【コラム】
槿と桜(54)

英語から生まれた新語を覗く

延 恩株

 韓国では英語表現の頭文字をそのまま組み合わせたり、その発音をハングルに置き換えたりして、一つの意味や概念を言い表す言葉が生まれてきています。一種の流行語ですからやがて消えていくのか、あるいは定着して使われ続けるのかはわかりませんが。

 たとえば、2017年にBTS(防弾少年団)が歌った「悩みよりGo」に出てくる歌詞「YOLO」(욜로)がそうです。「YOLO」とは「You Only Live Once」のそれぞれの単語の頭文字を取ったもので、「人生は一度きり」という意味です。
 この「人生は一度きり」という言葉が若者たちに受けいれられていったことは、なんとなく理解できるような気がします。おそらく日本の若者も同様だと思いますが、これからの自分の人生をどのように歩いていけば良いのか、まだ掴めていない人が多いに違いありません。やり直しはできない一度きりの人生には不安が渦巻き、自信を持てない自分が常にそばにいます。どう生きるべきなのか、できれば知りたいと願っているはずです。そのようなときに「人生は一度きり」という言葉が何度も繰り返される歌が聞こえてくれば、「おやっ」と耳を傾けてしまうのは当然かもしれません。

 この「人生は一度きり」という言葉だけを取り出しますと、「だからしっかり将来に目を向けて、失敗しないように着実に生きていこう」という解釈もできると思います。ところが、この歌では「YOLO」と一緒に「タンジンジェム」(탕진잼)という言葉も多く登場します。

 「タンジンジェム」の「タンジン 탕진」とは、漢字で表記しますと「蕩尽」です。日本語では「とうじん」と読み、「お金や財産などを使い果たす」意味で使われます。そして「ジェム 잼」は面白さとか楽しさの「ジェミ 재미」を短縮した表現です。つまり「タンジンジェム」には、お金を使い果たして、なんだかストレスが消えて楽しいよ、というちょっとしたお遊び気分や、からかいが込められています。
 現在、韓国の若者たちには、日本と違って希望する企業や職業に就くことがたいへん難しい状況が続いていて、経済的にあまり恵まれていません。そんな彼らがお金を使い果たすといっても、その金額は知れたものです。

 こうして「YOLO」と「タンジンジェム」が一緒に使われることで、「人生は一度きり」の意味が「しっかり将来に目を向けて、失敗しないように着実に生きていこう」ではなく、「将来のことはあまり考えすぎずに、いまこの時を楽しく生きよう」と呼びかけるような歌になるわけです。〝小さな幸せへの共感〟が若者たちに芽生えていることをこの歌は教えてくれているのかもしれません。

 しかし、そうは言っても、やはり厳しい就職戦線を生き抜こうとする若者が多いという大勢は変わっていませんから、次のような言葉も一方にはあります。これも若者、特に学生たちに通じる共通語だと思われます。
 「NG족 NGジョク」がそれです。

 「족 ジョク」を漢字で表記しますと「族」です。「NG族」の「NG」とは、「No Graduation」の略で、「卒業なし」という意味の英語表記の頭文字を取ったものです。 
 韓国では日本の〝就活〟事情と異なっていて、大学3年生になってから始めるというわけではありません。企業側も大学3年生になって、初めて就職希望者として対応するわけではありません。〝就活〟は入学時からでもできますし、大学卒業後もでき、企業側に〝新卒に限る〟などという制限を設けているところはほとんどありません。ですから大学卒業後、長く就職浪人を続ける人も少なくなく、それは希望する企業に就職する、言い換えれば安定した身分と高い給料が保証された企業を狙っているからです。

 NG族は、卒業できる資格を持っていながら敢えて自分の意思で、就職ができるまで(一般的に仕事の内容で選ぶよりブランド志向が強い)卒業せずに、学生として学校に留まる人たちのことを指します。日本でも長期留学のために休学する学生はいますが、就職を目的として、卒業できるのに卒業しない学生はたいへん少ないのではないでしょうか。少なくとも私が勤務している大学では皆無と言っていいでしょう。
 ここには新卒者で希望する企業に就職できる若者が4割に満たないと言われる韓国の厳しい就職の現状が反映されていることは間違いありません。

 ところが、こうして厳しい就職戦線を突破して目指す企業に就職したあと、積極的に行動しようとせず、口先だけの人も出てくるようです。そのため、次のような言葉が使われるようになるのでしょう。
 「나토족 ナトジョク」(NATO族)がそれです。

 「ナト NATO」といってもアメリカとカナダ、それにヨーロッパ諸国で結ばれた軍事同盟の「North Atlantic Treaty Organization」(略して「NATO」)、つまり「北大西洋条約機構」のことではありません。こちらは「No Action Talk Only」の頭文字をとったもので、それに「族」をつけた言葉です。
 ある事態に対して言うだけで、行動しない会社員たちを揶揄するときに使われているようですが、この言い方、実は韓国の会社員だけの専売特許ではなく、日本でも使われているようです。しかも会社員だけでなく、広く人間の生き方に対しても使われていて、もちろん否定的な意味になります。実行が伴わない言葉が嫌われるのは韓日両国とも同じでしょう。「不言実行」や「有言実行」といった言葉には好感が込められて使われていることからもわかります。

 一方、韓国社会での働き方も日本と同様に変化が生じてきていることを伺わせてくれる言葉があります。その変化とは、肉体を使って物を生産する工業化社会から情報を集め、それを分析、集積して新たなものを生み出す頭脳労働を主とした情報化社会への転換です。「ノマドゥジョク」(ノマド族)がそれです。ハングル表記では「노마드족」となります。「ノマドゥ」(nomad)とは、〝遊牧民〟〝浮浪者〟を指す英語です。定住地を持たずに放牧に適した土地を求めて移動する遊牧民に喩えたものです。

 パソコンなどIT機器を持ち、決まった会社やオフィスに出かけることなく、IT機器が使える場所を自由に選択しながら仕事する人たちを指した言葉です。こうした人びとの仕事を可能とするには優れたネットワーク環境が必要ですが、韓国は日本以上に優れているように感じられます。たとえば無線ラン(Wireless LAN)なども店内にわざわざ「Wi-fi(Wireless Fidelity)使えます」などと張り紙が出ていることなどなく、まずほとんどのお店で使うことができます。
 彼らの仕事場所は決まっていませんから、喫茶店やファーストフード店などがよく使われる場所になります。つまりIT機器が使える場所ならどこでも仕事ができるわけです。混み合う電車にも乗らず、決まった時間に出社する必要もない仕事のスタイルが韓国にも根づき始めているようです。
 この「ノマドゥ族」(노마드족)が喫茶店やコーヒーショップでよく仕事をすることから、韓国では「코피스족 コピス族」とも呼ばれます。これは英語の「Coffee」と「Office」を合成して「코피스」(コピス)とし、これに「족」(ジョク 族)をつけた言葉になっているわけです。「コーヒーショップで仕事をする人」といった意味になるでしょうか。

  ところで 「ノマドゥ族(노마드족)」も韓国だけの言葉ではなく、日本でも「ノマド族」として、まったく同じ概念で使われているようです。つまり韓国と日本での共通語ということになります。それだけ産業構造が似ているからだと思います。
 韓国の文在寅大統領は〝日帝残滓の一掃〟を掲げて、韓国語から日本語を締め出そうとしていますが、社会の変化は文大統領の政策など関係ないとでも言っているかのようです。
 なぜなら今回、紹介しましたように、次々に社会の現状を言い表す新しい言葉が生まれてきていて、しかも韓日両国で共通した意味、発音までほぼ同じという新語が出現してきているのですから。
 こうした言葉の共通化が進んでいけば、韓日両国の人びとの理解がいっそう深められていくのではないでしょうか。是非ともそうなって欲しいと願っています。

 (大妻女子大学准教授)

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