■近現代史の未履修と改憲問題       今井 正敏

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 6月3日付の朝日新聞の「声」欄に、次のような57歳の方の一文が出ていた。
 「5月21日の『私の視点』で作家の高木敏子さんが、今の若者は戦争のこと
や日本がアジアでひどいことをしたことを教わっていない。彼らに北朝鮮の脅威
を吹き込んだら改憲に賛成するだろうと書かれている。
 私自身を振り返ってみると、中学・高校時代に学校で平和の尊さや戦争の悲惨
について教わった記憶はほとんどない。」
 私もこの高木敏子さんの『私の視点』を読んで、上記の57歳の方とは少し違
った視点から、「自民党が、憲法改正の問題で、改正の中身は言わずに、<今の
憲法はアメリカからの押しつけでつくられたものなので、これを日本人の手で、
本当の日本の憲法にしよう>の一点張りで、先の総選挙の時の郵政民営化キャン
ペーンと同じような手法で押しまくると、改憲賛成派がふえて、目玉の九条も危
なくなるのではないか」と思っていたので、57歳の方の投書に私の目が強く引
きつけられた。
 
 高木敏子さんの視点は、今の日本の歴史教育では、近現代史をほとんど教えて
いない、という点にあると思う。
 私は、若いころ、中学校で歴史を教えていたので、高木さんの視点は、私の体
験からいってもよくわかる。
 私が教えていた歴史は、1~2年生の社会科の中の一コマで、授業時間は週一
時間。この一時間では、どんなにがんばっても、2年生の学年末に明治維新まで
進むのがやっとで、明治以降のあゆみは、大きな事件の項目を並べるだけでいつ
も終わっていた。
 このことは、私一人だけの特殊な体験ではなく、当時、私たちは近隣の中学校
の社会科担当の先生方と研究会を持っていたのだが、いつも歴史の授業時間が少
ないことが話題に出され、メンバーの先生全員が、明治以降の歴史は教えられな
いと言っていたことから、私一人だけの体験ではないことを実感していた。

 この歴史の授業時間が少ないことは、現在でもあまり変わっていないと思う。
いま団塊の世代と呼ばれる60歳ぐらいから以降の人たちは、中学、高校で日本
の近現代史を正規の授業では学んでいないと思われる。
 この授業時間が少ないことに加え、もう一つ近現代史を学ばない問題は、高校
や大学の入学試験の出題に、近現代史の問題が少ないということ。私が調べた栃
木県の高校入学の試験問題の中には、昭和史から出された試問は、5年間の試験
問題の中に一つも見当たらなかった。これでは教える側も、現代史に力が入らな
くなるのもやむを得まい。

 5月28日付の朝日新聞朝刊で、「変わる歴史教育 日中韓台の最新事情」と
いうタイトルで、1ページの特集をした。この記事では、まず「どのくらい歴史
を学んでいるか?」という項目では、中学校の場合は、日本は105コマ、中国
は日本の約二倍の200コマ、韓国もほとんど同じで190コマ、台湾は120
コマという数字をあげている。
 次に「歴史教科書の厚さ」の比較では、日本は、中1~中2で232ページ、
中国は中1~中3で805ページ、うち近現代史(中2)だけで、日本の全体合
計よりも多い248ページ、韓国は、日本の二倍以上の575ページ、台湾も日
本より多い317ページ。
 こうした数字で見る限り、日本の歴史教育は、かなりの低レベルにあることが
わかる。
 これらの比較の数字について、北京師範大学の朱漢国教授は、「日本との対比
で見れば、自国の近現代史が丁寧に教えられているのが際立つ。課程標準ではそ
の狙いを『民族的自尊心と自信を打ち立て、愛国主義的感情を一層強め、中国共
産党なくして新中国もないという道理を知り、中華民族復興のために奮闘する信
念を確立する』と記されている」と語っている。

 このように問題点の多い日本の歴史教育の現状について、「教育再生会議」で
は論議をしたのか、とみると、さきに発表された「第2次報告」の中には、「教
科書の分量を増やし質を高める。主権者教育など社会の要請に対応した教育内
容・教科再編」という文言が、抽象的に並べてあっただけで、「徳育の教科化」
などには、いくつかの「提言」を出してはいるものの、「歴史教育」という言葉
は、まったく見当たらなかった。
 伊吹文部科学大臣は、教育基本法改正の国会審議の中で、高校で選択科目にな
っている日本史の必修化を検討する考えを示していたが、「歴史的事実を教える
ことで、国を愛する態度が養われる」と語っているから、「愛国心」を養うため
の歴史教育というねらいが明白で、近現代史の必修、充実化という面には、ふれ
ていなかった。

 話を元に戻して、憲法改正問題と近現代史未学習との関係を考えてみると、7
月に行われる参議員選挙では、自民党は、公約のトップに「新憲法制定の推進」
を揚げてはいるものの、年金記録のずさんな管理の実態が発覚したことで、「年
金問題」が急浮上し、この年金問題や格差問題、政治とカネの問題など、国民生
活に直結する政策のほうが、選挙戦の焦点になると思われるので、「憲法改正」
問題は、ややカゲが薄くなると想定される。しかし自民党が、「今の憲法は、ア
メリカからの押しつけ憲法」の一点張りで主張してくることに変わりはないから、
この「押しつけ憲法論」にどう対処するかが「9条を守る」立場に立つ者にとっ
ては再重要課題になる。

 「オルタ」では、5月の41号で<特集・憲法>を組み、「押しつけ憲法論」
を駁すというタイトルで、敗戦から新しい日本国憲法成立までの過程、そのプロ
セスで、最近特に注目されている日本の民間人による優れた憲法草案である憲法
研究会の「憲法草案要綱」をとり上げ、その成立の過程、内容をくわしく河上先
生が語られ、大変勉強になった。
 この中で河上先生は、「日本国憲法草案というものは、「ポツダム宣言の受諾」
によって法的根拠を与えられた最高権力者・GHQが起草し、それに政府が交渉
の中で合意し、日本の憲法として作成したものを、当時の明治憲法上の主権者で
ある天皇が公式に認めて国民の前に発表したという形になっている。--という
ことは、基本的には、これは日本とGHQ(実質的にはアメリカ合衆国)の間の
基本的合意によって成立した文書でもあるということになる」と話されていて、
「確信犯の復古主義者たちや、当時を知らない若い学者や政治家たちの「押しつ
け憲法論」がいかに「戦争から敗戦へ」という歴史の事実とかけ離れたものであ
るか、明らかだと思います。」と述べておられる。

 河上先生が話されておられることには大賛成ですが、問題は、現代史を正規の
学習で学んでいないため、ポツダム宣言も、GHQも、明治憲法もほとんど知ら
ない国民が多くなっている現状で、簡単、明解にそのものズバリで「押しつけで
はない」ということを表現できるキャッチフレーズがないと、「押しつけ」一本
槍だけでくるのに対抗するのはなかなかむずかしいのでないかと心配している。
                        (元日青協本部役員)

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