宗教・民族から見た同時代世界

集団的自衛権行使容認の閣議決定に日本宗教界も反発

荒木 重雄


 日本がとんでもない方角に向かおうとしている終戦69年目の夏、宗教界もようやく重い腰を上げかけた。今号は趣向を変えて、先の集団的自衛権行使容認の閣議決定に対する日本宗教界の反応を、諸団体の声明や談話の転載で紹介したい。
 まずは真宗大谷派から。

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◇◇ 「殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ」 真宗大谷派
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■安倍晋三内閣による集団的自衛権行使容認に対する反対声明
            
 安倍晋三内閣総理大臣は、このたび、十分な国民的議論もないまま、集団的自衛権行使容認を閣議決定されました。これは、防衛の名のもとに、戦争の可能性を開くものであり、このような改憲に等しい重大事が、恣意的な解釈変更によって決定されたことに、強く反対の意を表明します。

 私たちは、「日本国憲法」を、悲惨な戦争を背景に生まれた、非戦に向けた日本国民の誓いであるとともに、国際社会に恒久平和を呼びかける願いの象徴であると受けとめています。集団的自衛権行使容認は、戦争放棄を誓い、願い続けてきた日本国の姿勢を大きく変更するものであり、決して容認することはできません。

 安倍内閣総理大臣におかれては、仏陀(覚者)の金言、「殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ」(『法句経』)という言葉に耳をかたむけ、熟慮いただき、今回の閣議決定を即時撤回されるよう強く求めます。

            2014年7月1日  真宗大谷派 宗務総長  里雄康意

 浄土真宗系宗派は、戦後、仏教界の戦争協力や差別荷担について、各宗派のなかでもとりわけ真摯に自己批判をしてきた経緯がある。それだけに社会に向ける目も鋭い。
 次は、日本の伝統仏教界を代表する全日本仏教会による意見表明である。

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◇◇ 仏陀の「和の精神」を仰いで  全日本仏教会
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■集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に関する理事長談話

 私ども公益財団法人 全日本仏教会は、定款にも示されるように、仏陀の「和の精神」を仰ぐことこそ、世界の恒久平和の要諦であることを提言し続けてきました。

 それは、この精神に基づく「共生」の思想が、歴史的にも今日的にもわが国伝統仏教界を貫流し、しかも重大な現代的意味を持つとの認識と自覚によるものであります。

 「共生」とは、すべての人間は生きあう「いのち」を生きているという平等性であります。それは、同じ「いのち」を分けあって生きているとも言えましょう。したがって、生きあう「いのち」どうしが争うと「いのち」全体が損なわれてしまうのです。

 本日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定がなされたとのことでありますが、これが実行されれば、日本人が国外で人を殺し殺されるという事態が起こり得る可能性があり、日本国憲法に示される戦争放棄を捨て去ることになりかねません。

 戦争は最大の暴力であり、無辜(むこ)の人々に犠牲を強いる愚行そのものであります。いかなる理由であれ、自己を正当化して、かけがえのない「いのち」を武力で奪いとることは、何人にも絶対に許されることではありません。

 この厳粛なる事実こそ、平和に生きようとするすべての人々にとっての燈火であり、寄る辺であると、私たちは教えられてきました。主張や利害の対立は、武力行為によってではなく平和的な話し合いによって解決されなければなりません。

 仏陀の「和の精神」を仰ぐ者として、このたびの集団的自衛権の行使を容認する閣議決定には、人間の知恵の「闇」を垣間見るがごとき、深い憂慮と危惧の念を禁じ得ません。

      2014年7月1日  公益財団法人全日本仏教会 理事長  齋藤明聖

 全日本仏教会は、明治期、国家の宗教統制に反対して結成された淵源をもつ一方、保守政党との繋がりも深く全体に保守的傾向の強い仏教界を代表する団体として、通常、政治的発言には慎重であるが、よくここまで積極的な発言ができたと評価したい。
 この談話を受けて各宗派から賛同の声も寄せられている。一つ二つ紹介しておこう。

■集団的自衛権の行使容認に関して

 この度出されました「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定」に関し、私は全日本仏教会理事長談話を支持し、臨済宗妙心寺派教団が掲げる「私たちは平和を願い暴力に訴えず訴えさせません」のスローガンのもと、武力的行為によってではなく、あくまでも話し合いによる平和的な解決を望むものであります。

         平成26年7月3日  臨済宗妙心寺派 宗務総長  栗原正雄

■集団的自衛権行使容認の閣議決定に関して

 日蓮宗は、この度の集団的自衛権の行使容認という閣議決定が、我が国に戦争の危機をもたらすのではないかと強く危惧するものであります。

 昭和29年、本宗は世界に向けて戦争反対・原水爆禁止を訴える世界立正平和運動を提唱し、全国各地に展開して参りました。
 この立正平和運動は、広島・長崎の原爆による惨禍を直視し、日蓮聖人の四海帰妙・正法弘通の誓願から全人類の仏性を開顕し、現実に浄仏国土の成就を目的とした運動です。 [中略]

 「いのちに合掌」「世界立正平和」を目指す日蓮宗は、国際平和の実現のために日本国憲法の恒久平和の理念を尊重し、将来にわたり戦争や武力行使のないことを強く願うものであります。 合掌

             平成26年7月8日  日蓮宗 宗務総長  小林順光

 一方、新宗教各派も意見を表明している。その一つ、立正佼成会の声明である。

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◇◇ 戦争は疑惑、不信、猜疑心から  立正佼成会
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■閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」に対する緊急声明

 政府は本日、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」を発表し、日本が直接攻撃されていない場合であっても、密接な関係にある他国の武力衝突に自衛隊を派遣し、戦闘行為を認めるという集団的自衛権の行使を認めました。立正佼成会(以下、本会)は、平成26年3月10日、「日本国憲法の解釈変更による集団的自衛権の行使容認に対する見解」を表明しました。今回の閣議決定に対しても、重ねて反対の意を表するものであります。

 政府が発表した「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」では、「抑止力を向上させることにより、武力紛争を未然に回避し、我が国に脅威が及ぶことを防止することが必要不可欠」と明記されています。これまでの政府の国会答弁によれば「武力行使を行うか否かは、時の内閣が総合的に判断」するものとしています。集団的自衛権として武力の行使を容認することは、「戦争」そのものを容認するものであり、かつ、時の一内閣による憲法解釈の変更によってこのような国家行為を容認することはとうてい許されるものではありません。

 本会の庭野日敬開祖は、「猜疑がなければ、紛争も起こりえません。まことに、信頼こそは、人間社会成立の基礎となるものなのであります」と述べております。不信を払拭し、確かな信頼を醸成していく努力こそが、今何よりも重要でありましょう。

 人類の歴史を顧みるとき、諸国民の間での疑惑、不信そして猜疑によってしばしば戦争が引き起こされました。私たちは、武力と戦争では「国民の命と平和な暮らし」を守れないことは学んだはずです。今こそ、この歴史の教訓を想い起こさねばなりません。真に平和と安全を構築するためには、寛容と互譲の精神で相手の違いを受け入れ、認め合い、信頼を醸成し、他者と共に生きる基盤を整備していかねばなりません。 [中略] 

 釈尊は『法句経』の中で、「まことに、怨みは怨みによっては消ゆることなし。慈悲によってのみ消ゆるものなり」と教えています。暴力に暴力で対抗し、怨みに怨みで応じることは、新たな暴力、絶えることのない怨みの連鎖を生み出します。これは、いつの時代にもあてはまる「真理」であります。

 本会は、これまで仏教の説く「不殺生」「非暴力」そして「慈悲」の精神を平和実現の第一義とし、国内外の諸宗教者はもとより、国境や地域の別を超え、あらゆる分野の人びととの交流と対話を深め、世界平和の実現に努めてまいりました。私たちは、今後ともこの努力を重ねるとともに、日本国憲法のもつ平和の力を信じ、世界に向けて発信していく決意を新たにしております。

                      平成26年7月1日  立正佼成会

 では、概して仏教界より社会的関心が強く取り組みも意欲的なキリスト教会はどうであろう。最後に、その一角を占めるカトリック教会の声明を転記しておく。

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◇◇ 安倍内閣は憲法を踏みにじった  日本カトリック司教協議会
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■集団的自衛権行使容認の閣議決定についての抗議声明

内閣総理大臣 安倍晋三殿

 日本国民は戦後70年近く、日本国憲法、特に国際平和の創造を呼びかけ、恒久平和を誓った憲法前文と戦争放棄を定めた憲法第九条を尊重し、それを誇りとしてきました。この間、日本は、武力紛争の絶えない国際社会にあって、自国民についても、他国の人びとについても、戦争でひとりの死者も出すことがありませんでした。
 しかし安倍内閣は、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定によって、この憲法を踏みにじりました。

 これまでの政府の憲法解釈では、憲法第九条の下で許容される自衛権の行使は、専守防衛に徹するものとし、自国が直接攻撃されないにもかかわらず武力行使を可能にする集団的自衛権の行使は、その範囲を超え、憲法上許されない、とされてきました。

 安倍内閣は、集団的自衛権行使を容認する憲法解釈の変更を発表しましたが、憲法の基本理念に抵触するこのような解釈の変更を、一内閣の決定によって行うことは本来できないはずです。それを強行することは、憲法第九十九条「天皇叉は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」に対する明らかな違反であり、立憲主義の否定と言わざるをえません。

 集団的自衛権行使の容認は、軍備増強と武力行使についての歯止めを失わせるものであり、時の政府の考え一つで、自衛隊員や国民を戦争の恐怖と生命の危機にさらすものです。それは実質的に、憲法前文の精神と第九条を葬り去る暴挙です。

 わたしたちは集団的自衛権の行使容認の閣議決定に断固として抗議します。安倍内閣がこの不当な閣議決定をもとに、集団的自衛権行使を前提にして同盟国との協力を約束するようなことは絶対にあってはなりません。即座に閣議決定を見直し、撤回してください。

 わたしたちカトリック教会は、現代世界の状況の中で、軍備増強や武力行使によって安全保障が確保できるとする考えは誤っていると確信しています。それは国家間相互の不信を助長し、平和を傷つける危険な考えです。
 また今ここで、平和憲法の原則を後退させることは、東アジアの緊張緩和を妨げ、諸国間の対話や信頼を手の届かないものにしてしまいます。

 平和はすべての人間の尊厳を尊重することの上にしか築かれません。また、過去の歴史に対する誠実な反省と謝罪、その上でのゆるしがあってこそ成り立つものです。

 対話や交渉によって戦争や武力衝突を避ける希望を失ってはなりません。たとえ、それがどれほど困難に見えても、その道以外に国際社会に平和をもたらす道はないのです。

 安倍総理と閣僚の方々の良心に訴えます。日本国民と他国民を戦争の恐怖にさらさないこと、子どもたちのために戦争のない平和な世界を残すこと、人間として、政治家として、これが最大の責務であることをどうか思い起こしてください。
 わたしたちはこのことを日本国民として、宗教者として強く訴えます。

        2014年7月3日  日本カトリック司教協議会 常任司教委員会
                    委員長 岡田武夫 東京教区大司教
                     委員 高見三明 長崎教区大司教
                         大塚喜直 京都教区司教
                         梅村昌弘 横浜教区司教
                         宮原良治 福岡教区司教
                         菊地功  新潟教区司教
                         前田万葉 広島教区司教

 同時代をも生きる宗教者が自らの立場と所信を社会的に明らかにすることは重要であり価値あることである。だが、そこに止まらず、信頼を寄せる周囲の一人々々に語りかけ、働きかけ、動かすことが、さらに重要であろう。票と議席に結果するまでに。「民主政治」の現実世界においては、それのみが、世界のありかたを決定するのだから。

 (筆者は元桜美林大学教授)


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