【海峡両岸論】

英独がファーウェイ排除に反旗
~米の試みは失敗、衰退加速も

岡田 充

 次世代通信規格「5G」の構築から、中国通信機器大手の「華為技術」(ファーウェイ)(写真)を排除し、中国に「デジタル冷戦」を仕掛けたトランプ米政権の目論見が狂い始めた。英国の情報当局がファーウェイを全面排除しない方針を決めたほか、ドイツ政府も排除しない方向に傾いているからである。英独の“造反”の背景には、米中貿易戦争が中国の景気後退のみならず世界経済の減速への懸念がある。その上ファーウェイを排除すれば、地球を二分する「経済ブロック化」を招きかねない。経済ブロック化は誰の利益にもならないから、排除は失敗し、米国の衰退を早めるかもしれない。日米同盟を金科玉条とする安倍政権は、思考停止のまま簡単に排除を受け入れた。それは米国との“心中”につながるが、議論抜きに素通りしてしまうところに日本の危機があるのだろう。

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  「華為技術」(ファーウェイ)ロゴマーク

◆◇ 「調達先の多様性確保」が理由

 英情報当局の方針は2月17日、英経済紙「フィナンシャルタイムズ」(FT)が伝えた。それによると、国家サイバーセキュリティーセンター(NCSC)は、ファーウェイ5G網導入について、利用を一部制限すべき領域はあるものの、安全保障上のリスクは抑えられると判断した。
 トランプ政権は、上下両院が2018年可決した「国防権限法」に基づき、2019年8月以降、米政府機関がファーウェイなど中国通信5社の製品を調達することを禁じ、さらに2020年8月からは同5社の製品を利用している「世界中のあらゆる企業を米政府機関の調達から排除」という「二段構え」で決めた。

 英国のNCSCは排除しない理由を「調達先の多様性を確保する狙い」としている。英国では欧州連合(EU)離脱を前に、ホンダの工場閉鎖など企業の「英国離れ」が加速している。実際にEU離脱となれば大きな経済的損失が予想される。だから英政府も、中国との経済関係を重視せざるを得ない。特にファーウェイは2013年からの5年間で、同国に20億ポンド(2,880億円)もの投資をした「お得意様」である。米国との同盟関係も重要だが、背に腹は代えられないのだ。

 一方のドイツ。メルケル首相は2月初め来日した際、慶応大学での講演で、「ファーウェイが中国政府にデータを引き渡さないとの保証が得られない限り、5G通信網の構築に参加させない」と発言し、「米ブロック入りか」とみられた。
 しかしロイター電によると、2月7日付の独経済紙「ハンデルスブラット(電子版)」は、ドイツ政府が5G通信網構築からファーウェイを排除しない方針だと伝えた。6日の定例閣議後、メルケル首相の首席補佐官が各省庁と合意したという。
 米紙ウォールストリート・ジャーナル電子版(3月11日)によると、トランプ政権はドイツ政府に対し、ファーウェイ製品を採用すれば米情報機関の機密情報などの共有を制限すると警告したという。排除をめぐって米政府が同盟国に安全保障協力に影響が及ぶと明確に警告した初めてのケース。米国の焦りがみえる。

◆◇ 貿易協議は決裂しないが

 一方、3月1日に交渉期限を迎えた米中貿易協議は、中国が輸入拡大で譲歩。トランプは追加関税の引き上げの猶予期間を延長し、政府間協議が続く。トランプはここにきて交渉決裂を恐れ始めている。絶好調だった米経済も18年末に世界同時株安に見舞われた。世界的な経済減速の中で、米中協議が決裂すれば株価は再暴落するだろう。だが米中対立の「核心」は、貿易赤字ではない。
 米国は中国による「技術移転強要」やハイテク分野での中国企業優遇など、国家主導で進めるデジタル経済の構造自体を問題にしており単なる貿易戦ではない。デジタル経済をめぐる争いは、米議会・情報機関・軍・政府各省庁・シンクタンクなどエスタブリッシュメントによる「安保・情報サークル」の合意の下に進められており、簡単には収まらない。

 ペンス副大統領(写真)はこのサークルの利益を代表して発言している。18年10月の「米中新冷戦」演説に続いて、19年2月16日には「ミュンヘン安全保障会議」で「ファーウェイや中国の他の通信機器会社の脅威」は明白とし、「通信技術や安全保障システムを危うくするあらゆる企て」を排除するよう求めた。「米中デジタル冷戦」は、米国の衰退を引き金に始まった「パワーシフト」(大国間の勢力移動)で、中国の追い上げを食い止めるため仕掛けたのである。

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  ペンス副大統領~外務省HPから

◆◇ ファーウェイでは徹底抗戦

 一方の中国側。対米政策をめぐって揺れ動いた習近平指導部は、昨秋になって米国との全面衝突を避けるため「対抗せず、冷戦はせず、漸進的に開放し、国家の核心利益は譲歩せず」(不対抗、不打冷戦、按照伐開放、国家核心利益不退譲)の「21字方針」を打ち出した。
 だが譲歩は底なしではない。通商摩擦や安全保障問題は「核心利益ではない」から、いくらでも譲歩できる。大豆も自動車も油もジャブジャブ買って、2024年までに対米貿易黒字を「ゼロ」にしようとの意気込みすら見せ始めている。

 しかし「中国の発展モデル」をめぐる対立になれば妥協できない。ファーウェイは“核心的利益”の象徴である。習の懐刀で、対米政策の「元締め役」の王岐山・国家副主席は1月23日、スイス・ダボスで開かれた「世界経済フォーラム」年次総会で「技術分野での覇権争いは慎むべきだ」と主張し「(米中は)強い相互依存関係にあり、対立すると互いに害を受ける」と警告した。中国側の譲れない「底線」を改めて強調したのである。ファーウェイ排除には徹底抗戦する構えだ。

 カナダで拘束された孟晩舟・副会長の身柄について、米政府がカナダに引き渡しを要請すると、孟側も3月1日、カナダ政府などを相手取り、不当な身柄拘束に対する損害賠償を請求する訴えを起こすと最高裁に通知した。
 さらに「華為技術」は3月7日、米政府機関での使用禁止を決めたのは憲法違反として、米テキサス州の連邦地裁に提訴。王毅国務委員兼外相は全人代開催中の3月8日、米国の排除方針について「政治的な圧力」だと非難、対抗措置を示唆した。

◆◇ 「踏み絵」で世界を二分

 IT産業は、冷戦が終わりヒト、モノ、カネが国境を越えて移動する時代に急速に発展した。関税障壁のない自由貿易の代表であり、グローバルなサプライチェーンが急速に発達した産業である。グローバル・サプライチェーンの中で、中国は極めて大きな役割を占める。中国は、米主導の自由貿易体制の恩恵を受けつつ、今や米IT産業に迫り追い越す発展を遂げつつある。

 そんな中、米国はまるで隠れキリシタンに「踏み絵」を迫るように、同盟国にファーウェイ排除の「踏み絵」を突き付け、世界経済を二分しようとしている。まるで米ソ冷戦時代の「対共産圏輸出統制委員会(ココム)」や、中国排除を目的にするCHINKOM(チンコム)を思わせる。ココムで西側は共産主義陣営への軍事技術や戦略物資を禁輸し、世界経済を東西に二分したのである。ただココムは、優れた西側技術・製品の東側への輸出を禁止したのに対し、今回は中国の優越的技術・製品の拡大阻止を目指すという意味で、関係は逆転した。

 「踏み絵」の中身を繰り返すと、米政府は2020年8月以降、ファーウェイなど中国企業5社の製品やその部品を組み込む製品を社内で利用している世界中の企業を米政府機関の調達から排除する。「世界中の企業」に排除を求めているのだから、世界経済に深刻な打撃をもたらす恐れは十分ある。米政府機関と取引する会社は国籍を問わず、中国製機器の不買を誓約させられる。違反が見つかれば何億ドルもの罰金を科せられるかもしれない。
 さらに米政府が個別企業のみならず、グループ企業全社から中国製機器の一掃を求めたらどうなるか。ハイテク企業の多くは中国に現地法人を置いている。もし中国現地法人にボイコットを求められたら? 中国がファーウェイ防衛に「レッドライン」を引く理由もここにある。

◆◇ 「鉄のカーテン」が引かれたら

 西側メディアもデジタル冷戦を仕掛けた米国に警告する論調を発信し始めた。「フィナンシャルタイムズ」のジリアン・テット(2月7日付 日経デジタル版)は「米中経済に『鉄のカーテン』」(写真)と題する記事で「今後数年のうちに米中関係が急激に悪化し、世界のIT業界の供給網が完全に二分されたらどうなるのか。そのリスクはまだ高くないように思える。だが数年前、英国の欧州連合(EU)離脱やトランプ大統領の誕生などあり得ないと思っていた人は多い」と深刻化を懸念する。

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  『鉄のカーテン』(白水社刊)の表紙

 ファーウェイ排除の背景については「米産業の脆弱性に対する懸念は、ワシントンのエスタブリッシュメントと呼ばれる人々の間で一気に広まっている。そのため米政府は、昨年は中国通信機器大手の中興通訊に制裁を科して経営危機に追い込んだし、現在はファーウェイ製品や部品を使わないよう指示するまでになっている」と分析する。
 米IT業界は地球規模のサプライチェーンを築くことで、驚異的な発展をしてきたのに、もし米中経済に「鉄のカーテン」が引かれる事態になれば、サプライチェーンが機能せず長期に影響を及ぼすことになると警告する。ブロック化の打撃を受けるのは、同盟国だけではない。米IT企業も免れない。

 記事は、ブロック化に備えて中国が対応策を取り始めた例としてこう書く。「ファーウェイは中国以外の国の一部供給業者に対し、生産能力の一部を中国本土に移すことを求めたと伝えられている。これは中国政府が輸入部品などへの関税を引き上げた場合に備えた対策の一つ」。

◆◇ 日独の違い

 ファーウェイ排除で、日本政府は躊躇なく「踏み絵」を踏んだようにみえる。政府は18年12月10日、政府調達から中国製機器を排除する各省庁の申し合わせをした。申し合わせは、「中国」や「排除」という言葉は一切使わずに「サイバーセキュリティ確保の観点から」「総合的な評価を行う」としている。しかし排除の対象にはスマホまで含まれており、国家公務員は今後「ファーウェイのスマホを持ち込むな」と言われるはずだ。これをトランプの意向をくんだ「究極の忖度」と評した元防衛庁高官もいる。

 政府は、通信キャリア会社にも事実上、中国製通信機器排除への同調を求めたが、ここでも「サイバーセキュリティ確保の観点から、必要な情報提供を求める」とするだけで、排除するか否かは、事業者の判断に委ねるとしている。総務大臣は申し合わせ翌日11日「通信事業者もサイバーセキュリティの向上に積極的に取り組むことを期待したい」と述べた。
 総務相発言には、関係改善が進む中国を刺激したくない、同時に「WTO政府調達協定違反」との疑念も持たれたくない、そんな複雑な思いが滲む。この方針の下で、NTTをはじめNTTドコモとKDDI(au)、ソフトバンクの携帯大手3社と、携帯事業に参入する楽天の4社は排除をすんなり決めた。

◆◇ 「ファイブ・アイズ」崩壊は痛手

 ファーウェイを排除する「米ブロック」のコア・メンバーは、米中心の情報協力組織「ファイブ・アイズ」(米、英、加、豪、NZ)と日本である。英政府はまだ正式決定していないが、英情報機関の方針通りファーウェイを排除しない可能性が高い。そうなると、「ファイブ・アイズ」(写真)の一角が崩れ、「米中デジタル新冷戦」の行方は不透明感を増すことになる。まだ態度を決めていないニュージーランドとカナダも排除に踏み切れないでいる。

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  UKUSA協定グループの加盟国~Wikipedia

 同じ同盟国でもこれほど対応に差が出ているのに、日本では「中国製機器を排除する各省庁の申し合わせ」に、メディアを含め異論がほとんど聞こえてこないのは不思議だ。ファーウェイ会長が人民解放軍出身で、同社が仕掛けたバックドアから米国の情報を窃取しているとの嫌疑を「さもありなん」とそのまま信じ込んでいるのだろうか。                
 1月26日付けニューヨーク・タイムズ[注1]は、ファーウェイが人民解放軍と繫がり、バックドアを仕掛けようとしている証拠を米政府が掴もうと試みファーウェイにハッキングまで仕掛けたが、「証拠を得られずにいる」と書いた。中国側は「窃取の証拠を出せ」と迫っているが、米政府はこれまでのところ出していない。

◆◇ 排除再検討も

 サプライチェーンに対する打撃への懸念は、日本のIT業界からも出始めている。中国のIT関連業種は18年第4四半期から急速に落ち込み始めた。永守重信・日本電産CEOは1月17日、業績見通しを発表した際「落ち込みは私が経験したことのないレベル」「この変化を甘く見てはいけない」との表現で、危機感をあらわにした。産業用ロボットを手掛ける安川電機も業績見通しを引き下げた。中国市場の落ち込みを理由に業績見通しを下方修正する日本企業は増え続けている。
 トランプ自身も2月21日のツイッターで「米国は進んだ技術を排除するのではなく、競争を通じて勝利したい」と述べ、「ファーウェイ排除を見直す可能性に含みを持たせた」(日経)

 世界経済をかく乱するファーウェイ排除の試みは果たして成功するだろうか。
 経産省OBでチャイナウォッチャーの津上俊哉氏[注2]の見方を紹介する。
 IT経済のブロック化によって、中国製機器を排除した米国と同盟国では競争がなくなり、5G通信網の建設投資コストが上がる。一方、排除された中国企業は生き残りのためコストダウン努力を重ねる。「結果的に、米ブロック側は5Gの普及で遅れを取る恐れがある。中国製の性能が上回るならなおさらだ」というわけだ。

 ソフトバンクなど通信大手各社のファーウェイ排除に伴うコストアップは単純計算で3~4割高になるとされる。津上は「米国のやり過ぎは米陣営の孤立化を招いて遠からず失敗する」とみる。幸いと言うべきか、日本政府はまだファーウェイ排除を明示的に決定したわけではない。グローバル・サプライチェーンの停滞が、日本のIT産業の業績悪化をさらに招けば、経済界からも政府に再考を迫る動きがでるかもしれない。5G向けの周波数を総務省が通信各社に割り当てる期限は、一か月後の3月末から4月に延期された。

[注1]「In 5G Race With China, U.S. Pushes Allies to Fight Huawei」
[注2]「現代ビジネス」19年2月15日 「米中ハイテク冷戦、実は米国と同盟国側が衰退する恐れアリ」

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」100号(2019/3/14発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。

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