【コラム】
酔生夢死

衰退国って…いったいどの国?

岡田 充

 大学図書館の広いホールで、ブツブツ言いながら歩く若者たちの異様な光景が目に入った。見れば、両手に広げた本を音読しながら歩いている。チラッとのぞくと、教科書らしい本には赤や黄色のマーカーがびっしり。中国山東省日照の曲阜師範大学でのことである。
 聞けば大学院の試験のため暗記をしているのだという。ソファに座って黙読する学生、窓の外の景色を見ながら音読する若者とさまざま。思わず、暗記のため音読した中・高校時代に引き戻された。この大学の大学院進学率は中国ナンバーワンなのだという。曲阜といえば孔子の故郷、学問・教育に熱心な土地柄のなせる業なのだろうか。

 本題に入る。ハイテク技術競争が激化する中、高度な技術・知識の証明として修士・博士号取得者が増えている。欧米先進国の米、独、英、仏などでは軒並み二ケタ増、中国では5割も急増した。その一方、日本では博士号取得者が16年に1万5,000人と10年間で16%も減少したという。
 その理由は、欧米や中国では高学位ほど年収が伸びるのに対し、日本では博士号を取得しても学部卒業生との差は大きくない。博士号をとっても大学や研究所の就職や年収が不安定なことが拍車をかけている。一方、中国では自国での大学院生育成に加え、年間5,000人超が訪米し博士号を取得している。
 「沈まない太陽」とおだてられ、バブル経済に浮かれた「先進国ニッポン」が、いまや衰退国に向かっていることを示す数字だ。

 他にもある。日本経済新聞は「安いニッポン」という連載記事(19年12月10日)で、日本ではモノ・サービスなどの価格の安さが鮮明になり、「安いニッポンは少しずつ貧しくなっている日本の現実を映す」と書いた。
 それによると、世界6都市にあるディズニーランドの入場券は日本が最安値で、なんと米カリフォルニア州の約半額。「100円ショップ」の店頭価格も、中国では「メイド・イン・チャイナ」製品ですら150円超だという。中華圏や東南アジアを中心に、来日外国人は急増しているが、アジア新興国にとっては、「おもてなし」の魅力もあるにせよ、日本の物価安が日本行きの「大誘因」になっている。

 物価安の最大の理由が賃金の低さである。1997年の実質賃金を100とすると、2018年の日本は90.1で減少し続けている。この間、米国は116、英国127.2とちゃんと増えている。さらに少子高齢化に歯止めがかからず、労働力不足が深刻化している。今年から外国人の受け入れを拡大したが、長時間労働に加えて低賃金となれば、誰が好き好んで日本を「出稼ぎ先」に選ぶだろうか。
 欧米メディアが最近よく使う「ジャパニフィケーション」(日本化)とは、「衰退国」を意味する新語になった。いつまでも「先進国」という虚構にしがみついているわけにはいかない。

  画像の説明
  曲阜師範大の図書館ホールで、歩きながら教科書を音読する学生。(2019年10月)

 (共同通信客員論説委員)

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