【海峡両岸論】

蔡再選、「他力本願」では喜べない
~反浸透法」、両岸関係緊張へ

岡田 充

 台湾総統選挙(2020年1月11日投開票)で、民主進歩党(民進党)の蔡英文総統が過去最多の817万票(得票率57.1%)を獲得して圧勝・再選(写真)された。立法委員選挙も民進党が61議席を獲得して過半数を維持し、二期目も「完全執政」が続くことになった。勝因は、香港抗議活動を追い風に「今日の香港は明日の台湾」と、「一国二制度」に対する警戒と反発を煽る戦術が奏功した。「他力本願」の勝利とも言え、積極的支持を得たわけではない。第二期蔡政権の両岸関係は、改善どころか米中対立構造の中で緊張激化は必至。特に蔡が圧勝の余勢を駆って署名した中国を敵対視する「反浸透法」に中国側が「倍返し」の報復をする恐れもある。

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  勝利宣言後、記者会見する蔡氏~TVBS画面から

◆◆ 「一国二制度」を拒否

 「勝利は習近平国家主席のおかげでは?」 勝利宣言直後の会見で、英BBC放送記者が皮肉たっぷりにこう問うと、蔡氏は苦笑しながらも「選挙結果は、習氏の一国二制度への拒否です」と満足気に応じた。続いて、今後の両岸関係については「平和、対等、民主、対話」の8字からなる4原則で臨み、北京が善意で応えるよう希望するとも述べた。
 一見、低姿勢で中国との対話再開を求めたように映る。しかし蔡は英BBC放送との単独インタビュー(1月14日)で、「(中国との)戦争の可能性は常に排除できない。その準備を十分にし、防衛能力を高めれば、台湾侵略は高い代償を支払うことになる」と、軍事力強化で中国に対抗する姿勢を見せた。

 蔡の反応で思いだすのは、2004年再選された第二期陳水扁政権である。彼は台湾の名称で国連加盟を求める住民投票を提起するなど、台湾独立色と対中対抗姿勢を鮮明にし自滅した。米国にとって両岸関係の一定の緊張は、台湾への武器供与など台湾関与にとってプラスだ。しかし台湾の政権が、中国を露骨に敵視し台湾海峡が緊張する事態を招けば、台湾と言う「カード」によって政策の手足を縛られかねない。蔡も、ブッシュ(子)政権が陳政権を見放した歴史に学ぶ必要があろう。

◆◆ 逆境どう跳ね返したか

 約1年前の2018年11月、台湾統一地方選挙で民進党は歴史的な惨敗を喫した。当時の蔡支持率は2割すれすれ。民進党長老が蔡の再選出馬に反対する意見広告を「自由時報」に掲載した時には、「もう蔡再選はない」というのが大方の見方だった。
 そんな逆境をどう跳ね返したのか。蔡には少し厳しいかもしれないが、一にも二にも外部要因による「他力本願」だった。「天祐」と言ってもいい。「他力」を挙げれば
 ① 長期化する香港抗議活動
 ② 米中貿易戦で台湾資本が台湾回帰。トランプ政権の兵器供与など台湾支援
 ③ 国民党の分裂

 このうち香港抗議活動の長期化が最も勝利に貢献した。各種世論調査で、蔡が韓国瑜の支持率を逆転したのは2019年8月初めである。ちょうど香港で若者が国際空港ロビーを占拠、ゼネスト呼びかけで地下鉄がストップした時期にあたる。
 習が、台湾版「一国二制度」による統一政策を発表したのは2019年1月だった。蔡は直ちに拒否し支持率を8ポイント程度回復。さらに香港情勢が長期化すると、香港の混乱と「一国二制度」をリンクさせ、台湾有権者の対中警戒を高める戦術は成功した

''◆◆ 米中貿易戦の副次効果
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 第2、今回の選挙は米中パワーシフトが本格化する中で行われた初の選挙でもあった。米中貿易戦(写真)の副次効果が蔡に有利に働いた。米企業は、通信機器の調達先を中国大陸から台湾へと切り替えた。この結果、台湾の対米輸出が伸び19年11月の台湾輸出額は3か月ぶりにプラスに転じた。

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  米中貿易交渉「第一段階合意」の署名式で握手するトランプ大統領と劉鶴副首相

 大陸に進出していた台湾企業の回帰もある。回帰に伴う投資申請は19年1~11月に約7,000憶台湾ドル(約2兆5,000憶円)。オフィスなどの商業用不動産取引額は、前年比35%増の1,430憶台湾ドルと過去最高に。台湾行政院は、19年の実質経済成長率見通しを2.64%に上方修正した。
 トランプ政権は2018年、米台高官の相互訪問を可能にする「台湾旅行法」を成立させた。19年8月末、今度は台湾への武器供与としては最大規模になる、F16V戦闘機66機を約80憶ドル(約8,500憶円)で売却する方針を表明。次々と「台湾カード」を切って蔡支援を鮮明にした。

 一方、統一地方選挙では「韓流旋風」を起こした韓国瑜だが、馬英九前総統や王金平・元立法院長ら、国民党エスタブリッシュメントとの関係調整に失敗。国民党予備選で指名を争った鴻海の郭台銘や、「第3勢力」を代表する柯文哲・台北市長への支持取り付けにも成功せず、国民党内に亀裂が入った。「そもそも総統の器ではない」という見方は以前からあったことを付け加える。

◆◆ 日米関与に不快感

 蔡圧勝を北京はどう受け止めたか。まず北京の公的反応。中国国務院台湾弁公室は11日の声明で「平和統一と一国二制度の基本方針を堅持する。いかなる台湾独立の陰謀・行動にも断固反対」と、一国二制度による統一方針を再確認し、型通り台湾独立をけん制した。
 さらに中国外務省の耿爽副報道局長は12日、茂木敏充外相やポンペオ米国務長官が蔡再選に祝意談話を発表したことに、「『一つの中国』原則に違反しており、強烈な不満と断固とした反対を表明する」と反発するコメントを発表した。

 茂木談話[注1]は「民主的な選挙の円滑な実施と蔡氏の再選に祝意を表します」とした上で、「台湾は我が国にとって,基本的な価値観を共有し,緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーであり,大切な友人です。政府としては,台湾との関係を非政府間の実務関係として維持していくとの立場を踏まえ,日台間の協力と交流の更なる深化を図っていく考えです」と書いている。(外務省HP)
 安倍政権は2016年1月、蔡の第1期当選の際、岸田文雄外相が外相として初めて当選の祝賀談話を発表した。上記の引用文は、4年前の談話と一字一句全く同じ。ただ中国は4年前に祝賀談話に注文はつけなかった。「日米の後押しによる再選」への不快感の表明だ。

 蔡は選挙翌日の12日、米在台協会のクリステンセン台北事務所長および大橋光夫・日本台灣交流協会会長とそれぞれ会談し、日米との協力を継続強化する姿勢を鮮明にした。さらに蔡は12日午後、安倍首相の実弟、岸信夫衆院議員や山口県議らを公邸に招き「日本との関係をより緊密にし、共に地域の平和と安定を維持していけることを期待する」と述べた。蔡は総統に就任する前年の15年に訪日、その際、安倍首相の地元である山口県を岸の案内で訪れている。答礼だけではなく、安倍との親近感を誇示する狙いだろう。

◆◆ 武力統一論が急増

 一方、中国のSNSでは、蔡圧勝に「もう平和統一の可能性は失われた。武力統一を」という強硬論の書き込みが急増した。中国共産党系の「環球時報」の胡錫進編集長[注2]は12日、自分の「微博」に、「両岸の軍事的力量から判断すれば武力統一に全く問題ない」と書く一方、(武力行使は)米国と全面的な武力衝突を覚悟しなければならず「直面するリスクと挑戦に冷静に対処すべき」と、武力統一論を戒める文章を寄せた。
 胡が、武力統一(写真)が可能な条件として ①中国軍が第一列島線周辺で圧倒的優勢に立ち、米軍が容認できないほどの代償を払うまでの実力を有すること ②中国の市場規模と経済競争力が米国を越え、米国や西側の経済制裁を無力化する実力を備える―の二条件を挙げているのは興味深い。

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  1960年代の武力統一ポスター

 ついでに胡は、武力統一を究極の選択肢として維持することは「台湾の法理独立を阻止する」上で必要と強調した。ここ数年、中国が経済的、軍事的実力を強めるにつれ、武力統一を主張する声が大陸学者から聞かれるようになった。中国人民大学の金燦栄教授の主張は具体的だ。彼は蔡政権誕生後の16年、蔡政権に対し「観察、圧力、対抗、衝突」の4段階で対応するという段階論を提起した。
 20年総統選挙の半年前から「圧力期」から「対抗期」に入り、台北への揺さぶりを強化する。20年総統選でも、国民党に政権奪回のチャンスはほぼないとし、第二期民進党政権の4年の間に、第4段階の「衝突期」に入ると予測したのである。
 もちろん、こうした主張の多くは「文攻武嚇」やアドバルーンの域を出るわけでない。しかし金が武力行使の時期を「私の見立てでは最も早ければ2021年」としているのは不気味である。

◆◆ 台湾優遇政策を継続

 強硬論ばかりを挙げれば、北京の対応に対する判断を誤る。北京も台湾民意を無視し統一政策を進めることはできないことは十分承知している。
 「人民日報」海外網(12日)は、「選挙後の台湾内政と両岸関係」と題した座談会で、中国の台湾研究者が、蔡圧勝により「両岸関係の平和発展に不確実な要素が増えた」という見方を紹介。両岸関係のリスク管理をする一方、両岸の融合発展を引き続き深化し、台湾優遇政策をきめ細かく行い、特に台湾青年層の中国に対する共感を勝ち取るべきという意見が出た。

 中国政府は18年2月、台湾人の大陸での学習、起業、就業、生活に対し大陸中国人と同等に処遇する「31項目の台湾優遇政策」を発表。総統選挙前の11月4日には、次世代通信規格「5G」など先端技術の研究開発で、台湾人に内国民待遇を与える「26項目の優遇政策」も発表した。この中には海外で台湾人を中国公館が保護する項目もある。
 統一工作の「アメ」にあたる部分だ。「習5点」の第4の「(両岸の)融合発展を深化させて、平和統一の基礎を固める」を具体化する政策である。両岸の経済社会基盤を可能な限り近づけることによって、統一の基礎をつくるという狙いだ。台湾側は「台湾人の分断を図る伝統的な統一戦線工作」と批判するが、再選後も青年層を意識したさらにきめの細かい優遇策を打ち出すのは間違いない。

◆◆ 中国を敵視、現状維持逸脱も

 冒頭に触れた「反浸透法」を論じる前に、中台関係を少しトレースしよう。
 2000年の総統選挙で誕生した民進党の陳水扁政権(写真)は、前日のように台湾名での国連加盟を目指すなど、露骨な台湾独立政策を打ち出し、米国や日本から見放され自壊した。

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  陳水扁元総統

 一方、2008年からの国民党・馬英九政権は、対中関係改善を進めながら、「統一せず独立せず」という現状維持路線を打ち出す。そして蔡氏もまた「現状維持」を選挙公約にして当選。2016年の第一期スタート時は、中国を刺激しない「低姿勢」に撤した。台湾では「現状維持」が最大公約数と言っていい。

 ところが今回の選挙直前、気になる動きが出てきた。民進党政権は2019年大晦日、野党の反対を押し切って、中国による選挙介入や内政干渉を防ぐための法律を可決・成立させたのである。それが「反浸透法」だ。
 中国を事実上「域外敵対勢力」として扱い、法律に違反した場合は5年以下の懲役と1,000万台湾元(約3,600万円)以下の罰金が科せられる。拡大解釈すれば、大陸との統一を主張する野党政治家やメディア報道も、摘発の対象になる恐れがある。

 自由と民主の価値観を売り物に、「独裁国家中国」と対峙する台湾が、自ら言論に制約を加え弾圧しかねない内容。「現状維持」を逸脱する法律でもある。北京は成立直後に、「緑色(民進党のシンボルカラー)テロを煽り、敵意と対立を作り出すもので、自ら報いを受けるだろう」(国務院台湾事務弁公室)と報復を示唆する声明を出した。

◆◆ メディアも対象に

 同法制定の理由は、「域外敵対勢力」が台湾に密かに浸透・介入することを防ぎ、国家の安全と社会の安定を確保、中華民国の主権と自由民主の憲政秩序を維持するため、とされる。中国を「域外敵対勢力」として名指ししているわけではない。しかし定義を読むと「我が国と交戦している、もしくは武力で対峙している国、政治実体、団体。あるいは非平和的手段で我が国の主権に危害を加える国、政治実体、団体」と規定されている。中国以外の国は考えられない。
 「浸透ソース」として同法は、「域外敵対勢力の政府、政党の組織、団体などが設立した、ないしは事実上掌握している組織、機構、団体及びそこから派遣される人物」と定義する。拡大解釈すれば、中国資本が入ったメディアも対象になる。

 無理筋な法律を成立させた理由について、台湾では「中国に対する恐怖感を煽って、選挙利用するのが目的」という受け止め方が多い。しかし、中台関係が専門の趙春山・台湾淡江大名誉教授[注3]は、「選挙のためと言うなら、圧勝したのだからその理由は消えたはず。もし蔡政権が強力にこの法律を推し進めれば、台湾社会に大きな分裂と傷をもたらし、中台交流にも悪影響が及ぶ」と述べ、蔡政権に慎重な対応を求めた。

◆◆ 倍返しの報復

 反浸透法が実際に適用されれば、中国は躊躇なく「倍返し」どころか、大報復に出るだろう。国務院台湾事務弁公室スポークスマンも15日の記者会見[注4](写真)で、蔡が法律に署名、発効したのを受け「正真正銘の悪法」と非難した。

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 想定されるのは、国家安全法や反スパイ法に基づき、中国で商売をする民進党系ビジネスマンを摘発、中台間でスパイ摘発合戦が展開される恐れもある。さらに、台湾資本への規制強化など、経済締め付けに出るかもしれない。中国観光客の台湾訪問への規制も当然復活する。
 蔡政権への圧力としては、空母を含む中国艦隊の台湾海峡通過を頻繁に行うなどの軍事的威嚇。中国戦闘機の中間線越境の頻度も高まり、台湾海峡の「内海化」を図る試みを、次から次へと打ち出す可能性がある。
 さらに、蔡政権スタート以来、7カ国の国交国を失った台湾を、さらに外交孤立に追い込むことだ。国際政治学者のイアン・ブレマーが2020年のリスクの3番目に挙げた「台湾・香港をめぐる米中対立」シナリオが現実化する。

◆◆ 完全執政を維持

 総統選と同時に行われた立法委員選挙は、民進党が113議席のうち61議席(-7)を獲得し、単独過半数を維持した。この結果、総統府、行政院、立法院を民進党が握る「完全執政」が第二期も続く。国民党は3議席増やしたが38議席にとどまった。柯文哲台北市長が19年8月に立ち上げた「台湾民衆党」は5議席を獲得、立法院進出を果たした。柯は2024年の総統選への出馬を既に表明しており、民進・国民両党による二大政党制に挑戦する「第三勢力」をリードする基礎をつくったと言える。

 小選挙区(73議席)は、民進党が46議席をとり、国民党は22議席にとどまった。2014年の「ひまわり運動」から生まれた「時代力量」は5議席で3議席減。比例区の政党得票率では、民進党は前回の44%から34%へと10ポイント減らした。柯の台湾民衆党(11.2%)に票を食われた形だ。この結果を見れば、民進党は統一地方選の大敗から立ち直ったとは言えない。

◆◆ レームダック化も

 中台関係は、米中関係の従属変数である。2020年からの10年間、米中関係はさらに動揺するだろう。蔡氏は「米国との関係は過去最高」と誇り、2期目に米国との事実上の「同盟」関係強化を鮮明にする可能性がある。中国は米国が台湾カードを切る度に、報復の矛先を米国ではなく、台湾に向けてきた。
 米中貿易戦は、大陸に進出した台湾企業が回帰するなどにプラスの副次効果をもたらした。しかし、台湾の対中輸出依存度は依然として4割に上り、台湾の経済的生存にとって大陸市場は不可欠である。
 台湾の経済命脈を握る中国は、蔡政権への圧力は決して緩めない。中台関係の一層の悪化が経済に波及すれば、蔡政権のレームダック化は予想以上に早く訪れるだろう。いつまでも他力本願の「圧勝」に浮かれている場合ではない。

[注1]台湾総統選挙の結果について(外務大臣談話)
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_005552.html

[注2]胡锡进的微博_微博
 https://www.weibo.com/huxijin?is_hot=1

[注3]【2020台灣大選】台學者:選後兩岸關係有可能更加嚴峻
 https://www.hk01.com/%E8%AD%B0%E4%BA%8B%E5%BB%B3/420633/2020%E5%8F%B0%E7%81%A3%E5%A4%A7%E9%81%B8-%E5%8F%B0%E5%AD%B8%E8%80%85-%E9%81%B8%E5%BE%8C%E5%85%A9%E5%B2%B8%E9%97%9C%E4%BF%82%E6%9C%89%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%9B%B4%E5%8A%A0%E5%9A%B4%E5%B3%BB

[注4]国台办新闻发布会辑录(2020-01-15)
 http://www.gwytb.gov.cn/xwfbh/202001/t20200115_12233155.htm

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」110号(2020/01/20発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。

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