【コラム】ザ・障害者(13)

衆議院議長に宛てた植松被告の「手紙」の再考

堀 利和


 2016年7月26日の未明に起きた相模原市の津久井やまゆり園事件の惨事は、私たちの記憶の中に今だ鮮明に残っており、それは障害者施設では到底考えられない、テロ事件さながらの様子を呈していた。なぜ、あのような事件が障害者施設で起きたのか? 今なお、事件の本質に迫りきれていないと感じる。いや、私の問題意識からは、現代社会の中でそれをどう消化するべきかということでもある。改めてそれを「手紙」の中から問い直してみたい。

 そのきっかけとなったのは、1月17日に行われた私の講演、「津久井やまゆり園事件とは?」である。これは、横浜市の職員と市民向けの「第3回差別と人権を考える横浜市民講演会」で、もう一度「手紙」を読み直してみたことによる。

 「手紙」の分析の前に必要な情報として、彼が学生時代に入れ墨をしていたこと、その後顔の美容整形手術もしていたということである。入れ墨についていえば、それはおしゃれというものではなく、その筋の人の「強さ」にひかれていたといえる。美容整形も「イケメン」に。彼は「強者」「イケメン」に身を置こうとしていたと思われる。精神鑑定で「自己愛性パーソナリティ障害」という診断、これは他人からよりも自分自身の自己評価の方が高いことを意味する。

 職員として働いていた時、入れ墨が発覚。彼をこのまま働かせるかどうかの相談が理事長・職員の間で行われ、「まじめ」だからということでそのまま継続雇用となった。自尊心の高い彼にとっては、おそらくその「相談」自体が屈辱であったに違いない。彼は自分がやまゆり園の重度の障害者の立場にいったん貶められ、同一視したに違いない。普通なら「強者」の理事長・職員にその怒りと不満が向かうのだが、逆に、尊厳を取り戻すために「弱者」・利用者に向かって、その存在を否定することになったと推察される。つまり、「強者」になろうとしたのである。入れ墨と美容整形外科の動機のように、彼の中に同様の「個人」的動機がうまれたのであろう。

 「手紙」を分析する際に文章を前後入れ替えて、それを三段階に分析してみると、第一段は「保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過ごしております」「車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し」となっている。

 この段階では、彼は、利用者、保護者、職員を観察し、しかも手にかけた利用者を「気の毒な」とシンパシー、同情の感情さえみせている。

 ところがそれが第二段になると、「障害者は不幸を作ることしかできません」「障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます」「保護者の同意を得て、安楽死できる世界です」というように、殺意を明らかにしている。

 しかしこの段階でも、彼は殺害行為には及ばない、及べなかったともいえる。それを可能に、決行させたのは、彼の歪んだ正義感と使命感、自らを彼なりに普遍性にまで高めた「革命」なのである。それが第三段となる。

 「理由は世界経済の活性化」「日本国と世界平和の為と思い居ても立っても居られずに」「今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だと考えます」。こうして、彼は自らの行為を合理化・正当化したのである。

 彼もまた時代の子である。今日の世界情勢と現代社会の閉塞、それが背景にあると言える。排外主義、人種差別、ネオ・ナチの台頭、分断と差別、排除と格差、そんな時代が彼を生んだのである。

 私たちは彼のように「強者」の道を選ぶのではなく、「弱者」に寄り添い、いや、強者と弱者の関係を成立させている「関係性」をこそ変革しなければならないと考える。

 (元参議院議員・共同連代表)

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