーで受信料(を)徴収(するな)」「NHKは政権の介入に屈するな」「安倍政権は報道への介入をやめろ」「NHKは権力を監視しろ」「NHKは国民の声を伝えろ」などというシュプレヒコールを随時挟みながら、雨にもめげず、次々にマイクを握っていた。

 途中で、一時、本格的な雨になったが、午後2時45分まで包囲行動は続いた。その後、参加者たちは宮下公園まで移動した。集まった300人の人々の隊列を整えてから、午後3時半から4時まで、主として公園通り、渋谷駅前、明治通りなど渋谷の町の中心部をデモ行進した。デモ行進に移ってからは、雨も弱まり始めてきた。ゴールは、宮下公園と隣り合う神宮通公園。

 「放送を語る会」の報告では、最近のNHKの報道ぶりを次のように批判する。

 「特定の一日だけに限定してみれば、NHKニュースには、さまざまな取材内容が客観的な装いで並べられ、とくに問題がないかに見える。しかし、長期にわたって他局の番組や新聞報道と比較してみたときに、その政府広報的な報道姿勢はあきらかである」。では、実際、モニター報告者の目には、どのように映っていたのだろうか。

 その中で、私の古巣のNHK社会部で取材した成果が、きちんとした放送に繋がらなかったケースが報告されていた。

 「NHKは6月に、日本で最も多くの憲法学者が参加する日本公法学会の会員、元会員に、安保法案について大がかりなアンケート調査を実施した。ところがその結果がいつまでたっても公表されなかった。このアンケートの締め切りは7月3日で、普通に集計すれば衆院採決前に結果の発表ができたはずであった。ところが、その結果は、衆院で法案が可決されたあと、ようやく7月23日の『クローズアップ現代』の中で2分程度で伝えられた。それによると、アンケートは1146人に送付され、422人が回答した。内訳は「違憲、違憲の疑い」が377人で約90パーセント、「合憲」とする意見が28人だった。圧倒的に「違憲」の回答が多い。普通ならこの結果自体が「ニュース」であって、それをもとに企画ニュースが組まれてもいいものである。しかも衆院採決前に発表してこそ意味があった。人員と予算を投入したこのアンケートを『クローズアップ現代』の1コーナー2分で紹介して終わりにするなど考えられないことである。実施担当者がそれを目指したことはあり得ない。結果が政権には明らかに不利であり、局内で発表にストップがかかった疑いが強い」という。

 出稿した社会部では、こういう扱いをされたことについて、報道局の幹部や番組の統轄責任者、ニュースの編集責任者にどういう行動をとったのであろうか。「放送を語る会」の報告にもその点についての説明がない。

 この部分を読んでいて、私は、1976年2月に明るみに出たロッキード事件を思い出した。ロッキード事件とは、アメリカのロッキード社による大型航空機の売り込みに当って、児玉誉士夫や小佐野賢治ら闇のフィクサーや政商たちが暗躍し、田中角栄前総理らが逮捕された事件である。これにNHKが巻き込まれた。

 田中角栄が当時の郵政大臣になったとき、官僚として大臣を助け、田中と懇意になった結果、小野吉郎事務次官が、田中の後押しを受けて、1973年第11代のNHK会長になっていた。事件発覚から5ヶ月後の1976年7月27日、田中角栄が逮捕される。そして、8月16日、起訴され、翌日の17日に保釈となると、NHK会長は、NHKの専用車に乗り、目白台の田中邸に見舞いに行った。

 当時、私はNHK報道局社会部の最若手記者グループのひとりだった。通称、「方面」担当。前年の1975年、入局4年目で、初任地の大阪放送局勤務から東京の社会部勤務になり、警視庁の方面廻り、つまり、最下級の所轄署廻り(俗に「サツ廻り」という)だったので、事件発覚後は、児玉誉士夫(1984年没)、小佐野賢治(1986年没)のほか、田中角栄(1993年没。1972年7月から74年12月まで総理大臣)、丸紅本社、全日空本社、東京地方検察庁などの「張番」を担当していた。「張番記者」は、それぞれのポイントの人の出入り、車の出入りをチェックするのが役目。

 7月27日朝には、東京地方検察庁前に横付けされた検察庁の車からロキード事件担当の松田検事に付き添われて田中角栄前総理が下りてきた現場に居合わせ、田中地方検察庁へ検事同行で出頭という第一報を伝える役割を果たした。それから20日ほどで自分が所属する報道機関のトップが保釈されたばかりの田中邸に見舞いに行き、マスコミ各社の張番記者たちの監視の目にさらされたのだから、堪ったものではない。

 社会部の記者たちは、怒りで立ち上がり、社会部長、報道局長らを通じて、会長への抗議の意思表示をした。NHKの職員組合である日本放送協会労働組合(日放労)も動き、小野会長は9月には引責辞任に追い込まれた。当時、「ニュースセンター9時」という日本で最初のワイド化された報道番組の初代キャスターをしていた磯村尚徳(前外信部長)が、このニュースに対するNHKの消極的な報道ぶりに対して、独断で視聴者に謝罪するなど、今のNHKでは考えられないような対応を社会部も組合も番組キャスターもしていたことになる。

 11代会長となった小野吉郎は、九州大学卒業(法学部)で、21代会長、つまり、今の籾井勝人も同じ九州大学卒業(経済学部)、というのは、奇縁ということか。

 安倍政権の意向をNHKの報道ぶりに反映させようという意図が籾井会長には、就任当初からあったことは、夙に知られている。だからといって、日常的に会長が報道の現場に下りてきてニュースに口を出すとは考えにくい。会長の意向を体して口出しするようなポストと言えば、放送総局長か報道局長、政治部長といったところであろう。

 「放送を語る会」のモニター報告から、NHKのニュース番組の看板でもある「ニュースウオッチ9」、「ニュース7」について、チェックしておこう。

1)「ニュースウオッチ9」は、前回も触れたような政治部記者による、いわゆる「よいしょ解説」、という政権擁護、あるいは、政権を客観的に批判しない、という報道姿勢が目立ったこと。批判しない解説は、単なる説明に過ぎない。いや、場合により、政権のプロパガンダの役割を果たすか。

2)「ニュース7」は、記者解説よりもアナウンサーがニュース原稿を「読む」、という演出を基本的なスタイルとしている。最近では、プロンプターの発達により、「読む」というより、「話す」というスタイルになっているかもしれないが、内実は変わっていない。読むにしろ話すにしろ、アナウンサーには、解説は出来ない。話すスタイルでも、要は、説明をしているだけに過ぎない。それでいて、「ニュース7」では、記者による解説が、めっきり少なくなった。戦争法案報道では、そういうこともあり、「ニュース7」でも、本質的に「ニュースウオッチ9」と同じ傾向を持ち、批判精神を欠いているということ。

 「報告」では、次のような見出しを掲げて「ニュースウオッチ9」を解析している。

 「『政府広報』という印象はどこから生まれるか〜問題はらむ記者解説〜」

 「『ニュースウオッチ9』での政治部記者の解説は、政府・与党の方針・主張・思惑の説明が大半を占め、批判的な指摘はほとんど見当たらない。NHKニュースが『政権寄り』と批判される主要な要因の一つがこうした記者解説であろう」という。

 「放送を語る会」の報告は、政治部長自身が出演する記者解説を追う。

 「7月16日、衆院本会議可決後の政治部長解説では、衆院審議を『与野党の議論が噛み合わなかった』と論評、その原因を『合憲か違憲か根本的立場が違うので歩み寄りようがなかった』とした。しかし、この解説には、野党の質問に誠実に答える姿勢が安倍首相になく、はぐらかしや官僚のメモの棒読み答弁を重ねたことが『議論が噛み合わなかった』原因ではないか、という批判的視点は含まれていない」。

 「9月18日、参院本会議を控えての政治部長解説では、『今の流れのなかで今回の法案は、どんな意味を持つか?』というキャスターの問いに、『集団的自衛権行使容認は画期的で戦後安全保障政策の大きな転換』『自衛隊の海外活動の内容・範囲が拡がり、日米の防衛協力も拡充される』と、政府見解に近い法案の評価が語られている。この解説には、アメリカの戦争に巻き込まれる危険、海外での武力行使、高まる自衛隊員のリスクなど、人々の不安や反対の声のみならず、憲法を視野に入れたコメントもなかった」。

 次に、NHK報道の看板番組だった「ニュース7」は、どう伝えているか。テレビのニュース番組の中で、最も高い視聴率を誇っていた番組である。国民の世論形成に対しても影響力が大きい番組だろう。それが、2016年4月から番組の時間短縮が伝えられてきた。なぜか。

 「ニュース7」について、モニター報告は、次のように解析する。「ニュース7」は、「キャスターが用意されたニュース原稿を読む、という基本的な性格を持っている。そのため独自のコメントや時間をとった企画などが入りにくいという事情はある。しかし、そのことを勘案しても、この番組は「ニュースウオッチ9」と同じ傾向を持ち、批判精神を欠くという指摘は避けられない」。

 報告は続く。「その事例をいくつか示したい。6月25日、自民党の『勉強会』の中で、批判的なメディアを『懲らしめる』発言が伝えられ大問題となった。『ニュース7』は、『——と述べた』『——と陳謝した』と伝えるだけで、ニュース番組としてこれをどう見たか、どう考えたかをせめて言外にでも伝えるという姿勢が見えなかった。報道に従事する者としては身に迫る圧力であるのに、そのような危機感は感じられなかった」。

 「また、安保法制ニュースのコーナーが、一方的に政権与党の主張を伝える場になった例があったことも見逃せない。8月9日の放送では、自民党高村副総裁が、講演会で安保関連法案審議における民主党の質問を批判したことを報じた。『非核3原則を持った日本が核弾頭を米国のために運ぶことはあり得ないのは日本人の常識。あまりあり得ない無意味な議論をして不安を掻き立てるのは止めにしてもらいたい』。

 わざわざ単独でこの発言を取り上げた理由はなんだったのか、なぜ、民主党の反論を取材しなかったのかなど疑問が残る。また国会周辺で、これまで最大の安保法制反対の集会が開かれた日の『ニュース7』(8月30日)は、5分12秒間の安保報道の最後を、自民党谷垣幹事長の『戦争法案、徴兵制をやる法案というのは、ためにする誹謗中傷だ。何としてもこの国会で解決し、次に進まなければならない』という談話で締めくくっている」。

 その8月30日。私は、国会前にいた。歩道は埋め尽されていて、危険な状態になっていた。この日、私は昼前に家を出る。午後0時に霞ヶ関駅で、山梨から初めて行動に参加した知り合いの夫妻と落ち合う。国会正門前で落ち合うのは、無理だろうと判断したからだ。国会前集会は、午後2時開始予定だったが、午後0時過ぎに、私たちは国会正門前に着いた。午後1時から、歌の抗議行動が始まる。午後1時半くらいから、私たちの周辺では身動き取れなくなった。

 雰囲気も変わって来る。午後1時45分、午後2時からのイベント開始を前に突然、人の波が歩道から車道にはみ出した。後でマスメディアの映像を見ると、歩道の大混雑で自然発生的に柵を乗り越える人が出はじめた、ようだった。文字通り、人の波が私の目の前を大波となって押し寄せてきた。この大波には応対しきれず、警察官が右往左往し始め、緊迫した雰囲気が一気に高まった。午後1時半過ぎた頃か、警察官たちが警察の車の一部を斜めに動かして歩道から車道への通路を作った、ようにも見受けられたが、どうだったのか。

 それとも、実行委員会の誰かが「このままでは危険だ」と主張して、「通行安全」を最優先に掲げて警察と話をつけたのだろうか。その大波は途切れず国会正門前に押し寄せてきた。後ろの方から大勢の人たちが次々と押し寄せて来た。海岸のイメージがぴったりするような光景だった。歩道も車道も規制していたけれど、国会正門前から桜田門方面を繋ぐ車道では、車を通していた筈だ。車道を走っていた車も移動したのだろうか。大波が押し寄せた後、国会正門前の車道は警察の車以外は、ほとんどなく、人の波の大海原と化していた。

 55年ぶりの光景ではないか。セピア色の写真で見た60年安保の国会正門前の写真そっくり。2015年8月30日。この日は、歴史的な瞬間になるだろうか。私は午後5時近くまで、国会正門前での抗議行動に参加していた。生憎の雨の中だったが、主催者発表では、12万人参加した、という。
 
「ニュース7」についての「放送を語る会」の報告に戻ろう。

 「記者解説も『ニュースウオッチ9』と同様の傾向がみられた。9月17日、参議院特別委員会の強行採決の解説は次のような内容だった。キャスターの『混乱した委員会での採決、なぜこんな事態になったか』の問いに対して、政治部記者の解説は『野党側が徹底して採決に反対したから。国会周辺ではデモや集会が連日行われていて、民主党などは、世論と連携しあらゆる手段で採決を阻止したいとしてきた。鴻池委員長の不信任動議の採決でも野党側は法案の採決を遅らせたいとして趣旨説明や討論で40分以上演説する議員もいた。

 与党側は昨日の夕方に委員会採決をしたいとしていたが野党の強い反対でスケジュールが遅れて、昨日は委員会の開催も出来なかった。本会議でも野党の強い反対を予想すれば、連休前の今日の採決は譲れなかった』。この解説はどう聞いても混乱の責任は野党にあると主張するに等しい。政権の非民主的な議会運営で強行採決した事については何の批判、疑問も呈していない(略)こと安保法制報道に限り、『ニュース7』は現政権、現権力に有利な主張を伝え、結果的に世論を誘導することに貢献したといえるのではないか」と報告は結んでいる。

 最後に、衆議院参議院双方で演じられた、ふたつの「強行採決」をNHKニュースは如何に伝えたか。代議制民主主義を形骸化する行動は、法案の中身の是非とは別にしても、ジャーナリズムなら、当然批判的に報道すべきテーマだろう。

 7月15日衆議院特別委員会ニュースの「報告」。

・「ニュース7」:「自・公政権の法案強行採決でいつもよりは時間をかけた報道だが、『強行採決』という表現は最後まで聞かれなかった。抗議集会の参加者の声は比較的多く取り上げていた」。

・「ニュースウオッチ9」:「採決シーンは比較的丁寧に見せたが、ナレーションは『騒然とした雰囲気に包まれる中、自民・公明の賛成多数で可決』、『強行採決』という表現は使っていない。5分半近いスタジオでの記者解説は『60日ルール』の説明や、国会内の議会運営手法、各党の駆け引きの状況の解説にとどまり、法案自体についての視聴者の関心に応えるものとは言えなかった」。

 9月17日参議院特別委員会ニュースの「報告」。

・「ニュース7」:「参院特別委の強行採決の際、自民党議員が議長席に殺到して議長をガードし、そこで質疑打ち切りの動議が出されたのが事実の流れだったが、ナレーションでは、『一気に議員たちが議長席に押し寄せた』としていた。野党議員が議長席に殺到したのは、すでに与党議員にガードされた後であった。驚くべきことは政治記者の解説で、委員会採決の混乱について、原因は野党の強硬な反対にあるととれるコメントがあった。混乱の責任は野党にあるとのニュアンスは問題だった」。

・「ニュースウオッチ9」:「25分弱の時間を割き法案採決をめぐる動きを詳しく伝えたが『強行採決』の表現はなかった。国会前の抗議集会は、河野キャスターが参加者にインタビューするなど、比較的丁寧に伝えた。記者の解説は珍しく野党の対応を中心に扱い、いつもの政府与党の思惑や方針の解説とは一味違って人々の関心にも沿っていた。しかし、大きく広がる抗議の声を一顧だにせず強行採決に走る与党への批判、違憲法案への疑問には全く触れず、メディアとして立憲主義、民主主義への危機感が弱いことはいつもどおりだった」。

 憲法学者の多くが、違憲と判断した戦争法案を、内容もさることながら、代議制民主主義を形骸化させてまで、強行採決したのが、今回の安倍政権の本質であった。「放送を語る会」では、国会前半の中間報告と後半の本報告を多くのモニターたちの協力でまとめあげた。大変な労作であった。報告では、NHKのニュースだけでなく民放のニュースもモニターし、それぞれの報道の仕方を伝えるだけでなく、各社の報道ぶりを比較検証もしている。この報告は、中間報告も本報告も「放送を語る会」のホームページで読むことが出来る。

 私は、前回同様の視点で、NHK報道のみをトレースして報告を読んでみた。その結果、私が痛感したのは、安倍政権の本質をきちんと抉り出して、国民に知らせないのでは、NHKは、国民のための公共放送とは言えないだろう、という思いだった。

 だから、NHKは、だめだと言ってしまったら、いちばん被害を被るのは私たち自身であろう。あるいは、戦争法案の及ぼす影響から私たちが危惧するような世代、つまり戦争法案が社会全体を被い、憲法も改悪されてしまった社会で生きざるを得ない青年たち、子どもたちが、最も大きな被害者だろう。子どもたちに戦前と同じような息苦しい社会を手渡してはいけない。今回は出来なかったけれど、これからなら出来るかもしれないことを真剣に考えながら、この問題と向き合って社会を変えて行かなければならないだろう。

 (筆者は、ジャーナリスト。日本ペンクラブ理事。元NHK社会部記者)


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