■衰退する日本と「先進国時代」の終わり           久保 孝雄

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■1979年
「私の見るところ、世界のリーダーとしての役目を果たすのに、その国の政治機
構や経済力から言って日本ほどふさわしい国はない」
  エズラ・ボーゲル(『ジャパン・アズ・ナンバーワン』)

■2012年
「20年前にG7の主要メンバーとして華々しく活動していた日本は、今やG20で
は影響力の小さな存在となり、国際社会の舞台では日本の声に耳を傾ける者はほ
とんどいなくなった」
  ロナルド・ドーア(『日本の転機』)

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    ■「衰退国」と見られている日本
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 マレーシア元首相のマハティールは、かつて「ルック・イースト」を掲げ、日
本を手本にする運動の先頭に立ってきたが、最近はその対象を日本から中国、韓
国に切り替え、日本を失敗の経験から学ぶべき「反面教師」の対象に変えてしま
った。昨年11月のアメリカ大統領選挙で、共和党候補のロムニーは「日本のよう
な衰退国になってはならない」と説き、李明博韓国大統領も竹島上陸(8月)後
の記者会見で「今の日本には昔のような力はない」と語っていた。

 ここ20年、日本が衰退の一途をたどっていることは明らかである。1968年いら
い42年間も維持してきた国内総生産(GDP)世界第2位、アジア第1位の座を、
2010年に中国に明け渡したが、1人当たりGDPでも80年代までの世界上位から
現在は25位(11年)に落ち、アジアでもシンガポール、香港、台湾(いずれも中
華圏)に次いで第4位に後退、5位の韓国に迫られている(PPPベース)。

 ではなぜ日本は衰退しつつあるのか。多くの論者は、日本の危機を内在的要因
に求めている。少子高齢化、人口の減少、「失われた20年」と呼ばれる経済の長
期低迷、GDPの縮小、所得水準の低下、雇用の量質両面での劣化、格差の拡
大、そして深まる財政危機等々、日本衰退を示す指標は数多くある。東日本大震
災による深刻なダメージ、とりわけ史上空前の放射線被爆をもたらした原発事故
は日本衰退を加速している。

 とくに問題なのは、こうした危機的状況が続いているにもかかわらず、高度成
長期までの国家目標を喪失したまま、バブル崩壊以降の新たな国家戦略を描けな
い政治的リーダーシップ不在と、それによる社会的閉塞状況が続いていることで
ある。国民の強い期待を担った民主党による政権交代も体制側の反撃にあってあ
っけなく変質・挫折し、国民の期待を大きく裏切った。今回の総選挙で自民党な
どの右派とくに極右派が大幅に議席を増やしたのも、強いリーダーシップへの期
待や閉塞状況の打破を望む鬱屈した世論が高まっていたことを示している。

まさに「日本の右傾化は衰退の兆候」(ジョセフ・ナイ、ハーバード大教授、彼
は著名なジャパンハンドラーの1人でもある)なのである。得票率28%(全有権
者の16%)で議席の6割を占めた自民党の「薄い勝利」(東京新聞)の持つ意味
は、決して薄くない。早くも安倍内閣による右傾化路線への「暴走」が始まりつ
つある。

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    ■日本衰退は世界史的地殻変動の一環
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 しかし日本の衰退は決して一国的現象でも、内在的要因だけによるものでもな
い。日本が先頭を走っているのは事実だが、実は米欧日の先進国全体が衰退しつ
つあり、日本の衰退はその一環なのである。これと並行して起こっているのが中
国を先頭とするBRICS(伯、露、印、中、南ア)など新興国の急速な台頭で
ある。

 2011年、G20の議長を務めたフランス前大統領サルコジは次のように述べてい
る。

「第2次大戦後、国際通貨基金(IMF)、世界銀行を創設したとき、米国の国
内総生産(GDP)は世界の45%を占めていた。1975年、主要7カ国(G7)首脳
会議が創立されたときに米欧だけで世界のGDPの3分の2を占めていた。90年
代以降、このバランスが激変している。中国の比率は2000年から10年間で倍以上
に増え、日本を抜き世界第2位の経済大国となった。全世界GDPの85%を占め
るG20が創設された理由もそこにある」(藤井彰夫『G20』)。

 中国の著名な理論家、胡鞍鋼(清華大国際研究センター長)も次のように述べ
ている。

「2030年の中国は・・・真の意味で世界の経済強国になり、GDPは米国の2.0
~2.2倍になる・・・2030年の世界では・・・「南」「北」構造の大逆転が起こ
る・・・20~30年前の「南」側3、「北」側7の「3対7」から、現在の「5対5」へ
さらに20~30年後の「南」側7、「黄太」側3の「7対3」に至るであろう」(胡鞍
鋼『2030年、中国はこうなる』)。

 まさに、世界構造に世界史的地殻変動が起きているのである。第2次大戦後、
世界一の大国となって西側の盟主として世界をリードし、ソ連崩壊(91年)後は
唯一の超大国として世界に君臨してきたアメリカも例外ではない。かつてアメリ
カの「裏庭」と言われてきた中南米も、今は7割もの国々が反米・非米国家に変
わっている。ブラジルなど南米主要国の貿易相手国のトップもアメリカから中国
に移っている。

 アフガン、イラクでの「テロとの戦い」に10年の歳月と3兆ドルの国費を蕩尽
し、3万数千人の若き米兵を死傷させ、数十万人の現地の無辜の市民を殺傷し、
ついに勝てなかったアメリカは、中東・アラブ、中央アジア、西アジアで威信を
失墜し、反米感情を高めてしまった。

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    ■「米国衰亡の地鳴りが聞こえる」
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 「この20年、私たちは一国家として、最大の問題のいくつかと取り組むのを怠
ってきた・・・ことにこの10年間、私たちは余りに多くの時間とエネルギーを
使い一次の世代の金も使って一テロとの戦いにいそしみ、減税や超低金利のロー
ンを享受しすぎたために、蓄えがなくなってしまった。いまの私たちは、バンパ
ーもスペアタイヤもなく、ガス欠寸前になった車を走らせている(ようなもの
だ)」(トーマス・フリードマン他、『かつての超大国アメリカ』)。

「アメリカ人の今の世代は、世界史上最大の超大国の驚くべき崩壊を目撃するこ
ととなった」(ブキャナン)、「合衆国は国家としても世界大国としても衰亡し
つつある。その地鳴りには、もうため息をつき、肩をすくめるしかない」(レス
リー・ゲルプ米外交問題評議会名誉会長、パトリック・ブキャナン『超大国の自
殺』)。

 アメリカ国家情報会議(NIC、中央情報局(CIA)系列の組織)が最近発
表した「2030年の世界展望」も、20年代に中国経済が米国を追い抜くことを認め
たうえで次のように述べている。「(アメリカは)2030年においても超大国の中
で“同輩中の首席”の立場を維持するだろう。・・・だが、他国の台頭により“
米国一極体制”は終わり、1945年に始まったアメリカ優位の時代“パックス・ア
メリカーナ”は急速に終焉に向かいつつある」(Forbes.com 12.13)

 前身である欧州共同体(EC)結成いらい60余年の歴史を持つ欧州連合
(EU)も、今大きな困難に直面している。ギリシャから始まった財政危機、信
用不安がスペイン、ポルトガル、イタリアなどに広がり、経済危機へと波及しつ
つある。
スペインの失業率は25%に達している。各国で政府の緊縮政策に反対する国民の
反発から政情不安も広がっており、欧州連合(EU、28カ国加盟)は結束に亀裂
が生じ、スタートいらい20年目で最大の危機に際会している。植民地時代いらい
のアフリカへの支配力も、この地への中国の進出などによりしだいに失われつつ
ある。

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    ■先進国の衰退はなぜ起こったのか
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 ではこうした先進国全体の衰退、地盤沈下は、なぜ起きているのだろうか。そ
れはまず第1に、第2次大戦後の植民地体制崩壊から30年を経て、途上国とくに
産油国など資源供給国のバーゲニング・パワーがオイル・ショック以降急速に強
まり、植民地時代のように先進国が途上国の資源を安価に浪費できる構造が消滅
し、とりわけ原油価格の高騰による交易条件の悪化、資本効率の低下、途上国か
らの搾取率の低下が、ボディーブローのように先進国の体力を弱めてきたからで
ある。

 第2は、79年からの中国の改革・開放への転換、91年のソ連崩壊、東欧自由化
により、またグローバリズムの進展によって世界の津々浦々にまで単一世界市場
が浸透し、労働市場の国際化による低賃金市場が世界大に広がり、先進国発展の
原動力だった製造業が、安い労働力を求めて新興国に急速に流出し始め、新興国
の低コスト商品が先進国市場に浸透することとあいまって、産業、雇用の空洞化
が進んできたことである。

 アメリカの重工業は消滅し、製造業は壊滅的に弱体化した。西欧から東欧に、
日本から中国、東南アジアに大量の企業が流出している。先進国の雇用、労働条
件の「上げ止まり、下げ圧力」の一因はここにもある。中国に進出した日本企業
約3万社の現地雇用数は900万人に達するが、それだけ日本国内の雇用が失われた
ことになる。

 アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)元理事長グリーンスパンも「アメリカ
が自分の意のままに世界経済を動かすことができる時代は、もはや永遠に過ぎ去
った」と述べ、世界経済を動かす大きな力が、今やBRICSやASEAN(東
南アジア諸国連合)など新興国に移りつつあることを悟らざるを得なかったと述
懐している(グリーンスパン『波乱の時代』上下)。

 さらに、第3の要因としてローマ・クラブが『成長の限界』(1972年)で、先
進国経済は資源・エネルギー、環境などの制約から2020年ごろに成長の限界に達
するだろうと予測したように、先進国経済が長期趨勢的に低成長からゼロ成長
へ、さらに縮小、下降の段階に入り始めていることも挙げておかなければならな
いだろう。

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    ■「対米追随」が日本衰退を加速
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 こうした世界史的な地殻変動に際会して、日本の支配層はどう対応したのか。
国の存亡をかけて国家戦略再構築への必死の努力を尽くし、「脱米入亜」(対米
自立を強め、アジアとの連携を進める)への戦略転換を図るべきところ、この歴
史的課題から逃避し、対米追随という最も安易な道を選んでしまった。

 外交、防衛のみならずエネルギー政策など国家政策の大宗までもアメリカに追
随するなど、自主独立の気概を捨てて対米従属を一層強める道を選択してしまっ
た。この路線に異を唱え対米自立を目指すものは、小沢・鳩山事件に見られるよ
うに容赦なく制裁された。霞ヶ関官僚やマスコミのなかからも「反骨の人」は排
除されてきた。

この過程には日本の「エリート」層の中枢部分の劣化、空洞化、買弁化がまざま
ざと示されている(カレル・ウォルフレンは、国家政策の基本をアメリカ任せに
してきたので、自主的に責任ある政策決定ができる「中央政府」が、日本には存
在しないと言っている(『アメリカとともに沈みゆく自由世界』)。

 このように、日本の支配層(マスメディアも含む)はアメリカの眼でものを
見、アメリカの立場でものを考えることが、もっぱら国益を護る道と考えている
ので世界認識も時代認識もともに視野狭窄に陥り、自分の眼で世界を見、自分の
頭で時代を読む力が著しく弱体化している。その典型例の1つが対中国政策に見
られる。

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    ■国のあり方を問う日中関係
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 日中関係については別稿(『日本の進路』13年1月号)で論じているので、詳
しくはそちらに譲ることにして、要点のみ記すと
 ①米国は自らの国益、国家戦略に抵触する日本の対中国政策を厳しくチェック
してきた。今回の尖閣問題も、米国のアジア回帰戦略と不可分である。日本の国
益(中国経済との連携なしに日本経済は成り立たない)に沿った自主外交として
の対中政策を進めるには、対米自立を強めることが不可欠である。

 ②米国は自らの覇権崩壊を遅らせるため、中国の台頭を抑えようと日韓豪比に
役割分担させて対中包囲策をとるが、全面対決はリスクが大きく、余力もない。
日本が米国タカ派に同調して対中包囲策の尖兵役を演じていると、梯子を外され
るだろう。米国はすでに日米関係より、米中関係重視に転換している。

 ③支配層にはいまだに侵略の歴史を否定するものがいるが、負の遺産を含めて
歴史認識の共有化に努めると共に、自らの台頭によって世界を変えつつある中国
へのリアルな現状認識なしに中国と向き合うことはできない。米国は歴史認識で
は中国に近い。

 ④明治いらい国民に刷り込まれてきた対中優越意識を払拭し、中国が経済はも
とより、政治、外交、軍事面でも日本より一回り大きく、強くなっていることを
率直に認め、優越意識、侮中、反中、嫌中意識を克服しつつ戦略的互恵関係を構
築していくこと。

 これらはいずれも、国のあり方を変え、国民意識の変革を求める大きな課題で
あり、相当な力仕事になる。これをクリアするには長い時間―国民の大多数が中
国の対日優位を実感するまで―と対米自立という大きな困難を伴うだろう。しか
し、これを成し遂げない限り、米中2つの超大国の狭間で平和国家として生きる
べき日本の進路を確立することはできない。中国問題一つとってみても日本は
今、歴史的な民族的試練の前に立たされている。

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    ■「日米同盟」の重いくびき
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 以上の日中関係からも明らかなように、日本は国家政策の基本部分で自主的な
政策決定ができていない。このことは日本衰退のグローバル要因や内在的要因に
加えて、対米従属による国家主権の制約―政治的、外交的束縛やさまざまな経済
的、社会的負担が日本衰退のもう一つの外部要因であることを示している。

 ウォルフレンは、日本が実質的にアメリカの保護国であること、アメリカも日
本を真の独立国とは見ていないこと、したがって「独立した国家が自発的に参加
して結ぶ(同盟)関係」は、日米間には成立し得ないこと、しかも「この世界史
上例のないほど奇妙な日米関係について、大半の日本人は気づいていない」こと
を指摘している(カレル・ウォルフレン、前掲書)

 対等性のない不平等の「日米同盟」を、多くの日本人は中国や北朝鮮の「脅
威」から「日本を護ってくれるものと信じている。今度の総選挙で、中国や北朝
鮮の脅威を理由に「日米同盟の一層の強化」を掲げる自民党政権を国民が選択し
たのもこれを示している。

アメリカの軍産複合体(タカ派)は「米中対決」「日中激突」など極東の「緊張
激化」を操作できる強大な力をまだ持っており、自民党はじめ支配層もこれに同
調しているので「日米同盟」の壁はまだかなり厚い(この「緊張激化」により、
米国の対アジア武器輸出の急増(ロイター、2013.1.6)が見込まれ、安倍内閣も
1機100億円のオスプレイ10機の購入方針を決めようとしている)。したがって、
この壁に挑むためには「日米同盟」が対米従属の別名に過ぎず、日本衰退を早め
る重いくびきになっていることに、多くの日本人が覚醒することが先決である。

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    ■「日米同盟の植民地」沖縄から「同盟」の瓦解が始まる
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 しかし、ここにきて国土の0.6%の面積に米軍基地の74%を押し付けられてい
る「日米(同盟)の植民地」沖縄から、この壁に挑む新しい動きが起きているこ
とに注目しなければならない。普天間基地の辺野古移設問題や米兵の集団婦女暴
行、オスプレイ配備強行を機に、沖縄全体に「日本への絶望が広がっている。琉
球独立を現実的選択肢として考えざるを得ない」「日本の一部で(ある限り)永
遠に基地は無くならない(ので)独立しかない」(「ゆいまーる琉球の自治」代
表松島泰勝、毎日新聞、2012.9.24)との考えが保革を超えて広がりつつあるの
だ。

 翁長那覇市長(元自民党県連幹事長)も「沖縄を日本の47分の1として認め
ないなら、日本というくびきから外して(欲しい)」「オール日本が示す基地政
策に、オール沖縄が最大公約数の部分でまとまり、対抗していく。これは自民党
政権であろうと変わりない」と述べている(朝日新聞、2012.12.24)。まさに
「『日米安保の要の沖縄』から日米同盟が崩壊していく予兆」が見え始めたので
ある(池宮紀夫、毎日新聞、2012.10.29)

 日本衰退を加速させてきた日米同盟=日米安保は、歴代政府が捨て石にしてき
た沖縄の「日本離脱」という形で瓦解が始まろうとしている。沖縄県民と連帯で
きずにきた本土国民の責任も厳しく問われており、改めて対米自立への本土国民
の覚悟が試されている。

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    ■終わりに
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 日本衰退のグローバル要因は南北逆転と言う世界史の趨勢の一環であり、変え
ることはできない。日本は中長期的には国際社会の中で主要国の一つから主要な
中小国の一つに移行していくだろう。国内要因については、対米自立、アジアと
の共生をめざす新たな国家戦略のもとで、適切な政策対応を図ることで状況は可
変的である。平和、福祉、環境を立国の柱にGNH(Gross National
Happiness)の高い社会を創ることは十分に可能である。

 最後に、一日も早い原発事故の収束と原発ゼロの実現が、当面する日本の最
大・最緊要の課題だが、それを実現したとしても、数万年の後の世代にまで放射
性廃棄物の管理という途方もなく重い荷物を負わせ続けることになる現世代の日
本人―原発推進の歴代自民党政権と電力会社、これを許してきた国民の責任は想
像を絶するほど重く深刻であることを確認しておきたい。     (2013.01.15)

       (筆者はアジアサイエンスパーク協会名誉会長)