衆院選の結果はなにをもたらすか

「数」を握る長期政権の不安

                               羽原 清雅


 2014年12月14日の衆院選挙は、歴史の岐路になるかもしれない、などと思いつつ、結果を見守った。
 民主73(11増)、公明35(4増)、共産21(13増)が議席増の政党、これに対して後退したのは自民290(3減)、維新41(1減)、次世代2(17減)、生活2(3減)、社民は2のまま、という結果だった<追加公認を除く>。
 結果はそうだが、自民党は過半数の238議席を大きく超えて、与党の自公で325を確保して総議席の3分の2(317)を超えた。つまり、各紙の予測通りの結果だったことになる。
 自民の獲得議席は各回の衆院選定数に対する比較では、今回は自民結党後では5番目に多い61.0%<最高は池田所得倍増選挙の63.3%>、安倍前回選挙の自民史上4番目である61.2%に次ぐものである。

 この現実をもとに、分析したい。ただ、開票翌日のため十分な統計的資料がなく、たとえば各党の得票数と議席占有率のかい離など民主政治の根幹的な検討はできておらず、機会をもらえれば、追って掲載したい。

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≪勝因・敗因≫
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●自民

1> アベノミクス・アピール
 ・突然に解散を仕掛けた戦略の勝利だろう。アベノミクスの成果が不透明で、今後景気は浮揚可能なのか、給料の上昇は低額労働者に及ぶのか、中小企業と大手との格差、正規・非正規雇用の格差、大都市と地方との格差、貧富の格差、福祉享受上の格差、高齢・病弱者扱い上の格差、教育格差など暮らしの不安はどうなるのか、といった結果が十分に見えないうちに、選挙に持ち込んだうまさがある。「失政イメージ」の回避への先手必勝策、である。

2> 地方創生のロマン
 ・地方に及ばない景気回復、先行きのTPP不安などの野党の追及を、「地方創生」のキャッチフレーズが地方有権者の期待感を誘った。有権者としては、暗い環境での一筋のヒカリ、を求めたかったのだろう。

3> 消費税10%見送りの逆手戦法
 ・GDPの2期連続マイナスなど、消費税率を上げられない状況であるにもかかわらず、とりあえず10%アップを見送る決定をしたとして、いかにもメリットを提供したかのように言う。だが、実際には景気の動向に関わりなく実施時期を17年4月にする、と決めたものである。軽減税率も公明党はやたらにいうが、自民側は慎重な物言いだった。
 もともと消費税アップの是非を民意に問うのならわかるが、据え置きならこの時期に、その必要はない。

4> 安倍首相の能弁
 ・安倍首相はほかのどの党首よりも能弁、雄弁で、いかにも頼りがいのあるような印象を与えていた。それは資質もあるし、悪いことではない。しかし、大手企業の社員の給料上昇、高卒の就職率向上など都合のいい点で力み、GDP改定値のマイナス化、非正規社員増加などについての数字的なマイナス部分はごまかすか、触れないか、部分的なプラス部分を強調するなどして、実態をごまかす姿が見受けられた。そのゴマカシを、能弁によって覆い隠すうまさがあった。

5> 主要政策への言及回避
 ・憲法改正、TPP、雇用政策、集団的自衛権、秘密保護法施行の課題などへの言及は少なく、回避するかのように思えたのだった。軌道に乗せたし、一定の方向は決まったし、一般の有権者にアピールはしそうにないし、ここは無難にかわす方が得策、といった気分だったか。

6> 地盤培養のうまさ
 ・政権を失ったときの有権者離れに懲りた自民は、二度と政権を手離してはならない、との学習効果があり、個人後援会の育成と若返り、丹念な「金帰火来」の実践、こまめな小会合への出席など、「常在戦場」の趣があった。それは経験的に、いつ選挙があってもたじろがない強さを身につけていたからにほかならない。

7> 野党の足元狙う
 ・安倍首相の狙いは、突然の予想されない解散に打って出ることで、準備のない野党勢力を蹴散らすことにあった。自民は日ごろの足場の手入れがいいが、野党はその態勢にない。自民は、予算を握り、官僚からの情報を得やすい権力のもとにあるが、野党にはその手段がない。政策的に弱みがあればバクチを仕掛けることにもなるが、これをかわす安倍政権には「結果はまだ出ない。期待もある」との読みが当ったといえよう。もちろん、すっきりせず、また大義名分のない選挙の印象はまぬがれない。

8> 公明の不透明な存在
 ・与党としての公明は、自民選挙にとって欠かせないパートナーだ。自民のみでの選挙なら、今回のような自民圧勝の結果はあり得ない。公明もまた、小選挙区に単独で出馬すれば壊滅的になるだろう。相互利益はわかる。しかし、公明の権力参加には、時代の変動以上に、結党時の理念との格差が見えている。党内世論も、必ずしも一元化しておらず、上意下達にならない努力が必要だろう。
 ・また、大筋ではこれまでの単なるサポーターの役目から、自民党のブレーキ役に転換する時期ではないか。今後、改憲といった大事の際、自民側の「若干の解釈説明」「ささやかな手直し」を取り付ける程度で納得してしまうのか。秘密保護法、集団的自衛権などの対応には、そんな懸念が感じられた。
 ・与党として、賛否を明確にし、その理由づけをしっかり説明するとともに、たとえば原発問題くらいの扱いなどについて、どこまで党内、そして世論の動向に配慮するか、など問われるものが多い。

●民主

1> 民主政権時代への消えない不信
 ・鳩山、菅、野田三代政権への不信感は消えなかった。失政よりも、政権担当に値しない、との審判が引き続き温存されていた、ということだろう。二大政党による政権交代のための小選挙区制、という制度設定に加担した民主党だったが、過半数をとるだけの候補者の擁立もできなかったし、その力量もなかった、という厳しい判断は、全国ほとんどの選挙区で共通していたことになる。

2> 政権復帰の態勢の欠如
 ・政権喪失からこの2年間、なにをしていたか。
 ひとつは、政策の不明確化。憲法改正の是非、原発再稼働の可否、アベノミクスへの対立軸、TPPへの指針、年金など福祉政策、雇用政策、さまざまな格差問題などについて、あいまいな姿勢に終始しており、政権復帰の意気込みなり、気概なり、期待感なりを有権者にイメージ付けできないままの2年間だった。
 ・自民は政権の座から落ちて、医師会などの支持組織や年来の保守層から見放された経験から、そのむなしさを味わうまい、とばかりに、地盤整備、政策検討、政治日程準備、人材発掘など、必死になっていた。
 ・今日の党内結束は、各派閥の弱まりや安倍党首の人気、さらに個性派議員の衰退などの事情もあるが、それだけではない。「政権」あっての自民党、という自覚が行き過ぎるほどに結束を強めさせ、各議員の選挙態勢つくりに取り組ませることになった。民主党は、二大政党の政権交代、のうたい文句に舞い上がり、酔いしれて、根幹の努力を放棄してきたにすぎない。

3> 党内の非協力・自滅待ち体質
 ・第二に、民主党内はそれなりの人材はいるし、磨けば光りそうな新人もいる。しかし、党内の「次」を狙うであろう10人前後の実力者は、個々のさしたることもない微力ばかり誇って、党内結束や党の将来像などの「ロマン」を生み出そうとしなかった。苦渋の選択をせず、おのれの小さな殻から出ず、力を寄せ合うことがない。
 ・海江田万里代表の落選・辞任により、「次」がうごめくだろうが、いわゆる挙党の政策作りや全党的な政策の練り上げに努められるだろうか。なまじっかの才覚と自信が、政治家としての「やむを得ざる譲歩・妥協」を阻むのだ。
 ・鳩山、菅、野田という三人の首相の崩壊は、まさに民主党のそうした体質から来ていた。

 海江田代表への全党的なサポートはなく、むしろソッポを向き、都合のいい日和見と非協力による自滅待ちが目立っていた。
 ・こうした気配は、メディアがストレートに伝えることがなくても、有権者は簡単に見抜いていることに気付かないところも、政治家集団としてかなり未熟で異常である。

4> 組織構築の弱さ
 ・自民の組織作りの徹底ぶりに対して、民主は相変わらず選挙直前の「風」待ちムードである。突然の解散を迫られ、日常活動の弱みを狙われ、太刀打ちできずに、増えたとはいえ無残な敗北を味わうことになった。
 ・議員や候補者は、選挙区での個人であれ、ファンクラブ的組織であれ、政策なり個的魅力なりの組織を作らなければ、選挙区の維持は難しい。そのコストは個々の負担では難しいが、そのために政党助成金が税金によって賄われている。
 ・労組の支援に期待し、原発対応もままならない現実の民主だが、大手企業や官業の労組中心でナショナルセンターにもなれない「連合」組織に依存することでいいのか。「連合」内の世論は、すでに国民意識とかい離している。
 ・「風」と「連合」から独立しての日常の活動は難しいが、小選挙区選挙を支持する以上、覚悟の選挙地盤を形成するしかあるまい。さもなければ、かつての社会党のように、反対と批判にとどまり、候補者も過半数にとどかずに、二大政党だと言いつつ政権の座に就く要件を欠くままに終わるのではないか。

5> 野党連携の限界
 ・前回選挙の野党乱立を悔いて、今回は候補者難も手伝って、民主党候補不在の選挙区が目立ち、政策的にはすれ違いも多い野党同士の譲り合いがあった。政策的協力ではない。談合、に近いかもしれない。
 だが、価値観の多様化している中で、ふたつだけの大政党の政権交代に期待をかけさせること自体、矛盾しているのだ。このような選挙制度にすがるから、政党が自らの政策をしっかり固め、そのうえで政策的な連携が可能かどうかを有権者に示しながら模索する姿勢が消えてしまう。
 ・維新の党と次世代の党の分裂、民主党と生活の党の喧嘩別れ、みんなの党の崩壊など小政党の離散は、単にコップの中の嵐にとどまらない。政治家の当選第一の、いい加減な流動を招き、ますます政党の政策への信頼を損なう。自民を利する政治風景でもある。小沢一郎、平沼赳夫、石原慎太郎、渡辺喜美らのリーダーには当落は別として、共通したみじめさが見える。

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≪展望≫
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1> 最大の注目点は任期
 ・こんどの選挙で議員の任期は2018年12月までになる。安倍自民党総裁は2015年9月の任期切れで再選されると、2018年9月までの任期となる。安倍首相はその間、来年4月に統一地方選挙を迎え、16年7月には参院選を迎える。参院選を勝ち抜いて与党で3分の2の議席をとると、衆参ともに3分の2を握ることになり、改憲のおぜん立てができる。18年9月の任期切れ前に当然、衆院を解散して選挙に持ち込む。これに勝てば、中曽根政権が1年の任期延長に恵まれたように、安倍政権も更なる延長がありうるかもしれない。
 ・しかも、その選挙でも3分の2を押さえると、どこまで進められるかは不明ながら、改憲→国民投票への道筋ができる。「数」を確保できた有利な長期政権こそ、自民の狙いでもある。
 もちろん、その間に失態や病気などのハプニングがなく、またスキャンダルや極端な経済悪化などの事態がなかったとして、である。

2> 狙いは憲法改正
 ・安倍政権の狙いは、自民結党以来の目標であった憲法の改正である。現状はやっと近づきつつある途上にある。この機を逃してはならない。細心の配慮と作戦が必要だ。有権者は若返り、戦争を知らない世代が増えている。中国や韓国への距離感や嫌悪感も増えて、国粋的な日本構築の考え方も強まっている。投票結果には、そうした兆候が示されている。
 ・朝日と毎日両紙によると、新議員の83.4%が改憲に賛成し、反対は10%。毎日によると、9条改正については賛成57%、反対27%だという。いずれにせよ、3分の2の多数で発議できる環境が整いつつあり、過半数決の国民投票がカギになるようだ。
 ・この6月、改憲の賛否を問う国民投票を18歳以上とする法改正を、与党のほか民主、維新なども同調して決めている。自民は10月、改正する点として9条問題ではなく、(1)有事や大災害時に国民の権利を制限する緊急事態の条項、(2)次世代への負担先送りを制限する財政規律の条項、(3)環境保全のための責任を国、国民に定める環境権の条項、を提示している。プライバシー権の設定も課題になるだろう。要は、野党も反対しにくい提案をして、改憲の外堀を埋める方向で進められそうだ。
 ・最大の焦点である9条問題だが、すでに改正の賛否・是非の段階ではなく、「どこまで改定するか」の論議に移っている、との見方も出てきている。
 ・国会の憲法審査会の論議を経て、3分の2の議員が賛成すれば発議され、国民投票に持ち込まれる。ここで過半数を取れれば、改憲に至る。投票年齢を参政権よりも低い18歳としたのも、戦争を知らない世代の取り込みのため、と思っていいだろう。
 ・2016年7月の参院選前に、この改憲案を国会で通過させて、参院選と一緒に国民投票を実施したい、という計画も練られており、改憲の環境整備は予想以上に早いテンポで進行しているのだ。日程的には容易ではないが、ひたひたと進められており、そこに「3分の2」の怖さがある。

3> 山積する課題
 だが、安倍政権の前途には厳しい厚い壁がある。どう乗り越えられるか、それが課題である。
 ・安全保障・・・新年早々にはことし7月に閣議決定した集団的自衛権の法整備が進められる。そして、予算成立後の国会で審議される。その前の自公の協議が行われるが、公明は暖簾に腕押し、にとどまるだろう。
 また昨年末の予定を持ち越した日米防衛協力のガイドラインの改定も進み、米側の要請をそっくり受けることになれば、自衛隊は地球の裏側にまで出かける事態にもなりかねない。
 ・外交・・・11月の日中首脳会談で形式的には打開の方向を示したが、具体化はしていない。平和と友好というが、「靖国」などの歴史の修正問題をめぐって、なお混迷は続きそうだ。韓国関係もチグハグのまま。日本の誇りもいいが、当然、戦争の反省や相手国民の怒りへの配慮が求められる。
 ・アベノミクス・・・まず2017年4月からの消費税10%引き上げが、景気の動向にかかわらず実施されるという。アベノミクスの成果が目に見えて貧窮層にまで及ぶとの確信からの公約だろうが、果たしてそうか。金融緩和策で円安・株高が進んで金融業と大手製造業、株保有者などにメリットが出たが、経済成長率は4〜9月の2期連続のマイナスで、これは賃金が物価高に追い付かないからだ。安倍首相の言うように、今後ベアが進み、そのおカネが消費に回り、景気を底上げする、ということになるかどうか。法人税優遇など大手企業優遇策は内部留保にとどまり、賃金引き上げにまわるのか。
 円安は輸出にはいいが、輸入にたよる食品や輸入原材料などは苦しく、中小企業が上向き、賃上げを助長するだろうか。それに金融緩和で発行増となった国債は今後に大きくのしかかる。これも、景気回復で税収が伸びるので不安なし、といえるのか。
 頼みは、原油価格などの下落と成長戦略の伸張だが、これらもまだ先行き不透明だ。
 ・TPP問題・・・選挙が終わり、新年以降に交渉が煮詰まる。牛肉や豚肉や農産品の関税引き下げを迫るアメリカをかわせるだろうか。農業の大規模化、農協改革は進むのか。苦しむ畜産や農業の現場の出方も注目される。
 ・福祉関係・・・財源不足による福祉の切り下げは新年度予算案で具体化する。増税延期で4500億円減、総体で1兆3500万円に減るので、年金の低所得受給者への月5000円給付は延期になる一方、待機児童解消のための子ども・子育て支援制度も不透明。介護職員の待遇改善、難病支援、認知症対策なども思うようにいくかどうか、厳しい。バラ色の公約は後退必至だろう。
 ・女性・雇用対策・・・大企業などに女性登用の数値目標などを求める女性活躍推進法案は再提出されるが、具体的成果が出るのはずっと先だろう。
 派遣労働の固定化にもつながる労働者派遣法案を三たび提出する予定だが、若者やシングルマザーの非正規就労働を苦しめることになり、非正規による結婚、出産、育児、生活設計などの長期的不安を加速させそうだ。
 ・原発問題・・・鹿児島・川内原発は新年の2月再稼働の予定だ。脱原発の強い世論は選挙結果に反映しなかったが、核廃棄物の処理なども含めて、大きな課題になる。福島など復興支援もままならないなかで、原発推進の「神話」を再定着させていいのか。
 ・教育・・・安倍首相は国民の意識改造を目指してか、道徳の教科化、教育委員会での首長権限の拡大などを文科省指導のもとに推進させている。これも、日本の誇り強化、歴史再点検の一部に組み込まれるのだろうが、不安材料も大きい。

 これらの課題は二者択一とはいかず、複雑化した社会環境にあって、ひとつ間違えると将来に大きな禍根を残す。身の回りの生活に関わりが大きいので、慎重でなければならない。場合によっては、安倍政治への「NO」につながりかねない。
 とくに、大手法人への優遇は、中小零細企業への仕事の増加、賃上げなど所得の向上など、下流にまで波及するのだろうか。その時期はいつか。流れは内部留保など途中の段階で途切れないか。この疑問、不安は大きい。

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≪民主主義の基盤への課題≫
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 安倍首相は選挙後の記者会見で「支持を頂いたわけだから、実行していくのは政権としての使命だ」と語った。
 抽象的にいえば、その通りで否定はしにくい。だが、ひとつの懸念は「私が最高責任者だ」という権力的な意識が潜在しており、「数」のうえに支えられた権力行使に不安が消えない。
 それ以上に懸念されるのは、<民主主義>の土台が客観的に公平に機能しておらず、有権者の権利が十分に確保されていない制度に乗った権力構造、という点である。その<民意>の信頼を得られていない土台に触れておきたい。
 
1> 二人に一人だけの<民意>
 今回の選挙の投票率(小選挙区)は平均で52.66%。2人に1人しか投票しておらず、結果的に半分の<民意>が選挙結果になった、ということである。不投票の有権者の意向が反映していない。投票しない以上、その有権者の責任であり、黙殺せざるを得ない、ということになる。
 しかし、国の方向が半数の国民の意向が反映されないままに多数決で決められていくこと自体に、民主主義の理念からすると、いかんともし難いが、大きな疑問が残る。意思表示しない人々は、どのような選択をするのか、その判断を無視して進まざるを得ないことに矛盾を感じる。
 仮に、政治に信頼を置けず、期待もできないから、といった投票拒否ということなら、政治自体に課題が残る。
 大きな歴史的な節目を迎えて、有権者の半数の意思表示のないことは民主主義の理念にもとることになる。
 この対応に妙手は見当たらないが、政党も政治家も「政治への信頼、関心」という視点から、もっと考えを練らなければなるまい。

2> 大義名分のない衆院解散
 この点は前号の「オルタ」に書いたので、詳しくは触れない。
 要は、まだ任期のうち2年しか経っていないこと、消費税の8%存続なら民意を問うほどのことではないこと、一票の格差問題で最高裁が違憲状態と判断したにもかかわらず改革していないこと、十分な定数削減の公約が果されていないこと、などを挙げた。
 この指摘はいまも変わっていない。
 安倍政権の突然の解散は、要はアベノミクスの失政を恐れての事前予防の措置、ないし「失敗」隠しであり、野党の選挙態勢の弱さを見て取っての決断に過ぎないし、多弱野党の足並みの乱れを突く、という計算づくの強行、だったと考える。言ってみれば、政略解散、である。
 ただ、メディアなどはこの論議を初めこそ取り上げたが、すぐに選挙運動の方に目を移してしまった。民主主義の原点を守る姿勢が欲しかった、と今も感じている。

3> 不平等の民主主義「一票の格差」
 衆院選直後に各地の弁護士らが「一票の格差」について、基本的な「法の下の平等」を求める提訴をした。
 全国8高裁、6支部すべてに憲法違反、選挙無効を訴えたものだ。この選挙では、格差を2倍未満に抑えようと、「0増5減」というささやかな区割り変更をしたが、それでも格差は拡大して、13の選挙区で2倍以上になった。
 つまり、宮城1区の有権者(23万1081人)を1とした場合、最大の格差である東京1区(49万2025人)は2.13倍になる。該当するのは東京の8つの選挙区、北海道1区、神奈川13区、兵庫6区、埼玉2区と3区である。
 宮城の民意は一人ずつの1票だが、東京などの13区では二人以上でやっと1票になる。
 この状態はすでに、最高裁をはじめいくつもの高裁で「違憲状態」とされているにもかかわらず、立法府たる国会で各政党が各党の利害を守ろうとして改革の作業を怠ってきた。
 つまり、国民の代表としての国会議員が、政党の対立を理由に司法判断を無視して、選挙戦に入ってしまい、またも違憲状態のもとで議員を選出してしまった。違憲状態下の議員によって、今後は憲法改正の論議や発議をはじめ、多くの立法が進められることになる。おかしくはないだろうか。
 ある程度の格差はやむを得ないにしても、2対1といった「民意」の格差は、代議制である立法府の決定に信頼を寄せられないことになり、早急な是正がなされなくてはならない。少なくとも、5年ごとの国勢調査による人口をもとに、定例的な改正が必要である。

4> 定数是正の課題
 国会議員の定数は、そのまま各選挙区の定数に関係してくる。小選挙区制では、選挙区の数の削減になり、議員にとっては選挙区地域の変更はそれまで築いてきた選挙地盤の変更となり、既得権益を手離し、新たな努力を強いられることになるので、どの政党のどの議員もいじりたがらない。
 そこで、比例区の方なら、大きなブロックであるし、政党への投票なので、影響も少なかろう、として、大きな政党は「比例区議員数の削減」を主張する。
 民主は、小選挙区30、比例制50の削減を言う。
 自民は、比例制180を30減として、1枠(90)を全政党の得票数に応じてドント式配分、2枠(60)を得票2位以下の政党でドント式配分、とする。公明もこれに同調する。
 各党とも噛み合わないのだが、比例制議席の削減は少規模政党の命運にかかわるので受け入れがたい、という問題を抱えている。いずれにせよ、民意の表明につながるもので、政党の利害だけの論議が行き詰まれば、第三者による決着にゆだねなければならない。

5> 政党得票数と議席配分の不合理
 今回の選挙については時間的に十分検討できていないが、これまでの選挙同様に得票数という民意が、国会の議席数に公正に反映されず、大政党有利の配分になっている。法案などの決定は基本的に政党議員の多数決となるので、本来一人1票の民意を表わす政党得票数が反映しないことになる。得票数で50%にならない政党が、議席においては70%もの議席を握り、立法していく矛盾をはらむことになる。
 これは民主主義の基本から見て、極めておかしなことで、いかにも不合理、不公正である。
 このことは改めて寄稿できれば、と考えている。

6> 小選挙区制のいかがわしさ
 今回の衆院選挙は小選挙区と比例制による7回目の選挙である。
 小選挙区制の選出の議席数が多くても、比例制部分で小政党の救済ができる、などの配慮はあるが、根本的な問題は解決されないままである。いろいろな矛盾、不合理を抱えて、民意をゆがめる格好で国会の機能が動かされている。
 数字的な事例には触れないが、おおまかな問題点を挙げておこう。

(1)価値観の多様化するなかで、二者択一的な選択でいいのか。しかも、政治課題や各種の政策は複雑化して、利害も相反するかたちになってきており、有権者の選択がしにくく、民意の表明なりまとめ方が困難になっている。むしろ時代遅れの仕組みではないか。
(2)二大政党制により、政権交代を可能にする仕組みというが、一時的には政権交代を経験できたものの、一方の政党の失政は、他方の政党の多数支配と、時に世論に反するような横暴な政治を招くようになる。しかも、少規模政党の乱立や離合集散を招いたり、一貫した政党についても安定した政治基盤を失わせたりする。さらに、大政党は現実的に「次」を狙うために、目先にこだわり、失敗を恐れて大きな目標や変革を打ち出しにくくさせ、さらに政権党から移行して政権を手にした時の変動に警戒心を与えないよう、現状維持型の類似的な政策遂行になりがちである。
(3)死に票が多く、有権者の1票が生かされない。1選挙区1人の当選は、他の落選候補者の獲得した票の「死」を意味する。つまり、多くの票、いわゆる民意が政治に反映されない、無駄な投票になる。この感覚は、「どうせ生かされない1票だ」として、投票に行かないひとつの理由にもなっていないか。
(4)先に触れたように、政党の得票数(率)が議席数(率)に公平に反映しない矛盾である。大政党支持者以外の有権者にとっては、追随せざるを得ないか、ゆがめられた立法として反発するか、といったイメージもここから生まれる。
(5)同じように1票の格差、という矛盾がある。これは、選挙区を揺るがす問題で、大きな矛盾を抱えながら、大きすぎる課題であるがために、この選挙制度を変更できなくさせている点でもある。
(6)人材の小型化や政治家の世襲の横行を招く。小さい選挙区で1人だけの当選、という制度なので、多くの票を確保するために、確信を込めた発言や強い個性の発揮などは影を潜め、いきおい無難な人物が選ばれる傾向が強まる。また、狭い選挙区では、知名度ある政治家一族が有利に立ち回れることになり、地盤も固定化して、新顔の登場を阻むことにもなる。政界の低迷にもつながりかねない。
(7)1区1人の選挙戦になるため、政党の発言力が強まり、とくに政党幹部が党内の動向を左右しやすい状態が生まれる。候補者として公認を取り付けるにも、日頃たてつくような批判的人物は排除されかねない。ポストもまわってこない。となれば、静かに言いなりになる人物が増えて、党の幅を狭めることにもなる。
 さらに、追随型政治家が増えると、いわゆるチルドレン・チームが生まれ、派閥とは異なるが支配下の議員にもなりかねない。小泉郵政選挙のように、シングルイシューの選挙さえ可能になる。
(8)政治とカネの問題は当初、政党助成金が配分されるので、中選挙区時代のようなカネの問題はなくなる、との触れ込みだった。しかし、現実はどうか。選挙区維持のカネはいくぶん少額化したようだが、いまでも政治資金規正法違反のケースは絶えることなく、閣僚をも巻き込んでいる。
(9)重複立候補の矛盾がある。小選挙区では落選、比例制で当選、という事態も矛盾といえば矛盾だろう。当選は当選、落選は落選、であり、惑わすことは望ましくない。

 ここでは列挙するにとどめるが、変革することは容易でないことを承知しつつ、再考の勧めとしたい。

7> 自民の黒幕への警戒
 自民の議員を中心に「日本会議国会議員懇談会」なる任意団体がある。安倍前内閣の閣僚19人のうち15人までがこのメンバーであり、解散前には民主、次世代、維新など約290人の議員が参加していた、という。
 この議員懇談会の母体である日本会議(会長 三好達元最高裁長官)は、多くの知識人や地方議員、宗教団体などを擁した大組織で、安倍内閣の2度目に登場するまで強く支えてきたとされる。
 憲法改正を最大課題として、国家国旗法制定、河野談話の修正要求、女系天皇の容認反対、教育委員会制度の改革や愛国心、道徳教育強化、首相の靖国参拝、男女共同参画反対、外国人の地方参政権反対などの運動を展開、地方議会をも巻き込む一大勢力になっている。
 しかし、その概要はごく一部のメディアにしか登場せず、大手の新聞や週刊誌はほとんど取り上げておらず、一般的には知られていない。
 しかし、国会、政党などの政治の舞台で隠然とした影響力を持つことはたしかである。
 裏にあって、安倍政権に強い影響力を持ち、周辺を羽交い絞めにするような発言力を発揮しているなら、メディアによる表の顔を見せてほしい。
 政策や国家の方向が、なんともわからない影響力によって身動きできなくなる怖さ、このことを自民台頭の裏側に感じざるを得ない。閣僚などの要職への起用の要件となり、政治的発言へのじんわりとして見えないプレッシャーをもたらし、選挙地盤の支援にも影響する・・・そのような政治の裏側になっていないか、懸念を覚える衆院選でもあった。
 かつて軍部を動かし、結果的には日中戦争から太平洋戦争への道を開くことになった桜会や三月事件、十月事件などの企画構想グループ、そして昭和維新、国家改造運動をふと思い起こす。もちろん、時代も状況も異なるし、再来など不可能であろう。ただ、見えない動きは歴史的に怖い。安倍台頭・圧勝政権下の政治動向を裏から表から見つめていかなければならない。

          ◇     ◇     ◇ 

 2015年は「マグナ・カルタ」から、800年になる。
 国王の専制政治から解きほぐされ、国民としての自由と権利を初めて手にすることができた歴史的な憲章の年である。その後、長い世紀と多くの人々が流した血のうえに、民主主義は生まれ、育った。
 日本の民主主義はまだわずか70年、未熟で欠陥も多い。だが、豊かに守らなければならない。
 今回の選挙は、そのような感慨を感じさせてくれるものでもあった。

                          (筆者は元朝日新聞政治部長) 


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