フランス・パリ便り(その7)        鈴木 宏昌

難しい局面を迎えたオランド政権

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 東京では桜も散り、本格的な春になったと聞いているが、パリはいまだに冬景
色で、厚いコートが目立っている。地球の温暖化とは逆に、今年は長い冬で、珍
しくパリにも何回か大雪があり、そのたびに交通機関が大混乱に陥った。

 私も1月の大雪の際に、その混乱に巻き込まれ、郊外の自宅に帰るのに苦労し
た。午後から雪が積もりだし、夜には電車やバスも止まったので、タクシーを拾
おうとリヨン駅に行ってみたら長い行列。雪の降る中、真夜中に2時間近く待た
された苦い経験をした。

 パリ市内のタクシーは業者ギルドが強く、数が制限されているので、非常時に
はまったく役立たない。3月の季節はずれの大雪の時には、ブルターニュやノル
マンディーといった普段は雪が降らない地方で積雪があり、幹線道路が2日間ほ
ど麻痺した。

 北部のフランス人は、いつ本格的な春が来るのかを首を長くして待っている状
況である。太陽が戻り、暖かくなると、ぎすぎすした雰囲気のパリっ子たちにも
笑顔が戻り、すこしはおおらかになる。そんな春の到来を待ちわびているひとり
がオランド大統領だろう。

 昨年秋口から下がり始めた新大統領の人気は、最近凋落し、週刊誌が中傷まが
いのタイトルを掲げるまでになっている(末期のサルコジ大統領も同じ扱いを受
けた)。昨年の経済成長率はゼロ、企業の業績は悪く、最近では消費も停滞気味。
失業者は増え続け、2012年末には、10.6%という高い水準に達した。

 あまり朗報がないところに、各省その予算の削減に辣腕を振るっていた予算担
当の大臣カユザック氏が税金逃れのために外国(スイス・シンガポール)に秘密
の口座を持っていることが発覚、ついに刑事事件に発展している。どこの国でも
政治とカネのスキャンダルは良くあることだが、カユザック氏は、国民に不評な
緊縮財政を実行して来た責任者(実力者でもあった)の一人だっただけにオラン
ド政権に大きなショックを与えている。

 オランド・エロー政権が発足してから、まだ10ヶ月しか経たないが、ユーロ危
機の嵐の中、EUから財政規律の実行を迫られているオランド政権は、財政赤字
の縮小のために、厳しい緊縮政策と増税を実施せざるを得なかったので、人気が
悪くなるのは無理からぬ部分が多いが、今回の主要閣僚の個人的なスキャンダル
はいかにもタイミングが悪い。今後、オランド政権は内閣の大幅な改造や優先目
標の一定の見直しなどで、国民の信頼を回復することに努めると思われるが、政
策の選択余地は多くない。

 その上、与党の一部や左翼連合(共産党主体)から現在の緊縮財政(オランド
氏は緊縮という言葉は使ってはいないが…)路線に対する反対の声が強くなって
いる。遠くからの傍観者である私には、一昔前に、圧倒的な支持を得て政権交代
を実現した日本の民主党のイメージとオランド政権と重なる部分が感じられる。
野党のときに想定した状況と政権担当者になってからの現実との乖離が大きく、
制度改革は進まず、すぐに結果を求める人々ら公約違反と攻められる。

 政権の人気低迷が続けば、一枚岩でない与党内で分裂が始まる。最近の社会党
内の不協和音はオランド政権が難しい局面の達したことを裏書しているように思
われる。この苦しい局面で、オランド大統領はどんな手を打ってくるのだろうか?
 今回は、最近のフランスの政治動向を報告してみたい。

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1.大統領選挙の争点

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 まず、昨年の5月にサルコジ前大統領と社会党のオランド候補とのの間で激し
く繰り広げられた大統領選の主な争点を復習しておこう。サルコジ氏は中道の右
派に属し、内務大臣のときにタカ派の発言などで人気を得て、シラク大統領の後
釜となった。それに対し、オランド氏は社会党の書記長を10年以上勤めたベテラ
ン政治家だったが、一般国民の間では知名度は高くなかった。この左右の対決の
選挙で、主な争点は5つほどあったように考えられる。

①前政権の経済・社会面での成果・評価
 オランド氏は、5年間のサルコジ政権の経済・社会政策を失敗と評価し、その
結果に関して厳しい批判を行った。とくに、経済の停滞、フランス企業の活力の
低下(多くの工場閉鎖)、失業者の増加、実質賃金の停滞などを指摘し、これを
前政権の失敗と非難した。また、フランス経済は、製造業の競争力の面で、ドイ
ツに対し大きく遅れを取ったことを前政権の責任とした。とくに、自動車産業に
代表されるフランスの製造業の衰退は、長く続いた保守党政権の負の遺産とした。

 これに対し、サルコジ氏は、2008年以降の深刻な危機にもかかわらず、フラン
スは比較的順調な経済・社会情勢を保ったとし、イタリア・スペインなどの経済・
雇用情勢に比べれば、フランスは上手に危機管理を行ったと反撃した。

②所得格差の拡大
 オランド候補は、サルコジ政権の政策を高所得者の減税などにより富裕層を優
遇し、所得の低下に苦しむ労働者や失業者との格差を拡大させたと批判した。こ
の所得格差の拡大の結果、フランス社会において、富裕層と低所得層の間で多く
の緊張関係が発生したとした。

 これに対し、サルコジ氏は根拠のない議論と反論した。この議論の過程で、オ
ランド候補は高所得層の最高税率を75%まで高めると約束した。サルコジ派は、
社会党政権になれば、富裕層は国外に脱出し、フランス経済全体へ大きな打撃を
与えることになると批判した。

③イミグレ問題
 世論調査で不利が伝えられたサルコジ氏は、選挙戦の終盤には、イミグレ(移
民)の問題を持ち出した。社会党政権になれば、過去の例からみて、移民が増え、
フランス人の雇用や生活を脅かしかねないとした。極右のマリーヌ・ルペン候補
の人気が高いこととも絡み、右翼よりの発言を繰り返した。もともと、フランス
農村地域や衰退産業を抱える地域では、イミグレ排斥の感情が強く、その層の得
票を狙った。

④公務員の削減
 サルコジ政権は、財政緊縮のために公務員枠の削減を行った。ほとんどの役所
で、定年退職した公務員のポストはほぼ凍結されていた。教員、警察などにおい
て、この政策に対する批判は強かった。オランド候補は、教育を若者に対する投
資と位置づけ、教員雇用の増加を約束した。サルコジ候補は、社会党政権になれ
ば、公共支出が大幅に増え、財政赤字が大きく拡大すると批判した。

⑤「劇場型」のサルコジ大統領の政治統治への批判
 サルコジ大統領は、いつもケータイを片手に持ち、事件があるところには必ず
出かけるスタイルで有名だった。また、何人かの側近(オルトフー元内相、ヴォ
ルト元労働大臣)を重用してきた。この政治統治のあり方をオランド候補は強く
批判した。

 ひとつには、サルコジ氏の政策は、その場限りの対処の連続で、長期展望がな
いことを指摘した。また、大統領の周辺が政治的な影響力を行使し、行政・裁判
の分野に水面下で圧力を与えたと批判した(判事や県知事の選択など)。オラン
ド候補が自分を評して「普通の大統領候補」としたのは、スパースター気取りの
サルコジ氏へのあてつけだったのだろう。

 以上が、昨年の大統領選挙の際の争点だが、ここで外交、とくにEUとの関係
が出てこないのが目立つ。実は、EUとの関係においては、両候補の立場に大き
な違いは見られなかった。わずかに、オランド候補がEUの財政規律に関する協
定は、成長戦略を含めるべきだとして、再交渉を提案した程度であった。サルコ
ジ氏が中道右派、オランド氏は中道左派なので、実際の政策にはそれほど大きな
違いがないことの現われだろう。このほかの外交政策はそれほど問題にはならな
かった。

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2.EUの財政規律と選択肢の少ないオランド・エロー政権

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 さて、大統領選に接線で勝利したオランド大統領は、その後の国民議会選挙に
も大勝し、確固たる政権基盤を持つにいたった。穏健なベテラン政治家であるエ
ロー氏を首相に任命し、主要閣僚ポストにエリート校ENA出身のテクノクラー
トを(財務相、労働相、外務相など)を配置し、新政権は順調に改革の青写真を実
行するはずであった。この青写真の中には、前政権の右よりの改革を修正すると
ともに、中長期的には、フランス経済の立て直しが頭にあったと思われる。

 ところが、新政権は、いくつもの誤算と直面することになる。まず、EU主要
国はユーロ危機とその対策に明け暮れる。2012年の後半は、スペイン・ポルトガ
ルへの融資問題に続き、ギリシャの金融危機対策にEUは振り回された。オラン
ド氏あるいは社会党の首脳部は、イタリア(モンティ首相)などと協調し、EU
に働きかけ、これ以上の財政赤字削減に待ったをかけ、成長を促す路線をEU諸
国に提言する予定であった。しかし、ドイツや北欧諸国は財政健全化を重視し、
路線変更を認めない。

 フランス自体、大きな財政赤字(2011年末にGDPの5.3%の赤字)を記録し
ているので、EUからの圧力も強くなる。2012年の秋以降、EU首脳はギリシャ
の金融危機問題の対策(不良債権、政治危機)で手一杯の状態となる。こうなる
と、EUの中枢国の位置を確保するためには、フランスは是が非でも財政健全化
をしなければならない。

 オランド政権は不評を覚悟して、緊縮財政を着々と実施することになる。比較
的富裕層を対象とする資産税の税率を高くしたり、所得税の税率を据え置く(2
%ほどの物価上昇分だけ増税になる)などの措置を講じている。富裕層に対する
最高税率の75%への引き上げは、最近、憲法裁判所から待ったが掛けられ、最高
税率は66%に引き下げられる模様である。

 消費税(TVA)はフランスの場合、すでに20%近いので、今のところ消費税
の引き上げの方針は示していない。支出に関しては、教育と治安以外の国家予算
は前年度対比で、凍結あるいは引き下げが行われる。社会保障に関しても、多く
の項目で給付や料金の凍結あるいは削減などが行われることになった。

 その一方、企業に対しては優遇政策を行い、企業の社会保険負担と法人税の軽
減を実施した。というのは、フランス企業(製造業)の競争力の回復はオランド
政権の大きな優先項目でもある。首相の諮問に答えて、専門家グループがフラン
スの製造業の競争力の弱さを鋭く指摘し、政府にその改善訴えた(ガロワ報告、
2012年)。

 この報告の中で、フランスの製造業がドイツやイタリアに比べて弱いのは、従
業員数250-5000人規模の中および大企業が極端に少なく、製造業の発展の基盤
を欠くことになっていると指摘した。そして、この規模の企業を優遇し、全体の
競争力を回復するための政策提言を行った。この提言に配慮した形で、企業への
負担増加はこれまで避けてきた。

 このように、国民全体の税負担を重くし、社会的な支出を削減するオランド・
エロー政権の人気は、当然ながら、右肩下がりで低下している。数々の世論調査
では、オランド大統領を支持する層は当初過半数を越えていたが、昨年の夏を過
ぎるころから低下し、最近では3割を切るまでになっている。オランド大統領を
支持しない人たちの中には、保守党の支持層(所得が高く、年齢層も高い傾向)
のみならず、社会党の左派や共産党などの層が加わってきている。この左派は、
財政緊縮政策を転向し、大胆な公共支出により、経済成長を優先することを求め
ている。

 さらに、閣内の左派であるモントブール産業再建相は、ミタル社(鉄鋼)の北
部地域の工場閉鎖に反対し、一時国有化案を公表し、オランド・エロー氏を慌て
させた。この左派への譲歩なのだろうか、オランド政権はホモセクシュアルの結
婚問題では強気な姿勢を貫いている。カトリック系の人たちと保守派はホモセク
シュアル同士の結婚を認めることに強く反対し、大規模なデモを繰り返した。国
を二分するような大きな問題とは思えないが、保守派の人たちは、オランド政権
を揺さぶる好機と捉えているのだろう。

 このように、人気を犠牲にしても遂行している緊縮政策にもかかわらずあまり
思ったような結果は出ていない。2012年の実績をみると、成長率はゼロ、そして
公共の財政赤字は累積でGDP比90.5%と2012年より4.4パーセントポイント高
くなっている(EU基準値は60%)。EU委員会が重視している基準であるその
年の公的な財政赤字(基準は3%)は2011年の5.3%から4.8%とすこしだけ改善
されたが、目標値には程遠い状況である。

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3.カユザック元予算相の脱税疑惑

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 このように難しい局面において、カユザック元予算相の脱税疑惑が発生した。
緊縮財政を各省に課する張本人が秘密裏に外国の銀行口座を有し、脱税疑惑があ
ることがマスコミによってスクープされた(昨年の12月)。その真偽に関して、
国民議会において、決して外国銀行に口座を持っていないと胸を張って公言した
カユザック氏は、3月になると裁判所の事情聴取の対象になり、3月末に国会予算
相を辞職した。4月初めになると、判事の取調べの過程でスイス・シンガポール
に秘密の口座を持っていたことを自白した。

 もともと美容を専門としていた外科医で、短期間、厚生副大臣のポストにも付
いたことがあった。その後、国民議会で税制の専門家として名前をあげ、誰もが
一目置くような存在であった。予算相として、厳しい態度で各省の予算申請をは
ねつけていただけに、多くの人は驚いた。とくに、清廉な内閣として前政権との
違いを強調していたオランド政権にとっては大きな痛手となっている。

 日本と同じように、フランスにおいても、政治とお金のスキャンダルは数多い。
最近では、シラック元大統領がパリ市長の時代に架空ポストを使い、政治資金を
調達したとして有罪の判決があったし、サルコジ前大統領にも政治資金の問題で
裁判所の調査を受けている。とはいえ、何かとカネに絡んで様々なうわさが流れ
たサルコジ元大統領との違いを強調して来たオランド大統領には大きなマイナス
である。

 このように、ここ10ヶ月あまりのオランド・エロー政権の歩みを見ると、わが
国の民主党の政権獲得と重なる部分がいくつかある。

 まず、選挙のための公約を実行することの困難さである。野党の時代には、政
府を批判すればよいので、党内の様々な流れをまとめる公約が打ち出される。実
際に政権担当の立場に立つと、それまで前提したきた財源や経済状況とは大きな
に違いが生じる。現実と公約のギャップは、多くの国民からは公約違反とみなさ
れ、マスコミがそれを煽り立てる。当然、与党は一枚岩ではないので、与党ある
いは連立した党の一部に政策に関する不満が高まる。

 民主党の場合は、結局、党内の分裂、そして総選挙での惨敗と哀れな結果にな
ったのは周知の通り。幸いなことに、オランド氏の場合、5年という任期があり、
しかもその間、国民議会の多数を握っているいるので、政権たて立直しのための
時間は十分にある。

 オランド氏の師であったミッテラン大統領は1981年に当選し、ケインジアンの
景気浮揚の政策を2年間実行したが失敗し、1983年にフランの防衛と緊縮政策へ
と大きくかじを曲げ、その後2期目の大統領を勝ち取った例がある。とはいえ、
与党内で不協和音が増しているので、求心力を確保するために思い切った手を打
つ必要があるのは間違いない。

 また、違う観点から見れば、オランド政権が不人気なのは責任逃れをしない結
果と見ることもできる。EU派を自負するオランド大統領は、ユーロの崩壊を避
けるために緊縮財政を布いている。その点、EUの規制に反対し、できればEU
からの分離を願っている共産党あるいは極右政党とは基本的に立場が異なる。幸
いなことには、フランス国民の大多数は、たとえ個別のEUの政策に不満があっ
たとしても、EU以外にフランスがヨーロッパの大国の地位を維持することがで
きないことをしっている。

 では、フランス人はおとなしく財政健全化を待つことができるだろうか? こ
こが、多分、オランド政権の泣き所だろう。フランスやスペインなどの地中海諸
国では、人々は簡単に政治絡みの街頭デモを行う。ホモセクシュアルの結婚を認
めるという問題(多くのEU諸国ですでに権利として認められている)ですら、
何十万というデモ参加者が集まる。今後、緊縮政策が社会保障などの聖域に及ぶ
とき、街頭からの圧力を政権はどう受け止めるのだろうか? とはいえ、社会保
障の赤字削減と公務部門の改革は避けられない。

 フランスの国民負担率(租税+社会保障負担)は2009年に60%を超え、スウェ
ーデンに匹敵するまでの高さになっている(ちなみに、日本は38.3%、イギリス
45.8%)。また、公務部門の労働者も500万人を超え、労働者の5人に1人の割合
となっている。財源が削減されれば、市町村、地域および国家公務員の削減も避
けられないだろう。

 さらに、国鉄、EDF(電力公団)、地下鉄公団、エール・フランスなどの公
共企業の膨大な年金の赤字(国鉄だけで数十億ユーロの赤字補填が行われている)
は実に困難な問題である。公務部門の年金改革は、1995年にジュぺ内閣が行おう
としたが、結局、数週間に及ぶ街頭デモによりあきらめざるを得なかった(ジュ
ぺ首相は辞職)。シラックおよびサルコジ大統領ですら手を付けることができな
かった公務部門の赤字問題をオランド氏がどう取り組むのだろうか?

 公共部門の労働者は、伝統的に社会党の支持基盤だが、左翼的な組合の力が強
く残っている。とくに、フランス最大の企業である国鉄の労働者は戦闘的で、そ
の既得権を失うことには徹底的に抵抗してきた歴史がある。個人的には、オラン
ド政権が、この公務部門に関して、どのような改革案を用意するのかを注目して
いる。
 (2013年4月15日) パリ郊外にて

 (筆者は早稲田大学名誉教授、IDHE客員研究員)
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