■ 緊急提言

自衛隊空幕長の暴走の根源を凝視せよ       深津 真澄

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  「わが国が侵略国家などというのは濡れ衣」という論文を発表して更迭された
田母神俊雄・前自衛隊航空幕僚長は、十一日の参院外交防衛委員会に参考人とし
て喚問され、各党議員の追及を受けた。予想通り、田母神氏は「政府見解による
言論統制はおかしい」などと開き直り、論議はすれ違いに終わったが、問題の根
本は、田母神氏個人の思想、信条よりも、侵略戦争を美化し軍国日本の記憶を抹
殺しようとする勢力が、自衛隊内に浸透を図り、トップクラスまでそれに汚染さ
れていた事実が明らかになったことだ。
 
懸賞論文の最優秀作品として賞金三〇〇万円を獲得したという田母神氏の論文
は、「日本は侵略国家であったか」と題され、全文六千字あまり。中身は『諸君
!』や『正論』などの右派雑誌にのる歴史修正主義者の論文の寄せ集めで、現代
史家の秦郁彦氏が「子引き、孫引きのつぎはぎで、事実誤認だらけだ。通常のコ
ンテストなら選外佳作にもならぬ内容だ」(『朝日』)と酷評する通りの代物。
客観的な史実とそれをつなぐ歴史の因果関係を無視した荒唐無稽な主張である。
 
コンテストを主宰したアパグループの元谷外志雄代表は一九七一年に石川県小
松市で起業し、ホテルチェーンを全国に展開する一方同県内の経営者らを集めて
「航空自衛隊小松基地金沢友の会」を結成した。田母神氏は九八年七月から翌年
十二月まで小松基地が拠点の第六航空団司令を務めており、元谷氏と親交を結ん
だ。「友の会」は基地見学や幹部との交流を図るとともに歴史修正主義者の講演
会を開催し当初八七人だった会員は二三八人に膨らんだ(『赤旗』十一・八)
 
懸賞論文の審査委員長は『諸君!』常連筆者の渡部昇一・上智大学名誉教授で
あり、委員には朝日新聞攻撃で名を売っている産経新聞客員編集委員もいる。元
谷代表には日本の核武装を論じた『報道されない近現代史』なる著書もあるとい
うが、右寄り思想に共鳴する新興企業の経営者が金の力で自衛隊幹部に接近を図
るという図式が見てとれる。懸賞論文に応募した自衛官九四人のうち大半が小松
基地所属というのは偶然ではない。
 
田母神氏はやがて航空幕僚監部に転出し、統合幕僚学校長という要職につくが
、そこに在任中、航空自衛隊の隊内誌『鵬友』に歴史修正主義者の主張をそのま
ま持ち込む文章を書くようになった。〇三年七月号から四回にわたって連載した
「航空自衛隊を元気にする10の提言」では、「東京裁判は誤りであった」「日本
人は南京大虐殺があったと思い込まされている」などと書き、日本の占領地統治
を「慈愛に満ちたもの」と美化した。
 
さらに歴史修正主義者らが編集した『新しい歴史教科書』を歓迎するとともに
、「自衛隊にも国の機関として国民が正しい歴史観を持つためにやれることがあ
るのではないか」と主張している。これは昭和前期の軍国主義時代の教訓を全く
省みない恐るべき主張である。軍国主義が日本を覆った原因は、学校教育を利用
して教育勅語を全国民に叩き込んだ土壌の上に、軍部や在郷軍人会が皇国史観を
大々的に鼓吹したことである。国民の歴史観に自衛隊の関与を許してはならない

 「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍晋三内閣は〇七年三月、田母神氏の
航空幕僚長就任を閣議了解した。政治が制服組の暴走をチェックする文民統制の
仕組みは機能しなかったのである。いい気になった空幕長は、この四月には空自
のイラクでの輸送活動を違憲とした名古屋高裁判決に対して「そんなの関係ねえ
」と発言した。毎日新聞によれば、同僚の一人は「どこまで制服組の発言が許容
されるか、瀬踏みしている印象があった」という。政治はなめられたのである。
 
田母神氏にしてみれば、安倍元首相も麻生太郎現首相も統制に服すべき上司ど
ころか「同志」と思っていたのではないか。九七年に改憲をめざし侵略戦争を美
化する右派大衆団体が大結集した「日本会議」という運動組織がある。その別動
隊として自民党と民主党の議員による国会議員懇談会があり、麻生首相はその前
会長、安倍氏は小泉内閣の官房長官就任まで副幹事長を務めていた。付け加えれ
ば元谷アパ代表は安倍氏の後援会「安晋会」の副会長を務めていたのだ。
 
安倍政権を取り巻く日本会議人脈の厚さは驚くべきものだった。閣僚一八人の
うち一三人が議員懇談会に所属し、首相補佐官四人のうち三人、政務の官房副長
官二人も懇談会メンバーだった。こういう政権の雰囲気は官僚組織に敏感に跳ね
返る。田母神氏と『鵬翼』の連載もその表れだが、文部科学省の教科書検定で、
沖縄戦末期の住民集団自決について旧軍の関与を記した記述を、調査官が軒並み
削除させ、沖縄住民の激しい怒りを招いたことも安倍政権の雰囲気が作用してい
た。

 自衛隊法施行規則では、自衛官は任官の際「私は、我が国の平和と独立を守る
自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し……もって国民の負託にこ
たえることを誓います」との宣誓文を読み上げることになっている。しかし、侵
略戦争を美化し、植民地統治は近代化を促進したなどと公言し、戦後もたらされ
た諸価値を否定して憲法改正を最大の目標とする政党の執権が半永久化する中で
自衛官のモラルは崩壊したのである。
 
政権党の責任とともに見逃せないのは、自衛隊内の隊員教育の偏向である。防
衛大学校の教科書の『防衛学入門』も安倍内閣当時に編纂されたものだが、第四
章の「日本戦争史」の項では、日清戦争以後の日本の戦争について「戦争原因は
欧米列強によるアジア侵略からの自衛を基本とし権益の増大とその衝突であり、
その形態は派遣軍による攻防戦であった」と実態をぼやかす記述をしている。こ
のくだりで「太平洋戦争」を「大東亜戦争」としていることも注目すべきだ。

 また、海上幕僚監部が作成した精神教育参考資料には「敗戦を契機に、わが国
民は自信を失い、愛国心を口にすることはおろか、これをタブーとし、賎民意識
のとりこにさえなった」という文章がある。この表現は外部の大学教授の著作か
ら引用したものだというが、戦後を敵視する歴史修正主義派の文章だろう。民主
党から追及された浜田靖一防衛相はさすがに「きわめて違和感がある。確認の上
変えたい」と答弁した。
  歴史修正主義者の活動は、朝日新聞や岩波書店など進歩派マスコミの攻撃から
始まり、南京大虐殺の否定、東京裁判史観の否定に進み、「新しい歴史教科書」
を編纂して学校教育に殴り込みをかけ、ついに平和と国民を守るべき自衛隊の中
枢まで侵蝕したのである。この事態は軽視すべきではない。歴史修正主義者の活
動を厳しく見つめ、彼らに迎合する政治家たちの言動に反撃を加える時である。
(終)
                   (筆者は政治ジヤーナリスト)

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