【コラム】
酔生夢死

観光客のお行儀

岡田 充

 「中国がけん騒を好む国とすれば、日本は逆に静かが好きな国。多くの日本人は公共の場で大声を出さないよう気遣っています。電車内では携帯電話はマナーモードにし、電話がかかってきても小声で二言三言話して切ってしまう」

 旧正月を前にした1月、北京空港の出発ロビーで羽田便の搭乗を待っていたら、中年女性が笑みを浮かべながら中国人旅客に無料小冊子を配っている。一冊もらうと「日本 traveller」と題したカラー刷り約100頁の旅行案内書だった。日本ではゴミ箱がほとんど置いていないこと、地下鉄やエスカレーターの乗り方、喫煙所、公共トイレの使用方法まで、痒いところに手が届く内容。
 中国人観光客といえば、一時は電気製品や化粧品の「爆買い」がひんしゅくを買い、今も「大声でしゃべりうるさい」「電車内で携帯電話を使う」など、お行儀の悪さをあげつらう声がある。そんな「悪評」を十分意識して、案内書は日本の生活・習慣を知らない旅行客に「気配り」をすすめているのだ。

 2月5日の旧正月休暇。銀座や新宿など繁華街は外国観光客であふれ返っていた。北京語に上海語、香港の広東語、台湾語(福建語)と、中華圏の地方方言が四方八方から聞こえる。「まるで中国にいるみたいだ」と知人が言えば、別の知人は「それにしてもなんであんなにうるさいの?」。
 中国語の渦の中に身を置くと、中国人は本当にけん騒好きだと思う。だが、電車の中で騒いでいるわけではない。“天下の大道”でおしゃべりしながら観光を楽しんでいるのだから、マナー違反ではあるまい。

 観光庁によると、日本を訪問した外国人旅客は18年に初めて3,000万人を突破し、このうち中国大陸はざっと四分の一。香港、台湾を合わせた中華圏旅行客は半分を占める。
 16年の「観光国内総生産」は約10.5兆円という。「観光国内総生産」とは、宿泊業や外国人観光客向けの小売業など、観光関連産業が生む付加価値をまとめた数字。12年比で2兆円も増えたというから、中華圏旅客の貢献度はハンパじゃない。

 ある民間非営利団体が中国と共同で行った世論によると、日本に「良い」印象を持つ中国人は昨年、前年比10.7ポイント増え42.2%に達し、05年以降初めて4割を超えた。その理由(複数回答)は「経済発展を遂げ、生活水準も高い」(51.6%)に「礼儀があり、マナーを重んじる」(49.2%)が1、2位だった。
 印象好転は、日中首脳の相互訪問など関係改善の反映だけではあるまい。実際に自分の目で日本をみれば、抗日映画に登場する日本人のステレオタイプな「悪玉」イメージは、一面的だと気付くはず。日本文化と習慣を尊重するよう勧める案内書の登場は、異文化から相対的に自分を見つめ直そうとする余裕の表れでもある。

画像の説明
  中国人観光客向け日本旅行案内書の表紙

 (共同通信客員論説委員)

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