【オルタの視点】

迫る「九条加憲」と「国民投票」の問題点

白井 和宏


 特定秘密保護法、安保法制、盗聴法(通信傍受法)の適応拡大、そして共謀罪法も成立した。まさに戦前回帰の流れが強まっているが、これからいよいよ日本の将来を決する重大な局面に入る。今年5月3日の憲法記念日に安倍首相は、「2020年までに、憲法9条3項に自衛隊を明記する」と主張。ついに9条改憲に向けた国民投票が実施される可能性が高まっているからだ。

 昨年7月、参議院選挙の結果を受けて、新聞各紙は一応に「改憲勢力3分の2」という見出しを付け、改憲の条件が整いつつあることを報じたが、護憲派の反応は鈍いように思える。今年開催されたある護憲派の集会では、講師の学者が「そんな簡単に9条は改憲できません」と発言したとも聞く。これまで護憲派は、「9条について議論すると内部分裂を引き起こす」、「国民投票を議論することは敵の土俵に乗ることだ」として「引きこもり戦術」を決め込み、あるいは「国民投票を阻止することで九条を守る」と主張してきたが、もはや、無視することも、阻止することも困難な状況に追い込まれてきた。

 安倍首相と日本会議は、護憲派の動向を分析して、着々と改憲の実現に向けて戦略を練り、1000万人署名運動(国民投票で過半数の獲得を実現する名簿集めの活動、754万人が賛同)や、地方議会で「改憲を求める意見書」採択運動(33都府県議会で採択、いずれも2016年のデータ)を地道に行ってきた。野党議員の動向や、世論調査、国民投票制度の仕組みを考えると、今後、国民投票が実施された場合、安倍首相が提案した改憲案が可決される可能性は極めて高い。この間の流れを振り返りつつ、今後の展開を想定することで、今や九条が危機的状況にあることを知っていただきたい。

◆◆ 「3項加憲」という奇策

 自民党が2012年に出した改憲草案では、憲法第二章のタイトルを「戦争の放棄」から「安全保障」へと書き換えた。そして1項で、戦争を放棄するが、「自衛権の発動を妨げるものではない」と加筆。さらに現行2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」を削除して、「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」と変更するとしている。さらに「国防軍」および「領土等の保全等」について長文の記述がある。

 他方、日本会議の改憲運動部門である「美しい日本の憲法をつくる国民の会―憲法改正を実現する1000万人ネットワーク(共同代表、櫻井よしこ氏ら)」はこれまで「憲法9条の『平和主義』は世界の常識です! 9条1項の『平和主義』は守り、自衛隊を認めない2項を改正しましょう!」と主張してきた。つまり自民党案では「1項2項とも変更」。日本会議は「1項を残し、2項を変更」しようというものだった。

 ところが今回の安倍首相の提案は、現行の「1項2項をそのまま残し、3項に自衛隊を明記する」というものだ。具体的には、3項に「但し前項(2項)の規定は確立された国際法に基づく自衛のための実力の保持を否定するものではない。」と加筆することを想定していると伝えられる。ここでいう「国際法に基づく自衛権」とは、国際連合憲章・第51条が「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」と定めていることを指している。「国連が自衛権を認めているのだから、日本も自衛のために軍隊を持つのは当然だ」という論理だろう。極めてあやふやな表現のため、いかようにも拡大解釈が可能である。しかも自民党案やこれまでの日本会議案と異なり、1項2項を残した上で、曖昧な3項を加筆することで、国民が受け入れやすいように思える。誰の発案なのか。

 その人物とは、以前から安倍首相のブレーン中のブレーンと言われてきた伊藤哲夫氏である。「日本政策研究センター」の代表であり、日本会議の常任理事と政策委員を務めている。3項を加えれば、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と定めた2項は、おのずと空文化させることができる。しかも1項2項を残すことで「平和主義」をアピールし、護憲派を分断させることによって、反安保のような大衆的な統一戦線をつくらせないことができる。こうして、反戦・平和の抵抗運動を押さえ込み、護憲派への徹底した反転攻勢を始めるようと言うのだ。

 護憲派は「九条を守る」という一点でまとまってきたように見える。しかし、内部には自衛隊・自衛戦争を「合憲と考える人々」、「違憲と考える人々」、「自衛戦争には反対だが戦力としての自衛隊は存在した方が良いと考える人々」の寄り合い所帯である。多くの憲法学者が「自衛隊・自衛戦争は違憲」と主張しても、護憲派内で議論することは避けて来た。議論をすれば護憲派はまとまれないことに気づいていたからだ。

 こんな事例がある。宮本正樹監督が2016年に製作した『憲法九条』という映画の上映をめぐる逸話だ。ストーリーは、20XX年、政府に委任された12人の若者が「憲法第九条を維持すべきか? それとも破棄か?」議論を交わす内容。架空の話だが、激しく賛否両論が飛び交うスリリングな展開。「第九条」の価値と現実を、改めて自分の頭で考えるために、大きな刺激になる。ところが上映館があまりにも少ない。人気の若手俳優が多数、登場し、「Yahoo!映画」でも4.32点(5点満点)と高評価であるにもかかわらず。一般の映画館どころか、普段リベラル系のフィルムを上映しているミニシアターも多くがスルー。自主上映も少ない。宮本監督自身も映画の内容も明らかに護憲派寄りに感じるが、それでも上映されない理由は「九条否定派が映画に登場していること自体が問題」だと聞く。

 こうした引きこもり、あるいは思考停止状態とも言える護憲派の矛盾を突いてきたのが「3項加憲論」である。

◆◆ 露払い役を務める民進党議員

 自民党内で積み上げてきた改憲案さえ一挙に飛び越して、安倍首相が「2020年に新憲法施行」と期限を付けてきたのは、改憲の発議を審査する「憲法審査会」の議論が遅々として進まないためだ。確かに与野党の議員が公開の場で議論する憲法審査会では、国民の目もあるため、野党も自民党案にすり寄り難い。

 ただし裏では着々と与野党間での合意が進んでいる。もともと民進党議員の多数が改憲論者であるのは周知の事実だ。昨年9月15日に行われた民進党の代表選に立候補した蓮舫参議院議員が「9条は絶対変えて欲しくないという国民の声を大切にする」と主張したのに対して、前原誠司衆議院議員は「9条1項、2項は守ったうえで、『加憲』で自衛隊の位置づけをするべき」と今回の安倍首相案と同じ提案を行っている。実は、日本会議の伊藤哲夫氏が「9条3項加憲案」を打ち出したのは、昨年7月の参院選のすぐ後のことであり、前原氏も民進党内に10人程度いる日本会議のメンバーであるといわれる。

 さらに民進党の細野豪志衆議院議員は、3月2日にツイッターで「40代、真っ盛り…政治家としても、新しいことに取り組むことを心がけている。今年は、まずは憲法改正案だ」と発言。3月5日の自民党大会で「憲法改正の発議に向けて、具体的な議論をリード」すると呼びかけた安倍首相に向けて、エールを送るかのようなタイミングだった。その後、4月には「執行部の憲法改正に関する姿勢に不満がある」として民進党代表代行を辞任し、蓮舫議員から「最低だ」と激しく非難された。(細野議員の改憲案は『中央公論5月号』に掲載された。)

 こうして民進党議員が次々と安倍首相が提起する改憲論議の露払い役を務めている。公明党はかねてより「加憲が現実的」と主張してきた。社民党も「自社さきがけ連立政権」時代の1994年に「自衛隊合憲」へと政策転換しているし、共産党も2000年の党大会において自衛隊を容認する立場を打ち出している。

 民進党の江田憲司代表代行は、「何か実態が変わるのか。意味のない改正に莫大な政治的エネルギーを投入する必要は全くない」と批判したが、これでは国民に対するアピール力はない。今後、国民投票が実施された時、「3項加憲」という奇策に対して、野党はどのような論理で反論するのかが問われている。

◆◆ 国民投票制度の問題点―テレビCM

 自民党憲法改正推進本部の保岡興治本部長は6月13日、安倍首相が提案する国民投票について「否決されたら、安倍内閣の命運だけでなく日本の根底が揺らぐ。失敗は許されない。やる以上は成立させる」と強い意欲を示した。

 国民投票は、両院の憲法審査会で審査された後、両院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が発議。60~180日間の期間を経た後に国民投票を行い、有効投票総数の過半数で可決する。

 すでに「3条加憲」案で発議を進めることが自公維で合意されつつあり、民進党の中からも賛成者が出れば、今後はすみやかに両院で3分の2以上の議員が賛成する可能性は高い。国民投票は単独で実施することもできるが、国政選挙と同日に実施されるものと予想されている。「2020年施行」を目ざすのであれば、参議院が任期満了となる2019年7月か、衆議院が任期満了となる来年12月の可能性が高い。早ければ来年にも改正案の発議が行われるかもしれない。

 国民投票の実施にあたって最大の問題は、テレビの影響力だ。投票の14日前からは「賛成・反対を呼びかけるテレビCM放送は禁止」される。テレビは影響力が強いため、「国民が慎重に考える冷却期間が必要」との考えで設定された規定だ。しかし15日前までは無制限にCMを流せる上、例えば著名人が登場して「私は改憲に賛成です」と表明する「意見表明CM」は、投票日当日まで許される。実質的にはテレビCMが流れ続けることになるのだ。となれば豊富な資金力を持つ改憲勢力が圧倒的に有利となる。

 そのためイギリス、フランス、イタリアは「有料テレビCM」を原則禁止している。「無償の広告放送枠」が賛否両派に同等に、あるいは所属の国会議員数などを勘案して割り振られている。「日本でもテレビCMを全面禁止にしないと、とんでもなく不公平な国民投票になってしまう」と広告代理店・博報堂に勤務していた本間龍氏(『電発と原発報道』著者)は指摘する。自民党は、これまで選挙の広報宣伝を広告代理店最大の「電通」に委託してきた。すでに両者の間で打ち合わせも始まっているだろう。テレビCMの費用はゴールデンタイムなら一本300~500万円程度もかかるが、巨額の政党助成金を使え、財界からも資金を調達できる自民党にとって圧倒的に有利だ。護憲派も、大手代理店と契約しなければ全国ネットのテレビCMは流せないし、資金調達のあてもないため極めて不利だ。

 昨年2016年9月に行われた朝日新聞の世論調査では、すでに「憲法改正に賛成」が「反対」を上回った。

 ・賛成、どちらかと言えば賛成   …42%
 ・どちらとも言えない       …33%
 ・反対、どちらかと言えば反対   …25%

 上記の賛成派の中で多かったのは
 ・自衛隊または国防軍の保持を明記 …57%
 ・集団的自衛権の保持を明記    …49%
 ・緊急事態に関する条項を新設   …43%

 「実際に国民投票が行われれば、九条が変更されることに、ためらう人々が増えるはず」という楽観的な見方もある。しかし例えば、北朝鮮によるミサイル攻撃の可能性を迫力ある映像と音響で見せつけ、「加憲」の必要性を訴える扇情的なテレビCMが流され続けたら、有権者に対する効果は絶大だろう。

 参考になるのは、2012年11月に「遺伝子組み換え食品表示の義務化」をめぐり、カリフォルニア州で実施された住民投票の結果だ。(アメリカに国民投票制度はない。)

 事前調査では、表示に賛成の有権者が60%、反対25%だった。ところが投票結果は、賛成47%、反対53%と逆転し、否決されてしまった。遺伝子組み換え種子を開発・販売するモンサント社などのバイオテクノロジー企業はもとより、ペプシコーラ、クラフトフーズ、コカコーラ、ネスレ、ケロッグ、デルモンテ、キャンベル、ハインツ等、大手食品メーカーが46億円もの資金を拠出。他方で、「表示賛成派」の市民が集めた金額は約8千万円だった。その結果、テレビやラジオで約2週間、「表示の義務化反対キャンペーン」が展開された。

 「表示には費用がかかるので、食品の価格が上昇する」、「政府も遺伝子組み換え食品を安全と認めている」といったCMが流されつづけたのだから、視聴者の意識が変化するのは当然だろう。

 そこで日本でも国民投票法の不備を改正するため、この間、今井一氏(『国民投票の総て』著者)らが企画し、「国民投票のルール設定を考える円卓会議」を開催。改憲派・護憲派に公平な「無償の広告放送枠」を設けるよう提案している。ただし今からの法改正は容易でないだろう。

 しかも、ツイッター、フェイスブック、YouTube などインターネットを活用した情報発信はネット右翼の表舞台だ。「フェイクニュース」と呼ばれるデマや虚報がSNSで拡散され、イギリスのEU離脱国民投票や、アメリカの大統領選挙など、政治の動向を左右するまで影響力を持ってしまった。護憲派を「反日、非国民、日本から出て行け」と罵倒するヘイトツイートもさらに増加する。「ベビーフェイス(善玉)はルールに則り、ヒール(悪役)は反則し放題」というプロレス興業のような情報合戦になるだろう。

◆◆ いまから国民投票を迎え撃つ準備を

 今後、まずは護憲派が内部での議論を整理することが必要だ。これまでのような「九条を守れ」という表現は、「3項加憲」の前で無力化する。伊藤真氏(伊藤塾塾長・弁護士)が主張する「自衛隊も、自衛戦争も違憲」という原則論で対抗するのか、伊勢﨑賢治氏(東京外国語大学教授)が主張する「日本の施政下の領域に限定した個別的自衛権のみを行使し、集団的自衛権は行使しない」という「新九条論」を対案とするのかが一つの論点となるだろう。
 どちらか一方の論で護憲派がまとまることは困難だが、いずれにせよ相違点を認めつつ、「9条の平和主義を空洞化させ、政権による拡大解釈をさらに進める『3項加憲』に反対する統一組織」を形成すること。そして「改憲に賛成・反対、どちらともいえない」中間派に対して、「軍事力を拡大すれば戦争の危機はより高まる」ことを訴えることが重要と考える。

 ただし、共謀罪のように、国会での審議が目前に迫ってから反対運動を起こしても手遅れだ。繰り返すが、自民党・日本会議・電通は、すでに国民投票の実施日と広報戦略のシミュレーションを始めていると思われる。

 護憲派も「今すぐ」、国民投票を迎え撃つ準備を始めなければ手遅れになる。国民投票は安倍政権に対して国民が直接、「No!」という意思表示を突きつけ、主権者としての権利を行使するチャンスでもあるのだ。

 (季刊『社会運動』編集長・オルタ編集委員)

<参考文献>
 季刊『社会運動』(2017年1月号)「護憲派による『新九条』論争」 http://cpri.jp/social_movement/201701/

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